不幸な再会は突然に
楽しんでいただけると嬉しいです。
むず痒い休憩の後、俺達はイルカショースタジアムに移動した。
座席は既に人で埋め尽くされており、端っこに滑り込めたのは運が良かった。
直後、軽快な音楽とともに始まったショー。
飼育員達の掛け声に合わせて宙を舞い、優雅に輪を潜るイルカ達。
人とイルカが織りなす水の演舞はとても愉快かつ爽快で、気がつけばそれまでの空気も忘れてハイテンションで楽しんでいた。
15分に及ぶ鑑賞を終えた後には、名残惜しさを覚えながら残るペンギンやアザラシの展示の方へと。
そして正午を過ぎた頃に、ようやく出口前のお土産ショップにたどり着いた。
「うむむー……」
「晴海、どれにするか決まったか?」
「待って。もうちょい悩ませて」
そう言ってもう十分くらい経ってる気がするが……。
ショップに入ってから、イルカやカワウソなどのコーナーを主にずっと右往左往している。
「このカードホルダーめちゃかわだし……けどマグネットも捨てがたい……あっちのマスコットも……むむぅ」
「結構気が多いな?」
「だって全部可愛いんだもん。けど、あんま無駄遣いできないしなー……あーダメ、決めらんない」
うーんと悩ましく間延びした声を漏らしていた晴海だが、ふと名案を思いついたという顔をした。
「そうだ。この際あんたに選んでもらおっかな」
「え」
何をいうかと思えば、いきなり選択権をパスされたんだが。
予想外すぎて思わず固まってしまう。
「高峯、試しにどれか選んでみてくれない?」
「そんないきなり言われても」
「テキトーでいいからさ。ね?」
「くっ、その上目遣いで言われると断りづれぇ」
自分の魅力を理解した上で、ここぞという時に使ってくるのがずるいというか。
「はぁ……わかったよ」
「やたっ」
早速、周囲の棚を見てみる。
陳列された商品を見比べていき……コラボグッズの棚に目が止まった。
「これなんかどうだ?」
「それって、フェイスタオル?」
「ああ。日差しが強いから持っておいて損はないし、これなら普段使いもできると思う」
何より、デフォルメで刺繍された生き物達の中に晴海が熱中していたイルカやカワウソがいるのが良い。
強いて言うならサイズ的に少しかさばりそうなのが問題か。
加えて俺も晴海も、今日はほぼ手ぶらのような格好。必然的に手荷物ができてしまう。
「んー、わかった。それにする」
「決断早っ! あんなに悩んでたのにいいのか?」
「うん、気に入ったし」
(それに、テキトーでいいって言ったのにあんな真剣な顔で選んでくれてさ。欲しくなっちゃったじゃん)
言うが早いか、本当に晴海は棚からフェイスタオルを手に取る。
「よし。これで決まり」
「まあ、お前がそれでいいなら構わないけど」
「高峯は? なんか買う?」
「もう選んであるよ」
晴海を待ちながら確保しておいた、家族へのお土産用のお菓子とハンカチを見せる。
ちなみにハンカチはえのすいのイニシャルと、カワウソの刺繍付きだ。
「いいね。それじゃ、お会計にレッツゴー!」
「おう」
ようやく選んだ商品を手に、レジへと向かった。
会計を済ませて外に出ると、すぐに空模様がずいぶん変わっているのに気付く。
「あちゃー、天気悪くなってる」
「ちょっと雲行きが怪しいな」
到着した時は青く澄み渡っていたのに、今は灰色の雲が蓋をしつつある。
どうやら天気予報が外れたようだ。
「様子を見るか?」
「むしろ崩れないうちに行っちゃおうよ。お腹も空いたしさ」
「わかった」
万が一降られたらひとたまりもないため、やや足早に移動を開始した。
「楽しみだなー。あれ食べよ、しらす入ってる丸いやつ」
「しらすパンのことか?」
「それそれ! あ、コロッケもあるんだっけ? タコせんべいってのも食べたいし〜」
「今日は選択肢が多い日だなぁ」
一応、近くにある有名なパンケーキの店を調べていたんだが……この様子だと無粋だな。
来た道を戻り、駅前の広場から弁天橋を渡って地下道に入る。
途中、分岐路の看板に従って地上に出ると厳つい龍がとぐろを巻く燈が出迎えてくれた。
そのまま道なりに15分ほど歩き、ついに到着する。
「え、あの鳥居青いんだけど。ビビった」
「青銅製なんだってさ。二百年くらい前に再建したみたいだ」
「へえ。青銅ってアレでしょ、何千年も前の剣とか鐘とか残ってるやつ。それで作るとかめっちゃ賢くない?」
「確かに」
保存という意味では数百年単位で残りそうである。
シンボルの一つとしても非常に印象的だ。
「って、見惚れてる場合じゃないじゃん。めっちゃ人いるし、売り切れちゃうかもっ」
「そんな簡単に無くならないと思うが……」
「いいから、ほらはやくっ」
「わかったから、引っ張るなって!」
見物もそこそこに、目当ての店探しを始めた。
幸いすぐ近くにあって、店の外で食べ歩き用に売っていたものを購入する。
「ん〜、おいひいっ!」
「よかったな、揚げたてを買えて」
弾んだ声に幸せそうな表情。しらすパンは期待を裏切らなかったらしい。
「高峯も食べなよ」
「じゃあ、一つもらおうかな。ちょっと待ってくれ……」
「はい、あーん」
「むぐっ」
食べずらいだろうと預かった荷物を片手にまとめようとした瞬間、口に直接突っ込まれた。
半眼で見ると晴海は楽しげな顔で指を離す。
「ちゃんと冷ましといたから、味わってね」
「……んぐ」
してやられたと思いつつも、咥えたパンを咀嚼して飲み込んだ。
「ご感想は?」
「美味かったけど、お前なぁ」
「油断してるのが悪いんだよーだ」
そう言われると反論できない。
最近、晴海の前ではどうにも気が緩みがちだ。
「あっ、なんか面白い形のモナカ売ってる!」
「ちょ、歩くの早っ」
歩くスピードを上げた彼女の後を追いかける。
そうやって晴海は色々と買っていった。
貝殻の形をしたアイス入りモナカや巨大なタコせんべいなど、次々と食べてはその手が新たなもので埋まっていく。
「どれも美味しいっ!」
「そんなに食べて大丈夫か?」
頬張っていた饅頭を飲み込んだ晴海は、ドヤ顔で親指を立てる。
「大丈夫、今日は朝ほとんど抜いてきたから。まだまだイケるよ」
「気合の入れ方が凄い」
「それにめっちゃ階段あるらしいし? 食べてエネルギー貯めとかないとね」
そこはむしろ、別の形で出ていかないか心配になるのだが。
「てか、言いながら高峯も食べてるじゃん」
「まあ、せっかくだし」
手の中には晴海のと同じ饅頭が収まっている。
デートなのだからなるべく同じものを共有したいという思いと、純粋な空腹から結構俺も食べていた。
「よーし、この調子で通りを制覇しちゃうぞー!」
「無理しない範囲にしておけよ」
「分かってる分かってる!」
そうして買い食いだけでなく、雑貨屋なども見ながら30分ほどかけてゆっくりと移動を楽しんだ。
やがて江島神社の鳥居前に着いたが……
「……これ、大丈夫か?」
目の前にそびえる長い長い階段を見上げ、ちょっと心配になる。
「平気平気。これくらい楽勝だって、いい食後の運動になりそうじゃん」
「きつくなったりしたら言えよ?」
「はいはーい」
とりあえず用心だけしておきながら、階段を登り始めた。
弁財天とその童子の像ががある踊り場を経由し、どうにか最初のお宮があるところまで上がった時点で、すでに若干息が上がっていた。
神社の階段はどうして一段の幅がこんなに広いのか。
「ふう、これだけでも結構なもんだな」
「ふぅ、ふぅ…んっ、はぁっ……」
「……大丈夫、じゃなさそうだな」
「お、お腹キッツ……。ちょ、待って。あと三十秒……いや三分だけ休ませて……」
「うん、ゆっくり息を整えてくれ」
ああ、やっぱりこうなったか。
両手を膝について晴海がダウンしかけている。やはり買い食いが響いたらしい。
「水飲むか?」
「あ、ありがと……」
途中で買っておいたペットボトルを渡すと、息も絶え絶えに勢いよくキャップを開けて飲む。
ごくごくと動く白い喉、その表面を伝い鎖骨まで滑り落ちていく汗にドキッとした。
思わず目が釘付けになっていると、晴海がペットボトルを口から離し、慌てて表情を引き締めた。
「っぷは! あー、生き返った! もうちょっとでほんとに干からびるとこだった!」
「ミイラにならなくて何よりだ」
「あんがとねー。おかげで助かったよ」
「気にするなよ」
何はともあれ、持ち直したようで良かった。
完全に晴海の調子が整うのを待って、辺津宮の方に行く。
しかし目的は神社そのものではなく、左側に伸びる道の途中にある、とあるものだ。
「あったあった。これがあの有名な〝むすびの樹〟なんだ」
「本当に根元が一つなんだな」
江ノ島の中でも恋愛スポットとして、特別にその名を知られる大銀杏。
恋愛成就や縁結びの御利益をもたらし、案内板には「この木のように二つの心を一つに結び良縁を成就させましょう」と謳い文句が書かれている。
極め付けに、その幹のほとんどをピンク色の絵馬が覆い隠していた。
「恋結びの絵馬、書いてみないか?」
「モチ。これは絶対にやるしかないっしょ」
「よし。じゃあ買うか」
道を挟んだ反対側にある販売所から五百円で絵馬を購入し、ついでにペンを借りる。
若干目が痛いピンクの札に描かれたハートの中に、それぞれ名前を書き込んだ。
「高峯はさ、お約束って経験したことある? ほら、好きな人と日直が一緒になって黒板に名前をー、的な」
「あー……まあ、あるっちゃある」
中学の時にそんなことがあって、一人でこっそり喜んだりしていた。
「そっか。あたしは先輩が一個上だからういうのなくてさー」
「ああ、学年が違うとそういうチャンスは無くなるわけか」
「そそ。だから今日、初めて知ったんだけど」
ペンを置き、絵馬を手に取った彼女はインクを乾かすように軽く息を吹きかける。
それから並んだ二つの名前を眺めて微笑んだ。
「なんか、こういうのっていいね」
「……だな」
また俺は、その表情に見惚れてしまうのだった。
ひとしきり晴海が満足すると、踵を返して結びの樹の所に絵馬をかける。
「よっし! 絵馬も書けたし、もっと上に行こっか」
「今度は手を貸そうか?」
「おっ、言ったな〜? それなら次の階段は引っ張っててもらって……」
「──あれ? もしかして晴海じゃね?」
無遠慮に割り込んできた、見知らぬ声。
驚きや会話を中断されたことへの不満とともに振り向くと、そこには男女数人の集団がいた。
同い年だろうそいつらの一人……見るからに軽薄そうな男が、驚いたような顔でこちらを見ている。
「うっそ、マジで本人じゃん。こんな偶然ってあるんだな」
「っ──……!?」
「ちょっと亮介、突然止まってなんなの?」
「いや奈々美、見てみろって。晴海だよ」
男の隣にいた女がこちらを確かめる。
そうして俺達……いいや、晴海を見るとその顔に笑みを浮かべ、その厭らしさにゾッとした。
「へえ、本当だ。びっくりじゃん」
「な? だから言ったろ?」
何が面白いのか、くすくすと嗤うそいつらに嫌なものを感じ取る。
どうやら晴海の知り合いのようだが……状況を理解するためにも相手のことを聞こうと、隣を見て。
「嘘………なんで、こんなとこで…………」
………晴海?
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