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ストラップの約束


お久しぶりです。


楽しんでいただけると嬉しいです。




「おー、やっぱ結構内装変わってるね」

「夏仕様って感じがするな」

 

 午後の四時を回ろうかというショッピングモールは、爽やかな活気が溢れていた。


 装飾が季節を意識した明るいものに変わり、店内放送がどこかのテナントのサマーセールを報せてる。

 学校にいる時とはまた違う意味で、夏が来たのを感じるな。


「んー、ふふっ」

「何かあったか?」 

「ちょっとしみじみしたっていうか。内装が変わるくらいには聡人と一緒にいるなって」 

「ああ、そういうことな」


 ここで初めてデートをしたのが、約一ヶ月前のこと。


 その間に制服が変わり、交友関係が広がって、互いの呼び方も名前に。

 今も絡めた指先は、あの時より密着はしてないのにずっと距離が近いような気がする。

 そう思うと、確かに感慨深い。


 ……一ヶ月お試しで付き合ってみる、なんてことも言ってたっけ。


「そこまで深いやつじゃないから、んー。〝しみー〟ってくらい?」 

「じゃあ、俺のと合わせて〝しみじみ〟ってことにしとこう」

「それあり。あっ、そういえばクレープ! 夏限定のメニューやってるんだって。ストラップ作ったら食べに行こ!」

「またいきなり突っ込まないでくれよ?」

「だったら、今度はすぐ食べてね?」


 それからー、と日中の十分休憩の時のように候補を上げていく横顔を見ながら歩き出す。

 今日のショッピングデートは長くなりそうだ。





 今回の主目的であるワークショップが開催されているのは、アクセサリー類のテナントが集中してる五階のフリースペース。

 そこそこの面積があって、地域で知名度が高くなってきた料理店が出店してたり、人気な漫画のイベントとかもたまに開催してる。


 行ってみると、前情報の通り盛況みたいで半分くらい席が埋まっていた。

 客層はカップルや他校の制服を着た女子グループが目立ち、和気藹々とした雰囲気に包まれている。

 

「めっちゃいるじゃん。早く受付しよ、材料無くなっちゃうかも」

「そうなったら一大事だな」


 ワークショップのイベント名が書かれた黒板を持ってる女性に話しかけ、二人分の申し込みをする。

 参加費は二千円を少し超えるくらいと学生の俺達にもお手頃。制作キットを渡されて、席に通された。


「道具はキットの中に入ってるものを使ってください。ストラップの素体はあちらのスペースに、各パーツはあちらに種類ごとに分けてあります。制作していて分からないことがあったら、見回ってるスタッフに聞いてくださいね」

「はーい」

「分かりました、ありがとうございます」


 荷物を下ろすと、早速素体を選びに行った。

 目や口のついていないのっぺらぼうな動物達のみならず、ハート型や星型と多様に取り揃えてある。


「どれがいい?」

「この前さー、美術の授業で人物画のデッサンしたじゃん? ほら、ペア組んだやつ」

「あー、あれな。ヒロが変顔挟みまくるから集中できなかった」

「結局せんせーに詰められてたのウケる。あたしも真里が超ノリノリでポージングするから笑っちゃってさー」

「おふざけ好きな友達には苦労するよな」

「ねー」


 結局ちょっと時間オーバーしたから、次の授業への移動は急き足になった。それなのにヒロの方は完成してるもんだから脇腹つねってやったっけ。

 

「でも、どうして今それを?」

「ふふん。これはちょっとした思いつきなんだけど。せっかくならさ、お互いのことイメージしたストラップ作んない?」

「互いを、か」


 ……いい思いつきかもしれない。

 元々、具体的に作るものは来てから考えようとしてた。この提案は渡りに船だ。


「男女別だったからさ。あたし、聡人とちょっとやってみたかったんだよね。ある意味リベンジ的な?」

「え?」

「ん? どした?」

「あ、いや……」


 思わず声の漏れた口を塞ぐ。

 恥ずかしさと嬉しさがないまぜの気持ちに頬が熱くなって、首を傾げる陽奈から少し横に視線を外しながら、答える。


「ただ……同じこと考えてたな、と」

「ふふっ。じゃ、決まり?」


 その優しい微笑みのこそばゆいこと。でも、自分の願いを受け入れられてるみたいで悪い気はしなくて。


「ああ。決まりだ」

「やった。とびっきり可愛くすんね♪」

「せめて少しは男っぽさを入れてくれると助かる」

「かしこまり〜」


 よし。ベースを選ぶとしよう。


 ジャンルは……一番イメージが固まりやすいし、動物にしとくか。

 視線を彷徨わせ、手に取ったのは猫の素体。陽奈と言ったら、真っ先に浮かぶのはあの悪戯げな笑い方だから。

 

「選べたー?」

「ああ。そっちは?」

「ばっちし。楽しみにしててね」

「そっちこそ」


 次は各部位のパーツ選びだ。

 素材置き場の方に行き、手頃なのをいくつか吟味してパーツ用の小さなトレイに入れていく。


 


 一通り選び終わったら、テーブルに戻って制作開始。

 キットの中には各パーツの付け方や道具の利用方法が記載された手順書が入っていたから、初体験でも安心だった。


 制作方法は大まかに分けて二つ。

 瞬間接着剤を使って目や鼻、飾りをくっつける。こっちは簡単だ。

 難易度が高いのは、針で直接糸を縫い付けて模様を入れる方法。

 

 口などの表情が乗る部分はこっちの方がオススメらしくて、せっかくならと挑戦してみた。

 慎重に針を通していく。

 最悪、素体を持ってきてやり直ししていいみたいだが、できれば一発で完成させたい。


「んー、ここはどうしよっかなー」


 あっちも楽しんでるみたいだな。

 こっち、いやそっちと、パーツを変えては素体に合わせてる。名前呼びの時もそうだったが、割とこだわるところがあるみたいーー。


「ぁいった!」

「わっ、びっくりした! どしたん?」

「あー、やっちまった」

「うわー、ぐっさりいったね」


 親指の側面から滲み出る赤い雫が我ながら痛々しい。

 全く、よそ見するもんじゃないな。

 幸いストラップに血はついてない。それにハンカチを持ってる。


「ええと、多分右のポケットに……」

「ちょい待ち待ち。どっかに血ぃ付いたら気分萎えるっしょ」

「とは言っても、このままだと作業できないし……」

「一旦そんままね。んーっと、確か……」


 作業の手を止め、カバンの中身を探る陽奈。

 言われた通りじっとしていると、ぱっと表情が変わり、絆創膏の箱が取り出された。


「あった! まだ残ってるね、よしよし」

「よく持ってたな」

「今度家庭科で調理実習あんじゃん? 使い慣れてない道具で怪我すんのマジこわーって用意したんだよね、っと。はい、指貸して」

「いいのか?」

「当たり前っしょ。ほら早く」


 手ごと預けたらテキパキと巻きつけられ、親指が可愛らしい柄で彩られた。絆創膏をしたときに特有のむず痒さがする。


「ん、おっけ」

「助かったよ」

「次からは気をつけてね。じゃないと、両手が可愛くなっちゃうよ?」

「そうするよ」


 見惚れるのもほどほどにしないと。


 ……陽奈は可愛いものが好きだから別にそれでも、なんて言葉が浮かんだが、そんなことを口にする勇気はなかった。




「できたー!」

「ふぅ、案外時間かかった」


 それから30分後。


 全ての作業を終え、目の前には一つの完成したストラップがあった。

 黄色の猫型をベースに、ビーズと刺繍で作り上げた顔は明るい笑みでウィンクしている。 

 個人的にはよく付けているヘアピンを模した装飾がチャームポイントだ。


「どうだ?」

「えー、めっちゃキュートに作ってくれたじゃん! ありがとっ♪」

「本物に及んでればいいけど。そっちのは?」

「ふふん、見て驚かないでよ? じゃじゃーん!」

「おお……犬だな」


 陽奈が作ったストラップは、やけに張り切った表情の犬型だ。

 やたら眉と目元がキリッとしてる。頬の部分に刺繍されたピンクの糸が、宣言通り愛嬌を醸し出してた。


「どう? そっくりっしょ?」

「俺のイメージ、陽奈からするとこんな感じなのか」 

「いつも真っ直ぐ目標に向けて頑張ってるでしょ。したらなんかもうワンちゃんしか選択肢なくって」

「そっか。ありがと」

「うんっ。あっ、すみませーん! 写真撮ってくださーい!」

「はーい」


 受付した時に一緒に付けたオプションで写真を撮ってもらう。

 ヒロが言っていたサービス、実際は友達同士でツーショットや、家族みんなで撮影など色々とあった。

 勿論カップルでツーショットを選び、俺と陽奈で一回分ずつ、それぞれのスマホをスタッフさんに渡した。


「はーい、じゃあポーズとってください」

「ねね、どうする?」


 ついにきたか。

 今朝期待してると言われてから考えていたが、いざ本番となった今選ぶのは……。


「じゃあ、こういうのはどうだ?」

「おっ、どういう感じ?」

「こう、ストラップを顔の横にやりながらこっちにきてくれ」

「ふんふん。で、次は?」


 期待と楽しさが同居した、その眼差し。


 俺は、少し腰を浮かせて同じように身を乗り出す。

 手に持っていたストラップを陽奈のものの隣に持っていき、髪が触れ合う距離にまで彼女に近づいた。


「ぅえっ……」

「これでお願いします」

「わかりました」

「ほら陽奈、笑顔」

「あっ、う、うん!」


 かしゃり、シャッター音が響く。

 返却されたスマホに収まった写真を見ると、仲良く並んだストラップを挟み、笑いながらも頬が仄かに染まった俺達が。

 

「どうだ?」

「……いいんじゃない? 次、あたしね」

「おう、陽奈はどうしたいとかある?」

「んー。じゃ、そのストラップ貸して」

「ん? 別にいいけど」

「ありがと。はい、聡人はこっち持って」

「わかった」


 ストラップを交換し、手元に俺の分身(?)がやってきた。

 改めて間近で見ると、妙に張り切った顔でどこか微笑ましさがある。


「撮ってくださーい」

「はーい、いきますよー」

「え、まだポーズとってな──」

「えい」


 頬に押し当てられる、若干硬めの感触。


 その感触がなんであるかを把握する前に、もう一度シャッター音が耳に届いた。


「どんな感じになりました?」

「バッチリですよ、彼女さん。こちらで平気ですか?」

「ん、完璧です。ありがとうございます!」

「使い終わったキットはそこの袋の中に入れておいてくださいね」

「はーい」

 

 スタッフさんを見送り、陽奈は自分のスマホを見て上機嫌そうにした。

 

「見てこれ。可愛くない?」


 お馴染みの笑い方と共にこちらへ向けられた画面には、同じ顔をした陽奈に自分の作ったストラップを頬へ押し当てられ、大層驚いた顔をした俺が写っている。

 あの硬い感触はストラップの口元……というか、頭の部分ごと当てられたものだったのだ。


「……ちょっと複雑な気分だ」

「びっくりさせられたからお返し♪ でも、一枚目の嬉しかったよ、ありがとね」

「お気に召したようでなによりだよ」


 そう言ってはい、と返されたストラップを受け取る。

 良かったでしょ?と、まるで俺に得意げにしているような悪戯猫が、目の前の陽奈の表情と似ていた。




 何枚かストラップだけで写真を撮ったりして、ワークショップを後にする。

 スマホカバーに紐付けた猫は、揺れるたび尻尾が左右に振られているように見えた。


「んー、いい感じ」

「気に入ったか?」

「モチ! こういうの今までやったことなかったからすっごい楽しかった」

「なら良かった」


 この表情なら、今日のメインどころは無事成功と言っていい。

 俺自身、お揃いの、それも自分たちの手で作ったものを持ち合うなんてやったことないから新鮮な満足感を感じている。


「パーツ、ぽろっていかないよう気をつけないとね。せっかく作ったのにめちゃ悲しくなるし」

「やり方は何となく覚えたから、少しなら直せそうだが」

「ね。ちょくちょく磨こっと。ぴかぴかにしときたいし」


 そこまで大切にされたらストラップも本望だろう。

 今日のことが、陽奈の〝誰かからもらった大事なもの〟の一つに加えられたら嬉しい。


「もし……」

「ん?」

「それでもいつか、このストラップがどうしようもなくなった時は、また作りに行こう。似たようなイベント見つけて、一緒にさ」


 一抹の不安とも、挑戦心とも言える気持ちで、陽奈にそう言う。


 微かに驚いたよう、笑顔を少しだけ震わせた彼女は、間を置いてこてんと下から真剣な顔を覗かせた。


「……ボロボロになっちゃうくらい、一緒にいてくれるってこと?」

「そうなるな」

「ふーん。だったら、()()()信じちゃうよ?」

「ああ、信じてくれ」


 いつかのように言う。流石にあれほど重い約束ではないけど、確かな思いを込めて。


 すると、陽奈はまたあの表情を見せるのだ。


「ん! 約束ね?」

「おう、約束だ」

「あ、てか壊れた時じゃなくて普通に増やしてくのもありじゃない?」

「ええ? あんまりだと大家族みたいになっちゃうだろ」

「いーじゃんいーじゃん、それもさ。よしっ、次はクレープだー!」

「はいよ」



 ひとまず、俺達は直近の約束を果たしにフードコートへ向かうのだった。



 

 

 


呼んでいただき、ありがとうございます。

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