それはまるで、もう一つの。
練れば練るほど時間がかかる。頭の回転が早くなりたい今日この頃です。
楽しんでいただけると嬉しいです。
「トイレ行ってくるわ」
「うえー、ジュース飲み過ぎたー」
「はいよー」
「いってらっしゃーい」
光瑠達が部屋を出ていく。
扉が閉まった途端、あたしと真里だけが残った室内からは一緒に活気までも出ていってしまったようだった。
「真里、何か曲入れる?」
「私はいいや。陽奈が好きなの入れな」
「いいの? じゃあお言葉に甘えて〜」
デンモクのオススメ曲からめぼしい曲を探す。あ、これ最近話題になってるやつだ。
「んー、こっちもいいなー」
「せっかくだし、デュエットでも入れたら?」
「お、やっぱ歌いたい感じ?」
「違うって、あたしじゃなくて。そこは彼氏とでしょ」
「高峯と? どうかなー、あいつ恥ずかしがりそうだし」
「あー。確かにね」
「てか、あんな上手いとか聞いてないんですけど……」
「ん?」
「あっ。な、なんでもない」
危ない、つい変なこと口走っちゃった。
(──でも、意外だった。高峯って歌うの得意だったんだ)
今まで知らなかった。前に来た時は、あたしが歌うのをずっと盛り上げてくれてたから。
テレビに映る歌詞を目で追いかける、少し緊張した横顔も。歌うとくっきり浮き上がる喉仏の形も、全部初めて見た。
これで一緒に歌ったりしたら、ガン見してるのバレバレじゃん。
「……ま、いいけどさ」
「もー、すぐそうやって揶揄おうとするんだから」
「あんたら見てると色々ゆっくりだからさ。ついお節介焼きたくなるんだよ。ほら、青春はあっという間って言うじゃん?」
「別にそんな心配してくれなくても、あたし達は……」
そこで一瞬、言葉が止まる。
真里もすぐにそれに気がついて、目を細めると口元に浮かべた笑いを消した。
「やっぱり。何かあったでしょ」
「……わかる?」
「そりゃね。陽奈、町内清掃で合流した後からずっと様子変だよ」
「うっそ、そんな前から!? 言ってくれればよかったのに」
「聞かれたくなさそうだったくせに?」
「う……」
確かに。誰にも知られないまま、自分の中だけで処理してしまおうとは思ってた。
そうしなきゃ、高峯を困らせちゃうと思ったから。これ以上はあたしの暗い感情をあいつに見せたくなかった。
「ま、正直放っておこうとも思ったけど。あいつが出てった途端、寂しそーな顔してんだもん」
「へ……?」
「気付いてなかったんだ。こんな風に、〝あたしから離れないでー〟って目ぇしてたよ?」
「待って、嘘でしょ!?」
何それ何それ何それっ、あたしそんな顔してたの!? 高峯に見られてないよね!?
マジでないわ! 彼氏がそばに居なくなった途端顔に出るとかメンヘラかよっ!
「うーっ、マジ恥ずっ!」
「まさか陽奈が、彼氏にはこういうタイプだったとはね。意外だよ」
「忘れてっ! 重い女とか思われたらマジ死ねるし!」
「別にいいけど。でも条件が一つある」
「条件?」
なんだろ。あっさりしてるところが逆に怖いんですけど。
「そんな警戒すんなって。ただ一個質問したいだけ」
「質問?」
ちょっと身構えながら聞くと、真里は驚くべき言葉を投げかけてきた。
「今、陽奈にとって一番不安なことを教えて」
「あたしの……一番不安なこと?」
「そ。恋愛のことでも、それ以外でも。なんでもいいよ」
「……なんでそんなこと知りたいの?」
「普通のことじゃない? 友達の力になりたいっていうのはさ」
「あはは、何それ」
ずるいじゃん、そういうのは。
ここぞって言う時に予防線を張る暇もくれずこういうことを言うんだから、本当にずるい。真里も……高峯も。
「本当に、ここだけの話にしてくれる?」
「モチ。絶対誰にも話さないって約束する」
……どうしようか。信じて打ち明けても、いいのかな。
人を信じるのは難しいことじゃない。でも、すごく怖いことだ。
相手が向けてくる期待か、自分が向ける期待。そのどっちかが外れた時、人は人を傷つけるのが少し簡単になる。
そして、より深く傷つくのは先に信じた方だ。
「私のこと、信用できない?」
「そういうわけじゃないけど、さ」
あたしは怖い。誰かに傷つけられるのも、自分が誰かに失望するのも。
それで誰かを信じる心を失っていくあの感覚が、今でも忘れられないから。
だから壁を作った。いつも笑顔で、相手が向けてくれる好意を想像して、同じくらいの好意を返すようにした。
人と関わるだけなら、それで十分だったから。
(──でも、あいつは。高峯は、それ以上のあたしを知りたいって思ってくれたんだ)
ずっと怯えていた一歩を踏み出してくれた。その結果あたしが得たのは、とても良いもので。
なら今、同じように踏み込んでくれている友達のことも信じてみるべきじゃないのかな。
「じゃあ。相談させてもらおっかな」
「ん、よかった。それで?」
一度、深呼吸をする。
緊張するな。同性の子に悩みを相談するなんて、いつぶりだろう。
「えっと。もしかしたら、ちょっと変な言い方になるかもなんだけど」
「別にいいよ。陽奈の納得できる説明の仕方でさ」
「ありがと」
すぅっと息を吸い、思いっきり意気込んで。
「その、さ。好きな人の大事な存在になれるか不安な時って……どうすればいい、かな?」
「……へえ」
「な、何?」
「いや? ただ、好きな人、ねえ。そこまではっきりと言えちゃうんだって」
頬が熱くなり、誤魔化しそうになる。
しかし寸前で踏みとどまって、せめてもと唇を尖らせ、ツンとしたふりをして答えた。
「別に。本当のことだし」
「ふぅん?」
そう。それはいつの間にか心の中に芽生えていた小さな気持ち。
あたしは、高峯のことが好きだ。
好きになり始めてる、って言った方がいいのかな。
だってまだそれは、一度だけ感じたことのある、自分の内側が全て染め上げられるような激しい熱情じゃないから。
それでも、あいつに抱く気持ちがただの興味以上になっていることだけは分かる。
「まあ、いいんじゃない。自分の気持ちを自覚してる方がはっきりするしさ」
「自覚したからこその懸念、なんだよね。あたしは高峯の一番になっていけるのかな?って感じちゃってさ」
「一番、ね。確かに恋人って、ある意味誰よりも相手に近づく関係か」
「そうでしょ。でもその自信があんまりないんだ、あはは」
「なんで? 陽奈よりイケてる子なんてそういないと思うけど」
「ありがと」
でも、本当はどうなんだろう。
好きなものを好きと感じ、良いと思ったものを良いと言う。あたしができるのはそんな当たり前のこと。
あの子みたいに才色兼備でもなければ、人生の指針にするような強さもないし──って。
(あーあ、やっぱそうじゃん。誰も意識してないふりして、ずっと考えてる)
あたしが気にしてるのは顔も知らない誰かじゃない。
他でもなく、宮内小百合という高峯聡人の心をずっと惹きつけ続けた、たった一人の女の子だ。
「これから付き合ってくうちにさ。どんどんあいつを知って、あたしを知られて。最後にがっかりされたら、辛いかなって」
「要するに、陽奈は怖いわけだ。高峯に近づいて、自分って人間を見られるのが」
「……ん」
その問いかけに、小さく頷く。
「高峯の目ってね、ちょっと不器用そうなんだ」
「不器用、ねえ」
「でも、不器用なりにいつも真っ直ぐ目の前のことを見ようとしてる。そこが結構いいなっていうか」
「あれ、惚気てる?」
「ち、違うし。ただ事実を言ってるだけ」
「ふふ、どうだか」
……あれは誰かの真似ではない、高峯自身が元から持っている強さなんだろう。
だって、普通あんな質問されたら、大抵の反応は〝ちゃんと笑ってるよ〟とか、〝そんなこと聞かれても〟になるはずなのに。
(分からないから知りたい、だなんて……初めて言われたよ、あんなの)
楽な答えで妥協することだってできたのに。
あんな顔で言われたら、絶対に期待しちゃうじゃん。
でも、同じくらい怖くなった。
「そんなあいつから見たあたしが、期待してたのより大したことないやつだったらって。つい考えちゃった」
だって、本当のあたしは全然綺麗じゃないから。
怖い。いつか、もっとあたしを知った高峯に〝思ってるのと違った〟と言われてしまうのが。
そしてその時、まだ宮内さんが本当はあいつのことを特別に思ってたらと、あの子のお母さんの言葉で考えて。
「もう、わりとぐちゃぐちゃでさ。訳わかんなくなってるんだ」
「……陽奈?」
「わかんないよ……こんな気持ち、初めてだもん」
知らなかった。誰かに近づくことって、こんなに嬉しくて怖いんだ。
先輩に恋してるときは感じたことなかった。
あたしを救ってくれたあの人は、誰より感謝して、憧れたけど。
だからこそ、一番遠かったから。
「あたし……高峯の彼女になりたい」
「……そっか」
「なんだろうね。恋するのなんてこれが初めてじゃないのに、なんも整理できてないや」
「じゃあ、これが陽奈の初恋2回目だ」
「あはは。その言い方ウケる」
でも、その通りかも。
恋は繰り返すものだと思ってた。そうして大人になってくんだと。
でも違った。きっと誰かを好きになるたび、一から知るものなんだろう。
「んー、そうだね。ちょっと時間くれる?」
「ご、ごめん。変になるかもとは言ったけど、マジで一つもまとまってなくて」
「いや、逆に本気が伝わってきたよ」
「その、なんならノーカンにしてくれても……」
「や、それはしない。せっかく陽奈が初めて本心を明かしてくれたんだし」
ハッとする。
顎に手を添え、本気の表情で考えてくれている真里を見て、あたしは後悔した。
「……ビビりすぎだよ、あたし」
「よし、決めた」
「なっ、何? 何を?」
びっくりした。聞かれてたかと思った!
伏せていた目をあたしに向けた真里は、ビシッと勢いよく人差し指を向けてくる。
「こうしな。その気持ち、高峯に全部ぶつける!」
「は!? 無理無理、無理だって! あいつにだけは絶対知られたくないの!」
「何言ってんの。むしろあいつにこそ言うべきでしょ」
「で、でも……」
ヤバい。もし言って引かれたら、その時点でソッコー死ねる自信しかないんですけど。
「じゃあ、形を変えるってのはどう?」
「形を変える?」
「言葉じゃなく行動でアピールするってこと。ボディタッチとか、お揃いのもので特別感出すとかね」
「な、なるほど。具体的には?」
「腕組むのは?」
「やったことある」
「じゃ、膝枕」
「高峯んちで勉強した時に、ちょっと」
「なんだ、案外やってんじゃん」
またそこで少し考えて、真里がいいことを思いついたような顔をした。
「この際、キスでもしてみたら?」
「キッ!?」
「うわすっごい声。相変わらず新鮮な反応すんね」
「む、無理! もっと無理! まだ付き合いはじまたばっかだし!」
まったく何を言い出すかと思ったら。驚きすぎてコントみたいになってきちゃったじゃん。
高峯とキスだなんて、そんなこと………悪くないかも。
「まんざらでもない顔じゃん」
「うっ」
「ま、キスは一旦保留として。恋人なんだから、存分にアドバンテージ活かしていきなよ」
「……そう、だね。立場的にはちゃんと彼女だもんね、あたし」
「そうそう。それに今が一番のチャンスだし」
頷きかけて、寸前で思いとどまる。
「……チャンス? それってどういうこと?」
「ん? ……あ、やっべ。口滑った」
完全にやらかしたリアクションをする真里。
明らかに無視できる感じじゃない一言にじっと見つめると、しばらくして真里はため息をついた。
「……ここだけの話だけど。ゴミ袋探してる途中、宮内達のグループをたまたま見かけたんだよ」
「! 宮内さんの?」
「そ。でまあ、なんか宮内以外がサボってたぽくて口論してた」
「そうだったんだ。よくわかったね?」
「あいつのゴミ袋以外、ほとんど中身ないんだからそりゃ一目瞭然でしょ」
見かけただけで普通、そこまで目がいかないと思う。やっぱ真里ってかなり鋭いよね。
「ちょっと聞いてたら、もう一人の女の方が〝男取られて余裕ないんだ〟的なこと抜かして。そしたらもっと険悪になってたよ」
「……嫌な言い方するね」
「ま、これに関しちゃ人のこと言えないけど」
「?」
人のことって……ああ、そういえば最初に高峯を紹介した時に。
あの時は意外だった。
いつも空気を読むのが上手いはずの真里が、いきなり無神経こと言うから。
そのことを今、苦々しい顔で言ってるってことは、真里なりに思うところがあるんだろうな。
「とにかく、カチンときてさ。どうすっかなって思ってたら、宮内が真正面から言い返したんだよ。〝清々してる。これで煩わせることもない〟、ってさ」
「……あの子がそんなことを?」
「私も相手もあんぐりだったね。……要するに、最強の恋敵はその気じゃない。なら今がチャンスだと思わない?」
……確かに、そのやり取りだけを聞いたらそうかもしれない。
(でも、煩わせる? 煩わされるとかじゃなくて?)
言い方が少し引っかかる。自分が迷惑をかけられるっていうより、別の誰かのことを言ってるみたいだ。
わからない。あの子の、本当の気持ちが。
「一体、高峯をどう思ってるの……?」
「ん? どしたん?」
「……ううん。なんでもない」
「そう? とりあえず、私から言えることはこれで全部かな」
「わかった。最後までちゃんと聞いてくれてありがとう」
「ん。頑張りなよ、陽奈」
「うん」
疑問は残るけど、今はひとまず置いておこう。
宮内さんの気持ちはどうあれ、あたしが高峯の特別になりたいって気持ちは。
それだけは、絶対に確かなんだから。
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