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懐かしむ場所


楽しんでいただけると嬉しいです。


7/23、加筆しました。




「こちら、お水をどうぞ。ご一緒にメニューも置かせていただきます」

「ん。いい雰囲気じゃん、この店」

「叔母の店でな。ほら、あそこにいる」

「ふうん。長いわけ?」

「それなりには。受験の間は来てなかったけど」


 そ、と谷川は気のない返事をし、メニューを開いて流し見を始める。


 ……なんとなく、緊張する。

 こうして一対一で接するのは、思えばこれが初めてか。今までは陽奈やあの面子がいる場面ばかりだった。

 だがまあ、やることは変わらない。他のお客へそうするように、従業員としてきちんと接客すればいいだけだ。

 

 そう思い直すうちに、谷川は次の言葉を決めたようだった。


「オススメとかある? 軽く食べたい気分なんだけど」

「なら、フルーツサンドのハーフサイズはどうだ? 値段もボリュームもお手頃で、女性客にも人気だ。作り置きしてあるから時間もかからない」

「それでよろ。あ、あとアイスティーね。ミルクとかはなしで」

「サンドとアイス……っと。かしこまりました。しばらくお待ちください」


 手早く伝票に書き込み、キッチンの奥へと持っていく。


 ゆるりと一定の間隔でコーヒーミルを巻く音が響いている。繰るのは勿論、千穂さん以外にいない。

 二割増しで穏やかな雰囲気に立ち入ることへ気が引けつつも、職務を果たさなければならないので踏み込んだ。


「六番カウンター、フルーツサンドのハーフとアイスティーストレートです」

「はい、承りました。あの子はお友達? 親しげだったけど、綺麗な子ね」

「クラスメイトなんです。最近話すようになって」

「まあ、学校の?」


 驚いた声を上げ、さりとて手元のペースを少しも乱すことはなく。千穂さんのプロ意識が伺える。

 しかし、こちらに僅かながら体を傾けた。内緒話をするときの仕草に俺も顔を寄せ、囁きに応じる。


「もしかしてだけど……例の彼女さん?」

「あー、その友達ですね。付き合い始めてから知り合った感じで」

「やだ。私ったら勘違いしちゃった」


 てっきりね、という呟きに苦笑が漏れる。

 中学までの俺の交友関係の狭さ……というか実質小百合一人……を思えば無理もない。


「なんにせよ、お客さんには変わりないわ。これが終わったら用意するから、先にドリンクの方を持っていってくれる?」

「お願いします」

 

 オーダーの紙をその場に残し、準備にとりかかった。


 他に注文も入っていないため、手早くアイスティーを準備。トレーに乗せて谷川の前へ舞い戻る。


「失礼します。お先にアイスティーをどうぞ」

「さんきゅ」


 受け取ったままに一口飲み、ふっと谷川の眉が柔らかく形を変えるのを見届けた。


 さて。サンドイッチが出来上がるまでの間に、洗い物を片付けてしまおうか。

 後ろを向き、シンクに収まった新たな食器類に手をつける。


 あまり広さのないスペースの中、泡で膨れたスポンジによって食器を擦る手つきは自然と慎重にならざるをえない。

 半ば没頭しつつ、水音でかき消される店内の様子へ耳だけは澄ませておく。


「あ。今更だけど、陽奈ってここ来てんの?」


 いの一番に飛び込んできた言葉に、ガクッと肩が下がった。本当に今更だな、おい。

 気を取り直しながら作業を続行しながら答える。


「まだ来たことないよ」

「マジ? サプライズ感上がったじゃん」

「お前なあ、人のバイト姿をびっくり箱か何かみたいに。大体、撮っても旨味ないだろ」

「どうだかね」


 ? よく分からんが、陽奈が妙に驚かないといいけど。


「だったら宮内は? 幼馴染だし、結構あんじゃないの?」

「……それなりに」

「ふうん……」


 繰り返される相槌。

 先よりも声は深く、次いで聞こえた小さなため息はどんな表情を伴っているのか。この状態では見当もつかない。


「そのうち連れてきてあげな。多分喜ぶよ」

「ああ、機会があればそうするよ」

「てかあんたさ。陽奈と上手くやれてるわけ?」

「ん? なんでだ?」

「クラスマ。宮内とリレー走るんでしょ? そこんとこ、ちゃんと分かってる?」


 リレー……ああ、なるほど。

 前は好きだった相手と接する機会が増える分、彼女に対してフォローを入れてるのかということらしい。

 問いかける口ぶりは真剣味を帯びている。きっと切れ長の瞳は細められてるに違いない。


「色々やってみてはいるよ。それと二人きりじゃなくて、木村達もいるからな?」

「変わんないでしょ。言っとくけど、よそ見して泣かしたら覚悟しな」

「しないさ」

「……へえ。すぐ言えるんだ」


 当然、そんなことするはずがない。全力を賭して、なおも勝ち取れない居場所だってあるんだから。

 むしろ、過去の失敗からどう陽奈と距離を縮めようか試行錯誤の毎日である。


 今回のリレーも日課のトレーニングを増やしてるくらいで………あ、そうだ。

 

「リレーのことで思い出した。谷川、進藤と同中だって言ってたよな?」

「は? 確かにそうだけど、なんで今あいつ?」

「偶然話す機会があって、あっちもリレーに出るとかでな。それでなんとなく気になったんだが、どんなやつなんだ?」


 宣戦布告みたいなことをされた、と言えば余計に煽られそうだから、とりあえずこのくらいにしとこうか。




 聞いてしばらく、沈黙が続く。


 これは返事は難しそうかと考えた時、三度目のため息が。


「ま、いっか。進藤だっけ? 別に見たまんまだよ。無口で仏頂面で、あーあとたまに目つき超悪い」

「お、おお。めっちゃ言うな」

「悪いやつじゃないけどね。ずっと間近で見てたら言いたくもなるって」

「ん? 間近で、か?」


 鸚鵡返しに返したところで、谷川が僅かに声のトーンを上げる。


「なーんか知らないけど、やけに隣の席になりまくってたんだよね。それも中二までずっと続いたわけ」

「そりゃ随分と長いな」

「んであいつ、考え込んだり緊張してっとあの目つきになんの。それで周りの連中に怖がられてんの、マジ損じゃない?」

「あー……確かに、正直身構えた」

「でしょ?」


 なんとなく悪いやつじゃないというのはわかる。玄関口で会った時も、最後の以外は含みのないストレートな話し方だった印象が強い。

 それはそれとして、普通にあの眼力はかなりのものだとも思ってしまう。


「だからつい言ってやったら、〝そうか。気をつける〟つって。マジで目つき戻すから素直かよって笑ったわ」

「じゃあ、それから話すように?」

「ぼちぼち。いつもバカ真面目でさー。しょっちゅうあの顔するから、そん時だけ口出してた感じ?」


 へえ、と今度はこっちが相槌を打つ。そのタイミングで皿洗いもひと段落した。

 ちゃんと話を聞こうと手を拭きながら振り向いてーーカウンターに頬杖をついた谷川の、初めて見る微笑みに驚く。


「でも、ま。それがわりと楽しかったりしたんだよね」

「……良い友達だったんだな」

「あっちからしたらただのお節介女かもね。中三で別クラになってからあんま話してないし」


 素っ気のない口振りだが、どうだろう。少なくとも町内清掃の時に見た限りでは、進藤は迷惑に思ってそうではなかった。

 とはいえ、今聞いたばかりの俺が谷川達の関係に下手な口出しするわけにもいかないか。


「あ。つーか、聞きたいのはこういうんじゃないか。進藤の足が速いかどうかっしょ?」

「まあ、それもあるかな」

「最初に言うべきだったわ。あいつ、中学の時は陸部だったよ。今は知らないけど、わりと部でも速い方だったとか?」

「陸上部……分かった。教えてくれてありがとう」

「ん。頑張んな。陽奈のことは別として、普通に応援はしてっからさ」


 先ほどとは打って変わり、教室でよくしている表情。ほんの一瞬だけ露わになった微笑みがもう幻のようだった。


 しかし、そうか……進藤は速いのか。これはしっかり練習しないとな。


「んんっ。お話はひと段落した?」

「あれ、千穂さん? どうかしましたか?」

「はいこれ、注文のお品物」


 手元に差し出された皿を思わず受け取れば、そこには色鮮やかなフルーツと真っ白いクリームの挟まったサンドイッチが盛られているではないか。

 間違いなく、谷川の注文したものだ。


「あ、わざわざすみません。取りに行けばよかったです」

「いいのよ、手も空いたし。お友達さんも、お待たせしました」

「平気っすよ。こいつと話してたんで」

「ならよかったわ。改めまして、彼の叔母です」

「谷川っす。いつも高峯には楽しませてもらってます」

「あら」


 千穂さんがこっちに興味ありげな目を向けてくるが、主に揶揄う対象としての意味なので苦笑せざるをえない。一方の谷川はこれもその一環なのか、楽しげな様子だった。

 

「ああ、もう一つ言うことがあったわ。聡くん、今のうちに休憩してらっしゃい。またティータイムから少し混んでくるでしょうから。それとも、お友達さんともう少しお話ししていたい?」

「いえ。そういうことなら行ってきます。谷川、これ置いておくな」

「うぃー。お疲れさん」

「お疲れ様。ありがとうね」


 ありがたく好意を頂戴し、更衣室へ向かうことにする。


「ねえ、お友達さんは元は聡くんの彼女さんのお友達と聞いたのだけど……どんな感じなのか、聞いても良いかしら?」

「いっすよ。私に答えられることなら」


 ……背後から聞こえる会話に一抹の不安を覚えなくもないが。千穂さんのことだから、あんまり変なことは聞かないだろうと思いたい。



 そう思いながら、俺は更衣室の扉を閉じた。




読んでいただき、ありがとうございます。

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