110.24F-26F⑥
それから一行は一番上まで階段を上り、扉を越えて3エリア目まで到着する。
途中でコンビを組んだゴーレムに苦戦しながらも、そのまま未到達である3エリア目の一番下、26階層へと到着した。
「ん~」
「どうしたんですか、キリエ」
連戦を終えたのちのしばしの休憩の間に、仮書きの地図を眺めながら声を上げたキリエにカタリナが声をかける。
「ん~、それがな~この辺がちょっと変なんよ~」
「私には特におかしいところは無いように見えますが」
「これは一応詰めて描いてあるんやけど、本当は角度が合わない気がするんよ~」
彼女が言うには螺旋階段の入り口の角度と出口の角度が微妙に一致せず、扉で隔たれた丁度1エリア目と2エリア目と3エリア目の真ん中に隙間が生まれている部分があるのだという。
「気のせいではないのですか?」
「それにな~、今までの階層と比べると幅もちょっと狭いんよ」
ここまでの階層のマップ、特に上層部分は多くの冒険者によって測量が行われ、その結果ボス階層を除くそれぞれの階層の広さはほぼ一定であることが検証されていた。
「つまり道を斜めにずらして配置している影響で幅が足りなくなっていると」
正方形の中に道を斜めに配置すれば、並べられる通路の数は自然と減ることになる。
その通路を使用している範囲と階層の最大領域に差があるかもしれないと考えたのは彼女が初めてだろう。
1フロアぶち抜きの配置であれば別かもしれないが、上下移動を含めて3分割したエリアでその発想に至るのは至極困難なことであった。
更に言えばここまでが完全に水平垂直の通路みの構造のうえ、通路の幅もズレずにマップを描きやすい構造であったという前提も冒険者の思考の中にはあっただろう。
「少し進路を逸れることになりますが行ってみましょうか」
「いいん?」
理屈は通っているとはいえ正確に計測したわけではない。
それに今日はここまで来るのにかなりの戦闘をこなしたので、帰りのことを考えると魔力も心許ないタイミングだ。
なので自分の仮説に確信を持って推せないでいるキリエへ、話を聞いていたパーティーメンバーが後押しする。
「ここまできたら大した差じゃないだろ、行こうぜ」
「……、行きましょう」
「……(こくり)」
「みんな、ありがとうな~」
そして一行が訪れたのが3エリアの丁度真ん中。
一階層を前側4割と奥の左右3割ずつで分割された丁度中間の地点である。
改めてマップを確認すれば、そこは普通の曲がり角であり探索的にも一度訪れてしまえば二度来ることはないような構造であった。
「ん~、あるとすればこの辺になるはずなんやけど……」
推定空白スペースの前にある壁は注意深く観察しても見た目にそれらしい仕掛けは見当たらず、試しに壁を叩いてみても音の変化も感じられない。
結局壁をくまなく触って確かめると、水中に埋まっている一部が軽く押されたままに奥へとずれていく。
「!?」
その感触にキリエが驚いた反応を示すのも無理はない。
押し込む壁の仕組みは拳大ほどの幅であったがその境目には全く違和感がなく、それどころか押し込んだ後でさえその場には変わらず平坦な壁が見えている。
「これは……、不思議ですね」
「キリエの腕が壁に沈んでるじゃねえか」
「うちもビックリしたんよ~」
おそらくその部分には幻影の壁を投影しているのだろう。
スライドする機構上どうしても生まれる壁との繋ぎ目を完全に消すという意味では完璧に近い仕掛けだ。
欠点を挙げるとするなら幻影の壁を常に投影し続ける魔力的なコストだろうか。
ダンジョンの仕組みを考えれば安易に多用できないというのは、冒険者にとってはありがたい条件だ。
ともあれ、仕掛けと連動して目の前の扉がズズズと開き、その先には小部屋と宝箱が存在しているのが見えた。
「おお……」
おそらくそれは未だ誰も開けていない宝箱だろう。
自然と、一行の期待は高まっていく。
更にその宝箱は横幅が2メートル近くあり、中に入っているお宝への期待は無限大だ。
段差を上がり久方ぶりの水没していない通路へと皆が腰を下ろす。
それから背後で扉が閉まり、唯一解錠を担当するキリエが道具を取り出してから宝箱へと触れると、床に青白く輝く紋様が浮かび上がった。
「んん゛っ!?」
一行が腰を浮かせて咄嗟に身構えるそれは、見間違えることもない転送陣の光。
また牢獄行きかと覚悟するメンバーだが、その時はいつまで経っても訪れなかった。
そしてキリエがすっと宝箱に添えていた手を離すと、床の光も収まり元の状態へと戻る。
「こんなのありかよ……」
推察するに、先程の転送陣は宝箱の罠の解除に失敗した時に発動するものなのだろう。
ある意味で言えば警告をしてくれる分だけ温情があるという見方もなくはないが、それでも既に一度転送陣の罠にかかっている一行にとってはトラウマものであった。
「どうしましょうか」
「みんなは外に出ててくれてもええんよ?」
リスク管理的にはそれもアリだろう。
確認してみると罠の範囲はこの部屋の中だけのようなので、外に出ていれば免れる公算は高い。
万が一キリエが解錠に失敗しても、残る四人が揃っていればそのまま罠を避けて地上まで帰還できる可能性もあった。
「……私は、出ません」
普段は積極的に会話に参加しようとしないクドリャフカの言葉に、一行の視線が集まる。
「いいん……?」
キリエはそんなクドリャフカに聞き返すが、その言葉は周囲のメンバーが引き継いだ。
「別れたら別の罠が起動する可能性もあるしな」
「そうですね、それに宝箱の中身も気になりますし」
「……(こくり)」
満場一致で意見が纏まり、全員がその場にはどっしりと腰を下ろす。
「みんな、感謝するんよ」
そんなパーティーメンバーを見て、キリエが再び宝箱へと向かい合う。
今度は床に模様が浮かび上がるのも気にせずに、鍵穴へと意識を集中させていく。
そしてロックピックを這わせるように鍵の内側を撫でると、その機構の複雑さから眉間に皺を寄せる。
内部の複雑さであればこのダンジョンで見つかった宝箱でも随一だろう。
動かすことのできるピンの数は実に12個。
それを正しい高さに調整して、やっと中身を手に入れることができる。
とはいえ一番重要なのは、転送陣を起動させる仕掛けを外すことだろう。
その作業行程は、ある意味でこの鍵を作った相手との対話であると言えるかもしれない。
カチャリ。
全てのピンを調整して、キリエが鍵穴を回す。
そのまま蓋をゆっくりと開けると、輝く転送陣は発動せず、中身が露になった。
「おぉ……」
誰かがあげた感嘆の声。
その気持ちは一同が共有のもの。
「これはすげえな……」
「キリエのお陰ですよ」
「そんなことないんよ~」
「……本当に凄いです」
「……(こくり)」
中から現れたのは白く長い弓。
見ただけで通常の武器とは一線を画す雰囲気を持つそれに、とあるシルバー等級冒険者が持つ、20階層初回攻略報酬である刀の姿を一行は思い出していた。
売ればおそらく、前回失った全員の装備一式を補填して余りあるほどの金額になるだろう。
ただしそれは、無事に持ち帰ればの話である。
「それでは帰還しましょう!」
「そうだな。これでまた捕まったら完璧に馬鹿だからな!」
「今日はお祝いにいっぱいお酒飲むんよ~」
「……お酒っ!」
「……(こくり)」
ということで全員のテンションが上がったところで帰還するために腰を上げる。
そのままキリエは自身のマジックバッグにその弓をしまい、隠し部屋をあとにした。




