奇襲攻撃にご注意
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今日は遅めの投稿です。
楽しんでいただけると嬉しいです。
授業中の教室は静かだった。
朝方の活気をすっかり収め、朗々と響く担当教師の解説の声と黒板にチョークが擦り付けられる硬い音だけが響く。
クラスメイト達も大半が真剣に取り組む中、俺もこまめに板書を取り、その傍らに解説の中で大切だと感じたものを都度書き込むのに勤しむ。
中間テスト以降、当然ながらどの授業も前より難しくなっている。置いていかれないよう油断できない。
それに、期末の時にまた晴海が困ってたら力になれるかもしれないしな。
一学期の終わりまで付き合ってられたら、だが。
黙々と授業に没頭していると、不意に肩を突かれた。
「?」
横からのその感覚に目をやると、前を向いている晴海が机の下からそっと紙片を差し出してくる。
思わず受け取って首を傾げれば、横目でウィンクされた。
ちょっとドキッとしつつ、折りたたまれたそれを開いてみる。
『静かすぎて眠いから、話そ』
なるほど。どうやら隣の席のお約束的なのをご所望ならしい。
……まあ、それくらいなら集中力も途切れないし大丈夫かな。
自分のノートの端を千切り、『わかった』と返事を書いて晴海の机の端に置く。
カサっと音がした。受け取ってくれたらしい。
少しして、同じように机に新たな紙片が置かれるのが視界の端に映る。
『明日のおかず、何がいい?』
シャーペンを繰る片手間に指で開いた中身はそんなもの。
そういえば明日は購買で食べてた日だ。
最近、晴海の弁当に胃袋を握られつつあるんだよなぁ。レパートリー多いし、めっちゃ美味いし。
少し考え、『生姜焼きがいい』と返事をする。
『オッケー。てか城島、超寝てるんだけど』
程なく、再びの返信の内容に窓際へ目を向ければ、確かによく目立つ背中が立てかけた教科書の裏に埋まっていた。
あいつ度胸あるな。あの先生、一年の中でもすでに厳しいって有名なんだが。
「城島。ちゃんと起きろ」
「あでっ」
あ、見つかった。
「テストが上手くいったからと、油断してはならんぞ」
「うーす」
「何やってんだよー」
「いやー、日差しが心地いいもんだから」
おどけるあいつに周りが軽く笑った。俺もつい吹き出してしまう。
「くくっ」
「あはは……あ」
その時、隣からも声が聞こえた。
顔を向けてみたら、晴海も俺を見ていて。互いにまた笑ったところで、先生の咳払いに慌てて前を見た。
授業が再開される。
しばらく間を置いて、晴海からのメッセージが再開された。
『今日はどこでお昼食べよっか?』
『先生、お尻のポケットのボタンぶらぶらしてる』
『三限の英語のあと数学とかエグくない?』
繰り返されるたわいもないやり取り。
バレるかも、というスリルが心を撫でるけれど、それ以上に恋人らしいことをしていることが楽しくて。
「……いいな、これ」
「!」
秘密の文通なんてする日が来るなんてな。隣の席になってよかった。
一人でひっそりと満足していたら、何度目かに紙片がやってくる。
『→』
「ん?」
次はどんなものだろう、と確認したら現れた右向きの矢印に声が漏れる。
なんだこれ、どういう意味が──っ!?
「うおっ」
急に引っ張られて、びっくりした瞬間。
「──席替え。私も、隣になれて嬉しかったよ」
っ!?
耳を撫でるこそばゆい吐息と、甘い声。
直後に袖が手放され、ハッと右耳に手を当てて晴海を見た。
『仕返し♪』
ゆっくりとその唇が言葉を作り、最後に小さく舌を出す。
……ほんっとうに。色々とずるい女の子だ。
「高峯、ちゃんと聞くように」
「っ! す、すみません」
グッとこみあげてきたものを噛み締めてた矢先、お叱りが飛んできた。
「なんだー? 晴海に見惚れてたのか?」
「ちげえよ」
「本当かよ」
クラスメイトの野次から逃げるように前を向く。
すると、谷川が俺……というより、俺と晴海の両方を見ているのに気がついた。
切れ長の目を弓なりにした彼女は、片手でノートの切れ端を見せてくる。
『程々にしなよ、二人ともどやされるから』
ひくっ、と口元が引きつった。
い、いつから見られて……いやまあ、あんな声出したら気付かれて当然か。
次に何かされても動揺しないようにしよう、うん。
◆◇◆
「はぁ……」
バイトに向かう道すがら。
近隣の学校帰りの中高生で混み合う電車内で、迷惑にならないようため息をつく。
今日は一日、騒がしかった。
晴海とまたそれっぽいことをしたり、ヒロや美人トリオと一緒にみんなで飯を食ったり。入学以来、一番騒々しかったかもしれない。
(二ヶ月前には、こうなるなんて思ってなかった)
今までと同じように、ずっと小百合の背中を追いかけるものだとばかり。
それもかけがえのない時間だったけど、きっとあいつ以外の誰しもを遠ざけてたままでは得られなかったものだ。
比べるものじゃないけど、充実してることは間違いない。
『間も無く~、◯◯、◯◯です』
そんなことを考えているうちに、目的の駅に着く。
電車が停まり、バラバラと下車していく他の乗客と一緒にホームに降りたら、すぐ近くから小さな音がした。
「ん?」
不意に聞こえたそれに立ち止まって、足元を見下ろす。
すると、点字ブロックの上に一つのパスケースらしきものが落ちていた。
『電車が発車します。ご注意ください』
「っと、危ない」
咄嗟にケースを拾い上げる。
改めて確認すると、革製のしっかりしたものだ。向日葵を彷彿とさせる淡い黄色で、猫のストラップが可愛らしい。
誰かの落し物か。とりあえず改札のとこに持って行こう。
階段を上がり、すぐのところにある改札の窓口に届けようと足を向ける。
「あれ……うそっ、一体どこに……っ」
その直前、改札機の前にいる女の子に目が留まった。
その子はひどく焦った様子でバッグの中を探っており、背中越しでも狼狽えてるのがわかる。
もしかして……
「あの、すみません」
念のためと、声をかけてみる。
女の子が小さく型を跳ねさせた。そして荷物を漁る手を止め、こちらに振り返る。
(あれ──……この子、どこかで)
振り向いた拍子にさらりと揺れた、明るめの茶髪に目を見張った。
「……何か御用ですか?」
「っ」
直後、険しい声で正気に戻って女の子をちゃんと視界に捉える。
警戒心が露わになった瞳は大きく、長い睫毛で彩られていた。
対して桜色の唇や整った鼻先は小さく、あどけなさが残る顔立ちが控えめに言っても整っている。小柄なこともあってどこか可愛らしかった。
滅茶苦茶睨め付けられてなければ、の話だが。
「あ、ああ。いきなり話しかけてごめん。ちょっと聞きたいことがあって」
「なんですか。大したことでないのなら──」
「これ、君の落し物かな?」
「っ、それはっ……!」
パスケースを差し出すと、目の色が変わった。
次の瞬間、素早く伸びてきたその子の手がケースを取っていき、ちょっと驚く。
「っと。どうやら間違いないみたいだな」
「私のケース……!」
「ホームに落ちてたんだ。多分、降りるときに落としたんじゃないかな」
「よかった。本当に、本当によかった……」
何度も繰り返してる。
ケースを握る両手は微かに震えていて、どんなに大切にしているのか一目瞭然だ。
しばらくして、ハッとする女の子。
恐る恐る持ち上げられた顔からは、威嚇する意思が少しだけ薄れていた。
「……えっと、その。ありがとう、ございます。これ、すごく大事なもので」
「みたいだね。よっぽど思い入れがあるみたいだ」
「……姉から、誕生日にもらったもので。学校で頑張るためのお守りみたいなもので。これがないと、私……」
言いながら、自分の胸にケースを押し付ける。二度と無くすまいと言い聞かせてるようだ。
「いいお姉さんなんだな」
「はい。すごく強くて、可愛くて、優しい……自慢のお姉ちゃんです」
顔を綻ばせる女の子の言葉には、その一つ一つに親愛が満ち溢れていて。
それだけに、初対面でもどれだけ家族を思っているのかが一目で伝わってきた。
「なら、拾えてラッキーだったよ。そんなものが誰かに踏まれたり、持っていかれたりしたら大ごとだ」
「っ……」
「じゃあ、俺はこれで。また落とさないようにな」
「えっ、あっ」
無事に落し物は渡せたので、別れを告げて改札を通る。
ちょっと無愛想だったが、あいにくとバイトの時間が迫ってたので許してほしい。
そういや、さっき一瞬だけ感じた既視感みたいなものはなんだったんだ?
あんな印象的な子は忘れそうもないが……まあ、気のせいか。
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