姉妹
いやーはっはっ、毎回お気に入り減ってなかなか悲しい。楽しんでもらえないのが何より残念ですね。
今回はあるキャラの視点から。
楽しんでいただけると嬉しいです。
夜、自室で勉強をしている時だった。
扉をノックする軽やかな音にはたと手を止め、振り返る。
「お姉ちゃん?」
「まだ勉強中ー? 入っていい?」
「いいよ」
答えると外から扉が開けられて、そこから姉の陽奈が顔を覗かせた。
「 月奈、ご飯できたよー」
「わかった。今行くね」
「今日は腕によりをかけたからね。期待していいぞー?」
「それ。毎日言ってない?」
「あはは、それな」
笑った姉はそのまま頭を引っ込めた。
扉が閉まるのを見届けて机に顔を戻す。区切りのいいところまで進んでいたので、シャーペンを置いてノートを閉じた。
部屋を出て一階に降りると、姉がダイニングの食卓に夕食を並べている。
制服の上からエプロンを着け、髪をお団子にまとめた後ろ姿は妙に家庭的だ。
「よっ、ほっと。うんうん。いい感じじゃん?」
「お姉ちゃん」
「おっ、来たなー妹よ」
「手伝うよ」
「ありがと」
残るお料理をキッチンから持ってきて、一緒に配膳した。
主食に主菜、副菜とバランスよく揃った夕食。見た目も彩り鮮やかで食欲をそそり、姉の腕の良さが一目でわかる。
「それじゃ食べよっか」
「うん」
向かい合わせに席につき、手を合わせて「いただきます」と声を揃える。
まずは、メインのハンバーグから。
パリッとした外側を破いて箸を入れていき、一口サイズに切り取って口に運ぶ。
咀嚼した瞬間、ジューシーな肉汁と柔らかいのにはっきりした噛み応えに、自然と口端がほころんだ。
「美味しいよ、お姉ちゃん」
「でしょ〜? ん〜っ、焼き加減最高!」
自分で頬張って感動してる。我が姉ながら一つの仕草が可愛らしいな。
「ん、これも美味しい。ご飯によく合う」
「さっすが月奈、いい食べっぷりだね」
他の料理も食べて、その都度感想を述べる。
あいにくその、私は料理がちょっと不得手なので。ほぼ毎日ご飯を作ってくれる姉へのせめてものお返しだ。
それにしても……
「今日、本当に豪華じゃない?」
「ふふん、言ったっしょ?」
品目が多いし、おまけにデザートまでついてる。
何より、いつも食べているからわかるけど料理の出来自体がいい。これは相当気合が入ってる時の味だ。
「何かいいことでもあったの?」
「ん? ん〜。ふふっ、まあね」
「……そっか」
ほんの一瞬、姉が浮かべた表情に驚いた。
どこか満ち足りた微笑み。心の底から湧いてきた感情を、そのままに表したかのような反応。
常日頃から明るいけれど、あんな顔を見るのは久しぶりだ。
(いや……思えば最近は、いつも上機嫌だな)
何故なのか分からないのが少しもどかしい。
この人はいろんなことに心を動かすから、選択肢が多くて見当がつかないのだ。
「学校は、どう? 楽しい?」
「ふふっ。それ普通、あたしが聞くやつじゃない?」
「いいじゃん、別に」
試しに探りを入れてみるも、つい澄ました返事をしてしまう自分が恨めしい。
けれど姉は気分を害した様子もなく、微笑ましそうに私を見ていた。
「楽しいよ。クラスのみんなもノリいいしね」
「……無理してない?」
中学の時と、同じように。
続けることを躊躇った言葉。
脳裏をよぎるのは思い出すのも忌まわしい記憶。
校内で囁かれる根も葉もない噂と、日に日に憔悴していく姉の姿。それを思うだけで嫌悪と怒りが湧いてくる。
(もう、お姉ちゃんには二度と同じ思いをしてほしくない)
誰も彼も、身勝手な悪意で姉を傷つけた。
どんどん壊れていくその笑顔に、何度心が引き裂かれる思いをしたことか。
学校でも側にいられないことがもどかしい。一緒の高校にいけるよう努力はしてるけど、どうしたってあと一年は先だ。
「もし、何かあったら。相談くらいは私にだって……」
「ありがとね」
俯きがちに言葉を紡ごうとした時、頭に手が置かれた。
ハッと顔を上げると、姉はたっぷりと慈しみを滲ませた眼差しで私を見ていて。それに自然と口を閉じてしまった。
「月奈は優しい子だねー。お姉ちゃん嬉しいよ」
「……子供扱いするの、やめてよ」
「えー? そんなんじゃないって」
ああ、ずるい。
こんな風に頭を撫でられたら、強がることもできないのをわかっているくせに。
「こんなに心配してくれる妹がいて、あたしは幸せ者だ」
「……お姉ちゃん」
「本当に大丈夫だよ。悪い相手はいないし、それに……」
「……?」
突然言葉が止まった。いったいどうしたんだろう?
「怖がらなくてもいいって、少し思えるようになったから」
「え?」
またあの表情をした姉に、呆気に取られる。
けれどそれは先ほどよりも更に瞬く間のことで、気が付けば元の顔に戻り私の頭を少々強く撫でてくる。
「とにかく! お姉ちゃんは元気に学校生活楽しんでるから」
「なら、いいんだけど」
「うんうん。月奈こそ学校はどうなの? こんなに可愛いんだから、彼氏の一人くらいは……」
「いるわけないでしょ」
「ありゃ。この質問はNGだったかー」
絶対にありえない。男なんて、みんな下心しかなくて話すだけで寒気がする。
そう考えて……ふと今日、パスケースを拾ってくれた人のことを思い出した。
ひどい態度を取ったのに不快そうにもせず、ただ私にケースを届けられたことを喜んでいた男の人。あの純粋な顔を見ていたら、不思議と嫌悪感が弱まった。
(そういえばあの制服、前にパンフレットで見たお姉ちゃんの学校のやつだっけ)
もしかしたら本当に、今姉がいる環境はいいところなのかもしれない。
少しだけだけど、そう考えた。
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