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装い新たに


誠にお久しぶりです。二ヶ月ぶりでございます。


楽しんでいただけると嬉しいです。





 クラスマッチの参加種目を決めてから数日。暦は六月に入り、いよいよ本格的な初夏が近付きつつある。


 その証拠に、日を追うごとに強くなる日差しでブレザーが暑苦しくなってきた。

 今日も朝一番の陽光にジリジリと身を焦がされながら、なんとか学校へやって来る。


「よっ、と」


 ローファーを収めた下駄箱を閉じて、潰れた上履きの踵を整える。

 そうして校舎に入ったところで、隣の列から出てきた誰かと鉢合わせた。


「むっ」

「あっ」


 こいつはこの前の……谷川と同じ中学で、名前は確か、進藤、だったよな。


「えっと、おはよう?」

「っ……おはよう」


 とりあえず挨拶したら驚いた顔をされた。

 少し不思議に思ったが、まあ返事はしてくれたからいいかと思い直して横を通ろうとする。


「待ってくれ。聞きたいことがある」

「っと。なんだ?」

 

 呼び止められたので足を止めたら、進藤はグッと表情に力を込める。

 元から鋭かった目元がみるみるうちに初対面を思い起こさせるものとなり、こちらへと向けられた。


「B組の高峯というのは、お前で合ってるか」

「あ、ああ。そうだけど」

「そうか、良かった。ならば心置きなく本題に入ることができる」


 そう言って、進藤はいよいよ獲物を狙い定めたと言わんばかりの気迫を醸し出す。江ノ島で出会した連中とは比べ物にならないほどだ。


 これほどの雰囲気、いったいどんな質問が飛び出してくるんだ……? 


「以前、町内清掃の際に確かめようとした事なのだが。お前があの晴海陽奈と交際しているというのは、本当か?」   

「……本当だよ。陽奈とは恋人として付き合ってる」


 重々しげな口調で告げられたのは、陽奈とのことだった。俺は冷静に、これまでクラスメイト達が同じことを聞いてきた時の答えを思い出して口にする。


「そう、か。事実だったか」


 ふむ、と呟いて進藤は口を閉じる。その表情は何かを考え込んでいるようにも見えた。


 なんというか、少し意外な反応だ。

 これまでは大抵、露骨に驚かれたり残念がられたりするばかりだったから新鮮というか。




 しばらくして、進藤はもう一度俺を見た。


「わかった。突然こんな場所ですまなかった」

「聞きたいことはこれだけか?」

「もう一つある。今度のクラスマッチのことだ。何に参加するつもりだ?」

「へ? クラスマッチ?」


 な、なんでそんなことを? 前の質問との脈絡が無さすぎて変な声出たんだが。

 しかし、真っ直ぐな進藤の目は決して外れそうにない。まあ困るようなことでもないし、言ってしまおう。


「ドッジとリレーだけど」

「リレー……差し支えなければ、順番は?」

「アンカーだよ。一応」

「では、当日は勝負だな」


 ん? 勝負? どういうことだ?


「俺もリレーに出る。アンカーだ」

「あ、そういうことか。じゃあ、お互い頑張ろうぜ」

「ああ。晴海の心を掴んだ男がどれほどか、楽しみにしている」

「え」

「色々と答えてくれて助かった。……またな、高峯」


 固まる俺を見て、初めて僅かに口の端をあげて笑った進藤は立ち去った。


「……今のって」

「だーれだ?」

「うおっ! そ、その声は陽奈か?」

「正解。おはよ」


 おはよう、と返しながら突然視界を覆った手の主へ振り返る。


「あ、ちょっと待って」

「なんだ?」

「突然ですが問題です。今日のあたしは冬服? それとも夏服? どっちでしょう?」

「せ、制服?」

「シンキングタイムは十秒でーす。あ、顔だけこっち見るのはなしね」

「いや、制限時間わりと短いな! ええと……」


 冬服か夏服か、か。日付的にはもう正式に衣替え期間が始まってるし、どっちでも不思議じゃない。

 少なくとも、昨日の時点ではまだ冬服で……あ。

 

 昨日といえば、昼休み頃に谷川達とで一緒に夏服に変えようとか話してたような。


 だったら、この質問の答えは……。


「時間切れー。で、答えは?」

「夏服か?」

「おっ、また正解。冴えてるじゃん」


 手が外されたので、確かめるために今度こそ向き直る。




 そこにいた陽奈は半袖シャツに柄違いのスカートと、夏用の装いを纏っていた。


 前より華奢に見えるのはブレザーが無くなったからだろうか。惜しげも無く晒された白い両腕が眩しい。

 普段の華やかさの中に爽やかさも兼ね備えている印象を受けた。


「どう?」

「いいと思う。よく似合ってるよ」

「ありがと。やー、このスカートのチェック超可愛くてさ。灰色だったところが水色に変わっていい感じなの」

「結構イメージが変わるんだな」

「ね。これなら夏もマジ余裕。男子はネクタイの色だよね?」

「ああ。無地から柄入りになる」

「ふーん、結構目立ちそう」


 興味ありげに胸元を覗き込まれる。

 しげしげとネクタイを眺めていた陽奈は、不意に手を伸ばすと右へ左へと揺らした。

 

「チク、タク。なんちゃって」

「いや、振り子じゃないぞ」

「ふふっ。聡人も夏服にしたら印象変わるかもね?」

「まあ、そんなにパッとはしないだろ」

「えー、どうかな? そういえば、こんなところでぼーっとしてどうしたの?」

「まあ、ちょっとな」

「ふうん? そっか」


 歩き出した陽奈についていく。


 道中、ちらほらと夏服を着ている人間を見かけた。

 まだ期間が始まってすぐだからか、あまり多くはない。教室に着くまでの範囲ではせいぜい三割、といったところか。


「おはよー」

「あ、陽奈おはよー。えー制服いいじゃん」

「あはは、ありがと」


 先に部屋に入った陽奈の挨拶に、すぐ近くにいたクラスメイト数人が反応する。


「おっ、来た来た」


 その中には谷川達もいた。


 今日は前の席あたりで集まっていた四人は、主に服装という意味で昨日とは見違えていた。


 元より教室の中でも目立つ面々が、半袖の白い輝きによって一層目を引いている。


「あ、丁度高峯もいるじゃん」

「あちゃー。違うか」

「むー、外したわー」

「俺は当たりー」


 ? 何やらこっちを見て正反対のリアクションをしている。

 陽奈と首を傾げながらも近づいていった。


「おはよ、みんな」

「はよ。似合ってんね」

「えー、真里こそ着こなしてんじゃん。光瑠と大耶もめっちゃキマってるし」

「だしょー。っぱ初日は気合い入れないとねー」

「んじゃ揃ったし、早速撮るべー」

「はいはーい」


 な、流れるように写真を撮り始めてる。

 集合してスマホを構えるのから、各自ポージングまでの動きがめちゃくちゃ滑らかだった。十秒もなかった気がするぞ。


「よーすアキ。今日はご一緒か」

「玄関で偶々な。というか、さっきのは?」

「まあちょっとした予想みたいなもんだ。ほれ」


 ヒロは自分のことを指し示し、それでなんとなく気がつく。


「制服か?」

「そ。こいつらは示し合わせてて、俺も変えてきたのが偶々今日。で、アキも夏服で来れば全員被るよなって話」

「あー、なるほど?」


 三度も偶然が重なるかどうか話していた、と。さっきの反応から察するに、ヒロ以外は予想が外れたようだ。


「あーあ。当たってたら城島にジュース奢らせられたのに」

「ちぇー。いちごミルク逃したー」

「なんか知らんうちに賭けの対象にもされとる」

「なっはっは。つーわけでお前らが俺に奢りな」

「はー? おい、こいつ一リットルのボトル買ってきてやろーぜ。カルピスなカルピス」

「私は午後紅買ってやるわ。レモンの方」

「おいやめろ、喉と胃袋が死ぬ」


 いつの間にやら撮影を終えて参加してきた小澤達や、得意げに胸を張るもすぐに詰められたヒロに苦笑する。

 すると、同じく隣に戻ってきた陽奈が言った。


「でもさっき、聡人の夏服も見てみたいって話してたんだよね?」

「タイムリーだね。それはそうと高峯、陽奈のことちゃんと褒めた? 一番最初に見たんでしょ?」


 最初……そうか。この中ではそういうことになるのか。ちょっと得した気分だ。


「勿論。どっちかってクイズを出された時は驚いたけど」

「普通に見せるより、記憶に残ってありでしょ?」

「それはまあ、確かに」

  

 悪戯好きの陽奈らしい台詞だ。

 前振りがあったからスムーズに対応できたと思えば、あれはあれで悪くはなかったか。

 

「じゃ、今度はアキがいい感じにやる番だ」

「えっ」

「あ、それいい! ねね聡人、どう?」


 どうと言われても、結構な無茶振りをされたなというのが真っ先に思い浮かんだ感想だった。

 ヒロを軽く睨んでも舌を出される。こいつめ。


「こういうの慣れてないんだが……上手くできるかは分からないけど、一応考えとく」

「ん、楽しみにしてる」

「おっけ。じゃ、城島に何飲ませるかの話に戻ろっか」

「え? それ続けんの? 普通のでいいんだけど」

 

 ホームルームが始まるまで、その場でしばらく談笑した。


 


 担任が教室にやってきたのは本鈴が鳴る直前のこと。


 その手に抱えていた分厚い紙束が教壇に置かれたところで、スピーカーがチャイム音を届けた。


「点呼取るぞ。全員席についてるな」


 順に出欠が取られていき、今日もクラスの全員が揃っているのが確認される。


 よし、と出席簿を閉じた担任は紙束に手を置いた。


「最初の連絡だが、クラスマッチの予定表が確定したので配布する。ちゃんと目を通すように」


 先頭の席に座るやつらへ配られていく予定表。やがて、俺や陽奈の手元にも回ってくる。


 集合時間などのルールに軽く目を通してから、中折にされた内側にある時間表を見た。

 男子と女子でそれぞれ記載されていて、うちのクラスの男子は……ドッジもソフトも開会からすぐ試合のようだ。


 次に女子バレーの開始時間を確かめると、丁度こっちが終わったすぐ後からだった。


「これなら応援行けるね」

「お互いにな」


 同じ箇所を読んでいた陽奈とそう言葉を交わし、続けてプリントを見ていくと、一番下のリレーに行き着く。

 やはり目玉競技のためか、通常種目の後に大トリとして予定されるみたいだ。




 ふと、玄関での会話を思い出した。




ーーでは、当日は勝負だな。




 進藤のあれは宣戦布告的なものだったんだろうか。元から真面目な口調だったが、何かもっと真剣で、強い感情が込められていた気がする。


「それと、当日までに練習をしたい場合は放課後に体育館や校庭を使うことができる。申請したいやつは俺に言うように」

「練習かー。やる?」

「それぞれ一回くらいはやったほうがいいんじゃない。この前大体話し合ったけど、普段あんま絡まない子もいるし」

「だね。あっ、そうだ。聡人もリレーのメンバーでやっといた方がいいよ」

「ん? 俺か?」

 

 名前を呼ばれて顔を上げると、二人は苦笑い気味に言う。


「大耶の運動音痴、マジ洒落にならないレベルだから」

「そ、そこまでか」

「本番前に知っといて、上手くフォローしてあげてほしいんだよね」


 本人もくじ引きの時に嘆いてたが、自他共に認めるほどとは。 


 一度練習しておくのは俺としても臨むところだ。

 この前決めた順番で本当にいいのか確かめたいし、息を合わせるという意味でも良い機会になる。

 

 特に小百合とは、変にギクシャクして本番に影響を与えないようにしないと。


「あの三人に相談してみるよ」

「みっちり練習して、またかっこいいとこ陽奈に見せなよ」

「ちょっと、ハードル上げんなし」


 いつもの煽るような言葉。


 答えようとして、また脳裏によぎるのは進藤の鋭い眼差し。




ーー晴海の心を掴んだ男がどれほどか、楽しみにしている。




「……そうだな。頑張る」

「いいね。やる気あるじゃん」


 谷川の言う通り。


 つい一時間前まで、なってしまった以上はという程度だった俺のやる気は、ほんの少し積極的なものとなっていた。



 

 


読んでいただき、ありがとうございます。

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