今度は間違えないように
申し訳ありません、自分で読んでいて寒気がしたので後半修正しました。
新キャラ登場。
楽しんでいただけると嬉しいです。
駅から歩いて数分。
大通りの突き当たりにひっそりと、その店は佇んでいる。
最初に目につくのは、落ち着いた雰囲気を醸し出す深緑の外観。
それとは裏腹に店先に飾られた花の色は明るく、その華やかさが一見した際の堅苦しさを和らげていた。
白い扉にかけられた看板に達筆な字で書かれた店の名は、どこかの国の言葉で〝憩い〟。
「こんちはー」
入店すれば、カランとベルが音を鳴らした。
すると、ちょうど入口近くの席へ食事を運んでいた女性が気付いてこちらに振り向く。
「あら、聡くん。いらっしゃい」
「千穂さん。ちょっと遅れました」
「大丈夫よ、まだシフト時間より前だもの。でもちょっと混み始めてるから、着替えてらっしゃい」
「はい」
店長であり、俺の叔母でもある高峯千穂さんの言葉に従って店の奥に向かう。
シックな色調でまとめられた店内はどの席も陽の光が差し込むよう計算されていて、今日もお客さんたちは居心地良さげに食事や談笑をしている。
それを邪魔しないよう気をつけながら、鼻先に香るコーヒーの香りと共に更衣室に入った。
自分のロッカーに荷物を置いて、代わりに引っ張り出した衣服と学校の制服を取り替える。
白シャツに黒のベストとスラックス。店の壁によく似た深い緑色のエプロンを腰に巻き、蝶ネクタイをつけて完了。
「うっし、頑張るか」
一言自分を鼓舞し、更衣室から出た。
「お、聡人くんじゃないか」
「西野さん。いらっしゃいませ」
早々に、カウンター席にいた初老の男性に声をかけられた。
すぐさまバイト用に意識が切り替わって、接客用の笑顔を纏うと常連客であるその人に返事をする。
「いつものを頼めるかな?」
「オムレツセットですね。コーヒーはアイスとホット、どちらになさいますか?」
「今日はホットにするよ」
「かしこまりました」
注文を取り付け、その足でカウンターの中へ。
しっかり手を洗ってから、厨房スペースで調理をしていた千穂さんに声をかけた。
「五番でオムレツセット入ってます」
「わかったわ。準備するから、芍薬の席にコーヒーを出してもらえる?」
「わかりました」
「よろしくね」
既に置かれていた湯気立つコーヒーをトレイに乗せ、早速指定された席に運んだ。
千穂さんの趣味で、この店では月ごとにテーブル席に飾られる花が変わる。
それが席を見分ける目印にもなっており、芍薬が花瓶に活けられた席を見つけるとそこに持っていった。
「お待たせしました。こちら食後のコーヒーです。砂糖とミルクはお好みでどうぞ」
「あら、ありがとう」
「ごゆっくりお寛ぎください」
「すみませーん、注文いいですか?」
「はい、ただいま!」
運び終えれば、次は新たな注文を取りに。
それを千穂さんに伝え、完成した品を運び、お客さんの去った後の机を片付けては、時に常連の話し相手になり。
働き始めてから一年以上、繰り返し体に覚えさせてきたことをそつなくこなしていった。
「今日もご馳走様でした」
「ありがとうございました」
「またのご来店をお待ちしておりまーす」
そうして動き続けること、一時間。
団体のお客様が退店していき、出入り口のベルが鳴りやむまで聞き届けてから頭を上げる。
「ふぅ。これでひと段落ですかね」
「お疲れ様。復帰したばかりで早々にごめんなさいね〜」
「いえ、受験明けのブランクを埋めるにはちょうどいいくらいでしたよ」
「そう? 相変わらず頼りになるわ」
千穂さんが品のある微笑みを作る。
愛嬌のある見た目によく似合うその笑い方は、身内贔屓を差し引いてもこの店の最大の魅力だ。
「しばらく見ないうちに、聡くんも大きくなって。ちょっと背が伸びたかしら?」
「どうでしょう、まだ測ってないですけど」
「そう? 高校生になって一段とたくましくなった気がするわ」
「ちょ、千穂さん……」
不意に頭を撫でられ、のほほんとマイペースな叔母に苦笑する。
中二の頃、バイトを始めようと両親に相談した時、母さんの年の離れた妹である千穂さんを紹介してもらった。
それから世話になりっぱなしで、あまり強く言えない。
「学校の方はどう? ちゃんとお勉強できてる?」「そこそこやってますよ」
「なら良かったわ。あ、けど小百合ちゃんも一緒だし、わざわざ心配するまでもないわね」
「あー……」
なんとなく、話の流れから言われる気はしてた。千穂さんも小百合を気に入ってた一人だし。
どう答えたものかと逡巡していると、千穂さんが怪訝な表情になった。
「もしかして……小百合ちゃんと何かあった?」
「まあ、はい。色々と……」
軽くこれまでの人生が3回くらいひっくり返りそうな諸々が。
「そう。大丈夫なの? 珍しく喧嘩でもしちゃった?」
「喧嘩っていうか、玉砕というか」
「えっ」
「あ」
やっべ、つい気が緩んで口が滑った!
目を瞬かせた千穂さんは、しばらく固まった後におろおろとし始める。
「う、嘘。そんな……だって、あの小百合ちゃんが……」
「ええと、つまりはそういうことでして」
「そう、だったの。その、上手く言えないのだけど……残念だったわね」
「最初はそりゃもう堪えましたけど。今はもう受け入れ始めてます」
「あなたが納得してるならいいんだけど……」
「もともと一方的だし、釣り合ってなかったですしね。むしろ、ちょっとスッキリしてます」
そう言うと、心配そうにしていた千穂さんは突然何かを決意したように表情を変えた。
「あのね。これは私の勝手な意見なのだけど、いいかしら?」
「え? あ、はい」
びっくりした。いきなりどうしたんだろうか。
「それで、意見って?」
「ええ。私から見た限りの話になるけど、あなた達はいい関係を築いていたわ。互いを尊重してたし、補い合ってたように思えたの」
「俺達が……」
「もちろん、聡くんがなかなか小百合ちゃんに追いつけなくて悩んでたのは知ってる。一緒にいていいのかって思ってたのも」
言われて、前に千穂さんに少し相談したことを思い出した。あれは働き出してすぐの頃だっけ。
「でも、その上で言わせてもらうと……少なくとも、全部が聡くんの一方通行で、あの子が何も感じてなかったとは限らないんじゃない?」
「千穂さん……」
あの時も、こうやって励ましてくれた。
小百合のことだけじゃなく、他人を慮れる優しさに子供の頃から何度も助けられてきて。
だからその言葉を信じてきたけど。
「だから、ね? どこかで納得できない部分があるなら、何もできなかったって思わないでもう一回……」
「……一緒にいて返してたのが良いものなら、それもできたかもしれませんね」
「え?」
「あ、すみません。なんでもないです」
江ノ島で晴海を苦しめてた連中を見てから、ずっと考えてる。
もしかしたら、俺もずっと小百合に理想を押し付け続けていたのではないか、と。
人は自分の都合で他人を見る生き物だ。
それを意図的に行うにせよ、そうでないにせよ。相手にこうあってほしいというイメージを押し付けてしまう。
(俺も、あいつに同じことをしていたとしたら?)
尊敬し、憧れるあまり、過剰な期待を寄せていたのではないか。
完璧で非の打ち所がない女の子──そんな願望が知らずのうちに漏れ出ていて、あいつには重荷で、鬱陶しかったのだとしたら。
振られて当然、なのだろう。
仮に千穂さんの言うように好意的な感情があったとしても、もう手遅れだ。
互いに恋人がいる今となっては尚更に。
(だから、晴海との関係は間違えないようにしたい。今度こそ自分の中の偶像に振り回されないようにするんだ)
あの約束も、そういった思いから口にしたものだ。
「聡くん?」
「とにかく、小百合とはもうただの友達です。互いにそれで納得してます」
「……本当にいいのね? あんなにずっと、大切にしていた気持ちなのに?」
「はい」
はっきりと頷くと、残念そうにしながらも千穂さんは納得してくれたようだった。
「それに、正直今は彼女のことで手一杯っていうか」
「え」
悲しいことに、付き合ってる相手がいる状態で、フラれた幼馴染との関係をどうこうできるほど器用じゃない。
晴海との交際に全力を入れたいというのも、理由の一つだった。
「え、え? か、彼女? 彼女がいるの? さ、小百合ちゃんじゃなくて?」
「紆余曲折あって、学校の同級生と。その子の隣にいるって約束したんで、そっちにちゃんと向き合いたいんです」
「そ、そう……びっくりだわ。小百合ちゃん以外に興味なくて、女の子の友達もいなかった聡くんに彼女が……」
地味に傷つくリアクションされた。しかもその通りだから反論できねえ。
自他共に認める不器用さ。
でも、いっそ愚直とさえ思えるこのやり方で、俺はあいつと前に進むと決めたんだ。
今更迷ってはいられない。
「……ごめんなさい、ちょっと取り乱したわ」
「俺こそすいません、色々と言っちゃって」
「いいのよ。まだ整理できてないこともあるけど……聡くんは今、充実してるのね?」
「はい。学校もバイトも、ちゃんと頑張れます」
「なら、私からのお節介はもうやめておくわ。でも、力になれることがあったら言ってね? いつでも相談くらいは乗れるから」
「ありがとうございます」
お礼を言った時、ちょうどベルの音が響いた。
千穂さんと二人で入り口に目をやると、新たなお客さんが入店している。
「よし、頑張りましょう」
「そうね。頼りにしてるわ」
「任せてください。──いらっしゃいませ!」
雑談を切り上げ、俺は業務に戻るのだった。
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