1.おかしな赤ん坊
この作品は、2年前に冬コミで発表した作品です。構成を変更した以外は、特に変わりはありません。
人造人間
ここではそれを広く定義しよう
その多くは、人の手によって造られた人間である
その多くは、人のために造られた人間である
その多くは、人よりも優れて造られた人間である
その一部は、人の形をして造られていない人間である
そんな人造人間がはびこる世界に、
君は生きている
1 おかしな赤ん坊
今日はひどい雨だった。何がひどいって、とにかくすごい土砂降りだったんだ。おかげで電車が遅れて、いつも乗っているバスに乗り遅れてしまったんだから、さぁ大変だ。
僕の家は、山の上の 縦川村 にある。一日往復二本しかバスの来ない、かなりの田舎村だ。そして僕は、その一日に二本しかないバスにたった今、乗り遅れてしまった所なのだ。
「まいったなぁ」
帰れないわけじゃない。一応、縦川村の少し手前までいくバスなら二〇分に一本ぐらいの割合で出ているから、その終点から歩けばいいだけのことだ。
ただ、その歩く所が大変なんだ。歩道の無い県道を三十分ぐらい歩かなければいけないし、なにより今日は雨だ。山道を歩くわけだから、土砂崩れにあう可能性がある。
あともう一つ怖いのが、すれ違う車だ。跳ね飛ばす雨水も危ないが、その跳ね飛ばされるのが自分になりかねないから、もっと危険なのだ。
実際、バスの終点で降りて思い出したことがある。縦川村の向こうにある重井沢の街で大規模なビルが建つとかで、道には大きなトラックがよく通り抜けていたのだ。
片側一車線ずつあるとはいえ、歩道が無い山道だから、トラック同士のすれ違いに出くわした時には脊髄が凍るような思いをすることになる。
「でも、急がなきゃいけない人もいるんだよなぁ」
笛吹川の橋を渡ってすぐに、上の方から一台の車が猛スピードで走ってくるのが見えた。この土砂降りでがよく見えなかったけど、間違いなくそれは救急車だった。
サイレンは鳴らしていなかったけど、あの様子だと相当急いで
いるらしい。危なっかしい、凄いしぶきを上げながら、救急車は僕の横を下っていった。
その、直後だ。
悲鳴のようなスリップ音の後に、金属が擦れる嫌な音、そして雷が近くに落ちたような大きな音。
答えは後ろを振り返ったら、すぐにわかってしまった。
「言わんこっちゃない!」
黒い二本の筋が途中で途切れていた。その先からはもっと太い筋が削るようにできていて、最後は笛吹川の橋で止まっている。救急車が横倒しになって、橋の手すりに正面から激突していたんだ。
「大丈夫ですか!?」
助手席の窓から中を覗いて、見なきゃよかったと後悔した。とてもじゃないが、自分だけの力じゃ助けられそうにないし、何より説明するまでもなくもう手遅れだった。
たぶん、即死だったんだろう。
「.....?」
ふと、声が聞こえた気がした。血みどろの惨状を見て頭がいかれたとか、そんなんじゃなくて、確かに声が聞こえたんだ。
(泣き声...?)
まさかと思い、急いで救急車の後ろに周って、少し開いた後部ドアを思いっ切り持ち上げた。
横倒しだから、どちらかと言うとドアを引き剥がす感じだ。
もはや香りと言うのが適切なぐらい、中は錆びた鉄のような匂いで充満していた。
救急車の中は暗く、外の雨音で中の様子は全くわからない。
ただ、その雨音に隠されながらも、かすかに聞こえてくる声が、間違いなくそこにあった。
「.......」
外からの僅かな光を反射するカプセルの中。
白い布に包まれ、泣き声をあげる一人の赤ん坊が、そこにいたんだ。
僕は赤ん坊をカプセルごと抜き出し、この子だけでも助けようと家へ向かって走った。
その直後、ふと後ろを振り返ると、さっきまで自分がいたその救急車が土砂に埋もれ、下へ流されていくのが見えた。
音は雨でほとんど聞こえなかったけど、ただ、笛吹川の橋も一緒に落ちていったのはよく見えたんだ。
縦川村に帰ってきて、まず僕は交番へ走った。どうにかなるとは思わなかったけど、頼れるのはそこぐらいしか思いつかなかったからだ。
「はい...はい、わかりました、はい」
でも、やっぱりどうにかできる問題じゃなかった。いきなり赤ん坊を連れてこられても、どうすればいいか分らないのはおまわりさんも同じだったのだ。
この雨で県道が通行止になってしまったらしく、病院からの車も来られないらしい。
しかたなく、赤ん坊は僕の家でしばらく預かることになった。
「君の名前は何て言うんだろうなぁ」
だっこされてる顔がきゃっきゃっ笑う。あったかい、生きてるっていう喜びが満ち満ちている笑顔だ。
ずっしりと重たくて、こんなにもほほえましい存在が僕の腕の中にいる。久しぶりに心が和む時間を過ごせた気がした。
後で教えられたけど、あの赤ちゃんは女の子だったらしい。
お母さんが近くの家からオムツを分けてもらってきて、取り替えた時に確認したそうだ。
別にそういう事が理由なわけじゃないのだけれど、赤ちゃんはお母さん達の部屋で寝かせられることになった。
僕はもう少し遊んでいたかったのだけれど、やっぱり赤ちゃんは寝るのが一番だと言われ、諦めることにした。
(早く明日になってほしいな…)
こんなことを思いながら眠ったのは、今までそんなに無かった気がする。弟や妹がいなかったから、今日は赤ちゃんという存在の喜ばしさを知れて、興奮してなかなか眠れなかった。
―――――――
次の日の朝、なんとも不思議なことが起こった。いや、正確には既に起こっていたんだ。
「あれ...その子、もしかして...?」
昨日見た赤ちゃんは、性別が分かる程髪の毛は生えそろっていなかった。
でも、今お母さんが抱えているその赤ちゃんの頭には、艶やかな黒い髪の毛がスッと伸びていて、気のせいか、顔立ちもより女の子らしくなっていたような気がしたんだ。
「こんなに急に生えてくるるものなのかな...?」
その時はその程度で、それ以上深く悩むことはしなかった。道路が通行止めになってしまったし、何より橋が落ちるの僕自身がを見て知っているわけだから、学校に行くどころか村から出ることすらできない。
僕はその日、一日中赤ちゃんの相手をして過ごしていた。
ハイハイして動き回っているのを追いかけるのは、思っていたよりも相当にキツイ、ということがわかった一日だった。
――――――
あの赤ちゃんがやってきて二日目。
また朝起きて見てみると、やはり昨日よりも明らかに赤ちゃんは大きくなっていた。
いや、それよりももっと気になる変化が赤ちゃんに現れていた。
「あ、あれ...?」
昨日は確かにハイハイしかできなかったはずの赤ちゃんが、今、目の前で立っていた。
それだけじゃない、支えも無いのにこっに向かって歩いてきていたのだ。そして、近くに来てもう一つ。
身長が、初めて会った時のニ倍近くにまでなっているような、そんな気がしたのだ。
体重に関しては二倍どころか、三倍も四倍以上かというぐらいに増えている気がする。
これを単なる成長だとか、発育だとかと言うには少し無理があると思う。
いくらなんでも早すぎる。
一日二日でここまで変わるのは、さすがに異常ではないのだろうか。
三日、四日と過ぎる度に、その疑問は更に膨らんでいった。
まるで、一回眠る毎に一つ歳を取っているかのようで
――――――
五日目になると、もはや赤ちゃんと呼べるような身体ではなくなっていた。
本当はもう少し前から十分幼児と呼べる体型になってはいたのだけど、あまりにも急激すぎる変化に、こちらの認識と呼び方が間に合っていなかったのだ。
「お母さん、おはよ~、お父さんも、おはよ~、」
言葉も随分しっかりしてきて、ごはんもちゃんとした物を食べられるようになっていた。
好き嫌いはするけど、この頃なら僕も同じだったと思う。普通の子と同じ、見た目も、やっていることも、全部同じ。
ただ一つ、成長する早さだけを除けば。
「お兄ちゃんも、おはよ~」
「あぁ...おはよう」
それにしても、せめてこの子の名前が分かればもう少し融通が効くのだけれど...
――――――
七日目。そろそろ登山道でも通って買出しに行こうかと話し始めた頃、通行止めになっていた県道が一部復旧したという話が村に届いた。
依然通行止めなのは『縦川村~低崎町』。つまり僕のいつもの通学路で、救急車が土砂に埋もれた、あの笛吹川の橋がある側の道は、まだ復旧していないらしい。
反対側の重井沢市へ抜ける道が回復したということは、あの子を搬送しようとしていた病院の車も縦川村に来ることができるようになったというわけだ。
要するに...
「はい..はい、縦川村八番地です。..はい、お待ちしてます...」
病院から、あの子の迎えがやってくる、ということなのだ...。
つづく…
オルガニズム=『有機的な集合体』という意味で…
この頃の英語力は恐ろしくひどかった;;;