クラスマッチ開催
少し時間が空いてしまいました。みなさまメリークリスマス。いつもお読みいただきありがとうございます。
今回からクラスマッチです。楽しんでいただけると嬉しいです。
澄み渡る快晴。立っているだけで汗が流れるほど眩しい陽光。
町内清掃の時とは比べるべくもないほど校庭は熱苦しく、隣り合うクラスメイトの体温がそれを強調する。
「えー、本日は雲一つない晴天に恵まれることとなりました。絶好の運動日和と言って相違ありません」
そんな中、一際太陽に近い壇上でクラスマッチ実行委員会の上級生がマイクに声を張っていた。
まだ始まってもいないのに額には玉の汗が浮かび、同じものが自分の首筋を伝うのがわかる。
それでもじっと耐え、誰もが耳を傾けているのは、導火線を伝う火花のようにその瞬間が近づいているから。
「本日は生徒一同、正々堂々と日々の練習の成果を発揮し、楽しく、悔いが残らないよう、また怪我することなく競い合いましょう」
実行委員の人もわかっているのだろうか。一拍置いて、軽く息を吸う音がマイク越しに聞こえ。
「それではお待たせしました。ここに本年度クラスマッチの開催を宣言いたします!」
「「「おぉーっ!!」」」
そして、ついに開幕が告げられた。
同時にうずうずと肩を揺らしていた一部の男子や、派手目の連中が一斉に声を上げる。
いよいよこの日がやってきた。
中間テスト後の席替えで告知されてから約三週間。小百合達としたリレー練習以外にも自主練や通常種目の練習と、自分なりに今日までベストを尽くしたつもりだ。
ぐっすり眠って体調も万全。朝飯もいつもより多く食べてきたのでバテる心配もない。
何より、溜めに溜めたやる気が今や最高潮に達している。そのせいで朝から美玲に張り切りすぎと笑われたのはまあ、ご愛嬌ということで。
でも、見ての通りそれはこの場にいる人間の多くが同じこと。どこまで張り合えるだろうか、今から楽しみだ。
「それでは皆さん、各種目の集合場所に向かってください。各組のコートの振り分けは事前に告知された内容に従うようお願いします」
そう思っているうちに教師陣の挨拶や諸々が終わり、一時解散となる。
「おーっしアキ! 今日は暴れ回ってやろうぜ!」
列が崩れてから程なくして、肩に衝撃がやってきた。
下手人は御多分に洩れず、活力が漲っている様子のヒロ。今朝更衣室で遭遇してからのハイテンションは健在みたいだ。
「勿論だ。どの組が相手でもぶっ倒そう」
「およ? お前がそんなセリフ言うとはね。もしかしてと思ってたけど、バリバリのヤル気な感じ?」
「まあな。ドッジボールでは頼りにしてるぞ、ノッポ」
「これが最近またちょっと伸びたんだわ。成長期万歳ってね」
そういや入学当時から少し目線が上向いたと思ったら。そのうち190いきそうだなこいつ。
「ならあだ名はスレンダーマンでいいか」
「いや、逆にそこまでなると不便だわ。教室入りずれーじゃん」
「なーに男二人でくっついてんのっ」
「うおっ!」
また馴染みのある声がした。
ヒロが腕を置いているのとは反対の肩を占領した陽奈が、俺の度肝を抜いたことに満足げな眼差しを形作る。
「おはよ、聡人。それに城島も。相変わらずベタベタしてんね」
「おはよう。いや、こいつが勝手にな」
「はよーっす。髪型気合い入ってんじゃん」
「でしょ? ねね聡人、どうどう?」
「似合ってるよ。活発な感じで良いと思う」
「ふふん、でしょ?」
見事に三つ編みでふた束にまとめ上げられた長い髪。
美玲曰く長ければ長いほど手間がかかるらしいが、綻び一つない金尾は殊更に見る人間の目を惹きつける。
普段は綺麗って思うことが多いけど、今は可愛いさの方が際立っていた。
「動きやすいしキュートだし、マジ最強じゃない?」
「陽奈はどんな髪型でも似合うからすごいよ」
「ふふっ、そこまで言われると照れるし」
「ちょいお二人さん? ここで甘いオーラにぶち当てられてる孤独な男のことは顧みてくれたりしない?」
「あ、いや、別にそんなつもりじゃ」
「おいーす。あんたらまーたやってんの?」
ここ最近のお決まりと言うべきか。いつもの三人も現れる。
髪型について話していたからか、すぐその違いに目がいった。左から順にポニーテールの谷川、太めのカチューシャで額を出してる斎木、そしてお団子で何故か腕を組んでる小澤。
全員陽奈と同じく、普段とはひと味違う形でクラスマッチに臨むようだ。
「ふっふっふっ。ウチがこの頭な理由が気になってるだろ、高峯」
「まあ、ずいぶん気合入ってるなとは思った」
「ウチはあのリレー練習で学んだ……ツインテールだと走ってる時、顔に当たって痛い! だからこその団子だ! これなら気にならない!」
「あー、なるほど?」
合理的と言っていいんだろうか。首を傾げつつ縦に振るという絶妙なことをすると、さらに胸を張る。
「そんで昨日は二時間早く寝たから体力も有り余ってる! 今日はひと味違うぜ、後で驚くなよ〜!」
「やる気がから回ってコケんなよ」
「うっさいぞ光瑠ー!」
うん、自己申告の通り三割増くらいでツッコミが速い。モチベーション的にはすこぶる最高らしいな。
「まっ、気持ちは同じっつーか? 今日はとことんやったるべ」
「だね。で、高峯は今度はどんなドラマ見せてくれるわけ?」
「いやいや、むしろドラマ顔負けの活躍見せてやるっての。なあアキ?」
「お前らなぁ」
揶揄ってくる二人に苦笑して、ふと陽奈に目線を向ける。
……流石に、また怪我するほどやりすぎる気はないけど。だからといってリレー以外でも手を抜く気はない。
こいつが応援してくれると言うのなら尚更だ。
「どしたの、そんな見てきて。あ、さては三つ編み気に入った? もー、マニアックだなあ」
「そ、そういうわけじゃないって。ほら、そろそろ行こうぜ」
「あいよー」
「私らもバスケ行くわ」
「また後でなー」
「私らは観戦だな」
「だね。頑張ってね」
「おう、行ってくる」
谷川と小澤が体育館へと向かい、残る俺達はドッジボールコートへ。
コート数は四面。ワンゲーム五分の時間制、ダブルパスはなし。
俺達B組の初戦の相手は隣のA組。そんなに運動部が多くない、ある意味一戦目には程よい相手だ。
入念な準備運動で体をほぐした上で、ばらばらと集まってきたクラスメイトらと合流。もれなくみんな爛々とした目つきである。
「うっしお前ら、初戦敗退とかすんじゃねえぞ。一人でも多く減らしてやれ」
「高峯にばっか見せ場持ってかせねえからな!」
「「「おう!」」」
「はは……」
大変チームワークのよろしいことで。口の端が引き攣る。
こいつら、何日か前の事前練習の時にも散々狙ってきやがったから、おかげ様で回避能力が上がった。微妙に嬉しくない成果だ。
隣で笑いを堪えているヒロの脇腹に肘を入れつつ、コートに入場。
俺のポジションは左側前衛。目の前でクラスメイトの一人が相手チームのやつとじゃんけんし、第一球は相手方に回った。
「それでは、始め!」
「やれー! ぶっ飛ばせー!」
「頑張ってー!」
審判役である実行委員の人がホイッスルを吹き、いよいよ試合が開始される。
双方の後ろにいるギャラリーから声援が飛ぶ中、ジリジリと互いが互いの出方を伺う。
誰を最初に狙えばいいのか。あるいは、誰がボールを取りに行くか。
ドッジボールの定石は大抵、先に強いやつを潰すか、動きの鈍いやつから叩いて頭数を減らすかだ。
それを見極めるための、一時の緊迫。
「やっちゃえ聡人ー! 全員やっつけろー!」
慎重に見極めていた時、名指しでエールが送られた。
誰か、なんて疑問に思うはずもない。明るく、真っ直ぐなその声は陽奈のものに違いないのだから。
「おい、あれって晴海じゃね?」
「てことは、あいつが……」
あ。やばい。A組の連中が一斉にこっち見た。
連中の目つきがみるみるうちに、いつか見た思春期男子モードへ変わる。つまりはリア充絶対殺す的なアレに。
「オラァッ、くたばれ!」
完全にロックオンされちまった。そう思った瞬間にはもう、ボールがこっちにぶん投げられてた。
A組の中でも一番ガタイがいいやつで、かなり速い。ぼんやりと見ていたらあっという間にアウトにされるのは確実だ。
「アキ、いったぞ!」
「っつ!」
だが、そんなヘマはしない。
やや腹あたり目掛けて飛んできたボールに対して姿勢を落とし、胸の辺りでどうにか受け止める。手のひらがジンジンとした。
「ピーッ! セーフ!」
なんとか受け止めることには成功した。相手は確実に仕留めるつもりだったのか、警戒した顔で構えている。
ボールの持ち時間は五秒と短い。すぐさま相手コートを見渡し、狙いを定める。
「ふッ!」
お返しとばかり、力強い踏み込みで腰の回転も利用しつつ腕を振りかぶった。
狙いは正面、やや小柄の一人。比較的近くにいる、さっき投げてきたやつが受けに走ってくるのが見えた。
ここだ。
最も指に力が入る寸前、俺は腰の角度をさらに右に傾けて、上半身の向きをずらした。
それは丁度、小柄なやつが肩を竦ませ、ガタイのいいやつが元のポジションから半分ほど動いたタイミングでもあり。
二人を目の端に留めながら俺がボールを放ったのは──最初の投手の後ろにいた、もう一人の運動部らしき男子。
「そらっ!」
「っ!?」
完全に左へ意識がいっていたのだろう。相手側のと比べてもそう遜色ない俺の一球は、咄嗟に身構えたそいつの左足太ももあたりに着弾した。
「ピーッ! アウト! 外野!」
高らかに告げられるホイッスル。呆然としていた男子は意気消沈した顔でコートの外に回った。
「やるじゃん、アキ」
「まずはワンポイントだ」
ヒロに応えつつ、ちらりと背後を見る。
すると陽奈と目が合い、サムズアップしてくれた。
思わず口元が緩む。それもほんの少しの間のことで、すぐに目の前に意識を向け直した。
試合はまだ始まったばかりだ。
読んでいただき、ありがとうございます。




