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001.血染めの美女

瞬きをすると、目の前が真っ白な空間に変わっていた。


「!?」


右手には箸、左手にはカップラーメン。


部屋着はそのまま、胡座をかいて床に座っている。


真っ白な空間は果てがなく続いていて、尻の下の硬い感触がなければ平衡感覚が壊れてしまいそうなくらい現実味にかけていた。


その中で正面に、ポツンと椅子に腰かけている少年が一人。


「やあ、結城優希くん」


見た目は小学生くらいの男子のはずなのに、その言葉はまるで老成しているような雰囲気を纏っている。


「君にちょっと話があるんだけど、いいかな?」


「その前に、これ食ってもいいか?」


明らかにおかしな状況なのだけど、俺はそれよりも左手にあるカップラーメンの方が気になって仕方ない。


既に三分経って一口食べたあとなので、長い話を聞いてたらずるずるに伸びちゃいそうだし。


まあ現実逃避でそう聞いてみた部分も否めないけど。


ともあれ、そんな俺の提案に少年はどうぞと片手を見せて促してくれる。


じゃあ遠慮なく。


ずるずると麺を啜り、スープまで全部飲み干してから箸を容器にポイすると『カコンッ』と小気味良い音が響いた。


「それで、なんだっけ?」


俺がカップ麺の容器を床に置いてそう聞くと、少年と視線が合う。


よく考えると俺が地べたで少年が椅子の上だからなんだか説教でも始まりそうな高低差があるな。


いっそ立ち上がるか? まあいいか。


「今日は君に用があってここまで来てもらったんだ」


「ここって?」


「神の座だね」


「神ってことは、神様?」


「イエス」


「イエスて、神の子の方じゃん」


「あはは、語源も違うし厳密な発音も違うから日本人にしか通じないジョークだけどね。それは置いておいて」


「お、おう」


神様なのになんかノリが軽いな。見た目ショタだし。


「君には異世界でダンジョンマスターをしてもらおうと思うんだ?」


「ダンジョンマスター?」


「そう、ダンジョンのマスター」


そのまんまじゃん。まあわかるけどさ。


つまりウィザードリィみたいなダンジョンを運営する側ってことでしょ。


「えっ、嫌だけど」


わかりはするけどやりたくはないわ。だって異世界にはスマホもネットもないんでしょう?


「答えは聞いてないよ」


「問答無用かよ! この強引な感じは神様感あるけど!」


むしろ、あっちの神話の神様に比べたらこれでもまだマシまであるけど!


「わかってくれて嬉しいよ」


「わかってない! わかってないから!」


「質問があるなら答えるよ。君がカップ麺食べてた時間は差し引いて」


「根に持たれてる!?」


「イエス」


「天丼ッ!」


はぁ、はぁ。


「そもそも、こういうのって死んだ人間が転生するものじゃないの」


「一度死んだ人間を生き返らせるなんて面倒でしょ?」


「ごもっともで」


いや、神様のルールとかは知らんけど、本人がそう言うならそうなんだろう。


「チート的なものを貰えたりとかは?」


「ある意味、ダンジョンマスターの資格がチートだね」


「でも、デメリットもあるんでしょう?」


「ふふふ」


「意味深に含み笑いやめろ」


絶対ろくなことにならないやつ!


「がんばれ」


「他人事極まりすぎてていっそ清々しいな。ちなみに、なんで俺なんだ? もしかして、隠された才能があったり?」


「まあある意味そうかもしれないね」


「えっ、具体的には……?」


異世界流刑罪には納得していないが、それはそれとして隠された才能なんてものがあるなら興味がある。


それが異世界生活をイージーモードにしてくれるなら尚更だ。


「うん、ずっと家で独りでいても辛くなさそうだから向いてるなかって」


「そんなの日本中だけでもいくらでもいるだろ!」


「だからその中からランダムで君が当選した感じ」


そんな理由で俺の人生が破壊されてしまうのか。


「じゃあそろそろ時間だから、行ってみようか」


「マジかよ、ノリが軽すぎるだろ」


「僕にとっては暇潰しみたいなものだからね。楽しませてくれるのを期待してるよ」


「暇潰しで人の人生をオモチャにするんじゃないよ! やっぱり帰して! 家に帰らせて! まだハンターハンターの最終回も読んでないのに!」


「ハンターハンターは選挙戦で完結したってことで後はおまけ扱いでよくない?」


「この神様無駄に漫画にも詳しい!? ってそうじゃなくて! ああっ!」


なんて俺の叫びも虚しく、ぐっと意識が引っ張られる感覚と共に、それがプツリと途切れた。




……。…………。……………………。


ガバッ。


目を覚ますと同時に体を起こす。


目の前には広い空間。


壁は石で出来ているように見えて、真っ白な空間とは違う現実味がある。


目の前にはハードカバー?の一冊の本。


その向こうに台座と、上に浮かぶリンゴ大の黒い石。


薄く光るそれは色合い的には黒曜石のような感じで、綺麗に多面カットされている。


そもそも宙に浮かぶ宝石の時点で謎現象なんだけど、さっきまでの記憶とそれ以前の記憶もしっかりと残っていて、恐らくここが異世界であろうことは把握できた。


ドッキリを疑うにはシチュエーションが大掛かりすぎるし。


多分あの石も魔法的なやつで浮かんでるんだろう。


ダンジョンマスター。


つまりここはダンジョンの中か?


まずどうすればいいのか、思考が状況に追い付いて来る前に、後ろからザッと足音がする。


「おい、誰かいるじゃねえか」


「運がねえな」


振り向くと、男が三人。こちらに歩いてくる。


手にはそれぞれ剣と剣と斧。


冒険者、と言われて想像する格好よりは随分薄汚れているその男たちは、まだ立ち上がれていない俺の前まで来て、一人が手斧を振り上げた。


「わりいな、これは俺達が見つけたお宝なんだ」


言いながら、その斧がこちらへと振り下ろされる。


「た、たすけ……っ」


状況についていけず、思わずくっと目を閉じる。


ばっと広がったむせるような血の臭い。


顔が血にまみれて、だけど来るべき衝撃がいつまで経っても訪れない。


「……?」


恐怖と疑問がせめぎあって、恐る恐るまぶたを開ける。


目の前には手斧を振り上げたまま硬直している男。


そしてその背後には、男の胸を素手で貫きながらも妖しく笑みを浮かべる美女が立っていた。


「ご無事ですか? 主様」


その美女の言葉が俺に向けられたものだと理解するのに、少しの時間が必要だった。

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