4.暇つぶしが終わる時
約束を、守りたかった。
THE STORY OF
“ORGANISM OF ORGNIZED ORGANISM”
CASE.Ⅰ ~CLONE GIRL~
人造人間 ここではそれを広く定義しよう
その多くは、人の手によって 造られた人間である
その多くは、人のために 造られた人間である
その多くは、人よりも優れて 造られた人間である
その一部は、人の形をして 造られていない人間である
そんな人造人間がはびこる世界に、
君は生きている
「なるほど、ウサギの刺繍の中に………これなら心理的にも、彼は捨てるのをためらったことでしょう」
「どうだい? これも私の手作りさ。………あぁ、お構いなく。彼女らが帰ってきたら、私どももすぐに帰りますので――――」
雲がますます集まってきて、段々と空が黒色に染まり始めようとしていた。僕は雪が降ると直感し、彼女の手を引いておばあちゃんの家へと急いだ。
その、途中………
「あっ―――――――――」
………やけに車が止まってるなとは、思っていたんだ。その時にすぐ気付いていれば、たぶんこんな目の前まで来るまでには逃げ出していたと思うんだ。
「………どうしたの?」
「……………」
その何台も止まっている灰色のワゴン車に書いてあった文字を見て、僕は首を切り取られたかのようなひどい錯覚に襲われた。
『御代畑医療研究施設』
この子の生まれた場所で―――僕がこの子を連れ出してきた場所。
そして――――――――
「やあやあ、一週間ぶりぐらいかな。…実に久し振りだ」
待っていたのは、あの男だった。
4 暇つぶしが 終わる時
「どうしたい、いい暇つぶしはできたかい?」
「………どうしてここがわかったんだ」
聞いてみて、今さら驚くことでも無い気がしてきた。人を一人作ってしまうような奴らなんだ、それぐらい朝メシ前なんだろう。
「ふっふっふ、私には君達の全てがお見通しなのだよ。………嘘だ、ちょっとした発信機を使わせてもらったよ」
眼鏡の女の人が、僕に近付いてきた。
「あなたがやってきたことを、今さら責めるつもりはありません。今ならまだ間に合います。私達にその子を返してください」
あの子はというと―――――この状況に困惑して、僕の服を掴んで、後に隠れていた。
この女の人やあの男の他に、おばあちゃんの家の回りには十人ぐらいの白衣を着た人達がバラバラに立っていた。………断れば捕まえるつもりだっていうのは、目に見えて明らかだ。
だけど、
「………渡したら、どうするつもりなんですか」
周りの空気が歪むのを感じた。誰もが口に出したくないのだろうことを突き付けれて、眉をし
かめたり眉間にシワを寄せていたりしたからだ。
―――ただ一人、あの男を除いては――――
「殺すんだよ。バラバラに、ね」
眼鏡の女の人が振り返っていた。白衣達はむしろ、目を逸らそうとしていた。そして僕は―――――彼女を強く抱き寄せていた。
男は強い抑揚をつけて叫びながら、僕に近付いてくる。
「勘違いしているようだから説明しておこう。君は私達を恐ろしい殺人集団か何かと思っているようだが、そんなわけがない。
そこにいる彼女は人の命を救うために生まれて来たんだ。そして君はその邪魔をしようとしている。この意味がわかるかな?」
男はそこで一度区切って立ち止まり、眼鏡の女の人達の方へ向いた。何かの預言者みたく神々しく両手を広げると、男は背中を向けたまま僕に、叫んだ。
「助かる命をも、君は殺そうとしているんだよ!! 君のしている行為は殺人そのものに変わりがないんだ!!!」
空模様はますます悪くなってきた。重たい黒色の雲達は、むしろそのまま落ちてきそうにも見える。
―――――風が、強くなってきた
「それでも―――――」
「それでも、何だ!!!」
………それでも、僕は口を開く。男は振り返りもせずに問い返した。
「それでも!
命を救うのに、殺すための人を作るなんて、間違ってる!!!」
僕は両手を広げて彼女をかばう。白衣達が僕達を囲もうと、ジリジリと動き始めていた。
僕があの白衣達を殴りに掛かるのが先か、白衣達が僕を取り押さえるが先か。それともあの男の合図で口火を切るのだろうか。
…まさに一触即発だった。
―――――だけど、あの男はそれを制した。
「―-―――間違っているのは、君の方だ。なぜこんな簡単なことにも気付かないんだ、君は」
あの男は、ポケットに両手を突っ込んだまま更に近付いて来た。まるで、何かのドラマのシーンみたいに白衣がなびいている。でもその白衣からは敵意がにじみ出ているようにしか見えなかった。
「近寄るなっ!」
「少し考えればわかっていたと思うんだがね。いや、君はもう、気づいているんじゃないのか?」
いや、
もしかしたらだけど――――――
「君がその子を守り続けたとしても、その子が死んでしまうことに変わりないというのに」
悲しい顔が伝えたかったのは、慈愛だったのかもしれない。
「………なに……?」
「君はずっと見ていたはずだ。彼女がいかに早い成長を遂げているか。そして同時に、いかに彼女の寿命を縮めているのかを。君はそれすらも乗越え、彼女を死から守ることができるのか?」
僕には――――できない。だけど、彼女をこの男達から守ることに変わりはない。
「本当に頭が固いんだな君は。いいか、前にも言っただろう、彼女は、一日で一つ歳を取るようにホルモン調整がされているんだ。つまり彼女は、常識的に考えて八十日、つまり三ヶ月も生きられない体だ。それを君は、彼女を七日間連れまわし、七歳分、体を成長させた」
だんだん、僕はあいつから目を逸らしていたことに気が付いた。しかし、それでも奴はまだ、まだ僕に近づこうとしていた。
「では今後、君がいつまでも彼女を連れまわしたらどうなる?
あともう一週間もすれば、彼女は君と同い年になり、そして年上になっていくだろう。
そしてオリジナルである少女の年齢をも上回り、移植手術にさえ使えないであろうほどに、体は老いて、衰えてゆくだろう。
つまり、どういうことだ?
君がそのまま彼女を守り続けたならどうなる?
彼女はどうなる?
さぁ、答えてみろ」
…どうなるかって? ハハ、そんなのわかりきった事じゃないか。
彼女ハ 死ンデシマイマス
「………ははは、はは……………」
本当は、そんなことはずっと前からわかっていたんだ。
一日で髪の毛が生えそっていたのを見た時、二日目には立ち上がって歩いているのを見た時、五日目には言葉をしっかりと発音できていたのを聞いた時――――――。
この子はあっという間に成長する。
あっという間に――――――死んでしまう。
「そして君はもう一つ大事なことを忘れている。その子の皮膚や臓器を頼りにしているオリジナルの少女の存在を、だ。
その子の死は、同時にオリジナルである少女の死へと直結している。
結論から言おう。
君がその子のためによかれと思ってやっている誘拐行為。
結果として二人の命を奪うことになるぞ。
それはつまり、その子が死ぬためだけに産まれてきたと、君が認めたということだ。
君は、彼女が産まれてきた意味も、目的も殺してしまおうとしているのだよ。
それでも君はまだ、その子の手を引いて遠くへ行ってしまおうなどと考えているのか?
さぁ、どうなんだ」
僕がこの子を―――――殺すのか
僕のせいで―――――この子は死んでしまうのか
なんで、なんて――――――――
……彼は膝を落とし、両手をついて俯いていました。
少女は彼が突然崩れてしまったことに驚き、彼に何度も何度も声をかけていましたが、彼は……なかなか答えようとはしません。
先生が手を差し出そうとしましたが、しかし彼はそれを拒みました。おそらく彼はまだ、現実を受け入れることができていないのでしょう。
………私は、誰に何と声を掛けたらいいのかわからず、ただずっと離れた場所からその様子を見ていました。
「………ひきょうだ……………ひきょうじゃないか…………」
彼の小さな呟きは段々と大きな叫びへと変わり、そしてすすり泣く声にかき消されていきました。
彼の震える体に対して、空は残酷にも雪を降らせ始めました。
地面についた雪はすぐに溶け、そこにはただ小さく濡れた跡だけが残されていき、それはまるで、涙の跡のようにも見えます。
いいえ。空も、彼と共に、泣いていたのかもしれません。
『僕は最初からこの子を救えなかったんだ』と、彼は嘆きました。
『言っただろう、死ぬまでの暇つぶしだと』と先生は答えました。
「先生、そろそろ……」
しかし先生は、もう少し待てと、私を片手で制しました。他の研究員達も先生には逆らえず、やはり私と同じように少し離れて見ていることしかできずにいました。
「少しだけ時間をあげよう。せっかく淹れてもらったお茶が冷めてしまいそうだからな。君も寒くなったら、入ってくるといい」
君達もどうだ、と言って、先生は家の中に入っていきました。
何人かの研究員達は先生に誘われるがままついていき、何人かは彼を見張ろうとその場に残っていました。
私はというと、最初の数分こそその場に残っていたものの、寒さに耐えかねて中へと戻ってしまいました。他の残っていた研究員達も、やはり同様でした。
「これはこれは、なかなか美味しいお茶ですね。少し分けてもらいたいぐらいです。…あぁいえいえ、結構ですよ。お構いなく」
囲炉裏の周りは実におかしな光景でした。先生と私、それから老婆が囲炉裏を囲んで座り、残りの研究員はみな壁際に並んで立っていて、何だか怪しい宗教の儀式の最中のようにも見えます。
「先生」
私には、この男がいったい何を考えているのかが全くわかりません。大切なクローンを手放したり、かと思えばすぐに見つかるように発信機を用意していたり………。
果たして先生が、本当に移植手術をする気があるのかさえ、疑問に思えてくるのです。
「安心したまえ、彼ならすぐに戻ってくるさ」
「…その自信はどこから出てくるんですか。彼がまた逃げ出すことだって考えられます。………最悪の場合、彼女を巻き添えに自殺するということも」
湯のみを置いた先生は、実に落ち着いた表情で私に答えました。そんなことするわけがないだろう、と。
「彼がここへ逃げ出せて来れたのは、ここという頼れる場所があったからだ。今から逃げ出すとして、彼はどこへ行くと言うんだい?
ましてやこの雪だ。彼らの格好じゃ、いささか寒すぎると私は思うがね」
確かに先生の言う通りです。しかし、あれから既に三〇分が経とうとしています。いくら何でも遅すぎるのではないでしょうか。
「どこへ行くのかね」
「様子を見てきます。あの少年はともかく、Cの少女が心配です」
私は先生の返事を待たずに引戸を開けました。冷たい風と一緒に雪が吹き込んできて、外は思った以上に悪い天気になっていることに気付かされました。
「やれやれ…私も差し入れでも持って行ってあげるとするかな」
先生は最中の包みを二つ取って、他の研究員達を片手で制した上で私の後について出てきました。
びゅぉおぉおぉ…………
外は不気味なまでに薄暗く、真っ白なはずの雪でさえ、火山灰のように恐ろしい物に見えてしまいます。
風もより強く、肌を削り取るように、四方、八方から襲い掛かってきました。
「ふむ……ちと寒いな、これは」
「寒いなんてもんじゃないでしょう…! 早く二人を家の中へ…
……あっ」
びゅぉおぉおぉ…………
汚い灰が吹雪く中、二人は―――――
「――――――いな、い…………?」
彼らがいたはずの場所には、少なくとも人間らしき影はなく、ただ醤油のボトルが入ったビニール袋が雪をかぶり、カサカサと音を立てて風に揺れているだけでした。
そして、ほとんど雪に埋もれて、消えかかってしまった二人分の足跡が、どこともしれない遠くの方へと続いていました。
「先生……ッ!」
歯ぎしりをしてしまった。生まれてから今まで、そう何度もたくさんやってきた行為じゃない。そしてそれは、決して寒さのせいでやったわけではないと、私は言い切れる。
「やれやれ…」
先生はビニール袋を拾い上げると、醤油のボトルを外に出し、袋を返して雪を出していました。
「………本当に暇つぶしが好きみたいだな、彼は……」
先生はつまらなそうな顔をして、彼の祖母が待つ家の中へ、今日の雪のような色をしたビニール袋を持って戻っていきました。
つづく…
暇つぶしを、終わらせたくはない。