サイン (1/2)
前々からあまり印象が良くないというコメントもいただき、自分自身かなり悩んだ末に数話ほど続けていました。
しかし、やはり以前の話と今後の展開にも矛盾してくるため、「射抜く眼差し」の最後の場面からそれ以降の聡人の心情描写や行動を逆のものに修正しました。
また、前回の話も一部描写を削除いたしました。ご不快に思われていた読者の方々、申し訳ありません。
ですが。
その後に散見された、特定のキャラへの暴言などは心の底から辞めいただきたい。
自分の描写力不足なのは認めましょう。
ただ自分はそういう意図で彼女を作ったわけでもなければ、わざわざ攻撃的なことを書き込む方に無理をしてまで読んで頂きたいとも思っておりません。
どうか、彼ら彼女らの恋愛模様を見守っていただけると嬉しいです。
さて、長々と失礼しました。
楽しんだいただけると嬉しいです。
「なあ高峯。谷川ってどんな男がタイプだと思う?」
まるで決戦兵器に乗れと言わんばかりの佇まいで話題を振ってきたクラスメイトに、俺はきょとんとする。
「またいつになく唐突で真面目な顔だな、木村」
「酷くね? 俺そんな不真面目に見える?」
「別に不真面目とは……で、谷川ってあの谷川か?」
「うちのクラスで谷川って言ったらあの谷川だけだろ」
ややこしいな。確かにB組で苗字が谷川の人間は一人に限定されるけど。
「それで、あいつがどうしたって?」
「こないだのゴミ拾いでさ、俺ら一緒のグループだったろ。俺とお前と晴海に、それと谷川って感じで」
「だな」
「んでさ、一緒にやってるうちにこう、いいなって」
明言するのを恥ずかしがってか、木村はやや小声でそう言った上に最後でぼかした。
だが、言わんとするところは伝わってきた。
「つまり、谷川のことが異性として気になってると」
「や、気になってるつーか? こう、かっこよくねえ?」
「かっこいい?」
首をかしげると、一旦周りを確認してからさらに顔を近づけられる。
「お前がゴミ掻っ攫われて、晴海に引っ張っていかれた後なんだけどさ」
「ああ、うん。その節は本当にすまんかった……」
「あ、わり。流石に見つからねえだろって俺が言ったら、谷川に「友達が必死になってんのに諦めんな」ってどやされたのがやけに印象に残ったって言いたかったんだ。別に責めてねえよ」
「印象にって、怒られたのにか?」
「むしろ、だからこそ見たいな? 俺わりとすぐ面倒になっちまうからさー、あれには痺れたね」
はあ、と感情のこもったため息をつく木村の姿は、どう見ても恋しちゃってるようにしか見えない。
でも、インパクトの強い出来事に心を動かされたって部分には共感できる。俺の初恋も発端は似たようなものだし。
「確かに、谷川はいい奴かもな」
「お? 高峯もわかっちゃう? さすが、晴海を彼女にしてるだけはあるな」
「はは、どういうことだよ」
なんにせよ、こいつにとってあの日は転機となったようだ。
クラス全体においても、席替えから若干手探り状態だった人間関係にさらなる変化がそこかしこで垣間見える。
「それで、谷川のタイプだっけ? どうして俺に聞くんだ?」
「ほら、お前たまに話してるじゃん。なんか知ってるかなーって」
「話してる、って言っても晴海といる時に絡まれるくらいで……」
「なーにコソコソ話してんの?」
その変化は……俺にもまた、等しく訪れていた。
突然の横やりに驚いて木村と顔を上げると、晴海が俺のすぐそばに立っていた。
「は、晴海。いつからそこに?」
「んー、今? ね、それよりどうして盛り上がってたわけ? 高峯が城島以外とつるんでるなんて珍しいじゃん」
「あー。確かにあいつ、基本的に高峯といるよなあ」
さりげなく会話に参加しつつ、晴海は俺のテーブルに軽く腰掛ける。
「……あの、晴海さん」
「ん? なあに高峯?」
思わず名前を呼ぶと、こちらに振り向く。
その拍子に揺れた髪から漂う甘い香り、猫のようにどこか悪戯げな眼差しも、いたって普段と同じもの。
……机の上にある俺の手を、しっかり確保してるとは思えないほどに。
「……何でもない」
「そう? ならいいけど」
「なんだよ高峯ー。ってそうじゃん、晴海に聞けばよくね?」
「ん? あたしに質問? あ、彼氏ならいるよ」
「いや、それは見りゃわかるけど。ごほん。ズバリ、最近の女子がキュンとくるポイントは!」
「おっ、ビビッとくる話題じゃん」
木村は特に気づくこともなく、引き続き晴海と話している。
まあ、ちょうど晴海の座った位置的に、こいつの体で隠れてるから見えてないんだろうけど。
というより、絶対そこまでわかってやってる。
「そうだなー。人によって胸キュンするタイミング違うしなー」
「平均っていうか、最大公約数の多いもの?的な感じていいからさぁ、なんかない?」
「ははーん? さては木村、気になってる相手がいるな?」
「うげっ、バレた」
しかも手を重ねるだけじゃなく、ふとした瞬間気まぐれに握ってきたり、本日も綺麗なネイルの目立つつめ先で指を弄ったり。
教室にいる手前、下手に大げさな反応ができないのをいいことにやりたい放題だ。
つーか、なんでこんな平然と会話できてんの。
「そっかそっか。じゃあ、そんな木村に一つアドバイスをあげちゃおう」
「ははーっ、ありがたき幸せです晴海様」
「あははっ、変にかしこまんなし。えー、こほん。女の子はいざっていう時、距離を縮めてくれるとドキッとするかもよ?」
「いざって時か。なるほどなぁ……ん? おい、大丈夫か?」
「っ、え。な、何が?」
「さっきからお前、なんか顔赤いけど。体調悪い?」
やべ、バレそうっ。
「へ、平気だ。ほら、最近気温高いし」
「マジそれな。もう春じゃないだろって感じ」
「だ、だよな。ははは」
「あんま無理しないでよね、高峯」
「………おう」
……早く終わってくれ。
そんな俺の願いは、スピーカーが予鈴を報せたことで叶えられた。
「あ、俺もう戻るわ。二人とも、話聞いてくれてサンキューな」
「おう」
「じゃあねー」
立ち去っていく木村に、どうにか意地で最後まで平静を装うことができた。
「さーてと。あたしも戻ろっと」
なんともわざとらしいことを口にしながら、晴海が机から腰を上げる。
置き去りにされた右手が心なしか左手と比べて暖かいような気がして、口元をもにゅもにゅとさせた。
こっそりと、目線だけを横に向ける。
バレないように……などと言う俺の思惑は、しかし見通されていたようで。頬杖をついた晴海と見事に目が合った。
「ふふっ」
「っ……」
可愛いものを見るような彼女に、俺は熱くなった頬を隠すよう机に突っ伏してしまう。
ここ数日の晴海の思わせぶりな行動には翻弄されっぱなしだ。
突然スキンシップしてきたり距離が近かったり、いつにも増していささか攻撃力が高すぎる。
原因は……蘭さんのあれだろうな。時期も考えたらそれしかない。
だが意図がわからない。
何かを求められてるのか、あるいは牽制されてるのか。理性を試されてるんじゃないかとすら思えてきた。
理由を聞き出そうにも上手くはぐらかされるし、どうすればいいのやら。
「高峯ー。今日は天気いいから中庭に行こ」
「わかった」
しかも、他はこんな感じで平常運転だし。
昼休みになって、ほぼ日課になりつつある昼食へのお誘いをしてきた晴海と一緒に教室を出る。
「今日はちょっとおかず多めに作ってきたんだ。上手くできたから、お弁当作ってくる日じゃないけど高峯にも食べさせてあげたいなって思って」
「それは嬉しいおまけだな。もらっていのか?」
「モチ。最近、前にも増して料理スキル上がってる気がすんだよねー。やっぱ量が増えたからかな?」
歩きながら、まるで普段をなぞるように言葉を交わす。
はたしてそれは、晴海も同じなのだろうか。
「おっ、日当たりのいいとこ見っけ。あそこ行こ」
「ああ」
到着したことで思考を打ち止め、適当なところへと腰を落ち着ける。
「よし、じゃあ早速見せちゃおっかな」
「はは、何が飛び出してくるのやら」
晴海が膝の上に乗せた弁当箱を開け、露わになったその中身は案の定バランスが良く、彩りも豊かで目を楽しませてくれる。
何より目を引いたのは、箱の中央に鎮座するアスパラの肉巻きだ。
「いただきまーす。……ん! おっけ、冷めてても最高! 高峯、はいどーぞ」
「ご相伴にお預かりします、っと」
弁当箱ごと差し出されたのを受け取って、早速食べようとする。
直後である。
両肩に感じる、確かな重み。
俺は驚き、されど悟ったような気持ちになりながら、真横に視線をずらした。
「ん? どうしたの?」
「……や、なんでも」
顔ちっっっか。
なんでこの子、わざわざ手元を覗き込んできてんの。それによっぽど自信があるのか、キラキラした眼差しが眩しい。
「ほら、早く早く」
急かす声の可憐さから意識を逃さんと、言われた通り肉巻きを取って口に放り込む。
「ん、すげえ美味い」
「でしょ? 味付け濃いめにしてきたんだけど平気?」
「むしろ好みだ。ちょうど肉の食感と、アスパラのコリッとした感じを引き立たせてる」
「おー、相変わらずの食レポだ。にひひ、嬉しいな」
至近距離で繰り出される、嬉しそうな顔といったらもう。マジで目が潰れそう。
……あー、やっぱり色々と限界かも。
流石にこれ以上は、彼氏としても、健全な男子高校生としても悶々としたままじゃいられない。
「あ、そういえば高峯は今度の……あれ、黙っちゃってどうした?」
実のところ、色々と出鼻をくじかれてるのだ。
俺なりにあれやこれやと考えてたものが、完全に機を失い続けてる。
「聞こえてないかな。おーい、高峯ー」
特に第一目標としてたのは、名前で呼ぶことだ。
小学生みたいな目標だが、これまで俺にとって名前で呼ぶ同世代の異性は小百合だけだったし、それなりに特別な行為だ。
だからこそと、ここ最近ずっとそればかりを考えて──
「ちょっと、無視すんなし!」
「おわっ!?」
思考に没頭していたら、両側から顔を掴まれて強制的に対面させられた。
「どうしたの? やっぱりそれ、美味しくなかった?」
「い、いや、美味しかったぞ」
「本当に?」
「本当に本当だ。陽奈の弁当はいつも最高で……あっ」
「……え?」
や、ば。
やらかした、と思ったときには遅かった。
自らの失言を自覚した瞬間、みるみる血の気が引いていくのとは対照的に晴海はニヤニヤとした。
「まっ、待ってくれ! 今のはついうっかりというか、ずっとそのことで頭がいっぱいで、それが口からこぼれたというか!」
「へー、ずっと考えてたんだ?」
「あっ、ちがっ……くはないけど! と、とにかくすまん! いきなり名前呼びしたことは謝る!」
勢いよく頭を下げる。
完っ全にタイミングを間違えた。中には前置きなく下の名前を呼ぶことに大層ご立腹する女子もいるらしいのに、俺ってやつはいつも!
「なんで謝るし。いいじゃん、嬉しいよ?」
「へ?」
「ほら。もう一回、あたしのことを呼んでみて?」
「じゃ、じゃあ……陽奈?」
若干困惑しながらも、言われた通り名前を呼んでみる。
うわ。さっきは弾みで口に出てたけど、改めてやるとやっぱりむず痒い。
「うんうん。よし、もう一回。今度は少し変えてみて」
「陽奈さん?」
「ワンモア」
「ひ、陽奈様」
「もーいっかい」
「えーと、陽奈殿?」
「最後にもう一声」
「陽奈ちゃん……すまん、そろそろ敬称のレパートリー切れそうなんだが」
「ん、よろしい。……えへへ」
なんか今、可愛い笑い声が聞こえたような。
でもこれ以上迂闊なことは言って、また自爆するのはごめんだ。
「んんっ。名前呼びで不意打ちとか、高峯もやるじゃん」
「別にわざとじゃないんだが……」
「まっ、高峯ならそうだよねー。でもビックリしたし、もう少し何かしてもらおうかな」
「マジかよ」
これ以上何を、と目で訴えると、晴海は考える仕草をする。
やがて、おもむろに両手を上げると指を全部広げ、こちらに向けて突き出した。
「ん」
「な、何だ?」
「両手出して」
「手? こうか?」
「そう。で、合わせて」
「わかった。……よし。で、次は?」
「指をあたしの指の間に入れて。そんで……握って」
「……あの。それってもしかしなくても」
「いーから」
「はい」
もう、ここまできたらなるようになれだ。
指示されるがままに晴海の手を握り込む。ピクリと震え、あちらの指も同じようにされた。
すると当然、いわゆる恋人繋ぎ状態になるわけで。
「へへ、へへへ」
「晴海?」
「これ、ずっとやりたかったんだ。でも流石に、自分からここまでやる勇気なくてさー。そっか、こんな感じかー。にひひっ」
「ッ」
ふにゃりとはにかむ晴海を見て、胸のど真ん中を撃ち抜かれた錯覚に襲われた。
何なのこいつ、マジで可愛い。
次回に続きます。
読んでいただき、ありがとうございます。




