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思いもよらぬヒント


すみません、色々と修正していたのですが予想以上に字数が膨れ上がったため、陽奈のパートは次回に分けることにしました。


楽しんでいただけると嬉しいです。


 



 俺は今、目の前の現実に戸惑っている。


 


「全員飲み物持ったね? それじゃあ──中間テスト&町内清掃、乙ー!」

「「「「乙ー!」」」」

「お、乙ー?」

 

 重なる歓声に、やや遅れて突き出したコップが他のと軽くぶつかってカシャンと鳴った。


「うっしゃ! 早速歌うべ!」

「あー! ウチが先に入れる!」

「はいはい、順番にね」

「なぁ、食べ物頼んでいい? シェアできるやつも注文するけど」

「ポテト! ポテトお願い!」

「あたしポッキー食べたーい!」


 早速デンモクを取り囲んで盛り上がる美人トリオに、フードメニューを広げるヒロ。


 次々に投げかけられた品名をスマホのメモ帳に打ち込み、次にヒロはこちらを見る。


「アキはどうする?」

「あ。じゃあ、たこ焼きで」

「あいよ」


 頷き、最後に自分の頼むものを選ぶ素振りをしたヒロは部屋に備え付けられた受話器を手に取った。


「……なんだこれ」

「たーかみね」


 自分と同じように半日動き回ったとは思えない学友達に圧倒されていると、左隣に晴海がやってきた。


「ぼーっとしてるけど平気? 疲れちゃってる?」

「そうじゃないけど。ただ……みんな凄いなと」

「だよねー、元気すぎ。体力無尽蔵かよ」


 お前も大概だけどね。一緒に町内走り回ったはずなのにピンピンしてるし。


 心の中でそんなことを思い烏龍茶で舌を湿らせてたら、晴海は申し訳なさそうに苦笑した。


「なんかごめんね。あたしらが押しかける感じになってるっしょ」

「別にいいよ。これはこれで楽しそうではあるし」


 最初に学校の玄関で遭遇して、いつぞや話題にしていたお疲れ様会をやろうと突然言われた時は確かに驚いた。


 でもまあ、もともと遊びに行く予定だったし。単にその人数が増えただけのことだ。


「大所帯になったのは気にしてないんだけどさ」

「他に気になることがある感じ?」

「場所が……な」

「あー……うん。確かにびっくりしたよね。まさかここだなんて、さ」


 そう。ここは紛れもなく、小百合と大門先輩の関係を知った時に晴海と来たカラオケである。


 おまけに部屋まで同じ。なんて嬉しくないラッキーだろうか。


「色々思い出しちゃって恥ずかしい的な?」

「気まずくないといえば確実に嘘になるくらいには」

「めちゃくちゃ心の中ぶちまけてたし、仕方ないよねぇ」

「……お前は平気そうだな」

「んー。まあ恥ずかしいっちゃ恥ずかしいけど、そこまでって感じ?」

「はあ。マジ凄え。尊敬するっす」

「あははっ。なんで敬語だし」


 そりゃテンパってるからに決まってる。


 嫌な気分ってわけじゃないけど、やっぱり思うところはあるというか。


「……もしかして、後悔してる?」

「いや、それはない。前に一回断っちゃったしな」


 俺のせいで予定がずれた以上、文句を言うつもりはない。


 これで自分一人が照れ臭いから嫌だなんて我儘で場の雰囲気を壊すほど無神経じゃないつもりだ。


「そうじゃないんだけど……」

「ん?」

「なんでもない。でもそしたら、真里達には気づかれないようにしないとね」

「格好の的にされるもんな」


 お疲れ様会が別のものに変わるだろう。


 ヒロは前に一度、経緯を話したことがあるけど……今まで誰かに言いふらした感じもないし、多分平気だろう。


「一番手いくぞおらー!」

「だはは! あんたそれマイクの電源入ってないし!」

「採点も入れ忘れてんぞー」


 その前にまずは、目の前の状況を受け入れることから始めた方がいいかもしれない。


「あれ、むしろ疲れてハイテンションになってね?」

「そうかも。やる時はめっちゃやる気出すタイプだし」

「類は友を呼ぶってやつだな」


 ソファに沈み込ませた体には、程よい疲労感が残っている。




 結局、ゴミ袋は谷川達が見つけてくれた。




 下手人?カラス?は消えていた上に、中身がいくらか減っていたものの、ラッキーだったと言う他にない。


「これから〜も君の手を、握ってるよ〜!」

「ごほっ!?」


 コップの中身を呷ろうと傾けた瞬間、こぶしのきいた歌声に邪魔されて咽せた。


「ちょっと、大丈夫?」

「けほっ、けほっ。あ、ああ。ただ飲み損ねただけだ」


 ビビった。よりによって歌詞がピンポイントすぎるだろ。


 背中をさすってくれた晴海に礼を言おうと顔を上げ……目が点になる。


「? どうしたの?」

「……その耳」

「っ!」


 さっと背中から手が離れ、自分の両耳を隠す彼女。


 だが既に見てしまった。それまで髪に隠れていた形の良い耳が、ほんのり赤く染まっていたのを。


「……あ、あんま耳とか見んなし。高峯の変態」

「いや変態って。今のは偶然……」

「くおらー! 乳繰り合ってないでウチの歌を聴けー!」

「「べ、別に乳繰り合ってないっ!」」


 ハッと顔を見合わせ、すぐに逸らす。


 ……なんとも微妙な雰囲気になってしまった。


「……耳、見てごめん」

「……ん。別にいいよ」


 ああもう、本当に。


 どうしてよりによって、ここにいるんだか。

 


 




◆◇◆






「……っと。こんなもんかな」

「へー。そこそこ上手いじゃん」

「ひゅーひゅー!」

「ありがとう」


 まばらな拍手をもらいつつ、ソファに腰を下ろす。


 ほどなくして画面に表示された点数は87点、悪くない数字だ。少しは肩から力が抜けてきたかな。


「次は誰のだっけ?」

「俺だわ。アキ、マイクくれ」

「はいよ」

「さんきゅ。よっしゃ、目指すは九十点超え!」

「やったれ城島ー!」


 盛り上がる一同に合わせて片手を振り上げながら、カラカラした喉を潤そうとコップを傾ける。


 が、もうすでに中身がないことに気がついた。


「悪い、飲み物とってくる。他に誰か無くなってたら一緒にやってくるけど」

「あ、じゃあウチのお願い! オレンジジュースね!」

「私のも頼める? カルピスで」

「わかった。小澤がオレンジで、谷川がカルピスな」

「あ、ドア開けるね」

「助かる」


 いくつかのコップを両手に部屋を出る。


 周囲の部屋から歌声が反響する廊下を進み、門の向こうにあるドリンクバーにたどり着いた。


「こっちが小澤、と」


 指定された飲み物のボタンを押す。




──昔からそうだもの。本当は聡人君のことを大切に思ってるのに、甘えすぎてるとすぐ意地になって。




 ぼうっと飲料がコップの底に叩きつけられるのを見ていたら、不意に蘭さんの言葉を思い出す。


「……普通、だったな」


 予想より、驚かなかった。


 前に叔母の千穂さんから示唆され、心の隅で身構えていた〝あるかもしれない衝撃の事実〟は、呆気ないほどすんなり飲み込めた。


 全く驚かなかったと言うと嘘になる。

 しかし大袈裟な動揺はなく、自分でも拍子抜けするほどストンと胸の中に落ちていってしまった。




 まだ聞いたばかりで麻痺してるだけかもしれない。


 だとしても何かをやり直そうとはならないし、晴海の隣にいたいという気持ちが揺らいだわけでもない。


 唯一思うことがあるとすれば、それは。


「上手くなかったな、俺」


 本当に、上手くなかった。


 もう少し付き合い方を工夫していれば、本人から違う形で聞くこともできたかもしれないのに。


 晴海とはそうならないようにしたいな。




(……きっとこんなふうに、みんな思い出にしていくんだろうな)

 


  

 後悔はさておいて、だ。


 それより問題なのは、晴海も隣であれを聞いていたということだ。


 やっぱり聞いた直後はびっくりして固まったし、そのせいで要らぬ誤解を与えてたらどうしよう?


「今は平常運転なのが余計に怖え……」

「あ……」

「ん?」


 声がしてそちらを見ると、見覚えのある女の子が立っている。前にパスケースを届けた子だ。


「君は……」

「……どうも」

「あ、ああ。どうも」


 ぎこちなく挨拶を交わす。


 女の子は隣のドリンクバーに来ると、自分の手にあるコップをセットして飲み物を補充し始めた。


 ……今の聞かれてた? 独り言デカかったかな。


「……何か?」

「あ、いや何でも」

「そうですか」


 やべ、チラ見してんのバレた。やめよう。




 にしても、やっぱり埋め合わせ的なことをしたほうがいいのかね。


 うーん、でもかもしれないだけで下手に動いて逆に誤解されるのも、それはそれで怖いな。


「でも何もしないのも……んー……」

「……あの。大丈夫ですか?」

「あ、ごめん。声出てたか?」

「いえ、そうじゃなくて……それ」

「それ? っておわっ!?」


 手元に目を向けると、とっくに中身が溢れているコップに慌ててボタンを押すのをやめる。


 サーバーはすぐに停まった。女の子と二人で、タプタプと表面の波打つ飲み物を見る。


「あー、やらかした……」

「災難でしたね」

「まあ、他のやつのじゃなくてよかったけど」


 仕方ない、取り替えよう。


 そう思って棚から新しいコップを出そうとすると、横からハンカチが差し出された。


「これ、どうぞ。手が濡れてるので」

「……使っていいのか?」

「以前のお礼と思っていただければ。言っておきますけど、他意はありません」

「じゃあ、ありがたく」


 ハンカチを受け取り、早速コップを押さえていたせいで濡れた左手を拭う。


「えっと。これは……」

「そのまま返していただいで結構です」

「あ、うん」


 有無を言わさぬ口調に従ってすぐ返却した。相変わらずの様子だ。


「助かった。わざわざありがとう」

「別に。私がそうしたいと思ったからしただけですので」


 すげなく答える女の子がこれきりだと示すように告げた言葉に、ハッとさせられる。


「それでは」

「……ああ。本当にありがとう」


 飲み物を補充し終わった女の子は、軽く会釈をして去っていく。


 特徴的な明るい茶髪が角の向こうに消えるまで見送って、俺は新しいコップに烏龍茶を注いだ。


「コーラコーラっと……およ? アキ、まだいたのか?」

「お前か。飲み物のお代わりか?」

「そゆこと」


 入れ替わるようにやってきたヒロは、隣に立つと鼻歌交じりにコーラをコップに注ぎ出す。


「なあ、ちょっと聞きたいんだけど」

「ん? どうした?」

「その、こっちに原因があることで、もしかしたら相手を怒らせるかもしれないけど、それでも誤解されないために何か行動するべきか?」


 問いかけると、ヒロは鼻歌を止める。


 それから少し考えて、しばらくすると答えてくれた。


「まあ、自分がより後悔しない方を選んだほうがいいんじゃないの? 誰に何をしたのか知らんけども」

「……かもな。サンキュ」

「おう」




 より後悔しないほう、ね。




 だとしたら、俺が選ぶのは……もう決まってる。









読んでいただき、ありがとうございます。

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