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変わらない姿


更新です。


楽しんでいただけると嬉しいです。





 全クラスの希望者が平等に使えるよう、校庭の使用は交代制にされてる。


 幸い俺達は今日の最初に入れてもらえた。

 だが、それ故にしなければならないこともある。自分達も含めてグラウンドを練習できる状態に整備しなくちゃならない。

 なので早めに教室を出たのだが、先輩との会話で少し削れた分やや急ぎ足になる。




 そして実際に到着し、驚いた。


 既に先客がいたのだ。

 ()()()は真剣な表情で、黙々と土の上にラインを敷いている。線が歪まないよう慎重にラインカーを動かす姿が実にらしくて。

 先を越されたな。そう思いながら近づく。


「小百合!」

「聡人くん。来たのね」

「早いな、先を越されるとは思わなかった」


 一体、どれくらい前からやってたんだろう。だだっ広いグラウンドに走るラインは、もう半分も引き終わっていた。


「ホームルームが終わってすぐに教室を出ただけよ。予定時間より前に準備を終わらせようと思って」

「俺もだ。今からでも手伝うよ」

「じゃあ、コーンを置いてくれる? あそこにあるから」

「分かった」


 適当なところに手荷物を置くと、重なった色とりどりのコーンを手に取り作業を始める。


 ラインがレールなら、コーンはいわば信号だ。バトンを受け渡す目印として等間隔に設置していく。


「よっ、と。うーん、こんなもんか?」

 

 目測だと割と難しいな……範囲が広い分だけレーンも長い。

 でも大事なものだ。ちゃんとしなくては。

 

 線と既に置いたコーンを見比べながら、調整しつつ一周して。

 そうして四つ目のコーンを設置しようとした時、反対側からラインを引いていた小百合と顔を合わせた。


「丁度だったみたいね」

「ああ、これで最後だ。先に引き切ってくれ」

「わかったわ」


 ラインの端と端が繋げられ、アンカー、つまり自分が立つことになる目印を置いて準備は締めくくられた。


「完成だな。お疲れ様」

「手伝ってくれてありがとう」

「いいさ、元々やるつもりだったし。むしろ一番の大仕事を任せちまってすまん」

「私もそうだから、気にしないでいいわ」

「そっか」


 あそこまでやったものをいきなり来て代わるのも違うと思ったから分担したが、正解だったかな。

 



 しかしまあ、改めて見るとやっぱり広い。ここらでも有数の難関校だけあって設備もそれに準じている。

 一人あたり四分の一とはいえ、これだけの距離を走るってなると、先に慣れておけるのはありがたい。


「小百合がいたおかげかな」

「何のこと?」

「ここを使う話だよ。先生達から評価が高いお前がメンバーだったから一番目にしてもらえたのかなって」


 校庭だって学校の立派な備品だ。

 教師側も人間だし、希望しといて面白半分でやるやつよりかは、素行が良くて、ちゃんと準備や練習をしそうな生徒を優先してくれる可能性はある。

 ヒロの情報によれば、悪ふざけで申請したいつもはっちゃけてる連中が却下された上、説教されたとか何とか。あいつほんと顔広いな。


「そういうことなら、少し違うと思う」

「ん? 違うって?」


 小百合がポケットから、一つの鍵を取り出す。

 付属するタグに貼られたシールには、マッキーで「体育倉庫」と銘打たれていた。


「この鍵を受け取った時、小山先生が聡人くんなら準備を任せられると言ってたもの」

「先生が……?」


 小山先生といえば、前にプリントを運んだり、資料室の整理を請け負った、あの人か。

 後々知ったけど、教師陣の中でもベテランで結構偉いらしい。

 今もたまに頼み事されることがあるが、まさかここで名前が出てくるとは思わなかった。他のところの鍵も管理してたのか。


「もし先生からの印象も順番の判断基準に入っているなら、私の生活態度だけじゃなくて、聡人くんが持つ信頼の結果でもあるんじゃないかしら」

「なら、やった甲斐があったな。こう言うと打算っぽくなっちまうけど」

「何かを任せられるのは、積み重ねの証。偉いことだと思うよ」

「お、おお。ありがとう?」


 相変わらず、言うべきと思ったことをはっきりと言う。

 恋愛的に振られていても、こういう性格への憧れは依然として変わらない。

 陽奈に揶揄われてる時とは違う、親しみ深いこそばゆさから逃れたくて、俺の口は無意識に動いた。


「そ、そういえば、この前の町内清掃で蘭さんと会ったよ。元気そうだな」

「──。そう。母さんは、何か言ってた?」

「それは……」


 


──昔からそうだもの。本当は聡人君のことを大切に思ってるのに、甘えすぎてるとすぐ意地になって。




 ……いや。あくまであれは蘭さんの主観によるもの。

 実際にそうなのかはわからないし、仮にそうだとしても、ここで小百合に聞く意味も理由も、()()()()


「別に、軽い世間話くらい。あの時はそれどころじゃなかったし」

「……だったらいいわ。母さん、話すのが好きだから」

「だな。本当に朗らかな人だ」


 一瞬、小百合が何かに安心したように見えたのは何故だろう。

 言葉の合間に挟まれた、微かな吐息が内包するもの。

 隣にいれるなら何でも知りたいからと、約一ヶ月前の俺なら、些細な仕草へ秘められたものに思い悩んだ。




 でもやっぱり、今の俺にはそれ以上考える必要も、意思もなかった。



 


 

 



読んでいただき、ありがとうございます。

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