独占欲
大変長らくお待たせいたしました。
楽しんでいただけますと幸いです。
「試合終了! B組の勝利!」
「何とか勝ったー!」
「いえーい!」
弾けるような喜びの声が上がった。
周りから拍手や称賛の声が上がり、負けじと俺も手を叩く。
「やっぱ晴海すげえな」
「ああ、エネルギッシュなエロさがたまらんかった」
おい誰だ今の、近くから聞こえたぞ。
まあ、それはともかく。
本当にギリギリの試合運びだったと思う。なんとか競り勝ったって感じだ。
一時は追い込まれたものの、斎木に一点集中のやり方から全体のカバーが厚くなったことで盛り返し。そこから互いが互いを追いかける形で点が積み重なっていった。
今、電子ボードに表示されている点差は僅か2点。
その2点をもぎ取ったのは、斎木の強烈なスパイクに、陽奈の鋭い指示。そして、どんなに際どくても拾い上げる小百合のフォロー力だった。
「ふぃー、こっちが冷や汗かいたぜ。うちのクラスの女子はガッツあったな」
「そうだな。でも、陽奈が平気かしんぱ……」
「聡人ー!」
「え? うわっ!?」
呼ばれたと思ったら、女子達と喜び合っていたはずの陽奈が僅か三歩分先にいた。
痛みなんてまるで感じさせない勢いで駆け寄ってくると、待ちきれないように口を開く。
「勝った! ねえねえ、どうだった?」
「あ、ああ、すごかった。てか、それより転んで……」
「あーあれね。もう全然痛くないし。やー、にしても言ってたこと分かったわ。やる気ちょーもらえた。さすが、聡人の粘り力だけあってダンチだね」
「うん。まあ、元気なことはわかった」
粘り力が褒め言葉かどうかは、一旦置いとくとして。
まずは言うことがあるだろう。
「お疲れ様。一回戦突破おめでとう、陽奈」
「にひひっ。ぶい!」
「次はすぐなのか?」
「十分後だってさ。さっき痛くないって言ったけど、スタミナは余裕で死んでるから一旦休憩する」
「それがいい。ほら、ひとまず水分補給」
「さんきゅ。んっ!」
実に気持ちの良い飲みっぷりだ。いつぞやのデートを思い出す。
……周りからも視線が集まってるのを感じる。
それはいつもの事なんだが、なんかもやっとした。
江ノ島のことが頭をよぎったせいだろうか。まるでそこに入り込まれたような気がして。
大袈裟と言えばそれまでだが……そんな時、ふと一緒に預かったタオルが目に止まった。
「ふぅ。生き返った!」
「ほら、汗も」
「おっ、あんがと」
飲み終わりを見計らい、額から流れ落ちる雫を拭き取る。
昔よく風呂上がりの美玲にしていた時の手つきを心掛け、するとふにゃりと少し緩んだ表情を隠すように、一歩分だけ近づいた。
「照れ屋なくせに珍しいじゃん」
「彼氏だし、これくらいな」
「へへ、クラスマッチ様々だ。そういえば、あん時と逆だね」
そういえば雨宿りで似たことしたっけ。
謎に頭をもみくちゃにされたことを思い出していると、タオルを頬に移動させたところで手に触れられる。
「あのタオル、家で大事に使ってるよ」
俺にしか聞こえないほど小さく、柔布の中に包み隠すよう、陽奈が呟く。
偶然だろうか。まるで、心の中に生じた独占欲を見透かされてるようで。
「それは、あいつもタオル冥利に尽きるな」
「あはは、タオル冥利って。ん、もういいよ」
「わかった」
手を引いた途端、急に首筋がむずむずし始める。勢いに任せて、人前でなにやってるんだ俺は。
「なんか気持ち的には回復しちゃったかも」
「あんまり無茶しないでな」
「それ。あんたが言うなし」
「いて」
我ながらブーメランすぎる言葉に、頬にぷすりとひと刺しもらってしまうのだった。
それから十分に休憩をとり、陽奈達は次の試合に臨んだ。
本番での力の出し方が分かったのか、初戦より余裕を保って突破。
その後も順調に勝ち進んでいき、なんと準決勝まで進出した。
この準決勝の相手が強かった。
現役バレー部や経験者が多く、予想以上に大苦戦。
激しい接戦の末、惜しくも敗退してしまい、陽奈達はベスト4入りという形で終わった。
「めーっちゃ動いた。これ軽く2週間分くらいカロリー使ったくない?」
「あの激戦を見た後だと大袈裟とは言いづらいな」
「でしょ? あと一歩だったけどなー。ま、とりあえずお昼ご飯が美味しいのは確定って感じ? あ、今日のは期待してよね。とびきり気合い入れたから」
「そんなこと言われたら、俺もお腹が鳴ってくるだろ」
「にひひっ」
いつも完成度が高い陽奈の弁当。
それがさらに腕によりをかけたとなれば、そんなの美味しくないはずがない。
今日が楽しみだった理由の一つだ。
「こんな日までありがとう」
「こういう日だからこそっしょ♪」
「ったくよー、羨ましい会話しやがって。この幸せ者め」
「けっこー多めに作ってきたから、城島の食べる分もあるんじゃない? ま、聡人がいいって言えばだけど」
「おっ、マジか。だとさアキ、俺もちょっともらっていい? 自前だけじゃ足りるかわからんくて」
わざとらしく手を組んで目を潤ませるヒロに若干イラッとする。なんて表情豊かなやつだ。
しかし……
「おまえの食う分が残ったらな」
「よっしゃ、言質取ったぞ。助かったぜ」
「そんだけ背ぇ高いと食べる量も多そうだよねー」
「おうともよ」
まあ、あくまで残ったら、の話だが。
今の腹の具合なら、たとえ重箱が出てこようと平らげる自信がある。
成長期の男子高校生の食欲、こいつも知らんわけではあるまいに。
「おいーす。そっちどうだった?」
「よーす。もうちょいのとこで負けたわ。あんたらは?」
程なくして、バスケ組が合流してくる。
聞き返した斎木に対し、谷川が得意げにピースした。
「優勝ー。一位取ったわ」
「え、真里やばっ。すごっ」
「もっと褒めろ」
すごいな。俺たちの中で唯一の勝ち抜き組だ。
で、そんな谷川の隣にいる小澤は……案の定とも言うべきか、しわしわになってた。
「はやく……はやくなんか食べたい……死ぬ……」
「もう八割死んでんじゃん」
「大耶も頑張ってたよ。ボールめっちゃ取ってくれてたし」
「こいつがアホほど活躍するから、ウチも頑張らざるをえんかった……」
「偉いじゃん。大耶のそういうとこ好き♪」
「それな」
「好きより今はカロリーをくれ〜……」
こりゃ早いとこ回復させないと、リレー前に撃沈しそうだ。
全員空きっ腹のようだし。ちょうど、昼休憩の時間になるからタイミングもいい。
「んじゃ昼飯食うべ。どこにする?」
「校舎まではめんどいし、外出たとこのテキトーな木陰でいいっしょ」
「賛成〜……」
「でもそれ、みんな同じこと考えない?」
「ならこうしちゃいられねえな。アキ、早いとこいい場所確保しに行こうぜ」
「ああ、行こうか」
言うや否や、ヒロと比較的元気そうな斎木が先頭に立って体育館を出ていった。
その後を追いかけようとして、不意に隣から肩を突かれる。
「陽奈、どうした?」
「さっきの城島のやつ。俺が全部食べてやる!って目が言ってたよ?」
「えっ、嘘だろ。そんな出てたか?」
前のメンバーに聞かれないよう、小声で聞き返すと陽奈がにやっと笑みを浮かべた。
あ。しまった、カマかけられた。
くすりとこぼし、いたずら猫は活発な雰囲気を消すと、どこか色気のある声音で囁いてくる。
「ちゃーんと、綺麗に完食してね?」
「……うす」
そのギャップに、俺は頷くことしかできなかった。
満足したらしい陽奈はヒロ達の後を追いかけ、一歩遅れて俺も続く。
そうして廊下に出たところで、横からやってきた人物と鉢合わせてしまった。
「おっと。あれ、小百合?」
「聡人くん。これから晴海さん達と昼食?」
「ああ。そっちも?」
「ええ」
見ると、弁当箱が入っているらしき巾着袋と水筒を持っている。
来た方向的に、体育館のロッカーに入れておいたのだろう。すぐ食べられるようにしておくあたりこいつらしい。
「あ、そうだ。バレー、ナイスプレイだった。最後まですごいカバー力だったよ」
「……ありがとう」
「ってまあ、俺に言われてもだよな。上の学年は今日休みだし……」
もはや友達としての関係も希薄な俺より、彼氏である大門先輩に言われた方が嬉しいに決まってる。
しかし、クラスマッチ開催に際して上級生達は特別休日って形になってるから、観戦にも来てないだろう。
「ううん。誰からであれ、そう言ってもらえるのは嬉しい」
「そうか? じゃあ、幼馴染からってことで。お互いしっかり食べて、午後のリレーも頑張ろう」
「そうね。万全に備えるわ」
相変わらず頼もしいことを言う小百合に頷き、じゃあなと踵を返して今度こそ陽奈達を追う。
「……まだ、こんな風に感じてしまうのね」
その時のあいつの表情を、今回も知ることなく。
読んでいただき、誠にありがとうございます。




