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109.24F-26F⑤

「それでは行きましょう」


24階層に降り立ったカタリナが言う。


そこに並ぶ姿は5名。


前回と同じオーグ、カタリナ、キリエ、クドリャフカ、ケフのパーティーメンバーだ。


ダンジョンに一度捕まった一行はその時の装備と所持金をすべて没収されていたが、今は前回と同じランクの装備を身に着けている。


以前は稼ぎの関係でその日暮らしの生活が多いシルバー等級の冒険者であったが、ダンジョンによって安全に稼ぎが増えたことによって家を借りる、または金を払って貴重品を預かってもらうという選択肢を取るものが増えていた。


キリエたち一行もその例に漏れず、全ロストした前回から時間をかけることなくこの場まで戻ってきている。


なお資産を預けられるなら釈放金を払わなくてもいいのではという考えもなくはないが、結局捕まっている時間を無駄に過ごすことを考えれば早期釈放されて再びダンジョンに潜った方がマシという意見も未だに根強い。


あと単純な金銭の問題の他に、拘留が長引けばその分ダンジョン探索の最前線から出遅れるという理屈もある。


時は金なり。特にわざわざダンジョンの為に王都に訪れるような冒険者は、少なからず一獲千金を夢見ているようだ。


資産の温存が可能になったことによってダンジョン側の収入は相対的に減るわけなのだが、主目的は金よりも魔力の収集であるのでそこまで問題にはなっていない。


むしろシルバー等級以上ともなれば、『装備がないのでダンジョンに潜れない期間が生まれる』ことの方がダンジョン側にとっても大きなデメリットになるかもしれない。


ちなみに彼らは既に捕まってから数度の探索を済ませており、把握している地図の範囲を広げるとともに、所持金の量を再び少しずつ増やしている。


「それじゃあ行くんよ~」


「今度は装備を没収されないように気を付けましょう」


「流石にもう一回いかれたら装備揃える金もなくなるからな!」


「がんばります……!」


「…………」


一行が気合を入れてから少しして、数字の記された壁の通路を通過する。


既にこれが隠し扉であるという情報は冒険者の噂で流れていたのでそこまで注視せずに近づいた一行だが、壁に刻まれた9という数字を見てキリエが疑問の声を上げた。


「ここ、数字変わってるんよ」


「なんだと」


「たしかに、前回は1だったはずですね」


確認するように、キリエが取り出した地図を広げる。


それは彼女たちが探索の合間にまとめたもので、確かに1の数字が書き込まれている。


「定期的に数字が変わるみたいだな」


「ん~~~、書き直すのめんどくさいんよ~~~」


そんなキリエの叫びを無慈悲に無視して、他のメンバーは話を進める。


「数字が入れ替わるということは、改めて場所を把握する必要がありますね」


「どうする、先に全部確認して行くか?」


鍵のある部屋の位置は一番下のエリアの奥。


順番に回っていくなら、先に扉を確認して回る必要がある。


「正解の番号の位置さえ分かれば進めるから全部把握する必要はないと思うんよ」


「たしかにそれもそうですね」


「んじゃ、進行方向の近くにあるやつだけ確認してくか」


オーグの言葉に一行が頷く。


そして通路の数字を三箇所ほど確認した上で到達したパズル部屋で、一行は再び頭を捻ることになった。


「数字が書いてありません」


台座に刻まれた数字パズルにはなぜか一つも数字が入っておらず、中央の枠だけが赤く塗られている。


「これは、答えわかんのか?」


「ん~~」


既に数字パズルの正答は出回っていて、キリエの手元の紙にもそれが写されている。


とはいえこのパターンは予想していなかったので悩む前三人に、クドリャフカが声をかける。


「あの……」


「どしたん、クドリャフカはん?」


「どのパターンでも……真ん中の数字は同じ……だと思います……」


彼女が自信なさげに解説したのは、全ての辺の和を15にするという前提では一番計算に使われる回数が多い中央は5で固定であるということ。


加えて言うと解答のパターンはマスの対称で何パターンかあるが、そのどの組み合わせでも中央の数字は変わらないことを解説した。


「なるほど」


「よくわからねえが、多分あってるんじゃねえか?」


「5番ならここまで来る途中に見かけたんよ~」


「……賢い」


クドリャフカの意見はおそらく正しいだろうということで、一行は順番に彼女を褒める。


「は……早く先に行きましょう……!」


そんな絶賛に照れた彼女が急かすように道を進み始めたのを、他のメンバーは笑みを浮かべながらあとへ続いた。




「おぉ~」


キリエが頭上を見上げ声を漏らす。


ここは仕掛け扉を抜けた2エリア目の中間階、25階層の奥地。


ある程度の広さが確保された部屋となっているその壁には無数の窪みが刻まれている。


そしてその壁の遥か上には、今まで来た通路と同じ広さの横穴が開いていた。


つまりあの穴が次に進むための通路なのだろう。


高さはおそらく1階層分で10メートル以上。


壁が天井まで垂直なのが救いだが、それでも後衛組には登るのに苦労する作業だと思われた。


「上から落ちたら危ないんよ~」


「そうですね、下が水とはいえ怪我はするでしょう」


「しかしその水が邪魔だな」


足下が水没している現状では、助走をつけるのにも邪魔だしジャンプするのにも邪魔と言う二重苦だ。


それがなければ前衛の身体能力でかなりの高さを稼げると思えばかなりの足枷である。


「うちが最初に登るんよ~」


「それでは次オーグが登り、上からロープを下ろしてクドリャフカ、ケフを引き上げましょう。私は殿を務めます」


基本的な流れが決まり、そのまま細かい流れを詰めていく。


「それじゃあオーグはん、よろしゅう頼むんよ」


「任せときな」


そう言ってオーグが壁の前にしゃがみこみ、そのまま大盾を肩へと背負う。


そのまま他のパーティーメンバーはそこから離れ、特に距離を取ったキリエが一歩を踏み出した。


バシャンと水音が連続で響き、その水の抵抗をものともせずに彼女は距離を詰める。


キリエがオーグの肩へ乗せる盾へと踏み込み、ぐっと膝の力を溜めると同時に下から突き上げられた。


オーグが全身のバネを使い跳ね上げた大盾を、更に蹴ってキリエが飛翔する。


それだけで壁の高さの半分を優に越えたキリエが、その勢いのまま壁の窪みを蹴り、続いて腕の力で一番上まで身体を持ち上げる。


無事に上の通路に着地した彼女の視界には槍を握った三体のスケルトンの姿が映った。


通路を塞ぐように横に並んだスケルトンたちは、握った槍の先を真っ直ぐにキリエへと突き出す。


「わぁお」


独特のイントネーションでその厚い歓迎に声を上げたキリエは屈んだまま横に一転。


水没していない床のお陰で機敏に動くことができるキリエは更に三体の外側をすれ違うように飛び出すと、いつの間にか握っていたナイフで一番近くの一体の膝を刈る。


そして片足を失って崩したスケルトンの裏に回り、残りの二体が振り返るより前に身体を反転して飛び掛かる。


結果ナイフの一閃で飛んだ首は二つ、更にもう一閃で片足を失った最後のスケルトンも無力化した。


「大丈夫ですかー?」


「問題ないんよ~~~」


下から聞こえたカタリナの声にキリエが応え、それを確認したオーグが続いて壁を登っていく。


右手の大鎚と左手の大盾はマジックバッグにしまっているが、それでも自身の体格と鎧の重量はかなりのもので落ちれば盛大な水飛沫をあげることになるだろう。


とはいえ前衛を務められるだけの身体能力を有する彼は自身にかかる負荷を苦にするでもなく一番上まで登りきった。


そこからオーグがロープを取り出して下に投げ、それをクドリャフカが先に握る。


ロープの先には三角形の金属部品が取り付けてあり、そこに足をかけることで非力な彼女でも容易に自身の体重を支えることができた。


そのままオーグの腕力によって順調にロープが引き上げられていくが、不意に下の階層で水を揺らす音が響く。


現れたのは部屋の三方向から、石を握ったスケルトン。


戦力が上下に分断されたタイミングで追撃するために配置されていたのだろうそれは、通常シルバー等級の冒険者達であれば問題にはならない相手。


とはいえ治癒師単独であれば対処は困難であるうえに、魔術師でも三方向の魔物を処理するには相応の魔力を消耗する。


前衛職であれば投石を回避しながら倒すことに問題はないが、一息で倒すことは難しい状況に加えて、何よりも壁を上っている味方が無防備な状態であることに変わりはない。


そんな風にパーティーメンバーと上下の人員によって異なる対処が求められる伏兵だが、今回は至極単純に対応された。


シュッと風を切る音と共に硬質なものが当たる音が聞こえてスケルトンが崩れ落ちる。


音の正体はキリエが上の階から放った弓矢。


衝撃を高めるために刃ではなく金属の重りを先端につけたそれは、的確にスケルトンの頭を砕き二体三体と倒していく。


「矢は回収しますかー?」


「安物だから放置でいいんよ~~~」


ケフの身を守るために備えていたカタリナとキリエが声を張って上と下で会話をする。


使った矢は当然回収した方が懐には優しいのだが、部屋の中とはいえ回収のために単独行動をして更なる罠にかかる可能性と天秤にかければ無視できる程度の損失だ。


そして無事にロープに掴まり登りきったクドリャフカに続いてケフもオーグによって引き上げられ、最後に残ったカタリナは自力でするすると壁を登っていった。


「全員無事登れましたね」


今回の一行は全員が登りだけの片道通行で突破することができたが、上下の伏兵スケルトンによって登ったり降りたりという手順が必要になる他のパーティーも存在していた。


特に後衛の対応に関しては様々であり、今回のようにロープで引き上げるケースの他に背負って連れていくケース、抱き上げたまま壁を駆け登るケース、自力で登るケース、魔術で自身の重量を軽くして一足に飛び上がるケース等がある。


それに加えて登る順番にも様々な流れがあり、この壁の制作者はそんな冒険者たちの解法を見て迷宮の奥で楽しんでいる部分もあった。


「それでは、進みましょうか」


そしてダンジョン側の用意したアトラクションをスムーズに突破した一行は、更に奥を目指して歩を進めた。



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