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初恋・共感



今回はさらにボリューム多め。


次回から色々と構想をしつつ書くので、連続投稿はこのあたりまでかと思われます。



楽しんでいただけると嬉しいです。

  



 晴海に言われるがまま、俺は彼女と一緒に下校した。




 クラスの人気者と下校しているにも関わらず、心持ちは最悪のまま。


 道中は会話すらなく、次に互いの声を聞いたのは、学校から最寄りの駅前にあるカラオケに入ってからだった。


「この恋を〜、どう忘れたらいい〜のだろう〜」


 やけに実感が込められた美声を震わせ、晴海はマイクに向けて熱唱する。


 その横顔は胸に詰まったものを吐き出すかのようで、自然と手拍子を打ってしまう。




 約三分半に及ぶ歌唱はつつがなく終了し、大型の液晶テレビに採点結果が表示される。


 結果は驚きの90点越え。感心の声を漏らしていると、晴海はソファに腰を下ろして大きく息を吐いた。


「っはぁ〜……ちょっと気分が楽になってきた」

「……大丈夫か?」

「それはあんたもでしょ、高峯」


 まあ、確かに。大丈夫かと聞かれたら、全然大丈夫じゃない。


 正直に言えば今すぐ自室の布団にくるまって絶叫したいし、思いっきり泣いてしまいたい。


 だけど……玄関で見た晴海の表情がどうしても気になって、俺はここにいた。


「あーもう、マジ最悪の気分。高峯、今日はとことん付き合ってもらうから」

「その前に一つ聞きたいんだが……もしかして、晴海って」


一瞬、戸惑いが生まれる。


 これから口にしようとしていることは、とてもデリケートなもの。


 今の状況では特にそうで……俺なら、赤の他人には踏み込まれたくないことだ。


「大門先輩のことが好きだったのか、って?」

「っ……あ、ああ。さっきの学校での反応が、ちょっと気になってさ」


 まさか、自分から言ってくるとは思わなかった。


 動揺が声に乗ってしまうと、晴海はふっと寂しげに笑って背もたれに体を預ける。


「そうだよ。それで先輩に告白したけど、フられちゃった。『真剣に付き合ってる子がいるから告白は受けられない』ってさ」

「……そこまで一緒かよ」


 鮮やかな色合いのネイルの先でマイクを弄びつつ、「んー」と悩ましげな声をあげた。


「でも、単純に好きっていうのとは、ちょっと違うかな。憧れだったり、尊敬だったり……いろんな感情があったから」


 それって、俺が小百合に抱いていた感情と似たようなものだろうか。


「結構長い間片思いしててさ〜……高峯は? 宮内さんのこといつから好きだったの?」

「俺は……小学校の時から、七年くらい」


 今更ごまかすこともないだろうと、口の中で呟くように答える。




 晴海は目を見開いて、ややオーバーリアクションに驚きの表情を浮かべた。


「うわ、凄いね。そんなに長い間、誰かのことを好きでいられるんだ」

「俺にとって、小百合は理想の人間で、唯一の女の子だったからな。それなのに……」


 まさか、大門先輩と付き合ってたなんて。フられたことよりその部分がクリティカルヒットだった。


 思い出してまた気分が悪くなっていると、「本当にすごいよ」という言葉で意識が引き上げられる。


「あたしは中二の時から。ちょっとしたきっかけがあってさ、そっからずっと追いかけてて……今の高校に入ったのも、先輩がいたからなの」

「ははっ、奇遇だな。俺も小百合があそこに行くって言うから、めっちゃ勉強した」

「マジ? もしかして、風邪引くくらいやった?」

「まさか、晴海も?」


 こくり、と頷かれる。ちょっと親近感を感じた。


「ほんと、人生で一番ってくらい参考書読んだよね。おかげで肌荒れるし、間食増えるしでもう最悪」 

「ああ、わかるわー。俺も受験期間はろくにジム行けなくてさ、筋肉落ちるわ、腹は緩むわで超焦った」

「高峯、細いのにスタイルいいよね。鍛えてたんだ」

「おう、小百合みたいに自分に自信を持つには、まず健全な体からって思ってな」

「それも宮内さんに相応しくなる為、か……すごい好きじゃん」

「当然だ。あいつはいつも、自分の思う理想に向かって努力し続けるすごいやつだからな。俺もあいつのおかげで変わることができた。それに綺麗だし、案外優しいところも……」


 思わずいつもの癖で捲し立ててしまい、本格的に始める寸前でハッと止める。


「すまん、今のは聞かなかったことに……」

「それを言ったら先輩だって凄いんだから。空手超強いし、めっちゃイケメンだし、誰にでも分け隔てなく優しいし。それに、困ってる人がいたら親身になって相談に乗ってくれるんだよ」


 すると、晴海もまくし立ててきて呆然とする。


 彼女はにっと笑った。どうやら俺にだけ恥をかかせないようにしてくれたらしい。


「あたしら、互いの好きな人のこと本気で好きじゃんね」

「……ああ。好きだったよ。すげえ好きだった」


 あいつを想えば、どれだけ辛いことでも我慢することができた。


 いつか隣に並んでも恥ずかしくないと思える自分になれるまで、いくらでも頑張れた。


 だけど、今。その夢はもう潰えた。


「ほんと…初恋が実らないって、辛えなぁ……っ」


 …あれ、おかしいな。


 晴海が気遣ってくれたからなのか、抑え続けていたものが目尻から零れる。




 みるみるうちに溢れてきた涙で視界がぼやけ、それを見られたくなくて手で覆い隠した。


 どうにか嗚咽を噛み殺そうとするけど、悔しさがとめどなく込み上げて、必死に歯をくいしばる。


「小百合と……付き合いたかったなぁっ……!」


 しまいには、そんな弱音さえ出る始末。


 どんなに仕方がないと思おうとしても、やっぱり小百合が好きになるのは俺であってほしかった。


 それは隠せない本音で、自分の醜さが嫌になる。


 もっと俺がいい男で……それこそ、大門先輩みたいな人だったら、振り向いてもらえたのかな……っ。


「高峯。隠さないでいいよ」

「あ……」


 不意に、自分の手を包み込む別の暖かさを感じた。


 それに導かれるままに、目元から手を外すと……同じような顔をした、晴海がいた。


「あたしもさ。おんなじ、だからっ……!」

「っ、うっ、くっ、ああぁあ……!」


 俺は、晴海の手を握って悲しみを解放した。


 晴海も、俺の手の感触を確かめるように両手でしっかりと握り返してくれて。




 俺達は、二人で泣き続けた。








◆◇◆








 十分くらい経過しただろうか。


 ようやく昂ぶった感情も元に戻って、俺は空いた手で涙を拭う。


「……すまん。迷惑かけた」

「ん。気にしないで」


 晴海の手が離れていく。途端にぬくもりがなくなって、少しだけ名残惜しく感じた。


 改めて、彼女と顔を見合わせて……同時にぷっと吹き出す。


「あはは、酷い顔だ」

「晴海こそ、目元が真っ赤だぞ」

「メイク崩れちゃったかな。ちょっと直してくる」

「ああ」


 化粧直しに席を立った晴海が、部屋を出ていく。


 



 ガチャリと音を立てて扉が閉まり、個室の中が急にしんと冷えたような気がした。


「……あいつ、いいやつだな」


 自分も失恋したっていうのに、あんな風に親身になってくれて。


 他人に優しい()()をする女の子はよくいるが、自分が辛い時に他人を気遣えるのは稀だと思う。


「なるほど。ありゃあモテるわけだ」


 クラスのトップカーストにいる所以、その一端を垣間見た気分だ。


「ごめん、お待たせ」

「おう」


 そんなことを考えているうちに時間が経っていたようで、晴海が戻ってきた。


 


 そのまま座るかと思ったのだが、何故か晴海は入り口の近くから動かない。


 どうしたんだと訝しい眼差しで見ると、あいつはこっち側のソファに腰を下ろした。


「ここ、いい?」

「べ、別にいいけど……」


 まったくそういう気はないが、ちょっとドキッとしちまった。


「……初恋だったんだよね」

「え?」


 初恋。その言葉に浮ついた気持ちは消え、隣を見る。


 晴海は、顔を俯かせながらぽつりぽつりと話し始めた。


「あたし、昔から人と話すのとか、一緒にいるのが好きでさ。仲良くなりたいって思って、いろんな人に積極的に話しかけるの」

「……確かに学校でもいろんなやつに絡んでるな」


 いつも誰かに囲まれていて、和気藹々としているなとは思っていた。


「それで友達もすぐできるんだけど、男の子からはよく告白されるんだよね」


 そりゃあ、これほどの美少女に話しかけられて気を惹かれないやつはいないだろう。


「心苦しいけど、あたしはそういうつもりじゃないからお断りするの」

「まあ、当然だな」

「うん。でも、そうすると色々問題が起きたんだ。フった相手から悪口言われたり、悔し紛れに変な噂とか流されるようになってさ」

「そんなことが……?」

「わりとね」


 酷いな……ずっと小百合一筋で、告白したこともされたこともない俺には未知の世界だ。


「それだけじゃなくて、気取ってると思われて女子からもハブられたり、好きだった男子があたしを好きになったからとかでイジメみたいなの仕掛けられたこともあった」

「っ……くだらねえ」

「あはは、考えなしに人と接してた私が悪いんだけどね。でも本当に……辛かった」


 静かに落ちた一言は、深い悲しみと諦観で満たされていた。


「分かってなかったんだ。ただ人といたいって気持ちで生きてたけど、現実はもっと複雑で……そのうち、だんだん心が追いつかなくなってさ」

「それって……」


 ……きっと、晴海の願いは無邪気だったのだ。


 だが周囲が、その類い希なスペックが。


 〝現実〟が、有り余る残酷さでそれを押しつぶそうとした。 


「……でも、晴海だけが悪いってことは絶対ないと思う。好きだった相手を、フられたからって逆恨みするそいつらはおかしいと思うぞ」


 確かに、話を聞く限り節操なくいろんなやつと接していた晴海が発端の一部ではあるのだろう。


 しかしだからと言って、勝手に恋をしておいて叶わなかったら相手を傷つけるなんてのは、絶対に間違っている。




 恋は夢みたいなものだ。




 見ているうちはとても心地が良くて、何でもできるような気がする。


 自分にとって都合のいい結果ばかりを夢想して、きっとうまくいくと心のどこかで思い込んだりもする、不思議なものだ。




 そしてフられると、まるで裏切られたような気分になるのだ。自分の予想した結果じゃな買ったから。


 俺は絶賛、その気持ちを体感中だが……これを相手に向けることは、人としてやっちゃいけないと考える程度には良識があるつもりだ。


「あっ、すまん。変なこと言って話の腰折った」

「ううん、ありがと。そう言ってくれたのは高峯で二人目だよ」


 儚げに笑い、晴海は話を再開した。


「やっぱり、夢と現実は違くてさ。苦しいことばっか増えていって、いっそ他人と関わるのはやめようとさえ思ったんだ」


 冷たい声で自分の過去を綴るその顔には、虚ろな笑顔が浮かんでいた。





 楽しくて作るものじゃない。どうにか自分の心を保つための、被り物の笑顔。


 話に真実性を帯びさせるには十分すぎるほどだ。もしこれが演技なら、晴海はアカデミー女優になれるだろう。


「もう全部から逃げ出したくなって……そんな時、同じ中学にいた大門先輩に出会ったの」


 今にも崩れてしまいそうだった晴海は、その言葉にひと匙の熱を込めた。


「一人で泣いてたら、大丈夫かって声をかけてくれた。人の顔を見るのも嫌だったあたしは拒絶したんだけど、根気よく訳を聞いてくれてさ」

「大門先輩がそんなことを……」


 いい人だとは思ってたけど、思った以上のイケメンだった。


「そのうち根負けして、仕方がなく悩みを打ち明けたの。傷つけられて、全部嫌になって……あたしは間違ってたのかなって」

「先輩はなんて……?」


 ふと、晴海は顔を上げて。


 天井を見つめる瞳に光を灯し、懐かしむように微笑んだ。






「でも先輩は、間違ってないって言ってくれたんだ」








◆◇◆








「誰かと一緒にいたいって思うのは当たり前だって、絶対におかしくなんかないって。何度もあたしの悲観を否定してくれた」


 一転して晴海は、声を弾ませて語り出す。


「その真っ直ぐさが、すごく眩しくてさ。その時のアタシには他の何より特別に思えて。最後に〝その純粋で綺麗な思いを曲げる必要はない〟って言われた時、ストンって心が落ちちゃった」


 さっきまでの陰鬱な表情とは裏腹に、晴海の言葉は溌剌としたものだった。


 現実と夢の板挟みになってた彼女にとって、きっとその言葉は希望の光のように思えたんだろう。


「だから、頑張ってみることにした。自分の気持ちに嘘はつきたくなくて、うまく線引きしたり、人の感情を受け流す方法を身につけたの」

「上手くいったのか?」

「へへっ、まあね。先輩に出会う前より、ずっと生きやすくなったよ」


 嬉しそうに、楽しそうに、晴海はニカッと白い歯を見せて笑う。




 ……ああ、そうか。


 同じだったんだ、俺と。


 俺はあの日、小百合の強さに憧れて自分を変えたいと思う勇気を貰った。それは初恋だとかは関係なく、純粋な憧れだ。


「私の心を救ってくれた先輩に、お礼が言いたかった。あなたのおかげで、あたしは今も自分を好きでいられますって」

「……ああ」

「そして……あたしの人生を救ってくれた貴女の隣にいたいです、って」


 あの背中に恋焦がれた。だから同じようになりたくて……いつか、俺が守りたかったんだ。


「そう……したかったんだぁ」


 ぐすっ、と。鼻音が聞こえた。


 隣を見れば、小百合と寄り添う先輩を思い出したのか、また晴海は涙ぐんでいて。


「高峯……?」


 無性に胸が痛んでソファに投げ出された彼女の手に自分の手を重ねると、驚いた顔で見られる。


 一瞬、余計なことをしたかなと思ったが、それでも俺は晴海の手を握った。


「わかるよ、晴海の気持ち。俺もそうだった」


 彼女がそうしてくれたように、傷ついた心に寄り添いたかったから。


「……へへ。やっぱり似た者同士だ、あたし達」

「だな」


 晴海の指に力が入る。俺も同じようにした。




 ただ、傷を舐め合っているだけかもしれない。


 好きな人にフられて、その人の相手は互いが好きだった人で、感傷に浸ってるのかも。


 でも、それでも……こうして晴海と互いの熱を分け合うことは、間違いだとは思えなかった。


「……高峯はさ。これからどうするの?」


 ぼんやりと天井を見つめて、どれだけ時間が過ぎたのか。


 不意に、そんなことを晴海が問いかけてきた。


「まだ何も考えてない。そう簡単には立ち直れないし……」

「だよね……」

「ただ……きっちり終わらせて、前に進もう。それだけは決めてる」


 具体的な策はない。だからすごく時間がかかるだろうけど……でも、この夢を終わらせなきゃ。


 晴海は少し目を見開いて……それから微笑んでくれる。


「……そっか。高峯は強いね」

「何だそれ」


 俺が強く見えるなら、それはきっと小百合のおかげなんだろうな。


「晴海こそ、これからどうす──」

「──ねえ、高峯」


 すると、不意に晴海が遮ってくる。


「もし、よければなんだけどさ」






 突然、それまでとは異なる強い何かを感じさせる声音に気を引かれ、彼女を見た。






 すると、晴海は既に俺をその綺麗な瞳で俺を見つめていて。






「あたしと付き合ってみない?」

「……………は?」









読んでいただき、ありがとうございます。




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