113.もうすぐ秋ですね
「外も随分秋めいてきたねー」
「そうですわね」
今日は王都で用事を済ませて帰ってきたあと、買ってきた栗を剥いて口に運びながらルビィと雑談を交わす。
ルビィも細くて綺麗な指でちょんと栗を摘まんで口に運ぶ。
ダンジョンの中は常にちょうど良い温度に保たれているので気づき辛いが、外を出るともう皆長袖を身に着けて歩いているくらいの気温になっていた。
それに露店に並ぶ品の数々も季節によって移り変わり、今日のお土産に買ってきた栗もその一つだ。
こっちの世界じゃ食べ物の旬をずらすなんてやってないだろうし、夏の恵みは来年までお預けかな。
技術的に難しいし、コストに見合わないという理由もあるわけでこの世界じゃ割に合わないだろうしね。
「そう考えると冬は寂しくなりそうだね、食べ物的な意味で」
「そうですわね。ダンジョンに限って言えばいくらか融通も効きますが」
「確かに、今更食べ物に遠慮するような収支でもないしね」
初期は魔力の使い道は慎重に選んでいた頃もあったわけだが、シルバー等級の冒険者が何組も探索に来る現状なら多少の無駄遣いは問題にならない。
野菜とか果物とかは生成の魔力も少ないしね。
生成魔法に必要な魔力は物によるが、基本的には金属が高め、宝石はそれより更に高め、魔力を多く秘める希少素材が最上位、複雑な機構や精密な加工などを求めるなら素材に+αって感じ。
木材とか石材とか植物なんかは金属よりも魔力が少なくて済むので、今なら悩まずに作れるくらいだ。
まあ採れるなら自分で採りに行くし、王都で買えるならそっちの方が良いけどね、もったいないし。
ということで食べたいものを用意する分にはさほど困らないんだけど、それでも街中で商品を選んで買い食いするという楽しみがなくなるのは少しだけ寂しいかな。
「折角だし冷蔵庫でも作ろうか」
「冷蔵庫……、氷室のようなものでしょうか?」
「そうだね、それを家具サイズにしたものって感じ。魔石使えば普通に実現できるんじゃないかな」
「仕組みとしては可能かと」
ダンジョン内で使う場合に限って言えばアイスエレメンタルを呼び出して置いとけば済む話なんだけど、王都で売ることまで考えるとそうもいかない。
自由に使えれば生活水準がホップステップジャンプなんだけど、一応魔物だしね。
「ですが王都に普及させるためにはやはり魔石のコストがネックでしょうか」
「ランタンと同じで無色の魔石を燃料にすればコスト問題は軽減されるけど、それでもまだ高いかなー」
そもそも夜間の活動に必須な光源と違い、冷凍冷蔵の使い道自体が金持ちの贅沢という方向に近い。
極一部の職業を除いて生産性に寄与する訳でもないしね。
今でも需要が途切れることがなく、魔石相場の操作に活躍してくれているランタンくんと比べるとやっぱり弱い気がする。
「どちらにしても、時期としては冬より夏に求められる品物ですわね」
「たしかに」
外はまだ秋だけどこれから段々と寒くなってくる季節だし、冷蔵にはそこまで気を使わなくても困らない季節になってくる。
食い物の痛む速度とかダンチだしね、マジで。
引きこもりだった前世の頃は常時エアコンを効かせた部屋に居たから、こっちに来てから王都に滞在する時なんかに実感したよ。
「んじゃこれからの季節に向けて火の魔石の方で何か考えようか」
「火の魔石を使うものでしたら、やはり暖炉でしょうか」
「どうだろ、魔石を使ってまで暖をとりたいかって言われると怪しい気がする」
燃料なら魔石より薪の方が安いしね。
「確かにコストの点ではそうですが、冬には凍死者も出るようですので相応に需要は生まれるかと」
「へー、そうなんだ」
日本でも凍死者は毎年出ているという知識はあったが、それでも身近なものではなかったのでそういう発想はなかった。
まあ以前に雪が降り積もる真冬にエアコンが壊れた時は室内でも凍死しそうな気分になったことはあるし、この世界の建築技術なら不思議じゃないか。
「んー、じゃあ今回は暖炉にしよっか」
「はい、主様」
実際に凍死する人間が魔石の暖炉を使えるほど裕福な訳ではないけれど、金持ちが使う分の薪が削減されればその分安く手に入れられる市民も増えるだろうしね。
別に人間の生死に配慮するわけではないけれど、人口isパワーだから王都の人間の数が増えるに越したことはない。
それに魔石自体はダンジョンと冒険者の永久機関で無限に生成できるリソースだし。
「折角だから魔石の暖炉を作ったらお姫様に宣伝でもしてもらおうか」
「それもよろしいかと」
『【王族公認王都最新型進化版】 暖かい 強力 冬に最適 激安 安全 安心 暖房器具』とかそんな感じで。
うん、俺なら絶対買わないわ。
なんて話はともかくわざわざこれで借りを作るつもりはないけれど、ダンジョンの利益と国益を鑑みて利害が一致すれば協力くらいはしてもらえるんじゃないかな。
それに魔石を使った火なら煙は出ないし匂いもつかないっていう利点もあるしね。
貴族や金持ちであれば、そういう付加価値の需要もあるだろう。
「それじゃルビィ、準備するから手伝ってくれる?」
「かしこまりましたわ」
と言うことでまずは魔石の生成から。
差し出されたルビィの手に俺は自分の手を重ねた。




