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快気祝い


楽しんでいただけると嬉しいです。





 陽奈のお見舞いに行ってから二日経った。


 あれから熱は順調に引いたらしい。負担をかけやしなかったかと不安だったが、今日は学校に来れると連絡があった。

 安堵と顔を見れる喜びに、俺は意気揚々とした心持ちで学校──ではなく、駅前にいる。


「くぁ……」


 家からこっち側まで来るために30分早く起きて、瞼が少し重い。

 じとりと首筋に浮かぶ汗の生ぬるさに無理やり目を覚まされて、あくびを噛み殺すことの繰り返しだ。

 

 睡魔と格闘しながらも、改札の方を確認するのは怠らない。

 大体十分おきに出てくる人達は、これから炎天下に繰り出すことを覚悟してるのだろう。億劫そうな顔が大半だ。そこにはうちの制服を着た生徒も含まれている。


 普段学校にいる時間を思えば、そろそろ──


「……あ」


 何度目か、ホームから上がってきた一団の中に、その姿を見つけた。


 緩やかにウェーブを描く髪を揺らし、今日も華麗に制服を着こなして、周囲の気怠さなんてものともしない雰囲気を纏いながら。

 眠気など容易に吹き飛ばすほどの存在感を放って、晴海陽奈は現れた。

 



 改札を通過し、手元に投じていた目線を上げたところで、偶然目が合う。

 ぱちりと目尻を上げたあいつは、真っ直ぐこっちへやってきた。


「おはよ」

「おはよう、陽奈。体調はどうだ?」

「もう大丈夫。ごめん、待たせちゃった?」

「いや、そんなにじゃない」

「……嘘だ。目元、擦ったっしょ」

「あー……」


 涙が出た時に拭った跡が残ってたのか。これはなんともバツが悪い。


「わざわざありがとね」

「平気だ。『駅前で待ってて』なんて送られてきた時は、ちょっと驚いたけどな」

「迷惑だった?」

「おかげ様で、ビタミンDがたっぷりだよ」

「そっか」

「おう。じゃあ、行こうか」


 差し出した右手に華奢な手が重なり、指を絡める。

 学校の方に踵を返して──直後、二の腕が温かい感触に覆われた。

 

 びっくりして振り向けば、両腕どころか体ごと密着してきている。


「ひ、陽奈? これは……」

「暑くてふらつくかもしんないから。駄目?」

「別に駄目じゃないが……」

「ならいいじゃん。ほら、行こ」


 ご満悦の様子で歩き始めた陽奈に引っ張られるような形で、俺も動いた。




 駅から離れて早々、同じ時間帯に乗ってきた学校のやつらの視線が突き刺さる。


 あらぬところに踏み出しそうになる足をどうにか軌道修正しつつ、様子を伺えばいたって普通だ。

 見るからに機嫌が良いわけでも、期待外れって顔でもない。ただ、込められた力は強い。

 その分、なんというか。俺も思春期の男なので、肘のあたりが非常に危ないというか、幸せというか。


「ね。聡人は体、変になってない?」

「んっ!? べべべ別になんともないが!」

「え、何でそんな焦ってんの? もしかして熱出たりした?」

「ね、熱? あっ、そ、そういうことか。特に不調はないぞ、うん」

「よかった。一応ウィルス系じゃないって病院で言われたけど、移してたらマジ最悪だから」


 い、意識してるのがバレたのかと思った。

 下を見ると視界に入って余計感触が強くなりそうだから、前を見て返事する。


「陽奈はいつも活発だからな。休憩が必要な時だってあるだろ」

「まー軽く一週間分くらいは寝たよね。あのお粥、めっちゃ美味しくて元気出た。ありがと」

「んぐっ」


 こてんと肩に頭が預けられた。面積が!


「そっ、そういえば妹さん! 結構似てたな。髪の色も同じにして、目元とかもそっくりでさ」

「あ、言ってなかったっけ。地毛だよこれ。ママの方のお婆ちゃんが外国人なんだ。クォーターってやつ?」

「え、マジか。綺麗に染めてるなとは思ってたが……」


 まさか、姉妹揃って天然物とは。

 衝撃の事実に驚いていると、陽奈が探るような眼差しを向けてくる。


「あんたは、髪は黒い方が好き?」

「うーん、特に色にこだわりは無いな」

「ふうん、そっか。()()んだ」

「……?」


 含みのある声色に不思議に思い──遅れて気付く。

 

 いつも、視線の先には黒髪があった。

 確固たる歩みに応じて規則的に揺れ動くそれは、不動の在り方を体現しているようで目を離せなかった。

 

 もう一度隣を見る。

 陽の光を受け、鮮やかな金色に輝く髪。どこにいても一目で見つけられるほど、惹きつけられる。


「……俺、好きになった相手がそのままタイプになるんだ。これまで一人しか好きになったことないから、多分だけど」

「あーね。あたしも後から見た目とか魅力に思う感じだったわ」

「相手の性質とか生き方とか、一番現れるしな。そういう意味じゃ、確かに好きだったのかもしれない」

「なら、今はどうなわけ?」

「最近は……明るめの方が良い、かな」


 いつの間にか魅せられていた。隣に居ると世界を色付かせてくれる陽奈によく似合う、その煌めきに。

 こんなタイミングだとご機嫌取りみたいになっちまうが、紛れもない本心だ。


 だからまあ、なんというか。


「陽奈の髪は、ありのままで綺麗だと思う」

「──そ。ありがと」


 さっきよりトーンが高くなった。どうやら今度は納得のいく答えを出せたみたいだ。

 今になって喉の裏を引っ掻いたような感覚に襲われてると、ぽつりと呟きが聞こえる。


「実はさ。あたしも最近は、わんこ系の男子が良いんだよね」

「……そうなのか。せめて小型犬じゃないといいんだが」

「ふふっ。あ、てかさてかさ、髪の長さとかは? ショート? ロング? それともセミ?」

「あー、強いて言うならショート寄り?」

「あれ、はっきり答えるじゃん」

「ロングも嫌いじゃないんだ。ただ昔、美玲のヘアメイクにこれでもかってくらい付き合わされてちょっとな」


 自分じゃ上手くやれないからと散々手伝わされたもんだ。おかげで妙に髪型の知識がついちまった。

 中学に上がってからは自分で凝りだすようになって、やっと解放されたが。


「えー、ちょっと羨ましいかも。どんなのできんの?」

「難しいとこだと編み込みでハーフアップとか、フィッシュボーンでツーサイドとか」

「普通にすごっ。映画でしかあんま見ないやつじゃん」

「まさに映画見た影響での無茶振りだ」


 それ絶対学校にはしてかないだろってものまでねだられたっけ。もはや小さなお姫様状態だったな。

 

「ね。それ、あたしもやってほしいって聞いたら困る?」

「え……」


 困る、というよりも、触っていいのか?

 ぱっと見ただけでも、ケアもセットも手間をかけてるのがわかる。下手に触れたら傷ませかねない。


「無理そうならいいんだけど」

「無理ってことはないけど……平気なのか?」

「あんたならいいよ。優しくしてくれそうだしね」


 とんとんと指先で額を示される。陽奈の部屋での出来事を思い出して俺は苦笑した。


「じゃあ、機会があれば」

「ん、楽しみにしとこ♪」

 

 また一つ、約束が増えた。




 髪談義をしているうちに学校に到着する。


 ここまで来たら流石に、という俺の期待虚しく、靴を履き替える時以外は腕組み続投。

 通学路とは比べ物にならないほどの視線の集中砲火を浴びながら、なんとか教室まで到着した。


「おはよー」

「あ、陽奈来た! 大丈夫だった?」

「風邪だったんだって? もー、心配したんだから」

「見ての通り、完全復活だし」


 中に入った途端、例の如く集まってくるクラスメイト。一緒に囲まれていたたまれない気分になる。


「確か電車通だったよな。ここまで暑さヤバくなかったか?」

「まー、そこは頼りになる支えがあったから」

「うんうん、そうみたいだね」

「ちぇっ。羨ましいやつだぜ」

「……どーも、全自動松葉杖です」


 生暖かい視線に、冗談めかしてやり過ごした。

 クラスマッチでいよいよ誰も悪意あるやっかみをしてこなくなったものの、今度は揶揄われるようになっちまったのは良いのやら悪いのやら。


「お邪魔しちゃ悪いし、私達はこれで〜」

「高峯てめー、次の体育覚えとけよ」

「肝に銘じないでおくわ」

「さっ、行こ」


 ようやっと解放され、自分達の席に向かう。


 そして、案の定というか、予想通りというか。さっきの連中以上にニヤニヤとした谷川達に待ち構えられていたのだった。


「よー、今日はまた一段と熱々だな。温暖化促進してんのか?」

「やめろー、ただでさえ朝から死にかけてんだぞー。見せつけんなー」

「ふふっ、いいでしょ」

「お? 意外な反応来たな?」


 俺もそれには同意する。なんか今日のこいつ、普段の二倍くらいは色々強い。


「まあまあお二人さん、晴海が元気そうで良かったじゃん? アキは別の意味で元気になりそうだが」

「誰がだこの馬面」

「いよいよ野次すら抜けたんだけど?」

「確か購買に野菜入りのパンあったよな。にんじんも入ってるやつ」

「おいやめろ、本格的に俺を馬にしようとするな」


 今にも嘶きそうな顔してたくせに、何言ってんだか。

 多少やり返してすっきりしたところで、俺たちのやり取りを楽しげに眺めていた谷川が言ってくる。


「上手くやったみたいじゃん」

「おかげさまでな」

「ワンチャン行くとこまで行った?」

「この見た目以上は何もねえよ。むしろ十分以上だ」

「満更でもないくせにー」

「あの陽奈さん、ちょっとそれ以上は」


 少し戻っていた密着度を再び上げながら割り込んできた陽奈は、じっと谷川を見つめる。


「真里」

「ん、何?」


 俺の腕から解いた片手を、谷川の方に伸ばす。

 何かしらの意図を察したらしく、谷川は頬杖をついてるのとは反対の手をそこに当てた。


「ありがとね、いちお」

「うぇーい。サプライズ成功ー」

「でもちょっと怒ってるかんねー」

「ちょ、痛い痛い笑。つっつくなし」


 まあ、諸々考えてファインプレーではあったか。


 ……じゃれ合ってる二人に場の意識が向いている。その隙に、横にいるヒロの襟を掴んで耳打ちをした。


「ちょっといいか」

「おん? どした?」

「今度、相談に乗ってほしいことがある。頼まれてくれるか?」

「おう、いいぜ。任しとけ」


 二つ返事が返ってきた。もう三回目だし、あっちも慣れた感じだ。


「……真里、実はさ」

「ん? 内緒話系?」

「系。()()()()で、話聞いてほしいっていうか、相談乗ってほしいってゆーか。いい?」

「あのこと……あーはいはい、アレね。んー。とりま、タイミング決めといて」

「ありがと」


 約束を取り付けられたところで姿勢を戻すと、同じように話し終えた陽奈と顔を見合わせる。 

 相談しようとしている内容が頭にちらつき、反射的に誤魔化し笑いを浮かべると、あちらも何故か似たような表情になった。  


「ふふっ」

「ははっ……」

「何してんのあんたら。あ、そだ。こんなのあんだけどさ」


 斎木がスマホの画面を見せてきたので、全員で覗き込む。

 表示されていたのは、どこかの店のクーポンらしきものだった。色とりどりのカラフルなドリンクの写真が目を楽しませてくる。


「へー、最近話題のとこじゃん」

「そうなのか?」

「うちの学年でプチ流行りしてるんだってよ。確か、電車で何駅か行ったとこの海沿いだっけか」

「色々カスタムできてなー。面白いんだー」

「で、これがどうしたん?」

「姉貴が余ってるからつって送ってきた。丁度人数分あるし、陽奈の快気祝いに放課後行かね?」

「さんせー!」

「ちょっと気になってたんだよなあ。うし、行くか」

「いいよ。暇だし」

「あたしも平気ー。聡人は?」

「今日はバイトないから、空いてるぞ」

「んじゃ、決まりで」


 前はタイミングがズレたが、今回はちゃんと参加できそうだ。


 ……しかしこれ、本当にいつまで続くんだろうか。そろそろ無の境地に至りそうなんだけど。




 



読んでいただき、ありがとうございます。

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