101.工作タイム
「それじゃあ今日はダンジョンで配るアイテムを作るよ」
「はい、主様」
ということで最初はこれ。
「弓矢ですわね」
「そうだね」
ダンジョンじゃそんなに出番がない代物なんだけど、リッチとかを相手にするのにちょいちょい使われてるのを見かけてるので用意してみた。
「まあ弓の方はそんなに面白いこともできないけど」
なんといっても造形に工夫の余地がほとんどないしね。
本職の職人ならなんか違いを出せるのかもしれないけど、こっちは素人だから前世の記憶から和弓を元に形を曲げてみるくらいしかやることがない。
あと木材はエンチャントの適正も高くないし。
「まあこれは別だけど」
ということで取り出したのは身長ほどある一本の弓。
塗装などをしていないのに白く存在感を示しているそれは、妖精が出るという迷いの森の木材で作ったもの。
まあその素材の由来の真偽はそこまで重要ではなく、実際に十分な魔力を宿しているのがわかるのでどちらにしても問題はない。
「どっちにしろ気軽に配れるものじゃないから大当たり枠だけどね」
素材からして高額なうえに希少なので、そんなに自由に配れるものじゃないというか配ったら報酬のバランスが崩壊しちゃう。
「エンチャントはどうなさいますか?」
「そだねー」
遠見とか筋力強化とか風のエンチャントでよく飛ぶようにするとかシンプルに考えられるけど、せっかくだしもうちょっと工夫しようかな。
「ということでルビィ、こういうのをやりたいんだけど、できそう?」
「そうですわね……。風のエンチャントで応用なさいますか?」
「んー、どっちかっていうと魔力で紐づけの方がスマートなんじゃないかな」
「なるほど、それでは一時的に矢にエンチャントするような形でしょうか」
「あー、うん。そんな感じ」
「では、よろしいですか主様」
「うん、よろしくね」
ということでルビィと魔導書に手を重ね、白い弓にエンチャントを施す。
「んじゃ試しに使ってみようか」
言って弓を手に取り弦を引こうとして、衝撃の事実が判明してしまった。
「これ重すぎなんだけど……」
胸の前で構えて全力で左右に広げようとしてみても、弓はほとんどしならずにミリしか弦を引けない。
この木材自体はちゃんと希少ではあるけど弓に使われている素材のはずなので考えられる理由は二つ。
ひとつは作り方が間違ってる、もうひとつは俺がモヤシすぎる。
正解は?
後者かなぁ……。
「うん、ルビィちょっと悪いんだけどこれが引けるか試してもらえる?」
「わかりましたわ、主様」
受け取ったルビィが軽く両足を開いて胸を張り、そのままぎゅっと弓を絞るとちゃんとそれがしなって矢を放てる状態へと形を変えていた。
おー。パチパチパチ。
やっぱり俺がモヤシだっただけですね。
悲しみ。
まあルビィの出力がかなりハイパワーってこともあるんだろうけど、それでも冒険者なら使いこなせるだろう。タブンネ。
「それじゃルビィ、これで実際に射ってみて」
「はい、主様」
一旦弦を戻したルビィへと矢を渡し、部屋の隅に標的になる的を生成する。
そして再び弓を弾く彼女の姿勢は背筋がピンと伸ばされていて美しい。
まあルビィはいつでも美しいんですけどね。
「ところでルビィ」
「どうかなさいましたか、主様」
「胸、気を付けてね」
俺が自分の胸とトントンと指差すと、ルビィも自分の胸へと視線を落とす。
胸の横に離した弦がビターン!するのが巨乳あるあるだけど、彼女の今の構えもその例に漏れず矢を放つとビターンする位置関係になっている。
そういうお約束も大切だけど、ルビィが痛い思いするのは見たくない。
「なるほど、気を付けますわ」
「うん」
そして胸に当たらないように弓を少し斜めに傾けたルビィがそのまま手を離す。
ズンと風を切る音が響き、そのまま木製の的に突き刺さった矢が貫通して壁へと衝突しそのまま砕け散った。
「わーお」
実際の弓矢の破壊力はダンジョンの中でも何度か目にしていたけど、矢が粉々に砕け散って破片が宙を舞う光景は流石に予想外だ。
「すみません主様、矢を破損させてしまいましたわ」
「それは気にしなくていいよ。それよりもう一回、今度はもうちょっと外して撃ってみてもらえる?」
「はい、主様」
ということでルビィがちょっと狙いをずらして構えるところを、真後ろに回って観察する。
うーん、絶景、じゃなくて。
そのままルビィが再び矢を放つと、ほぼ水平の軌道を保って直進するそれが途中でぐいっと横へと曲がりそのまま的へと命中した。
「うん、大丈夫そうだね」
「そうですわね。もう少し強く誘導することも可能かと思われますわ」
ということで弓に施したエンチャントは、放った矢を遠隔で操作するというもの。
正しくは弓が矢へと魔力を流し、その魔力の接続で一時的に矢に指向性を生ませるというもの。
遠隔で後乗せしていることを除けば、剣の切れ味を上げるために刃の方向へと力を発生させるエンチャントと原理は一緒ね。
これをうまく使えば動く的にも百発百中で当てられるようになるだろう。俺には無理だけど。
「じゃあ次は矢かな」
矢自体は消耗品であり、ちゃんと作ると地味にめんどくさいところも含めて魔法で量産するには適した商材と言えなくもない。
まあ矢単体で配ってもあんまり喜ばれなさそうっていう点では報酬向けではないんだけど。
10本1セットとかで配っても単品で微妙なのを数で誤魔化してるみたいになりそうだしなあ。
「それでも需要はあるかと」
「まあそうだね、とりあえず少し配ってみてから考えようか」
どっちにしても実際に作ってみないと始まらないので作った矢の何本かを手に取ってエンチャントしてみる。
矢は先端の鏃やじりが金属なので、軽いエンチャントをするには問題ない。
それにあんまり魔力を使ってエンチャントしてもすぐ壊れちゃったら勿体ないしね。
まず最初に火のエンチャントを試そうかなと思ってどういう設計にしようかと案を浮かべる。
「ねえルビィ、矢が燃え上がるのと鏃が過熱されるのどっちがいいと思う?」
「そうですわね、後者の方が汎用性は高いかと」
一定の魔力で同じ熱量が発生するなら炎として発散させるよりも鏃に蓄えた方が温度は上がりそうか。
「問題は、胴体部分が熱に耐えられるかですわね」
「それね」
魔物に効くレベルで発熱させると、シャフト(木の棒)の部分がダメになりそうっていうのは実際に試してみなくてもわかる推測だ。
まあ最悪シャフトは使い捨てでもいいんだけど、万が一でも標的に到達する前に空中分解してちゃんと飛ばないとかって話になると話にならないから困る。
流石に欠陥品を配るのはダンジョンのブランドに傷がつくからなあ。
まあダンジョンにそんなブランド価値があるかはともかく。
「とりあえずシャフトの耐久性を上げるのが一番わかりやすいかな」
「もしくは魔力的な効果を遮断する加工をする、などでしょうか」
「たしかにそれがいいかもね」
他の属性をエンチャントしようとするならまたそれぞれに合った対応を考えないといけないし、一括で同様の処理を施せるならそっちの方が楽だしわかりやすい。
「例えば塗ることで魔法効果を遮る塗料とか」
「たしかに、それなら応用が利きますわね」
まあそれで完全に効果を防ぐなんてことはできないだろうけど、それでも実用するのに困らない程度の品はできるだろう。
「漆は耐火性と耐水性に優れてお城の外壁にも使われた、なんて話もあるしそんな感じで」
「それでは考えてみますわ」
「うん、よろしくルビィ」
ということでルビィに魔力的な仕組みを考えてもらっている間に、俺は鏃のひな型を作っておく。
「主様、それは?」
「うん、どうせなら規格を統一しておこうかと思って」
標的に刺さる部分の形状は色々あるんだけど、シャフトとのジョイント部分は形状を統一させても問題ないしシャフト側の穴も同一の形状で大量に作ってしまって問題ない。
まあ設計の基本は元よりこの世界にあるものを参考にしているから特にドヤ顔するようなことでもないんだけど。
同型のAパーツとBパーツを量産してドッキングは工業製品的な考え方だけど、それを可能にするくらいの加工精度が必要になってくるからその点は生成魔法様々かな。
「ともあれこれでシャフトの部分を配ればエンチャントしている鏃の部分を再利用することもできるはず」
まあ耐久性で言ったらシャフトより先に鏃が壊れる可能性の方が高そうではあるけど、とはいえ全部が全部そうなる訳でもないし貴重品の部分が再利用できるならそれに越したことはないだろう。
「それじゃあルビィ、これよろしく」
と言って、ルビィに矢の一本を渡す。
ちなみに弓の方も、普通のやつに交換しているので安心。
実用試験用に撃った矢が全部砕け散ってたら流石にもったいないからね。
「どう? 持ってみた感じは問題はなさそう?」
「そうですわね。鏃が重いのが気になりますが、問題はないかと」
空気抵抗と重量を考えるのであれば、鉄の先端部分はなるべく小さくした方が矢の性能は高くなるのが道理だ。
とはいえ今回はエンチャントの容量と強度を確保するためにかなり大きめに作ってあるので重量は結構なものになる。
具体的には長さが小指ほど、形状はPCのマウスカーソル型。
まああと、冒険者なら多少の空気抵抗はものともせずに使いこなしてくれるだろうという甘えもあるけど。
「それでは」
とルビィが構える矢の側面には、炎のマークが刻まれている。
あと矢羽根の方も赤く塗ってあるので使うときに種類を間違えることはないだろう。
そんな矢をルビィが標的へ目掛けて引き絞る。
シュッと風を切る音と共に飛翔した矢が、バコンという音と共に突き刺さった。
そして音を立てた厚目の木の板は、程なくして刺さった鏃の周辺を焦げ臭い匂いを伴って黒色に変異させ、最終的には炎を吹き始める。
おそらく鏃の温度が木材の発火温度を越えたんだろう。
矢はその炎上に巻き込まれる前に固定していた部分の木材の燃焼を伴う変形によって、カランと床に落ちていた。
「矢の方は無事ですわね」
「そうだね」
ルビィが拾い上げた矢は原型を保っており、力を加えてみても強度の低下は見られない。
木の板が発火したのに木製のシャフトが無事なのは、ルビィの考案した塗料のお陰だ。
「ルビィの加工の成果だね」
「主様の発想の成果ですわ」
なんて言ってる最中にも隣で燃えてる板が煙臭いので、火を止めて次の実験に移行する。
次は氷のマークを描いた矢。
こっちの世界で氷の結晶のマークが通じるかは不明だけど。
まあ実際使えばそのうち理解されるでしょ。羽根も青く塗ってあるし。
そんな氷の矢は、先程と同じように的へと当たるとピシリと音を立てて木の板を凍結させる。
おそらく木材に元から含まれている水分と大気中の水分で凍結したんだろう。
火のエンチャントもだけど、これで魔獣に刺されば十分な効果が期待できるんじゃないかな。
うちのダンジョンで役に立つかはともかく。
それから雷のエンチャントも使ってみたけど、こっちはとある事情でお蔵入り。
「風のエンチャントは飛距離が伸びるから遠射用かな」
「風への抵抗もありますので、それを操る魔物や強風の中でも活躍できるかと」
「なるほどね」
なら飛んでるドラゴンとか狙うには良いのかな、そもそも当たっても効くか知らないけど。
「ともあれ、この辺は配っても問題なさそうだね」
やっぱりダンジョンでの有用性は怪しいけど、それは他の武器のエンチャントのいくつかもおなじだし、極論店で値段がつけば報酬としてはそれで問題がない。
「あと最後にもうひとつ」
「なんでしょう、主様」
「これ、魔法の粉」
吸ったら気持ち良くなるやつ、ではなく武器に塗るやつ。
まあ武器に塗ったらある意味では気持ちよくなれるかもしれないけど。
そして実際に刀を取り出して塗ってみると、刀身がメラメラと燃え上がった。
「これはどれくらいの価値になるかな」
「難しいところですわね……。性能としては通常の武器へのエンチャント未満ですが、必要に応じて使い分けられるという部分がどれ程評価されるかでしょうか」
この粉を塗るよりも普通に武器にエンチャントした方が出力は高くなる。
更に言えば既にエンチャントされている武器に塗っても魔力効果が反発して基本的には正常に効果を発することが出来なくなる。
なので器用貧乏という側面が強い消費アイテムなのだが、使う場面によって後塗りができる有用性がどれくらい評価されるかは判断が難しいところだ。
ちなみに使い捨てで一定時間で効果が切れるヨ。
「可能ならエンチャント武器を調達できない冒険者が10階層で使えるくらいの値段になるといいんだけどね」
「それに関しては配布量次第かもしれませんわね」
「そうだねぇ。いっそ10階層クリア時に確定配布とかにしようか」
「それでしたら、配りすぎて相場が崩壊する方を注意する必要があるかもしれませんわ」
「んー、やっぱり試しに配ってみてその取引金額を見ながらかな」
「粉に関しては分量を調整して配れますので、そちらでもバランスを取るのがよろしいかと」
「わかった。それじゃあ早速だけど配る前に王都で鑑定だけしてもらってこよっか」
「かしこまりましたわ、主様」
ということで本日の工作タイムは終了。
俺とルビィは並んで王都へと出かける準備を始めた。
帰りになにか美味しいものでも買ってこようかな。




