115.28F①
王都に鐘の音が響く。
山の向こうから朝日が昇ったのちしばらくして、その鐘を合図に城門の通行が開始されていく。
そこには王都から外の街へと物を運ぶ商人や人を運ぶ馬車に混ざり、冒険者が外への列に並んでいた。
その冒険者たちのうち、過半数はダンジョンへと向かう者たちだ。
未だ冒険者たちの間でのダンジョン人気は衰えず、順調に王都を拠点とする者の数を増やしていた。
以前であれば依頼が行き渡らずに生活できない冒険者が出ていたであろう人数も、何割かがダンジョンへと通う現状では問題になっていない。
むしろダンジョンの報酬によって、シルバー等級以下の冒険者の収入は増加し、逆に負傷率と死亡率は低下していた。
そんな冒険者たちの中で、20階層初攻略の報酬という特に大きな利益を受けていたネジルたち一行も通行待ちの列へと並んでいる。
「毎回並ぶのめんどくせえな」
「ルールだからしょうがないのです」
「とはいえ、最近では待ち時間も長くなる一方ですし、どうにかして欲しいところではありますね」
「それならお姫様に直接言ってみたらどうかしら。もしかしたら対応してくれるかもしれないわよ」
「同じダンジョンに潜ってるとはいえ、流石に身分を弁えずに直訴する気にはなれないですね……」
「下手したら不敬罪なのです」
「そうなったら断頭台には見送りに行ってやるよ」
「正しくこの世からの見送りね」
などと聞く人間が聞けばドン引きしそうな軽口を一行が叩いていると、ネジルが横から声をかけられた。
「おはようございます、ネジルさん」
「あん? なんだコルトトか」
ネジルの隣に並びコルトトと呼ばれた男は彼と同業の冒険者だ。
年齢は二十歳前後、身長はその年代の平均並みでネジルより低い。
物腰は丁寧で落ち着いた雰囲気だが、腰に差した剣で前衛であることがわかる。
「そっちも外で仕事か?」
ネジルが確認すると、コルトトの後ろには彼のパーティーメンバーが揃っているのが確認できた。
「ええ。ネジルさんたちはダンジョン探索順調そうですね」
「まあ実際稼がせてもらってるがな」
互いのパーティーのリーダーが雑談を始めると、その後ろでも互いに交流が始まる。
互いに見知った冒険者同士ということもあり、話す内容に困ることもない。
むしろこういったところで互いに有用な情報を交換し合うのが冒険者に必要な資質の一つでもあった。
その流れは王都を出るまで続き、主にダンジョンのことについて質問されていたネジルがしばらくしてからコルトトに聞き返す。
「それで、あんたたちはいつまで着いてくんだ?」
既にダンジョンは目の前であり、王都から他の町へと続く道からは逸れている。
ここまで来れば周囲に居る人間は全てがダンジョン目当てであり、他所で依頼をこなすのであればこれより前に別れているはずであった。
「すみません、言いそびれていましたが、僕たちの目的地も同じなんです」
「ああ? ……ちっ、そういうことかよ」
つまりここまでの雑談は、これから入るダンジョンの情報収集を兼ねていたということ。
そういった行為自体は冒険者であれば日常的なコミュニケーションであり、目くじらを立てるほどのことでもない。
むしろネジルは、その可能性を考慮していなかった自分の迂闊さに苛立ちを覚えていた。
とはいえ、彼がその発想に至らなかったのにも無理はない。
冒険者間の共通認識として、コルトトたちはダンジョンへと訪れる用事がないはずだったからだ。
「30階層はまだ先だぞ」
「今日はその下見ですよ」
「下見にしても早えだろ」
「ちょっと確認したいことがありまして」
「その確認したいことってのは?」
「扉の先がどうなっているか、ですよ」
ダンジョンの最奥に設置されている扉。
未だにその先を確かめた冒険者は居ない。
それを確認するというコルトトの言葉は、しかし無謀な挑戦ではなく十分に可能性のある目論見だった。
「ダンジョンの先達として一つ忠告しといてやる」
「なんでしょう?」
「五日分の保存食は忘れるなよ。もし持ってこなかったらひでえことになるからな」
ニヤリと笑ったネジルの言葉はダンジョンの入り口に記されている基本のルール。
当然コルトトもそのルールは把握していたが、とはいえダンジョンに初挑戦する身であれば既知でない可能性も無くはないというのも理屈の通った思考であるため、その忠告をありがたく受け取っておいた。
「それなら大丈夫ですよ。捕まるつもりはありませんから」
言って視線を前に向けると、丁度その先にはダンジョンの入り口が見える。
「それじゃあネジルさん、お気をつけて」
「そっちもな」
冒険者間の共通認識としてダンジョンに侵入するタイミングはずらすというものがあるので、ここまで並んで歩いてきたパーティーは二つに別れて突入前の確認を始めた。
先を譲られたネジルたちがダンジョンに入るのを見送ってから、コルトトたちも少し間をおいてそれに続く。
こうして、このダンジョンに初めてゴールド等級の冒険者一行が足を踏み入れた。




