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昼休憩


夜分に投稿失礼します。


楽しんでいただけると嬉しいです。




「おーい、こっちだこっち!」

「はいはーい!」

「今行く!」


 校庭を囲むように並ぶ木々。

 その中でも一番木陰の大きなやつの下にいるヒロ達のところへ、陽奈と一緒に行く。


「悪い、待たせた」

「お弁当持ってきたよー」

「おっ、あんがと」

「サンキュー」

「がるるっ」


 ん? なんか今獣がいたような。


「どうよ、いい場所取れただろ?」

「ああ、快適そうだ」


 場所取りと荷物取りで二手に分かれた甲斐あって、一等地を確保できたようだ。


 MVPだからということなのか、谷川と小澤が一番涼しそうな奥に陣取り、その前に斎木とヒロが向かい合う形で座っている。

 間にちょうど二人座れそうなポケットがあり、俺達はそこに腰を下ろした。


「はい、聡人の分も」

「待ってました」

「見慣れてきたねー、その愛妻弁当も」

「愛妻言うなし」

「毎回よく作るもんだわ」


 本当に、毎度ありがたい限りだ。

 それにしたって、今日の弁当箱はいつも貰ってるやつのふた回りでかい。重さもズッシリ。

 腹の虫が早く食べさせろと騒ぎ立てている。


「じゃ、一人限界そうなやつもいることだし。食べよっか」

「だね」

「ぐるる!」


 やっぱり獣がいた。


「おっ、今日のおかずあたりじゃーん。いただきまーすっと」

「いただきまむぐっ!」

「早い早い。つかそのサンドイッチ超でけーな?」


 各々弁当を広げ始め、陽奈を一瞥すると頷かれたので、俺も巾着を紐解く。

  



 銀箱の蓋を外せば、中にはいかにもな品目がぎっしりと詰まっていた。

   

 一口サイズのトンカツにパリッと皮の割れた大ぶりなウィンナー、カットされたシャケ。真っ赤なトマトの横にほうれん草を包んだふっくら卵焼き、「FIGHT!」の海苔文字が乗せられた白米。

 栄養バランスを考えられた普段と比べ、多めの茶色成分。

 まさに完璧な、男子が好む運動会の弁当であった。


「おっ、美味そう」

「早速狙ってくるんじゃねえ。いただきます」

「はーい、召し上がれ」


 目を光らせるヒロに隙を晒さず、まずはトンカツをひと齧り。


 瞬間、ザクっと音を鳴らす衣。

 冷たい肉汁が溢れ出し、最後に弾力ある中身が歯を押し返してくるのに負けず咀嚼する。


「ん、ふっへえふあい(すっげえ美味い)!」

「ふふ、めっちゃ目ぇキラキラさせてくれるじゃん」


 下品だとわかってても、思わず声が出た。

 弁当そのものの美味さに、クラスマッチという非日常感、さらに疲労というスパイスが加わることで感動が何倍にもなって体を駆け巡る。


 しっかり味わってから他のも口にしてみるが、どれも同じくらいハイレベル。


 ああ、エネルギーがどんどん体に補充されていくのを感じる……!


「ちょ、ペースはえーな。俺の分ある?」

「んぐ。無い」

「もー、がっつきすぎだって。ほら、ちゃんと水分も摂りなよ」

「ん、さんきゅ」

 

 手渡されたコップの中身を喉に流し込む。

 水筒に氷を入れていたのか、キンキンに冷えた麦茶が弁当とはまた別の潤いを与えてくれた。

 

「ねね、どれが特に美味しい?」

「んー、決めづらいけど。あえて言うならトンカツかな。衣の食感が好きだ」

「お、揚げ物。やっぱ聡人も男の子だね」


 そう言われるとちょっと恥ずかしいけども。

 しかし本当に美味い。特に、絶妙なサクサク感を冷えても維持できているのが凄い。

 うちで俺が揚げ物を作ると美玲がそこらへんうるさいので、本当に手間暇かかってるのがわかる。


「しっかり食べて、リレーでかっ飛ばしちゃってよ」

「おう」

「で、ぶっちゃけ秘策とかあんの?」


 俺達の会話を聞きつけ、ぴしりと谷川が箸先を向けてきた。

 つられて、各々弁当に舌鼓を打っていた他の三人もこちらを見る。


「それ、俺も聞こうと思ってたわ。どうなんアキ?」

「こいつのことだから、まーた面白いこと考えてたりな」

「むぐ?」


 矢継ぎ早と聞いてくるヒロ達に、口の中のものを飲み込んで答えた。


「ひとまず、走り方は纏められた。この三週間は無駄にしないさ」

「おー、いい感じのセリフ」

「休み時間もなんかずっと調べてたもんな」


 あれやこれやと漁ったことは完全に無駄になったわけじゃない。

 素人なりに、取り込めそうなところは全部吸収したつもりだ。それを実践するための練習も今日までしてきた。


 だが……


「正直、これだって言えるような決め手は作れてないんだ」

「あー、基礎は固めたけど応用はまだ的な?」

「そんな感じだな」


 唯一該当しそうなのは、大門先輩に教わった心構えか。


 あれから何度も自分の気持ちと向き合って高めてきた、陽奈への気持ち。

 さっきの弁当の件は少し漏れ出てしまったが、その心意気でどこまで拙い技術を補えるかが重要になってくる。


 そして、それは逆もまた然りだ。

 気持ちだけで勝てるなら誰も練習なんてしないのだから。補い合い、相乗効果(シナジー)を発揮できるかが、最後に勝敗を決めるだろう。


「高峯、アンカーなんだからもっと気合い入れろ〜」

「んなこと言って、あんたはどうなのさ」

「バテない、コケない、ビビらない。それがウチの作戦だ」

「ほぼほぼ根性論じゃねえか」


 相変わらず自信満々に胸を張る小澤に、小さな笑いが起こった。

 

「ま、ひとまずさ。他のクラスの連中は知らんけど、進藤くらいとタメ張れたらいい感じなんじゃない?」

「進藤? 誰そいつ」

「そっか、光瑠達は知らないっけ。真里の同中の男子だよ」

「ほーん? で、そいつ速いわけ?」

「元陸上部らしい」

「ハードルたけーな」


 まったくだ。

 ドッジの試合でわかった。進藤は間違いなく全力で挑んでくる。俺が素人だろうと、絶対に手を抜きはしないだろう。


「でも、必ず食らいついて……いや。追い抜く」

「朝から闘志は衰えてないみたいだな」

「ね。ほーんとやる気」


 隣から推し量るような呟きが漏れる。


 結局、俺のやる気の源について陽奈には説明できてない。

 単純に恥ずかしいからというのもあるが……それ以上に、心のどこかで躊躇ってるからだ。

 誰かを強く想う言葉を口にしたら、上手くいかなくなってしまうんじゃないかと。そんな考えが過ぎる。


 我ながらひどいビビりようだ。

 だからこそ、この気持ちを言うとしたら、それは実際にリレーで進藤に勝った後。


 それまでは、自分の中に秘めておく。


「やる気だけなら、本当にあいつ抜けそうだね」

「真里はあっちの方応援したりはしないの? 仲良かったんしょ?」

「や、別に。進藤とはただ……」

「──俺を呼んだか」


 全員が驚き、俺の後ろを見た。

 そこに立っていたのは話題の人物。心なしか普段より眼光の和らいでいる進藤だった。


 進藤は順繰りにこちらの顔を見ていき、やがて陽奈の方を向いた。


 咄嗟に、陽奈の手を握る。

 あいつは少し目を細め、それから微かに口の端を上げた。


「………」

「あんたが進藤? ちーっす」

「てきじょー視察かっ」

「邪魔してすまない。名前が聞こえたものだからな」


 結構大きな声で話してたから、通りがかったところに耳に入ったらしい。

 そんな進藤に谷川が声を上げる。


「あんたも昼飯? ここは満員だよ」

「そのようだ。別の場所を探すとしよう」

「ふうん。てか、一人なわけ?」

「生憎、今は注意してくれる隣人もいない」

「察し。だから直せって言ったのに」

「こればかりはどうにもな」

 

 流れるように言葉を交わす。

 町内清掃の時まで、一年以上も交流がなかったとは思えないくらいスムーズだ。


「クラスに仲良いやつ作れっつーの」

「善処する。それで、何故俺の名前を?」

「リレーだよ。あんたも出るんでしょ?」

「そういうことか」


 得心がいった様子の進藤は再びこちらを見た。

 まっすぐ見返すと、あいつの目元がにわかに鋭さを纏う。

 その意図は言うまでもない。きっと俺も今、同じ目をしているだろうから。




 数秒にも満たない交差の後、進藤の方からふっと視線を外した。


「もう行く。改めて邪魔したな」

「そ。まっ、あんたもガンバ」


 谷川の簡素な激励に頷いて、踵を返す。


 そうして立ち去るかと思えば、何歩かいったところで立ち止まった。


「ああ、そうだった」

「ん、まだ何かあんの?」


 そう問いかける谷川に、進藤は少し振り返って。


「バスケ、いい試合だった。思わず見惚れてしまった。それだけだ」


 さらりと締めくくると、そのまま離れていく。


 数秒間、沈黙が場を支配した。

 それはまるで、時限爆弾が炸裂するまでのわずかな猶予のように感じた。

 

 やがて過ぎ去った時、一斉に谷川へ興味が注がれる。


「ほーん? あれがただの同中? へぇー?」

「なーなー、見惚れてたってよー?」

「いやはや、アキのライバルからこんな面白いものが出てくるとは思わなかったぜ」

「あーもーウザいウザい。湧くな弄るな群がるな。何でもないっての」


 突き出される小澤の顔や斎木の指を押し返し、いかにも面倒くさそうに谷川はため息をつく。


 しかしその直後、への字になっていた唇が柔らかく弧を描いた。


「ったく、厄介なことしてくれたね。あいつ」


 呆れたように呟く表情は、いつかバイト中に昔の話を聞いた時に見たものと似通っていた。

 口で言うほど悪い気はしてないのかもな。


「ねね、聡人」

「なんだ?」

「や、そろそろ離してくれてもよくないかなーって」

「え? あっ、すまん!?」


 ずっと握りっぱなしだった陽奈の手を離す。


 やばい、さっきの弁当の比じゃないくらいやらかした。ビビリはどこいったビビリは。

 これじゃ漏れ出るどころか丸出しだ。今ので陽奈にバレたかもしれない。


「えっと、今のは……」

「んー?」

「いや、そのだな」


 どう言ったものかと言葉を選んでいたら、陽奈がいきなり腰を浮かせた。


 そうすると少し横にずれて座り直す。拳二つ分くらい開いていた距離が縮まり、ぴとりと肩がくっついた。


「ちょ、おい?」

「なんていうかさー。聡人って、あんな顔もするんだね」


 そう言ってくる陽奈の表情は、からかい気味な性質がいくらか薄いような気がした。

 なんというか嬉しがっているような。そういうふうに見えてしまうのは、俺に都合が良すぎるだろうか。


「でもま、流石にご飯食べづらいしさ」

「だ、だよな。悪い」

「イチャイチャしたいって言うなら悪くないけどね♪」

「いやっ、イチャイチャというか!」

「あははっ、焦ってる焦ってる」


 ああもう、また掌の上だ。


 やっぱり、思った通りにいかない。






読んでいただき、ありがとうございます。

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