意外なコンビネーション
評価者数300人、ありがとうございます!
皆様、あけましておめでとうございます。
今年もおそらく毎日のように、とはいかないでしょうが、本作を楽しんでいただければ幸いです。
その後、他クラスの試合で十分ほどの間を置いて第三試合が行われた。
初戦、次戦と良い具合に進んできたし、今度も勝ち抜こうと、より一層の気概を持って臨んだのだが……
「ただいま……」
「やー、負けた負けた。超負けたわ」
「お疲れー。なんていうか、二人ともドンマイ!」
「ありゃ無理っしょ。レベルが違うって」
「ビビった。ボコスカ打ち込まれるわ、こっちの球は全部避けられるわで」
ガッチガチに運動部で固めてる上、全員尋常じゃないくらい強いとか思わなかった。
作戦とかブラフで一人、二人は削れたものの、そこが限界。ほんの3分弱で俺達は狩り尽くされた。
「なす術もなくってのは、ああ言うことを言うんだなぁ……」
「あんま落ち込まないでこ? 最後まで踏ん張ったんだしさ。ていうか敗者復活戦ってあるんだっけ?」
「んにゃ、一回戦負けの組だけ。そこでドベった二組が最下位決定戦やる感じだったはず」
「じゃあこれで終わりかー。あとはソフトの結果で総合点狙うしかないね」
ドッジの順位が振るわないことが確定した今、ソフトと合わせて出される二種目合計点や、午後のリレーの結果を加味したクラス総合点が頼りだ。
こっちに負けず劣らずやる気を出してたソフトの連中にあとは任せよう。
「うっし。丁度いいし、そろそろ行くわ」
「あー、そろそろ女子バレー始まる時間か。暇になっちまったし、俺らもこのまま応援行く?」
「そうだな。陽奈、斎木、ついて行っていいか?」
「モチ。むしろソフトの方とか行かれたら困るし」
「あんたらの分まで勝ってやるから私らの活躍見とけよー?」
自信ありげな顔付きとセリフは、今から試合を楽しみにさせるには十分だった。
校庭に隣接している体育館に行くと、外からでもボールが床を打つ音と歓声が聞こえてくる。
「盛り上がってんね」
「真里達どうなってるかな? もうちょいあるし見に行かない?」
「賛成〜。大活躍してたりしてな」
「あり得そうだ」
換気のために解放されてる入り口から中へと。
入った途端、ワッと蒸れるような熱気と数多の声に顔を叩かれた。
「ファイトー!」
「そこだ! そこ狙え!」
校庭に負けず劣らずの熱量だ。室内だからか、それがさらに圧縮されているような感覚に陥る。
ぐるりとコートを囲む観客、さらには二階からも降り注ぐ声援を受けて、女子達が激しく動き回っていた。
「二人はどこだー?」
「んー、バスケは奥のコートだから……あ、いた!」
圧倒されてるうちに陽奈達が見つけたみたいだ。
人並みの間を縫ってそちらに移動し、コートの様子が見えるポジションになんとか四人で割り込む。
「よっと。おっ、あれか」
「白熱してるな」
そうしてたどり着いた一面では、激しい試合が展開されていた。
残り少ない時間を示すタイマーが刻一刻と減っていく中、二色のゼッケンを着た女子達が入り乱れている。
「っつ!」
「くっ!」
場の熱にあてられているのか、ボールを奪い合う誰もが真剣な顔。こちらまでピリピリとした空気が届いてきた。
「あ、小澤みっけた」
「本当だ……バテてるな」
「バテてるね」
「足止まってんなあ」
コートの隅で息も絶え絶えの小柄な女子が一人。
案の定というか、目に見えてスタミナ切れな小澤だった。今からあれで午後大丈夫なんだろうか、あいつ。
とにかく、点数はほぼ同点で先に一点リードした方が優位になりそうだ。
どっちに転んでもおかしくない状況にハラハラしてると、ボールを持った女子の正面に立ち塞がっているのが谷川だと気づく。
「……っ!」
「………」
焦りを感じさせる表情の女子は、迂闊に動けない様子。
対する谷川は余裕のある表情で、じっと冷めた眼差しはどこか威圧感のようなものがあった。
「っ!」
それに気圧されたのか、相手が右から抜けようと体を傾けた。
その瞬間、谷川が突然動き出し、一瞬でボールを掠め取って相手の横を駆け抜けた。
「えっ、あれっ!?」
「ふっ!」
振り向く女子を置き去りに、巧みにボールを操って駆け寄ってくる相手チームを飄々と躱し、一直線にゴールへと。
ある程度の距離まで近づくと、力強く床を蹴った。
一歩、二歩。華麗にステップを踏み、長身が浮き上がる。
伸ばされた手から放たれたボールが寸分違わずにゴールへ吸い込まれ、シュートが決まって歓声が上がった。
「すっげ。谷川も動けんなぁ」
「真里、レイアップシュートできるんだ」
「タイミングムッズいんだよなー。よくやれるもんだわ」
「ていうか、歓声すごくないか? なんかお姉様とか色々聞こえたんだけど」
「真里、一部ではお姉様扱いされてるからね。読モしてる雑誌のファンもいるみたいだし」
「マジか」
度々モデルみたいだとは思ってたが、本当にやってるとは。
そんな谷川の一点をきっかけに、残る時間でB組女子達は更に点差を広げていった。
試合終了のブザーが鳴る頃には、なんと五点も奪取。
快勝に彼女達は集まって勝利のハイタッチを交わした。
「圧巻だったわ」
「だな。最後までドキドキする試合だった」
「こりゃうちらも負けてらんないね」
「あ、こっち見てる」
へろへろで寄りかかった小澤を受け止めていた谷川が、俺達の方を向いてピースしてくる。気付いてたみたいだ。
「B組、バレーボール参加の方! 至急二番コートに集合してくださーい!」
「っと、噂をすれば」
「よーし、いっちょ暴れに行きますか」
観戦を終えて来た道を戻り、入り口近くのコートに向かう。
「あ、来た来た。陽奈、光瑠ー」
「お待たせー! ちょっとバスケの方見てた!」
「うぃーす、今日は上げてこーぜ」
到着すると、既に残りのメンバーは集まっているようだった。
そして、その中の一人には……小百合がいた。
「……宮内さん」
「……晴海さん」
二人が互いのことを見る。途端に他の女子達が口を噤んで、緊張感が漂った。
そこにいるわけでもないのにハラハラしながら見守っていると……陽奈が右手を出した。
「よろしく。頼りにしてるね」
「ええ。全力を尽くすわ」
「ん。みんな、張り切ってこ!」
「「おー!」」
小百合はそれに応じ、握手が終わると陽奈は明るげな声で全員に呼びかけた。
ほっと息が漏れる。
いや、なんで俺が緊張してるんだって話なんだけど。でも、どうやら杞憂に終わったみたいだ。
「あ、ごめん、ちょいタンマ!」
「すぐ戻ってこいよー」
安堵しながらヒロと二人で観客の中に混じろうとしたら、陽奈がこっちに振り向いた。そして小走りに駆け寄ってくる。
「どうした? 何かあったか?」
「せっかくだから、始まる前に何か一言もらっとこうと思ってさ。ほら、あたしもさっきは応援したじゃん?」
「あー、それもそうだ」
普通に応援するつもりだったけど、そういうのも必要だよな。
でも、あれだけの活力をくれた陽奈の応援と同じくらいのものとなれば、どんな言葉がいいだろうか。
時間もないので急いで考えて……一つ方法を思いつく。
「じゃあ、手を出してくれないか?」
「ん? いいよ、はい」
ぱっと差し出された両手を、自分の手で包み込む。
指へ込める力は程々に。痛みを感じさせないよう慎重を期して、かつしっかりと伝わるように。
俺の顔をじっと見つめてくる瞳を少しだけこそばゆく感じながら、数秒間握り続けた。
「……よし、これくらいかな」
「あ、終わり? 何だったの?」
「さっき、本当に陽奈のおかげで頑張れたからさ。それこそ誰にも負けないってくらい。だからその分のやる気を、そっくりお返しようと思って」
「ふんふん、なるほどね」
我ながら曖昧で主観的なやり方だ。だから、加えて思ったことを、言葉に変えてもう一押し。
「信じてる、陽奈なら勝てるよ」
「にひひ。そんなん言われたら、もう百人力じゃん?」
「百人分もあったらいいけどな」
「あるある、少なくともあたしにはね。よしっ、ちゃんと受け取ったし。行ってきまーす!」
「行ってらっしゃい」
本当に、少しでも力になればいいけど。
さっきまでより軽やかな背中を見送っていたら、小百合とも目が合う。
幼馴染としてエールくらいは送っとこうと、頑張れという意味を込めて握った拳を見せた。
あいつは少し目を細めて、コート側を向いた。
「……ヒロ、何となく言いたいことはわかるから横で野次馬面するのをやめろ」
「晴海とのやりとり、ちょっとアレっぽかったな」
「うっさい」
「あててっ。お前、最近脇腹つねるの上手くなってね?」
「誰かさんのせいでな」
しょうもないやりとりを最後に、俺達は観客に徹することにする。
両クラスの女子がコート内に散らばり、ポジションについた。
それを確かめた上で、タイマーの前に立った審判役が口元へホイッスルをやり。
「始め!」
「B組ファイトー!」
「負けんなー!」
試合が始まる。
先攻はうちの組から。後衛センターにいる陽奈が、凛とした顔で白球を宙へ放った。
「ふっ!」
弾けるような音を立てて打ち込まれたボールは対面コートの右奥に落下し、待ち構えていた女子がレシーブを返す。
「前いった!」
「了解!」
ネットを越えるにはやや足りないボールを引き継いだのは、前衛選手。
左の一人がセッターの役割を担い、一段高くボールを上げると、センターがスパイクを叩き込む。
「はっ!」
「っと!?」
ブロックに成功、またも一点は決まらず。
ネットの真上付近を舞うボールを誰が取るのかと目で追いかけたら──勢いをつけて躍り出る影が一つ。
「オラァッ!」
勇ましい掛け声と共に斎木が放ったスパイクが、前衛と後衛の間あたりに突き刺さった。
相手チームが振り向いた時にはもう床を転がっており、ブザーが得点を確定する。
「っし! やりぃ!」
あれが例のスパイクか。陽奈も手がヒリヒリするわけだ。
「おら、来いよ次!」
「くっ……!」
感心する間もなく、試合は動き続ける。
どうやらB組女子の戦略は斎木の強烈なスパイクを切り札に据え、そこに繋げられるよう動くことらしい。
連携の取れた動きで相手のアタックを防ぎ、タイミングが訪れれば必殺の一撃で点をもぎ取る。
一点集中型のシンプルかつ、強力なやり方だ。
「そこ、左!」
「はい、よっ! 光瑠頼んだ!」
「しッ!」
そんな女子達に指示を出してるのは陽奈だった。
後ろからの俯瞰した視点で的確に声かけし、時に自分がフォローに走りながら作戦を支えてる。
「まだまだ! 巻き返すよ!」
でも、相手もやられてばかりではない。
何度か斎木のスパイクを受けて目が追いついてきたのか、動きが変わった。
なるべく中央にボールを集めず、左右から攻める試合展開がされていく。
カウンター主体の斎木は途端に思うよう動けなくなり、序盤の快進撃は鳴りを潜めてしまった。
順調にリードしていた点もみるみるうちに差を縮められ、アドバンテージが無くなっていく。
「やべえな、対策取られたぞ」
「ああ、この流れはまずい」
明らかにボールを取れないようにされてる。あれじゃスパイクは封じられたも同然だ。
打開できるだろうかと一抹の不安を覚えながら、成り行きを見守る。
「ふっ!」
「くっ!?」
また一球、斎木のカバーできるギリギリ外をボールが飛んでいく。
最初の焼き直しのように、落下地点は中途半端な位置だった。
衝突することを危惧したのか、一歩踏み出したまま左前衛と後衛の足が止まる。
「よっ、いしょぉっ!」
これは落としたか──なんて思った矢先、踏ん張った声が聞こえた。
陽奈が限界まで姿勢を落として、床に触れるギリギリのところでボールを手首で弾き上げた。
そのまま勢い余って、尻からこけてしまう。
「つっ!?」
「っ、陽奈っ!」
「誰か取って!」
顔を顰めるのも一瞬、まだこちら側のコート上にボールがあるのを確かめるとあいつは叫んだ。
誰が受け取るか、とまたメンバーの挙動に躊躇が生じる。
「っふ!」
その中でたった一人、迷いなくボールの落ちそうな場所に動いたのが小百合だった。
ネットに背を向ける形でレシーブを取り、前衛方向に飛んでいく。
「斎木さん、今よ!」
「待ってましたぁ!」
絶妙な位置に来たところで、斎木が満を辞しての大ジャンプ。
ここ数分の鬱憤を晴らさんと言わんばかりにキレのあるスパイクがぶち込まれ、相手の一人の股下を打ってブザーを鳴らした。
「はーっ、やっと決まった! つうか陽奈、平気か?」
「大丈夫?」
「結構な音してたよね」
「へーき、思いっきり滑っちゃった」
ぶ、無事だろうか。結構派手に落ちてたけど。
ハラハラしてたら、振り向いた小百合が手を差し伸べる。
「よければ、どうぞ」
「……ん」
陽奈がその手を取って立ち上がった。
「ボール受け取ってくれてありがと、宮内さん」
「いえ。繋いでくれてありがとう」
「ん、まだこっからだよ」
「そうね」
周りの歓声とかで何話してるのか聞こえないけど、険悪じゃなさそうだ。
陽奈も遠目から見た限り、どこか痛めてはいなさそうで安心した。
「再開して大丈夫です!」
「分かりました」
試合に戻っていく二人を見てたら、また陽奈が俺に目線を外す。
右手の人差し指と親指で丸を形作るジェスチャーと、おまけにウィンク。
多分、さっき転んだ時に名前を呼んだのが聞こえてたんだろう。大丈夫ってサインをくれたのだ。
そんな彼女に俺は、あいつがそうしてくれたのと同じように親指を立てたのだった。
補足しておきますと、リレー練習と日が被っていたため以前の陽奈視点の話ではそちらにいませんでしたが、その後別の日にバレーの練習にも参加してたりします。
読んでいただき、ありがとうございます。




