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夏服サプライズ


楽しんでいただけると嬉しいです。



2024/07/25、加筆しました。




 以前、中間テストの結果が貼り出された掲示板には日頃から色々な掲示が寄せられる。

 内容は学校側からの年間行事や部活の勧誘チラシ、はたまた街からのお知らせ等、多種多様だ。


 その中でも俺は今、隅に貼られた一枚の紙に目を奪われていた。


 毎週決まった日に新聞部から発行される校内新聞。内容はどこかの部が活躍したとか、教師の誰々が結婚とか、ゴシップじみた内容の時もあるが、今日の題材は空手部のようだった。



 夏の地区大会、堂々の快勝。



 そう大きく銘打たれた紙面には、凛々しい表情で相手の選手を転がす大門先輩の写真がくっきりと載せられていた。


「……すごいな」


 撮影日からすると、この週末の出来事だろう。しかも文面を見るに、ほぼ苦戦なしの優勝らしい。

 強いと噂伝いに知ってはいたが、こうして見ると純粋な驚きの言葉が漏れる。

 これだと、今度のクラスマッチでも大門先輩は大いに活躍しそうだな。新聞を見ていると今にも会場の声援が聞こえてきそうだ。



 ……小百合は、先輩のことを応援しに行ったのだろうか。



 思い浮かぶ、一つの疑問。いつだって、俺にとって最も気にかけていたこと。

 視線が一瞬、写真の中の観客席に姿がないかと探しそうになる。仮に写っていようが、このサイズでは見えるはずもないが。

 しかしまあ、付き合ってる相手の大会なんだ。律儀なあいつのことだから、行ったに違いない。

 自分でも驚くほどあっさりと答えを決めて、疑問ごと押し流すように鞄を肩に掛け歩き出す。




 それより陽奈はもう教室にいるだろうか。できれば玄関で会いたかったけど、そう都合良くはいかなかった。

 いつもより少し会いたい気持ちを強く持ちつつ廊下を進んでたら、目の前を行き交う同級生たちを挟んだ数メートル向こう、見慣れた金色に近い茶髪を捉える。


「ひ──」


 名前を呼ぼうとして、完全にその姿がわかった途端に止まった。


 と言うのも、陽奈がとある男子と話しているからだ。それだけであればなんら変哲のない、いつも通りの光景と言える。

 しかし俺の目が映している相手の男子は他でもなく……あの進藤だったのだ。


 何を話しているのだろうか。進藤の無表情からは相変わらず感情を読み解くことは難しく、陽奈は完全にこちらに背を向けているため伺うことはできない。


 なんにせよ……と俺は踏み出し、それまでよりも足早く二人へと近づいた。


 


 残るは二メートルと言うところで、先に進藤が気がつきこちらへ視線をずらす。

 俺はそれに構わず、少し頭を傾けた陽奈がこちらへ振り向くよりも前に──。


「どしたの? なんか後ろに──」

「おはよう、陽奈。今日も暑いな」

「へっ? あ、聡人?」


 挨拶をしながら、空いていた陽奈の手を握ってみる。拍子に覆うもののない腕が陽奈のと重なって体温が伝わってきた。

 こちらを見上げた陽奈の瞳は、元から大きかったものが驚きでもっとまん丸となった。


「高峯、か」

「おはよう、進藤。割り込んですまないが、陽奈に何か用だったか?」


 陽奈の表情を不躾に観察するのもそこそこに、進藤へと意識を向ける。

 柔らかく心がけた声音はなるたけ平常のはずだが、もし警戒心などが乗っていたら、我ながら幼稚で恥ずかしいものがある。

 数秒、迫力ある眼差しを受け続けていると、不意にあちらから背を向けた。


「……いや、もう用は済んだ。助かった、晴海」

「あ、うん。よかった」

「ではな、二人とも」

「ああ」


 立ち去っていく進藤にふっと息をつく。

 咄嗟に牽制みたいな事をしてしまった。小百合と一緒にいた頃の癖だ。といってもまだ一ヶ月も前のことじゃないんだが。

 もう一度陽奈を見下ろすと、まだ若干驚きが残る顔で見上げてきている。


「悪い、いきなりこんなことして」

「べ、別に平気だし。てか、その制服……」

「あ、そうだった。俺もやっと半袖にしてきたんだ」


 ブレザーと袖がなくなったおかげで、今朝はずいぶん登校が楽だった。それに早くこいつと会いたかった理由でもある。

 俺もなにかサプライズじみたことをする、なんてこの前話していたが、それは別のものを想定していて、奇しくもこのような状況になるとは思ってなかった。


「えっと、どうだ?」

「まあ、悪くないんじゃ……あっ」

「え、陽奈?」


 どうしたんだ? 急に何か思い出したような顔したと思ったら、下を向いてしまった。

 機嫌を損ねたかと横から覗き込むと、ぷいとさらに反対側へ逸らされてしまうが、一瞬見えた顔はむくれているようだった。


「あたし、今ちょっと怒ってます」


 え、なんだその可愛い口調。

 っていや、そうじゃなくて。やっぱり何かが気に障ったようだ。


「えーと、陽奈さん? そんなに嫌だったか? さっきのカッコつけすぎた?」

「それは平気だって言ったし」

「じゃあ、他に何か不満が?」

「さーね」


 ええ……正直心当たりがない。

 それなのに指はガッチリと掴まれてて逃がしてくれる様子もなく、仕方なしに心の中で理由を探る。




 制服の話をしてる最中に態度が変わった、よな。

 全く別の事柄の可能性もありえるが、現状手がかりが他にないので、ひとまずはこの線で考えてみよう。


 夏服にするのを言わなかったから、とか。いや、それだとさっきの表情はちょっと不自然か?

 あるいは逆に、陽奈の服装にまた何か変化があって俺が気付けなかった?

 試しに改めて観察してみるが、綺麗に巻いた髪も、少々開放的な制服の着こなしも、小洒落たアクセサリーも変わりない。


「いつも通りの可愛さだよな……」

「っ! そ、そういうことボソッと言うなし!」

「うぉっ、こ、声に出てたか?」

「思いっきり出てたんですけど」

「痛い痛い、すんません」


 ネイルでのちくちく攻撃は謝ったら一旦止んだ。あれ、心なしか指の力が弱まった気がする。

 ならば他には何か、といくつか考えてみるものの、一向にこれだと思う理由には思い至ることができなかった。




 うんうん唸っていると、ぽそりと前触れなく陽奈が呟いた。


「……バイト」

「え? バイト?」

「真里。行ったらしいじゃん、バイト先」

「あっ、あー。週末のことか。確かに来たけど……世間話したくらいだぞ?」


 結局何を喋っていたのやら、本人が帰った後も千穂さんにいくらか根掘り葉掘りされてしまった。おかげで陽奈のことも少し話すことになったし。


「……あたしが最初に見たかったのに」

「見る?」


 見る……服……あっ、谷川が撮ったバイト姿の写真か!

 あの後、陽奈から音沙汰がなかったのでそのまま忘れかけてた。今の言葉から想像するに、あれを先に谷川が見たことに怒ってる、のか?


「あたしは夏服、最初に聡人に見せたのになー?」


 さらにダメ押しが入った。これは確定だ。


「あー、客として来たからしょうがなかったとは言え、ごめん」

「ダメ。許してあげない」

「じゃあどうすれば……」

「……って言おうと思ってたけど。コレに免じて許したげる」


 そう言って、陽奈は繋いだ手を持ち上げて笑う。

 一瞬の表情の変わりように驚きながら、俺は内心ほっとした。


「ありがとう。サプライズにはなったか?」

「まあね。聡人にしてはやるじゃん。夏服もいい感じだし」

「本当は別のやり方を考えてたんだけど」

「へー? じゃあそっちにも期待しちゃおっかな」

「んんっ。そこのお二人さん」


 咳払いの音にハッとそちらを向けば、教室の出入り口に寄りかかったヒロがニヤニヤとこちらを見ていた。


「廊下で乳繰り合ってんのも結構だが、そろそろ中に入ったらどうだ?」

「お、おう。そうだな」

「教えてくれてありがと、城島」

「あいよー」


 試しに周りを見てみると、通行人から生温かい目線やら若干殺意のこもった目を向けられている。

 今更恥ずかしさが込み上げて来て、陽奈から離れ……手だけが離れない。


「さっ、行こ」

「あ、はい」


 引っ張られるようにして扉をくぐる。妙に居心地が悪い。


 席に着いたところでようやく離された。前の席に谷川の姿はなく、まだ来ていないか別の教室にいるようだ。


「その、さっきは進藤と何を話してたんだ?」

「ん? うちのクラスの女子がどっちにどう別れたかー、的な?」

「バスケとバレーってことか」

「そそ。あっ、練習! 今度の木曜になったから」

「奇遇だな。俺もリレーの練習、同じ日だったよ」

 

 グループメッセージで木村達と予定のすり合わせを行なって、先週末のうちに担任に申請を出しておいた。

 そして休みのうちに、うちの学校のホームページから飛べる各クラスのお知らせに結果が出ていたのだ。


「互いに頑張ろう」

「ふふっ、そだね。てわけで、木曜までなら空いてるけど?」


 どうすんの?と、陽奈が眼差しを送ってくる。

 以前誘ったストラップ制作のこと、覚えていてくれたようだ。練習の予定もわかったし、これで心置きなく誘える。


「じゃあ、今日の放課後にモールに行ってみよう。夏服デートだ」

「……もしかして、さっき言ってた別のってそれ?」

「あんまりパッとしないか?」

「んー、許すっ。にひひっ」


 お気に召してもらえたようで、ピースサインをもらえた。

 ホッとしてると、突然後ろからがっしりと両肩を掴まれた。


「よう、やっとこさ夏服にしたか。見てるこっちが暑苦しかったぜ?」

「驚かせるなよヒロ。でもそうだな、スッキリした気分だ」

「そりゃ結構。で、朝からデートの相談か? 睦まじいね」

「もー城島、盗み聞きすんなし。ステイしときなステイ」

「ワン、ってだから犬じゃねえよ」


 ノリよくツッコミを決めたヒロは俺の後ろから後ろの席に腰掛け、続けて聞いてくる。


「で、モールだったか? なんかやってたっけ?」

「ストラップ制作だよ。スマホにつけれるやつ」

「あーあれな。確か、写真撮るサービスもやってたくね?」

「そうなのか? ホームページには書いてなかったけど」

「他のクラスに行ったやつがいてな。カップルでいくと撮ってくれるんだと。お前ら二人で撮ってくれば?」

「超いいじゃん。ねえねえ、聡人は?」

「いいよ。せっかくだし、楽しめそうなことは全部やろう」

「決まり♪ 」


 ふと、そこで陽奈が笑顔のまま小首を傾げ、頬杖をつく。

 あ、まずい。これは揶揄おうとしている時の雰囲気だ。ここ数週間の付き合いでなんとなく分かってきた。


「ねえ、今度はどんなポーズにしよっか? また抱き寄せてくれたりする?」

「ちょっ、陽奈?」

「え、何々? 抱き寄せる? おもろい話?」

「ええい、ニヤニヤすんな!」

「ぐえ」


 野次馬顔をし始めたヒロの顔を押し返していると、ふふっ、と笑い声が聞こえる。


「そっちも、期待してるね?」

「……善処します」


 ウィンクと共に放たれた言葉に、俺は熱が頬に集まるのを感じながら頷いた。





読んでいただき、ありがとうございます。

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