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信じる証


楽しんでいただければ幸いです。





「おっけ、一回休憩しよ! 五分くらいしたらできる人から再開で!」

「りょー」

「あー、めっちゃ汗かいたわー」


 その一言で、熱く張り詰めてた空気が緩む。

 バレーコートの中から出ていって、それぞれ水分補給したり、ぐちゃぐちゃになった髪を整えたりしだした。


「うぃー、お疲れ。めっちゃ動いてたじゃん」

「おつー。やー、光瑠こそスパイクやばいって。めっちゃ焦ったんだけど」

「そらあんな良いトコ来たら打つっしょ。てか水飲も水。マジでミイラ一歩手前」

「だね」


 他のみんなと同じで、あたしも三十分くらいガチ運動して汗だく。体ん中の水分半分は余裕で抜けてる。

 隅の方に避けてあった荷物からスポーツドリンクを取り出すと、中身を煽った。カラカラで火照った喉が若干ぬるめの冷たさで潤されてくのが気持ちいい。


「ぷはっ。あー、生き返るー」

 

 ついでにヘアゴムも外しちゃお。動いてる最中に若干ズレてきて痛かったし。

 ポニーテールにしてた髪を自由にしたら、ばっさり背中に広がった。きっちり動いた証に毛先まで汗がやばい。


 その重みに負けたのか、解いたことで一緒に気も抜けたのか。折り曲げた膝の上に体を任せた。

 あははっ、こんな死んでるとこ聡人とかに見られたら普通に恥ずか死ねる。や、一回江ノ島行った時にバテてるけど。


「うーっし、他復活するまで自主練すっか」

「光瑠の体力やばー。何気スタミナお化けだよね」

「さっきの気持ち良かったんよ。あれ極めたら本番無双できるって」

「いってらー。あたしもうちょい溜めるから」

「あいよ」


 光瑠を見送って、振っていた手を戻すと顎を乗っける。

 

 そのままじっと回復を待ってたら、ふと体操着袋の上に乗せたスマホにくっ付いたストラップと目が合った。

 しゃっきりした目元が妙に笑いをこぼさせて、人差し指で頭頂部を弄る。そうするとあいつのちょっと気恥ずかしげな「やめい」って声まで聞こえてきそうだ。


「うりうりー、ふふっ」

「なーに変なことしてんの?」

「わっ!! 真里!? びっくりした!」

「いやその声にこっちがビビるわ。どんだけ意識沈んでたのよ」


 突然隣から声が聞こえたので振り向くと、耳を塞いだ真里が片眉を上げていた。

 思わず叫んじゃった。ごめん、と謝ればん、と返されて、真里の視線があたしの手元に落ちる。


 あ。やば。

 そう思った時には遅くて、切れ長の目がおもしろそーものを見つけたみたいになる。一気に頬が熱くなるのがわかった。


「気に入ってんね、それ。高峯とこの前作って来たやつだっけ?」

「ま、まあね。や、別にだからって何かあるわけじゃ」

「あれでそれはダウトすぎっから。下手したら不審者だっての」


 ひどっ。うう、でも本当だから言い返せない……。


「ま、良いんじゃない。離れてても仲睦まじくてさ」

「……そこまでヤバい顔してた?」

「んー、コイスルオトメ?」

「棒読みやめいっ」


 あーもう駄目だ。カラオケで相談してからこっち、真里には揶揄われっぱなしになってる。

 二人でストラップつけて登校してきた時も、めっちゃ生暖かい目で見てきたし。

 でもガチで嫌な感じにまではしないから微妙に怒りづらい。てか今回の場合は、練習の合間なのにバカやってたあたしが百悪いな。


 真里のことだから、他の誰かにおかしなリアクションされる前に声かけてくれたんだろう。それはそれで感謝と恥ずかしさのミラクルマッチだけど。


「真面目に言うと、彼氏にしか見せない系の顔してたよ。あいつも幸せもんだね」

「あー、うー。最近、ふとした瞬間漏れるってゆーか。我慢できないってゆーか。本人の前だとなんとかなるんだけどさー」

「逆でしょ、普通」

「それな」


 生まれてからずっと付き合ってきたくせに、言うこと聞いてくれない反抗期な頬を両手でこねる。


 それもこれも全部、こないだのデートの時にあんなことを言ってくれた、聡人のせいだ。





 正直、嬉しかった。

 

 どこまでの気持ちを込めて言ったのかは本人しか分かんないけど、少なくとも、もうしばらくは一緒にいることを改めて約束してくれたみたいで。


 っていうのも、久しぶりにデートとしてモールに行ったら思い出しちゃったのだ。

 そういえば初デートの前に、お試しで一ヶ月くらい付き合ってみよ、的なこと言ってたな……と。

 そっから先アレコレあって、その間、聡人と一緒にいるのが楽しくて。ぶっちゃけて言うと入り口くぐるまで、すっぽり頭から抜けてた。




(あん時すごく不安になったんだよね、実は)




 ここしばらく、頑張って距離を詰めようとしてきた。

 おかげで名前呼びできるようになったりもしたけど、これが本当にこれからも続くのかなって、思い出したことで一瞬思っちゃった。

 宮内さんのお母さんの話を聞いたからってのもあるけど、もしかしたら無意識のどこかにあの口約束のこともあったのかもしれない。


 でもせっかくのデートでヘラりながらなのはサガるから、頭の奥に押し込めといたのに。


 そんな時にあの男は、また、あんなピンポイントなことを言ったのだ。

 

「信じちゃうよ、か……」

「え? 何て?」

「んーん、なんでもない」


 ほんと、見栄っ張りな自分に呆れる。

 信じちゃうよ、じゃなくて、信じたい、だったのに。


 恥ずかしがりで慣れてないように見えて、いざという時はまるでこっちの心が見えてるみたいにぶっ込んでくる。

 ずるい。聡人、ずるいやつ。やば、幼児退行みたいになった。



 でも、ホッとした。

 グイグイいってばっかで引かれてないかな、()()()()()、って思われてないかな。そんな気持ちを、狙ってはないんだろうけどちゃんと溶かしてくれた。

 おかげでその後のデートはかなりテンション上がってたのが、ちょっと恥ずい。

 

 このストラップは形のあるその証みたいで、見るたび勝手に温かい感情が表に出てくる。


「それだったら、心配はしてない? 今のあいつの状況を、さ」

「……ちょびっと、かな」


 あたしの返事をどっちの意味で捉えたのか。ふうん、と真里の相槌が聞こえた。




 あたしがこうしてる間にも、あいつと宮内さんは一緒にリレーの練習をしてる。


 もしかしたらそれでまた距離が近づく可能性もゼロじゃない。てか全然ありえる。だって幼馴染だもん。

 前に先輩と話してたことや、あの子のお母さんの言葉の先にある何かが、聡人に伝わるかもしれない。


 その結果、あの言葉も意味がなくなるかもしれないという懸念は、重たいため息が出るほどある。


 あるけれども。


「だとしても、あたしは続けるよ。こっちを見てもらうために。そうできるように」


 その不安に天秤が傾くほど、あたしの感情はもう曖昧じゃない。


 全部がひっくり返るかもしれないなら、そうさせないようにするだけ。

 具体的なやり方なんて分かんなくても、不利だとしても。自分に素直にやるのが、あたしだから。


「はー、ガチってんね。やりすぎて高峯押し倒すなよ?」

「おしたっ、そこまではまだしないし!」

「まだ、じゃん。ここまで陽奈が恋愛にガツガツとは。無理に発破かけなくても良さげだね」

「あたし、写真(あれ)まだちょっと怒ってるかんね」

「悪かったって。もうサプライズはなし、でしょ?」

「ん、そゆこと」


 背中押してくれるのはすっごくありがたいし、なんならもうマジ親友ってレベルなんだけど。

 や、まあ、うん。ソッコー保存したしね、ぶっちゃけ。

 もし聡人に懇切丁寧な態度で接客されたら、とかも考えたけど、それはまあ置いといて。


 ずっと言われっぱなしも悔しいし、ここは一発やってやりますか。


「てかさー、真里こそどうなん?」

「? どうって何がよ」

「進藤くんだよ、進藤くん。同中なんでしょ? なんかあったりしないの?」

「いやあいつただのクラスメイトだったから。反撃しようったって何もないよ」

「ちぇ、もうバレた。けどこの前、あたしにB組のクラスマの振り分け聞きに来たよ?」

 

 あれはそう、聡人が夏服に変えてきたデートの日の朝だ。

 いきなり呼び止められたと思ったら、うちのクラスの女子は誰がどっちに分かれたか、なんて聞かれた。

 恋愛相談はそこそこ受けてきたので、そこでなんとなーくビビッと来たんだけどな。


「それ、あんたの参加種目知りたかったんじゃないの?」

「や? 無反応だったよ。むしろ、〝バスケ……か〟なんて小声で言ってた」

「相変わらずあんま似てないし。でも……あいつがねえ」


 意外そうに、不思議そうに。ふぅん、と真里は喉を鳴らす。


 一瞬外れて彷徨わせた視線が何を含んでるのか、まだそんなに付き合いの長くないあたしじゃ、分かりきれなかった。


「ま、考えても仕方ないっしょ。あいつ昔から意味わからんとこあるし」

「えー、そうかな?」

「そうだよ。ほら、そろそろ練習戻んな。あたしもさっきからバシバシ殺気痛ぇし」


 バスケの練習をしてる体育館の向こう半分からは、真里への視線がいくつも飛んできてる。

 光瑠に負けず劣らず、抜群のシュートでチームのメインになってるみたい。


「りょ。じゃ、頑張ってね」

「陽奈もね。あんま一人で浸るなよ?」

「分かってますぅー」


 まったく、最後まで揶揄ってくれちゃって。


 さて。駄弁ってるうちに体力も回復したし、やりますか。




 手首に引っ掛けていたヘアゴムで、もう一度髪を纏め直す。


 軽めに頬を張り、気合を込めると、もう一度ストラップをひと撫でしてから立ち上がった。


「よしっ。みんなー! そろそろやろっか!」

「へーい」

「頑張りますかー」

「おーい陽奈ー、そっちからサーブ出してサーブ、レシーブすっから」

「分かった! いくよー!」


 聡人も頑張ってる分、あたしも頑張らなくちゃ。


 その気持ちで、軽く投げたバレーボールを向こうのコートめがけて打ち込んだ。






 


読んでいただき、ありがとうございます。


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