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俺の見る君


さて、色々とパワーアップしてお送りします。


楽しんでいただけると嬉しいです。


 


 晴海の様子がおかしい。


 笑顔の消えた顔から血の気が引き、唇は怯えるように戦慄いている。


 まるで何かを恐れているようだ。滅多にない表情に戸惑ってしまう。




 しかし、直感的に一つ理解する。


 それは目の前にいるこいつらが、晴海にとって好ましくない人間であるということだ。


「久しぶりー。卒業以来だけど元気にしてた?」

「っ……」

「あれ? いきなり話しかけてびっくりした系? ごめんごめん、でもこんなところで会えると思わなかったからよぉ」


 女は明らかに元気かなど関心がなさそうな平坦すぎる声だし、男は男で妙に馴れ馴れしい。


 それに晴海は対応できなかったようで、喘ぐように口を開いて閉じてしまう。


「ちょっと。せっかく話しかけてやってんのにシカト? 相変わらず調子乗ってんじゃない?」


 それを見るや、ここぞとばかりに女がナイフのような言葉を投げつける。


 カッとこめかみが熱くなった。


 あまりにもな言葉に文句を言おうとして──けれどそうできなかったのは、肩を震わせた晴海が笑顔を浮かべたから。




 見ているだけで心が痛む、ほつれだらけの取り繕った偽笑を。


「久しぶり。二人とも、相変わらずだね」

「晴海こそかわらずイケてんじゃーん。いや、むしろ高校生になってもっと磨きがかかった的な? 見つけた時天使かと思ったしさぁ」


 調子のいいことを言いながら、その目が舐め回すように晴海の全身を巡る。


 ギラギラと欲望でギラついた眼差し。いや、あからさますぎるだろ。


 ザ、と足元から聞こえたのは晴海が後ずさる音だろうか。


 


 その視線を遮るため、一歩前に出た。


 これまで意図的に俺を無視していた男は驚き、次に苛立ちのこもった舌打ちをこぼす。


 そんな俺達を見ていた女が、ふと口の形を弧に歪めた。

 

「てか、男連れじゃん。なに、荷物持ちか財布?」

「……違うよ。この人は彼氏。ちゃんと付き合ってるの」

「ふーん。相変わらずバカみたいに笑って媚びてるわけ? あんた、男引っ掛けるのだけは上手かったよね」


 今度は俺がジロジロと見られる番だった。




 男のそれとはまた異なる、値踏みされるような感覚は中学の時にも経験がある。


 小百合を好きだった男子や、あいつを疎ましく思っていた女子によく浴びせられたものだ。


 そしてあいつらと同じように、「はっ」と見下したような嗤いをこぼす。


「そこそこイケメンなのに勿体ないねー。ねえ彼氏さん、晴海とはどこで知り合ったの?」

「……高校の同級生だが」

「なるほどねー。知ってる? その子、中学じゃ誰彼構わずいい顔して、最後はハブられたんだよ? 超笑えない?」


 粘つき、こちらの心に纏わり付かせるような声と言葉で女は言う。

 

 それに二人組の周囲にいたやつらがくすくすと笑い、晴海がさらにぎこちない顔になる。


 ……ああ、この連中も同類か。



     

 さらに質の悪いことに、俺を睨んでいた男が何を思ったかニタリと笑った。


「そうそう。だからあんま入れ込むと、あとで傷つくぜ? 俺も昔、晴海に惚れてたのにただの友達って言われちゃってさ。そうやって何人もフラれたんだよ」

「……はぁ」

「な? だからショック受ける前に手を引いたほうがいいって思うわけ。え、こんなアドバイスするとか、俺優しすぎね?」


 アド、バイス……? 黒板を引っ掻く音の間違いじゃくて?


 それにしても晴海への執着を感じさせるセリフだ。まさかとは思うが、自分が付き合えなかったから俺も遠ざけてやろうって魂胆か?


 それなのに、よってたかって好きだった相手を貶せる感性が理解できない。


「あ、勘違いしないでよ? 別にうちら馬鹿にしたいわけじゃなくてさー。ただ色々と大変だと思うから忠告してるわけ。わかってるよね?」

「……うん」


 同意のようでありながら、ほとんど脅迫みたいな口ぶりだった。


 恐ろしい光景だ。毒のような言葉で平然と傷つける女も、陰湿に人の関係を壊そうとする男も、それを見せ物に笑ってる連中も。




 ……なんとなくだが、分かった。


 こういうやつらが中学時代、きっと晴海の心を引き裂いた元凶の一部なんだろう。


 少し接しただけでも感じ取れる、咽せ返るような濃い悪意。


 それを容赦なく浴びせられ、大門先輩の言葉に救われるまでずっと晒されていたのだとしたら、そりゃ嫌気もさす。


「お前ら、いい加減に──」


 これ以上は看過できない。


 心の中で爆発的に膨れ上がった激しい怒りに任せて、声を荒げようとした時。




 ふと、左手に感じる小さな熱。




 それによってブレーキがかけられる。


 驚いて自分の手を見下ろすと……人差し指と親指で、軽く小指が握られていた。




 もう一度、晴海の表情を見る。




 空虚な笑い方をしていた。感情が抜け落ちてしまったようで、いつ剥がれ落ちても不思議じゃない。


 見覚えのある顔だ。ただひたすらに耐えることで、自分を守るために被る笑顔の仮面。


 



(まるで中学の時……周りと心の距離を置こうと決めた時に鏡に映った、俺みたいだ)



 

 だとしたらこの指は、この悪意に耐えきるための力を求めてのものなのだろうか。


 だけど俺は知っている。


 我慢することは抗うよりも楽なように見えて……その実、もっと心を疲弊させるのだと。


「……ふぅ」


 一度、深呼吸をする。


 たっぷり十秒ほどかけることで、昂った感情を鎮めていく。




 ……よし。落ち着いた。


 もう平気だ。本当にやるべきことがはっきりと思い浮かんでくる。


 大丈夫、俺ならやれる。これまで何度もやってきたことだ。




「おい、もういいか?」




 声をかけた瞬間、お世辞にも上品とは言えない笑い声がぴたりと止む。


 振り向いた奴らに、俺は真正面から向き合った。

 

「……高峯?」


 晴海も驚いたように見てくるが、俺は頼りなく繋がった手を一度離すと、がっしり掴み直した。


 びくりと震えた手を通して、彼女の驚きが伝わってくる。


 大丈夫。絶対に離したりしない。


「は? あんた、なんか言った?」

「お前らの内輪受けに付き合うのはもういいかって聞いたんだよ。デート中なんだ、これ以上邪魔しないでくれるか?」


 きっぱりと告げると、一瞬沈黙が訪れた。




 直後、どっと不愉快な笑いが起きる。


「あははは! こんなのただの冗談じゃん。何ムキになっちゃってるわけ?」

「ちょいちょい、彼女の前でカッコつけたい系? ガチすぎてやべえわ〜。むしろダセェって」

「……」


 ああ、懐かしいな。


 こちらの感情を踏みつけ、見下し、自分達の方が正しいと相手に錯覚させるような雰囲気。吐き気がする。


「あーマジ笑える」


 ケラケラと笑いながら、男がこちらに寄ってくる。そして俺の肩に腕を回すとドスの効いた声で囁いてきた。


「あんま調子こいてんじゃねえぞ、陰キャが」


 手慣れた素振りだった。


 首を絞めるように回された手や、周りに聞こえない脅しの掛け方。その鋭い眼光も、常日頃から使っているのだろう。


「悪いが。気安く触らないでくれ」

「っ!?」


 しかし、怯えた様子も見せずひょろっとした腕の手首を掴んで外してやれば驚いた顔をした。

 



 少し力を入れて押すと、体格差でよろけて後退する。


 なんだ。中学の時に相手した連中の一部に比べれば、こいつは大したことないな。


「ん、んだよ。せっかくこっちが好意で言ってやってんのに」

「押しつけの好意は結構だ。それに公衆の場で寄ってたかって一人を馬鹿にすることがかっこいいとは、俺には思えないけどな」


 加えて少し差のある身長を活かして淡々と睨み下ろせば、それだけで男は狼狽えた。


「けどさぁ。晴海が色んなやつに色目使いまくってたのは事実じゃん? そこはあんたでも擁護できないでしょ?」


 男の分が悪くなったと察するや、女の方がにやにやと言ってくる。


 キュッと手を握る力が強くなった。




 なるほど、昔のことを盾に言いくるめようという魂胆か。こいつもこいつで人をいびるのに慣れてるな。


「人に好かれようとすることの何が悪い?」

「はぁ?」

「っ──。」


 なるべく合間を与えず、堂々と真正面から言い返せば女の口元が引き攣った。


 答えに窮するのを期待したんだろうが、こっちもそういうのは散々経験してるんだよ。


「誰かと一緒にいるために明るく振る舞う。相手も自分も楽しめるよう笑顔を作る。それのどこがいけないんだ?」

「だから、そいつは誰にでもいい顔するビッチで……」

「それはお前達の見え方がそうってだけだろ」


 誰だって他人を判断する時、自分の価値観を基準にする。


 それは当然だと思うし責めるつもりもないが、だからと言って一方的に攻撃する手段にするのなら話は別だ。





 ギリ、と奥歯を噛み締める音が聞こえそうな顔をして、女は言い放つ。


「こっちは実際、男取られてんのよ。それでもまだ庇うわけ?」

「ああ。実際、晴海の笑顔はすごく魅力的だからな。言っちゃ悪いが、今のあんたとは比較にならない」

「なッ」


 あ、なんか手の甲に軽く爪立てられた。晴海の照れ隠しだろうか。


「それにさっき、そいつがみんなフラれたって言ったろ? だったら取るも何もな。単純に最初から晴海が好きだったんじゃないか、そいつ?」

「あんた……ッ」


 どんどん女の表情が恐ろしげなものになっていく。自分のペースに乗せられないことがよほど悔しいらしい。


 


 こういうタイプは調子さえ掴ませなければ、ある程度抑えられる。


 少なくとも俺はこいつらの言い分を何一つ信じたりしないし、好き放題言わせる気はない。




 何より、あのカラオケで打ち明けてくれた後悔や恐れが、そしてこれまで見てきた彼女が嘘だとは思えないから。


「俺は、自分の目で晴海を見る。これまでも、これからも。お前らがどう思っていたって、俺にとっての晴海陽奈は尊敬に値する素敵な女の子だ」

「高、峯……」


 だから、貶めることは許せない。


 お前らのような、頑張って生きている誰かを蹴落とそうとする奴に絶対屈したりしない。




 これまで抑えていた怒気の枷を緩め、出来うる限り剣呑な目つきで一歩踏み出す。


 ひっと声を漏らす男。続けてずっと後ろで笑っていたやつらが慌て始める。




 彼らはもう気づいている。自分たちの立場が悪いことを。周囲の通行人達の迷惑そうな顔や囁きがそれを更に助長していた。


「……ざっけんなッ……なんでいつも、あんたばっか美味しい思いを………ッ!」

 

 その中にあってなお、女は悪意の矛を収めようとしなかった。


 憎々しげに何かを呟いたかと思えば大きく口を開き、俺は身構えて。




 不意にぽつ、と鼻先に冷たい雫が当たった。

 



「つめたっ……え?」


 不毛な諍いを中断させるように降り注いだ一滴に空を見上げる。


 すると、より一層黒くなった灰色の雲から次々と水滴が落ち始め、みるみるうちに小雨が降り出した。


「うわっ、マジかっ」

「ちょ、ふざけんなしっ。なんで今……!」

「晴海、行こうっ」

「えっ。あっ、うん!」


 ぎゃあぎゃあと騒いでいる連中の意識が逸れたのをこれ幸いと、晴海の手を引いて走り出す。


 



 すぐに気付かれて罵声のようなものを背中に浴びるが、無視してその場から脱出した。






読んでいただき、ありがとうございます。


評価、ブックマークなどしていただけると嬉しいです。


この章は後2、3話で終わりかな。

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