誘い
長らく失踪してしまい、申し訳ありません。
再び更新していきます。
楽しんでいただけると嬉しいです。
「リレーの練習? おー、いんじゃね?」
「なら参加するってことでいいか?」
「やるやる。折角だしな」
「わかった。専用のグループにお前も追加しとく」
「おけ。すぐ承認すっから」
スマホを取り出し、トークアプリの一室に木村を追加。さほど間を置かずに参加の通知が返り、グループの人数表示が一つ増える。
「うしっ、と。他の二人にはもう言ったのか?」
「小澤には今朝、ホームルームの後に伝えた」
「へー。あの調子なら渋られたんじゃねえの?」
「あー、そこそこ?」
体育がある日とその前後、加えて女子バレーも練習をするのでそっちにも被らせるな、と念押ししてきた時の圧は中々だった。
それで普段あのテンションなんだから、どうやら体力と気力が別のタイプと見える。
「したら後は宮内さんか。あー……平気か?」
「まあ……学校行事に関わることだし。そこのメリハリはつけてるつもりだ」
「そっか。なんか悪いな、色々任せちまって」
「俺から言い出したんだ、気にしないでくれ。こっちこそ授業終わりに捕まえてすまん」
「いいって。んじゃ、なんか決まったらまた教えてくれ」
「ああ」
木村が立ち去る。
これで二人確保。くじ引きの時からやる気が変わってなかったおかげでスムーズに話を進められた。
残るは一人……木村にも案の定懸念されたが、正直あまり難しいとは考えてない。
何事にも真摯に取り組む小百合のことだ。こっちが変に私情を挟まず頼めば、ちゃんと協力してくれるだろう。
最初こそ動揺したものの、あれから結構時間も経ってる。ちゃんとできる……はずだ。
「っと、その前に移動を……」
ずっとここに突っ立ってもいられない。次の授業のため、クラスメイト達と同様に動こうとする。
そうして前の扉を見た時、ふと艶やかな黒髪が流れるように廊下へと消えていった。
「あれは……」
見間違えるはずもない。
……丁度いい。いつ話をするタイミングが訪れるか分からないし、せっかくのチャンスだ。
その黒髪を追いかけて教室を出れば、授業終わりでブレザーの茶色と半袖の白がごった返す中に、澱みなく歩いていく一つの背中を捉える。
「小百合!」
見失わないよう近づきながら声をかけると、歩みが止まった。
そして、小百合が振り向く。
純白を纏ったあいつの、周りよりシルエットは細いはずなのに力強さを増したように思える眼差しを俺は受け止めた。
「聡人くん。何か用?」
「突然すまん。実は、リレーの練習をしようと思ってて。小澤と木村にはもう了承を取ったんだが、できればお前も参加してほしい」
「そう……分かったわ」
少し考え、小百合は頷いてくれた。予想通りだ。
「具体的な日付はいつかしら」
「これから話し合うつもりだ。それぞれの都合もあるだろうし、連絡用のグループを作ったからそこでな」
「確かに、段取りを決めやすいわね」
「だろ。あー、えっと……だから、だな」
そこから先を、うまく言えない。途端に舌の動きが鈍くなる。
もう一度連絡先を教えてくれと一言言えばいいだけなのに、言葉が形になりきらず喉の途中でつっかえている感じだ。まるで口の中に粘土を突っ込まれたような気分になる。
くそっ、もどかしい。こんなことなら前にコンビニで遭遇した後、連絡先を消さなけりゃよかった。そうしたら追加しておいていいか、だけで済んだのに。
どうにか言い出そうとしていたら、小百合が胸ポケットの中からスマホを取り出して。
「私も連絡を取り合えるようにすればいい?」
「あ……ああ。そうしてくれると助かる」
「わかったわ。はい、これ」
ありがたく提示されたQRコードを読み込み、改めて登録し直した。そのままグループへの参加処理を行なってしまう。
「できた。必要な時は連絡するから」
「ええ、そうしてちょうだい。他には何かある?」
「いや、特にない」
「そう……」
「……?」
「知らせてくれてありがとう。それじゃ」
小百合の姿が二色の雑踏に紛れていく。すっかり溶け込むまでに時間はかからなかった。
さっき、一瞬だけ悩ましげな顔をしていたように見えたが……気のせいか?
何はともあれ、目的は果たせた。見送る視線をスマホへ移す。
ついこの間無くなったばかりの名前が表示されているというのは、なんだか妙な気分になってくる。
「……まだまだは思いやられる、な」
「あっ、いた。もー、突然消えたから探したし」
「陽奈。次の教室行くか?」
「うん。ちょっと急ご」
次の教室へはそこそこある。それに木村や小百合とも話していた分、自然と足取りが逸った。
「なんか話してたみたいだったけど、邪魔しちゃった?」
「いや、ちょうど終わったところだった。リレーのことで小百合と少しな。あまり上手く話せなくて参ったよ」
「……ふうん。そっか、宮内さんと」
「まあ、クラスマッチが終わるまでは割り切るしかないって感じだ」
きっと小百合も同じ気持ちだろう。すぐに俺が連絡先を消去したのを察したみたいだしな。
できればお互いに、ずっと程よい距離を保っていたいのだ。
「練習、ちゃんとできそ?」
「三人とも約束は取り付けられたから、あとは申請してみてだ。あ、ちなみに一番難航したのは小澤だったよ」
「あはは、そうっしょ? にしても、今日ソッコーで全員とか真面目じゃん」
「なるべく早いほうがいいだろうしな。そっちは女子バレーの練習、やるのか?」
「んー、今んとこ来週のどっかって雰囲気で話進んでる。少なくとも今週中には決めると思う」
「なるほど。どこになるか確定したら教えてくれないか?」
「ん、何で?」
「実はこんなのがあってな」
再び取り出したスマホの画面を操作して、あるページを陽奈に見せる。
それはワークショップ系イベントの告知サイトだ。カラフルな文字で記載されたイベント名や簡単な趣旨の背景には様々な形のぬいぐるみが映り込んでいる。
「へー、スマホ用のストラップ製作? なんか可愛いじゃん」
「あのモールで今月いっぱいやってるイベントで、誰でも参加できるらしい。もし興味があれば、二人で行かないと思って」
「オッケー。てか、何なら今日でもいいけど?」
「いや、できれば来週がいいんだ」
少なくとも明日以降にはしたい。朝までだったらそれでも良かったんだが、少し事情が変わった。
「んー、わかった。決めたら言うね」
「わざわざありがとな」
「気にしないでよ。ふふっ、何作ろっかなー」
「見た感じ、結構自由度は高いみたいだぞ」
「どうせならオンリーワンなやつっしょ。んー、ベースはやっぱ犬か猫? あ、でもこの前テレビで見たフクロウも可愛いかったしなー」
あれやこれやと、今からストラップの構想を立てている。それだけでもいくらか誘った甲斐があった。
予定を引き延ばした理由の方も、喜んでもらえるといいんだが。
読んでいただき、ありがとうございます。




