抜擢
今回は幾ら何でも間が空きすぎですね。ごめんなさい。
楽しんでいただけると嬉しいです。
気がつけば放課後になっていた、ということが最近よくあるが、今日ほど一瞬だったのは初めてだ。
昼を境に陽奈からのスキンシップがぱったりとなくなったことで理性の耐久レースから脱することができ、精神的に引き伸ばされていた時間が正常になったからだろう。
ほっとしたような、どこか名残惜しいような、難しい気分だ。
ただ、午後の陽奈は機嫌が良さそうだった。
それを見ていたら、あの行動は少なからず正解だったのかもしれないと思えてくる。
「最終確認するぞー。自分が参加する競技は今選んでる方で間違いないな?」
っと、考え事をしてる場合じゃないな。
担任がクラスマッチのことを仕切っている真っ最中の教室に意識を引き戻す。ちょうど、直前の種目変更や定員割れしたやつらの人数調整を行ってるようだ。
「やーっと帰ってきた」
「むぐ」
現状を把握したところで、横から陽奈に頬を突かれる。
「ぼーっとしちゃって、何考えてたの?」
「まあ、ちょっと。何か話しかけてたか?」
「んーん、別に。ただ、考え事してる時の顔も悪くないなって思っただけ」
「……そんな面白いもんでもないと思うが」
「えー、そうでもないよ?」
物理的な接触が減ったかと思えば、またこいつは破壊力の高いセリフをさらりと。
俺にこういう言葉への耐性がないのもあるけど、今まではまだ手加減されてたんじゃないだろうかと疑ってしまう。
「あ、てか聞いてくんない? 真里がさー、バスケの方に行っちゃったんだよね」
「谷川は種目を変えたってことか?」
「人数あぶれた以上は仕方ないっしょ。てか、どっちでもそんな変わんないしね」
「背ぇ高いからバスケでもバレーでも活躍できそうなの、わりかし反則じゃない?」
「アドバンテージって言えし」
ぶー、と拗ねたふりをする陽奈をさらりと谷川は受け流す。
俺は当初の希望通りドッジボールの方に入れたが、黒板の様子を見るに変更したやつもそこそこいるみたいだ。
「誰も問題はなさそうだな。じゃあ、これで決定だ。あとは……リレーの選手決めか」
「よっ、待ってました!」
誰かの声を皮切りにして、教室の一部が俄かに色めき立った。
特に運動部所属や普段から目立ってる男子連中の盛り上がりが凄まじい。席は離れてるのにここまで熱気が伝わってきそうな勢いだ。
「やる気があって大変結構。こりゃもったいぶらないほうが良さそうだな」
揺れる教室の空気に担任は二つのファイルスタンドを教壇の上に取り出し、説明を始めた。
「朝にも知らせた通り、選手はくじ引きで決める。やり直しや交換は無しだ、始めたらキリがないからな。右が男子、左が女子だ。そっちの列から前に来て取るように」
言うが早いか数人が音を立てて立ち上がり、我先にと教壇に群がっていく。いや勢いよ。
「お前らちゃんと並べー。一人ずつだぞー」
「すごい張り切ってんねー」
「男子ってこういうのほんと好きだね。いいとこ見せたがりっていうか」
「でも今回はしょうがなくない?」
「だね」
「ん? どういうことだ?」
何かを納得していた二人は、くるりとその呆れた顔を向けてくる。
「そりゃ、誰かさんが一学期の早々から青春ドラマ顔負けのことしたからっしょ。対抗心燃やしてもおかしくないっての」
「……それってもしかしなくても俺か?」
「他にいるわけ? 飛んできたボールから彼女を守った上に、足挫いてる状態でスリーポイントシュートかました誰かさん?」
「あー………」
「ふふっ、めっちゃ納得した顔だ」
つまりなんだ。リレーはあれ以上の見せ場を作る、格好のチャンスだと。
確かにくじ引きとはいえクラスを代表するようなもんだし、全員参加の体育の授業と違って枠は男女でたったの二人ずつ。
ここで上手く活躍すればさぞ箔がつくだろう。
ちらっと騒いでいた連中の方を見ると、バリバリに燃え盛った目をガッツリ合わされたのですぐに逸らす。
「……信憑性はありそうだな」
「あんたも、油断してないでここは気張っといた方がいいんじゃない? じゃないと遅れを取るかもね」
「まあ、ベストは尽くすつもりだ」
「いい返事じゃん」
「次の列ー、引きにこーい」
と、そこで折よく俺達の番が回ってきた。
席を立った途端に全身に突き刺さるものを感じ取り、足早にくじを取ってくると早々に蜻蛉返りする。
程なくして、ファイルスタンドは両方とも空っぽになった。
「中を確認して、当たったやつは黒板に名前を書きに来い」
一斉に全員がくじを開く。
水を打ったように教室が静まり返った。
「っしゃあ! 当たりィ!」
「うわぁああ、外れたぁあああぁあっ」
「ちきしょうっ!」
「ふぐぉっ! こ、これはっ!?」
十分にタメを置いた後、上がったのは勝ち鬨と数多の絶叫。
当然ながら前者は一人で、後者は当たりを得られなかったそれ以外の敗者達だ。
「あー、あたしもハズレだ。残念」
「私も駄目だわ」
「………」
晴海や谷川の落胆した声が聞こえる。
一方で俺は、自分の手の中を食い入るように見つめていた。
「ねえ、聡人はどうだった?」
「………………」
「「?」」
微動だにしない俺を不思議に思ったか、二人は身を乗り出して手元を覗き込んできた。
そうすると彼女達の目に映るのは──デカデカとマッキーで書かれた〝当選!〟の二文字。
「すごっ、当たってんじゃん!」
「くくっ、あんた最高だね。どんだけ持ってんのよ?」
「……三分前に時間を巻き戻してえ…………」
なんでこの前からいらん時だけラッキーを発揮するんだ。
憂鬱な気持ちで立ち上がると、さっきまでとは比べ物にならない視線がギッと寄せられる。
「おいおい、よりによってもう一人はあいつか……!?」
「高峯め、ことごとくいいところを持っていきやがって……!」
「闇討ちする?」
わー、殺意ー……。
阿鼻叫喚なクラスメイト達の間をくぐり抜けていくと、黒板に自分の名前を書いた。
瞬間、ガッと肩に衝撃が走る。
「た〜か〜み〜ねぇ〜!」
「うおっ!? そ、その声は小澤か?」
「ウチ当たっちゃったよ! 運動神経ゴミだから絶対足手纏いになるのにぃ!」
「ちょ、揺らすな揺らすな」
えぐえぐと泣きべそかきながらも、小さな体の全体重を乗っけて揺さぶってくる。肩が抜ける抜ける!
「し、心配すんな。俺もそんなに足は早くないから、一緒に頑張ろう」
「マジ終わった……ウチisデッド……」
「よーす、ってなんで小澤はそんな顔面蒼白なわけ?」
小澤を引き剥がしたところで、次にやってきたのはなんと木村だ。
「まあ、自信がないみたいでな。それよりお前も当たったのか」
「へへ、おうよ。今回もよろしくな」
「ああ、よろしく」
どうやらさっき声を上げてたのはこいつだったらしい。
なんだか狙い澄ましでもしたみたいに見知った顔が集まってくるな。
これだともう一人の女子もそうなるんじゃ──
「あっ」
「へっ?」
突然、木村達が何かに驚いた。
どうしたのか聞こうとして──カツ、と硬質な音が近くで響く。
黒板をチョークが擦るその音に振り向き、いつの間にかそこにいた人物に瞠目した。
遅すぎず、それでいて早すぎることもなく。
見事なまでに一定のリズムを保って最後まで名前を書き切り、そっとチョークを元の場所に戻して──小百合は緩やかにこちらへ視線を移す。
「……小百合。お前が、四人目の?」
「ええ、当選したわ。三人とも、よろしくお願いしていいかしら」
「おー、宮内さんか。すげ、これ勝ったんじゃね?」
「よろー」
「リレーのメンバーも顔合わせが終わったな。ホームルームはここまでだ。各自、同じ種目のメンバーと今から話し合うもよし。解散」
その一言でいよいよ枷を失ったようにクラスは騒がしくなった。
ちらほらと帰るやつもいたが、多くは担任が勧めていた通り、一緒の種目に参加する相手と集まり合って盛り上がっている。
「俺達も話し合うか?」
「そうね。仮の順番とアンカーを決めておくのはどう?」
「俺は賛成だ。木村と小澤は、この後大丈夫か?」
「平気だぞ」
「ウチも〜」
了承も得られたので、早速その場でミーティングを始めることにする。
「最初に聞いておきたいんだが、どこまでを目標に設定しておく?」
「そりゃあ当然、目指すは一位だろ」
「ウチはビリじゃなければいい……てかウチがビリにしそうで今からプレッシャーがヤバみマシマシ胃痛酷め……」
「小澤は一旦深呼吸してリラックスしようか。小百合は?」
「目指すのならば一位も視野に入れましょう。私は私にできる最善を尽くさせてもらうわ」
三者三様の答え。内容は概ね予想通りといったところか。
「そう言うお前は?」
「そうだな。ここはモチベーション高く、トップを目指してみるか」
「おっ、乗り気だな!」
「ああ、じゃあ、ちゃんとアンカーも決めておくか」
「はいっ、ウチはやらん!」
言い切るよりも早く、小澤が素早く挙手をした。
「ウチがアンカーになったら絶対の絶対にビリケツだかんな。真ん中とか無難なとこにしてくれー」
「お、おう。わかった。木村は?」
「ならここは俺が、って言いたいけど、今回はやめとくよ。小澤ほどじゃないけど走るのは普通だし。ぶっちゃけ当選しただけでラッキーだと思ってるくらいだ」
「そっか。小百合はどうだ? アンカー、やるつもりはあるか?」
「そうね……」
中学まで見てきた限りのことだが、小百合は足の速さも凄い。瞬発力があるし、最後までスピードが落ちない持久力もあるだろう。
そう思っていると、あいつの答えは予想外のものだった。
「私は第一走者として走りたい。アンカーは聡人くんが適任じゃないかしら」
「俺が? どうしてだ?」
「貴方には強いプレッシャーに負けない精神力があるから。最終走者に相応しいと思うの」
意外な評価に少し驚く。まさかそんなふうに見られているとは。
「でも、スピード自体はそこまでじゃないぞ? 最後の追い込みならお前のほうが合ってるんじゃ……」
「考えはしたわ。でも木村くんや小澤さんの話を聞いて、それよりも最初に他の選手を引き離す役目の方が貢献できると判断したの」
「……なるほど」
確かに、第一走者がチーム全体の初速を左右するのは間違いない。小百合であれば、間違いなく有利な状況を作れるだろう。
「本当にいいんだな?」
「ええ」
「わかった。小百合はこう言ってるが、木村達はそれでいいか?」
「いいぞー。じゃ、小澤は二番目にすっか」
「は〜!? なんであんたが決めるし!」
「だって宮内さんの後だぞ。お前がどんだけ遅くても多少はアドバンテージが残るだろ」
「うぐぐ、確かに……木村、ウチの次で後悔すんなよ!」
「へいへい。てわけだ」
「決まりだな。アンカー、精一杯やらせてもらう」
宮内を一番目に小澤、木村と続き、俺が最後の走者。リレーの順番はこうなった。
「順番も決まったし、解散すっか」
「また明日なー」
「ああ、また明日。……小百合も」
「ええ」
話もまとまったところでミーティングは終了した。
一応、ドッジの方にも顔を出しておくか。
教室の中にまだ留まっているやつらを探し出す──までもなく、すぐに見つかった。
「「「高峯くぅん? 待ってたぜ、こっち来いよぉ……」」」
「おおう……」
……俺の方が。
黒いものを渦巻かせ手招きするそいつらに顔を引きつらせつつも、観念して参加しにいくのだった。
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