122.突入
ダンジョンから転送されてきた人影は三つ。
ギルドマスターのドランドにはいずれも見覚えのある顔ぶれであった。
彼らはダンジョンを探索していたアイアン等級の冒険者だ。
正確には探索していた者、ではなく探索に失敗して昨日から牢に囚われていた者たち、なのだが。
そんな彼らは迷うことなくダンジョンの前からギルドマスターへと歩み寄り、手に持っていた封筒を手渡す。
「ギルド長、これを」
「それは?」
聖騎士団長のウイアオが疑問の声を上げるのを無視して、ギルドマスターはその手紙を受け取り確認する。
封筒には見覚えのある封蝋。
とはいえギルドマスターという立場でありながら迷宮と繋がっているという言質をわざわざ教会側に与える必要もないので、ポーカーフェイスで確認した事実をスルーする。
開封して中の文面に目を通すと、それは確かに迷宮主から送られたものであった。
その内容をしっかりと確認し、懐にしまうとウイアオへ向き直る。
「聖騎士団長殿。迷宮側からギルドへ通知がありました。今より一刻の間にダンジョン内部の冒険者合計168名を脱出させる、とのことです。もちろん待って頂けますね?」
一刻はおよそ一時間、突入目前にして待つには決して短くない時間ではあるが、解放する冒険者の人数を考えればかなりの短時間だろう。
「魔物の言うことを信用することはできぬ」
「とはいえ、時刻と人数まで指定しているのです。それにここに記されている人数は、ギルド側で確認しているダンジョンを探索している冒険者の数と同数です」
現実的にダンジョン内部の冒険者の総数を把握することもその全員をダンジョン外へ退避させる手立てもなかったギルド側には、聖騎士団の突入を止めるためにいつまで待ってもらう必要があるという明確な指標を示すことができなかった。
しかし迷宮主からの便りで事情が変わり、一刻という制限が生まれたのだ。
もし聖騎士団側がそれも無視するのであれば、もはやそれは『冒険者の命を保証するために一刻を待つ価値もない』と言うのと同義である。
当然突入して犠牲者が出るならばそれはダンジョン側に非があるという最初の理論も破綻し、そこまでやってしまえばそれはギルドへの明確な敵対行為としてこの場で実力行使へと発展しかねない。
ギルドマスターが告げた冒険者の数の総計を把握しているという台詞は事実無根のハッタリであり前述の理論には一部穴があるのだが、それを一刻以内に確認する術は聖騎士団側にはなかった。
そして二人が向かい合っている間にもダンジョンからは冒険者が転移され、その場のギルド側の戦力が増大していく。
アイアンやブロンズの冒険者であれば有力な戦力として数えられるわけではないが、シルバー等級であれば連携して騎士たちと対抗できる実力はある。
更に牢に囚われていて早期解放となった冒険者とは異なり、今まさにダンジョンを探索中であった冒険者は折角進めた階層を台無しにされた格好となり、自然とその原因となる聖騎士団へ厳しい視線を向けていく。
「わかりました、一刻までお待ちしましょう」
その敵意が暴発する事態はギルドマスターの統率によって防がれていたが、それでも聖騎士団は一刻の時間を待たされる結果となった。
「さて、これで全員ですな」
「はい、総計168名確かに帰還しました」
ドランドの言葉に、サブマスターのエレナが頷いて答える。
その数は実際に点呼をした結果ではあるが、同時に最後の一組にはこれで全員だという迷宮主からの手紙が渡されていたので間違いないだろう。
「それでは、これ以上待つ必要はありませんね」
言ったウイアオの背後に並ぶ聖騎士団の雰囲気は険しい。
原因は周りに残っている冒険者の視線だ。
彼らがこれからやろうとしていることは、その冒険者たちの稼ぎを一つ潰そうと目論むものであるのだから明確に敵意を向けられているのも自然なことだろう。
むしろその冒険者たちが聖騎士団と問題を起こさないように抑えたギルドマスターの統率が見事だったと言えるかもしれない。
「とはいえ、未だダンジョンからは歓迎されていない様子ですが、どうなさるおつもりですかな」
予定通りに冒険者の解放が行われたとはいえ、そのあとの聖騎士団の突入をわざわざ迎え入れるつもりはないようだ。
最初に壁によって閉ざされたダンジョンの入り口は未だにそれを開く様子がない。
そしてダンジョンの壁は結界によって強化され、それを破壊することが非常に困難であることはある程度の知識があるならば当然の前提であった。
ギルドマスターから向けられたそんな疑問に答えることなく、ウイアオはダンジョンの入り口へと進む。
そして腰から抜いた二刀のうちの一振りを大きく構えた。
その幅広の大剣は、刀身に複雑な模様が刻まれているのが見える。
更に素養がある者が見れば、それが纏う異質な魔力に気付くことができただろう。
ふっと短い呼吸がひとつ。
構えられた大剣がウイアオによって視認するのも困難な速度で振りぬかれる。
同時に腹に響くような破砕音と土煙が舞い、それが落ち着いたあとには開かないはずの入口が開かれていた。




