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親友の傷


多忙と難産で非常に間隔が空いてしまいました。申し訳ない。


なので、加筆した点も含め前回のあらすじを添えておきます。


前回のあらすじ:風邪が治った陽奈の快気祝いに海へ行った聡人達。夏休みの予定を立てた二人は海辺まで競走し、そして次の日から一緒に登校することを約束したのだった。



では、楽しんでいただけると嬉しいです。





 海に行った日の翌朝。


 それなりに活気付いたホームルーム前の教室で、俺は鞄に額を押し付けた。


「あー……」


 まさか、今日も腕組み登校になるとは思わなかった。まだ腕に感触残ってる気がする。心なしか密着度上がってた気がするし。


 まあ、これからも一緒に登校したいと言ったのはこっちだ。その上「今日も超暑いから」なんて名目を出されちゃ文句なんて言えない。


「自業自得ってやつだな……」

「よ、色男。朝っぱらから幸せなため息か?」


 楽しげな声に顔を上げれば、いつも通り気の抜けた顔でヒロが立っていた。


「幸せ半分、恥ずかしさ半分ってとこだ」

「スペシャルブレンドだな。口直しに激辛焼きそばパン買ってやろうか?」

「あいにくと昼飯は間に合ってるよ」


 陽奈の弁当に胃袋を掴まれた今、もはや購買のパンには戻れる気がしない。この前の水曜日は休んでたので、それも含めて味気なかった。


「じゃあ、そいつは置いといて。昨日お前が言ってた相談ってやつ、今日の昼でいいか?」

「え?」

「あ、都合悪い感じ?」

「いや、別に大丈夫だけど……」


 少し間を置こうと思ってたんだが、まさかこいつから持ちかけてくるとは。

 昨日のあの子、女子達への目線の険しさを鑑みるになんとなく恋愛(そっち)方面の事情っぽかったし。少し驚いた。


「お前がいいなら、こっちとしても早い方が助かる」

「決まりだな。お前から愛しの彼女に言っといてくれよ」

「はいはい、分かったよ」

「……まっ、俺のことなら気にすんな。むしろ今は聞きたいんだよ、お前の話をさ」


 調子良く俺の肩を叩いたヒロは、不意に大人びた表情を浮かべた。今まで見たことのない、どこか達観したような顔を。


「……そうか。だったら、とことん付き合ってもらうぞ」

「昼飯が腹に入る程度で頼むわー」

 

 へらりとした様子に戻って、ヒロは立ち去った。

 一瞬真面目になったり、かと思えばふざけたり、忙しないやつだ。もしかしたらあいつなりに気を紛らわそうとしてるのかもしれない。

 

 自分なりに納得していると、入れ替わる形で陽奈がやってきた。


「城島、大丈夫そ?」

「多分、概ねは」

「その割には心配って顔じゃん」

「普段賑やかなやつがああだと、流石にな」

 

 何かできるならしてやりたいが。それが相談を受けることだっていうなら、あいつの望む通りにしよう。


「今日の昼だけど、ヒロと食うことになったから今のうちに言っとく」

「ん、おっけ。あたしもちょうど真里と食べることにしてたから」

「なら、そういうことで」

「今日はバラバラだね。そしたら今のうちに渡しとこっか」


 自分の机に置いていた鞄を開き、中を探る陽奈。

 そこから取り出されたのは、いつもは水曜日に貰っているお手製の弁当だった。


 はいこれ、と差し出されて両手で受け取る。


「わざわざありがとな」

「気にすんなし。こないだ休んだ分、気合い(・・・)入れて作ったから期待してね?」

「? おう、楽しみにしとく」


 なんだろう、おかずが豪華とかだろうか。


 とりあえず、午前中の授業は真面目に受けてきっちり腹を減らしとかないとな。




 程なくしてチャイムが鳴り、学校生活が始まる。


 粛々と勉強に励み、腹の虫が主張を始めた頃、四限目の終了を告げるチャイムが教室に響いた。

 

「うーいアキ、飯行こうぜー」

「ああ。じゃあ陽奈、また午後に」

「感想、あとで聞かせてね」

「勿論だ。きっちり味わってくる」

「行ってらー。今日は陽奈借りるわー」


 ひらひらと手を振る陽奈と谷川に見送られ、弁当を手に入り口のところにいるヒロと合流する。


「どこにするよ?」

「できれば、あんまり人気のない場所がいい」

「ならうってつけの場所知ってるぜ」

「分かった、お前に任せる」


 我に妙案ありというヒロの先導で、早速移動し始めた。


 教室を出発し、向かったのは理科室や音楽室のある特別棟の方面。

 本校舎を正面に、中庭を挟んで片仮名のコの字に部活棟が対となっているそこへは連絡路を通っていく。


 そしてヒロは、校舎から出てすぐに連絡路の外へと道を外れた。


「あれっ、どっかの空き教室とかじゃないのか?」

「まあまあ、いいから付いてこいって」


 一体どこへ向かってるんだろうか。疑問に思いながらも追いかける。

 こっちには何もなかったはず、と首を傾げつつ特別等の外周を沿う形で奥へと進んでいけば、前方に何かが見えてきた。


「どうよ、ここ。今は駐車場の方にある喫煙スペースの名残りだぜ」


 やがてたどり着いたのは、こぢんまりとした休憩所。

 校舎を囲む外壁を背に、ひっそりと低い駆動音を立てる古びた自販機と、それに寄り添うように佇むベンチだけが静かに鎮座していた。


「確かに、こっそり話をするにはぴったりの場所だ。よく知ってたな」

「お気に召したようで何よりだよ」


 感心しながらベンチに腰を下ろす。

 軋んだ音に尻の位置を直すと、ヒロが小気味良い音を立ててパンの包装を開いた。


「で? 話っつーのは晴海のことか?」

「お察しの通りだよ。一言で言えば、恋愛相談だ」

「おお、お前の方からそんなセリフが出てくるとは。ちょっと新鮮だわ」

「今までずっとお前に聞き出されてたからな」

 

 付き合い始めた時、中間テスト前、そして今回で、かれこれ三回目か。

 しかも今回は内容が内容だ。にわかに背筋を緊張が駆け巡る中、おもむろにヒロへと切り出した。


「俺、さ。陽奈に告白しようと思ってる」

「ほーん………マジか」

「ああ、大真面目だ」

「告白、告白ねえ。そうくるとはな」

「やっぱり変だと思うか?」

「んにゃ、最初に事情は聞いてるし。どっちかっていうと思ったより早かったことに驚いた」


 覚悟を決めるのに半年は軽く見積もってたと言わんばかりの口調に苦笑しながらも、かぶりを横に振る。


「むしろ遅いくらいだよ。そもそも、まずは一ヶ月っていう話もとっくに過ぎてるからな」

「そういや言ってたな。まっ、いいんじゃねえの? お試しじゃ足りないくらい本気になったってことだろ?」

「ああ、もうただの協力相手じゃない。一人の女の子として、陽奈のことが好きだ」


 ちゃんと好きになれた、と言うべきだろうか。


 我ながら驚くことに、決して埋まらないと思っていた心の穴は今や陽奈との少なくない思い出で埋まっている。

 そこから生まれた新たな感情が徐々に輪郭を帯びていき、この前のことでついに確かな形を持った。


 たったの二ヶ月。その間に紡いだ時間は、晴海陽奈という女の子に惹かれるには十分すぎた。

 

「それをちゃんと伝える。今以上の関係になろうとするなら、それしかない」

「今以上ねえ。正直、見てるこっちが胸焼けするくらい上手くいってると思うけどな」

「目に毒で悪かったな……上手くいってるからこそだよ。目的が変わる以上、区切りはつけなきゃだろ」

「まあ、確かにな」


 付き合うことになった時に言われた、新しい恋を始められるか確かめようという約束。


 その言葉に対して答えを示さなくちゃいけない。俺はお前と一緒に、〝次〟へ進もうと思えるようになったんだと。


「正直、自分の気持ちを打ち明けるのは怖いよ。一度失敗してるぶん、好きだって言葉は前よりすげえ重くなってる」

「じゃあ、なんでわざわざ告ろうと思ったんだ? なんかきっかけでもあったのか?」

「……足りないと思ったんだ。そんな中途半端な状態じゃ、あいつの隣にいるには相応しくない」


 この恐怖を抱え続ける限り、俺の心は失恋に囚われ続けたままになる。

 どんな言葉を交わしても、約束をいくつしたって、どこかで居心地のいい現状に甘んじるだけの先延ばしになっちまう。

 



 それじゃ駄目なんだ。


 俺は叶わなかった恋の代わりが欲しいんじゃなくて、陽奈と恋をしたいんだから。


 だからこそトラウマを克服する必要がある。初恋の終わりを乗り越えることで、ようやく本当の意味で前に進めるだろう。

 あんなに素敵な女の子の全部を受け止められるようになりたいなら、この程度どうにかできない男でどうするんだ。


「結局のとこ、不器用なだけなんだろうな。こんなやり方しか思い付かないんだからさ」

「俺は正直、そっちの方が好きだけどね。いかにもお前らしいじゃん」

「ありがとよ……まあ、そんなわけで。色々アドバイス貰ったから、お前には話しとくことにした」

「あいよ。それじゃあ宮内さんのことはもういいんだな?」

「ああ。小百合には、先輩の方がお似合いだよ」


 ずっと抱えていたかもしれない苦しみに気づけず、あまつさえその原因が自分だと知りもしなかった俺よりも断然。

 

 クラスマッチの翌日を思い出しながら答えると、へえ、とヒロが意味ありげに呟いた。


「なんだ?」

「なーんか引っかかってるって顔だな。後になって取り返しのつかないことをしでかしたのがわかったって感じだ」

「お前……本当に鋭いな」

「まっ、これに関しちゃちょっとな。この際だ、抱えてるもん全部出しとけ。今なら延長料金は取らないぜ」

「良心的な相談室だな………分かったよ」


 どうせ、こいつには散々弱音やどうしようもない悩みを聞かれてる。

 今更、それが一つ増えたってどうってことないだろう。


「もしも、何より憧れて、誰にも汚されたくないと思ってたものを、その実自分が一番傷つけてたかもしれないとしたらどうする?」

「ふむ。知らず知らずのうちに、ってやつか」

「ああ。そのせいで足が竦みそうになったら、どうすればいいんだろうな」


 自分だけは違うつもりで、勝手に知ってるつもりになって。本当は罪深いことをしてたかもしれないとしたら。


 そんな疑問が、先輩と話をしてからずっと頭の片隅にある。

 陽奈への思いが高まっていくほど強く脳裏をちらつき、あと一歩のところで走り出そうとする感情を引き止めてきた。

 そして問いかけてくるんだ。高峯聡人に、もう一度恋をする資格はあるのかと。

 

 

 

 俺は自分の頑固さを知っている。

 一度決めたらもう止まらない。陽奈から拒まれない限り、愚直に想い続けるだろう。


 けれどもし、そうすることで与えるものが楽しさや、安心や、幸せでないのなら。

 いつか終わりが来るとして、その時残るものが後悔や苦しみなら……ここで線引きをするべきじゃないか。


 ようやく決まった覚悟を台無しにするような選択肢が、嫌でも脳裏をちらつく。


「俺、初恋しかしたことないからさ。こんな時の気持ちの整理の付け方が分かんねえ」

「自分が傷つく以上に、相手を傷つけるのが怖いってわけだ」

「まだ始まってすらいないのに何をって感じだけどな……恋って難しいわ」


 上手く相手を幸せにし続けるノウハウも、そんなの知るかと自分の願望を突き通す傲岸さもない。

 どうしようもなく、自分は恋愛の素人なのだと幾度となく思い知らされる。


「うし、分かった。なら一つ、お前にくだらなくてためになる話をしてやるよ」

「え? ど、どっちだ?」

「だから、くだらねえけどためになる話だ。騙されたと思って聞いてみろって」

「お、おお? 分かった」


 よし、と頷いたヒロは、ふと虚空を見る。

 何か大きなものを自分の中から引き出すように遠い顔をして、ゆっくりと話し始めた。


「俺が中学の時にいたやつの話なんだけどな。そいつ、小さい頃から何でもやれるやつでさ。勉強もスポーツも、そこそこ努力すりゃすぐ一番になれちまった」

「なんか、すごいやつだったんだな」

「そうでもない。何してもつまんねーって顔して、それで出した結果で人に期待されんのも妬まれんのも面倒臭いから手ぇ抜いてた。なんにも全力になれるもんが無かったんだ」

「自分を持て余してた、ってことか」


 さぞ器用なやつだったんだろう。

 いつだってギリギリのところで食らいついてる俺には、正直想像のつかない感覚だ。


「そうやって毎日やり過ごしてたら、ある人に声をかけられた。校内でも有名な女バスの先輩でな。前にそいつがやむを得ずやる気出したとこをたまたま見かけて、部活に勧誘してきたんだ。腐らせてるくらいなら、一回くらい本気で何かに打ち込んでみないかってな」

「そいつはバスケ部に入ったのか?」

「どうせなら暇つぶしにやってみるかくらいのノリだったけどな。で、実際に入ってみたらやっぱりすぐに上達した。半年くらいで主将になって、県大会にも出場したよ」


 そりゃまた、本当に天才肌なやつだったんだな。

 なんだか、テストも運動もそつなくこなすこいつを更に万能にしたみたいな印象…………ん? あれ?


「でも、悪くない半年間だった。部員も気のいい連中でな。一緒に目標に向けて切磋琢磨する楽しさとか、何かにのめり込む面白さとか、色々知った。鏡を見りゃ、初めて視界が開けたって顔をしてたよ」

「先輩はそいつの恩人になっただろうな」

「いいや、それ以上だ。自分の狭い世界をぶっ壊してくれたその人に、生まれて初めて恋をした。そう、お前もお馴染みの初恋だよ」


 ああ、なるほど。それは理解できる。


 たった一つの行動で人を変えることができる、そんな強さにそいつも憧れたんだ。

 感動さえ覚えるような強い情動は、やがて単純な憧れから恋心に変わっていったんだろう。


「話すたびに好きになっていって、実際良い雰囲気だった。だが、ずっとテキトーに生きてた自分じゃ釣り合わねえと思ったそいつは、県大会で結果を出して告白しようと決めた」

「そんなとこまで一緒かよ……それで、上手くいったのか?」


 淡々と語っていたヒロは俺の質問に答えるでもなく、ただ皮肉げに少しだけ口の端を吊り上げた。


「そんな時だった。先輩の妹に、そいつが告白されたのは」

「え……!?」

「男バスのマネージャーでな。世話好きの真っ直ぐな性格で、いきなり入ってきたそいつにも分け隔てなく接してくれるような子だった。おかげで早く馴染めたし、良い後輩だったよ」

「おいおい、じゃあ先輩とその子の間で板挟みになったっていうのか」

「笑えるくらいにな。しかも大会が終わったら返事をしてほしい、なんて言われちまったんだから最悪だ。考える時間ができちまった分、余計ドツボにハマったよ」


 軽いようでいて、実際には全くといっていいほど熱のない声音からは強く葛藤したことが伝わってくる。

 どこか小馬鹿にするような口ぶりは、()()()()()()()()()()()()()()()()遠慮がない。


「そいつは悩んだ。初恋と大事な後輩、どっちを取るべきなのか。本気で悩んで悩んで、どうにかなっちまいそうなほど苦しくなるまで迷い続けた」

「どう……なったんだ?」


 何故だろう。その先を知るのが、少しだけ怖くなって。

 恐る恐る聞くと、初めてこっちを振り向いたヒロは……これ以上ないほど嘲りを込めた笑みで言い切った。


「逃げたよ」

「え──」

「全部投げ出して逃げやがったんだ。初恋を諦めて自分が傷つくのも、その子をフって傷付けるのも。どっちも怖くて、告白の返事もせずにバックれた」

「それ、は……」


 そんな。それじゃまるで──陽奈との未来と小百合との過去で揺れる、俺のこれからの姿みたいじゃないか。


「大会が終わったら、部活もやめて距離を置いた。二人の顔を見たらまたあの苦しみを味わう気がして、耐えられる気がしなかった。終いには学校の誰も受けないような難関校を受験して、何もかもを断ち切っちまったのさ」

「……自分を、守るために?」

「まったく自己中にも程があんだろ?……で、終わった後に気付いた。結局、自分のやったことは全員を傷つけただけだったってな」


 大切だった人達も、自分自身にも後悔と悲しみだけを残す、そんな最悪の選択肢。

 決して取り返しのつかない、後戻りのできない道を選んでしまったというのか。


 決して他人事じゃない、それどころかひどく身近に思える話を聞き届けた俺は最後に質問する。


「そいつが今どうしてるか、知ってるのか?」

「ああ、知ってるぜ。久しぶりに会った後輩に責められて一丁前にヘコんで、どうしようもねえアホ面でダチの恋愛相談聞きながらパン食ってるよ」

 

 そう言って、ヒロは一口だけ齧っていた惣菜パンを口にした。

 空っぽになった自分の中へ無理くり押し込むような様子に、俺は二の句を告げられない。目の前にいる親友が、まるで別人に思えた。


「んぐ、長ったらしく語っちまったが、要するにだ。もし不安に駆られて選ぶことを止めようとしてんなら、それだけは絶対にやめとけ。後悔するぜ」

「……ああ」

「それで手に入るもんはゲロ吐くほどの自己嫌悪と、てめぇを殴り倒したくなる気持ちだけだ。選ばないことで壊れるもんもあるんだよ」

「選ばないことで壊れるもの、か」


 確かに、そうだ。その通りだ。

 ここで足を止めたって小百合にしたことが帳消しになるわけでもないし、陽奈に対してもただただ不誠実になるだけ。

 単なる自分可愛さの現実逃避でしかない、最低な方法だ。


「どっちも同じくらい大事なんてのは、勇気が無いのを誤魔化すための弱音だ。所詮は同じ〝くらい〟なんだよ。どんなにそっくりに見えたって違うもんなんだ。大事なら、絶対に選ばなきゃだった……失くすまでそれに気付けなかったけどな」


 だからと、それまでのどこか自罰的な雰囲気から一変して。

 肩が震えるほど真剣な顔と眼差しで、ヒロは俺に向かって言う。

 

「お前は、ちゃんと選べ。本気で晴海のことが好きなら、過去の後悔を理由にして諦めんな。高峯聡人はそういうことができる人間だろ?」

「……なんでそこまで、俺のことを信じてくれるんだ?」

「入学式の日、宮内さんと一緒にいるお前を初めて見た時に思ったんだよ。ああ、こいつはちゃんと自分の気持ちを貫いてるんだなって」

「お前が最初に話しかけてきた日か」

「そうだ。言っただろ、面白そうだからダチになろうって。俺はに出来なかったことを、お前ならやれそうだって感じたんだよ」

「……そういうことだったんだな」


 数ヶ月前までの俺は、小百合と並ぶためなら他のどんなものも切り捨てて生きていた。

 周囲との関係を傷つけられるだけのものだと遠ざけたみたいに、その場所だけを選ぶ覚悟があった……そういう意味では今と大違いだ。

 そんな姿勢が、こいつには良く思えたのかもしれない。


「なら、こんな有り様で幻滅したか?」

「全然? 自分の弱さを受け入れられなかったどっかのバカと違って、人に頼ってでも解決しようとしてんじゃん。幻滅なんてするかよ」

「なんだろうな。お前の俺への評価の中で、今のが一番嬉しいわ」

「安心しろ、プライスレスだぜ」

「タダより怖いものはないってよく言うけどな」

「んだとこら」


 肩に腕を乗っけて体重をかけられ、やめろと口では言いながらも、本気で拒む気にはならなかった。

 

「大丈夫だよ。お前はもう、失敗したかもしれないって知ってる。また間違えそうになったら、そん時は立ち止まって考えりゃいい」

「ヒロ、お前……」

「そもそも、人と関わって一回も傷付かないなんてありえねえし。恋愛関係なんてその最たるもんだろ。何かあったら一緒に座って、ちゃんと話をして。それで少しずつ進んでいけよ。隣にいるってそういうもんじゃねえの?」


 まったくもって、ぐうの音も出ないほどの正論だった。


 知られたくないこと、見られたくない自分。そんな部分に踏み込むなら、どうしたって相手を傷付ける。

 大事なのは傷付いても許してもらい、その上で受け入れ合える関係を作ることだ。


「自分にできるか不安でも、やるしかないんだな。そうしなきゃ通じ合うことなんてできっこない」

「そういうことだ。まっ、どうしても自分一人じゃどうにもならねえってなれば相談しに来いよ。またケツ蹴ってやるから」

「だったら、思いっきりやってくれ。一発で目が覚めるようにな」

「おう、任しとけ」


 ふう、と息をつく。


 なんとなくスッキリした気分だった。

 不安が消えたわけでも、答えを得られたわけでもない。でも、自分のやるべきことだけはちゃんと理解できた気がする。


「ありがとう。やっぱ、お前に相談して良かったわ」

「よせよ。つーわけで、青空相談室はこれにて終いだ。頑張れよ、アキ」

「おう」


 こいつのアドバイス、無駄にならないようにしないとな。


 そう結論づけた途端、ぐうと腹が鳴る。そういえばずっと話してて、まだ弁当に手もつけてないんだった。


「おいおい、アラームが鳴ったぞ」

「もうあんま時間ないから、早く食わないとな」


 感想言うって約束したし、午後の授業もあるから急がないと。


 手早く風呂敷を解き、出てきた弁当箱の蓋を開けて──愕然とした。


 これでもかというくらい大量のハートが、カットされた具材や白米の上に乗った桜デンブで所狭しと中に溢れていたのだ。


「ぶふっ! おま、くくっ、これでよくフラれるかもしんないとか俺に言えたな?」

「……………マジはっずいんですけど」


 我ながら、蚊の鳴くような声が漏れる。




 本当に、陽奈との恋は一瞬だって心休まる暇がないくらいドキドキに満ちていることを改めて体感するのだった。






読んでいただき、ありがとうございます。

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