攻めて、攻められて
ようやくここまで戻ってきました。
いつも以上に忙しく、更新が滞ってしまい…と毎回言ってますね。
楽しんでいただけると嬉しいです。
週末は予報通りの快晴だった。
絶好のデート日和に意気揚々と家を出て、最寄駅から電車で目的地へと。
小田急線で揺られること一時間。ようやく江ノ島に到着した。
「っと。いい天気だな」
片瀬江ノ島駅の立派な改札を抜け、燦々と照りつける陽の光に眼を細める。
それから腕時計を確認すると、まだ集合時刻の二十分ほど前だ。
(ちょっと早く着いたな。晴海は……まだいないか)
辺りを見ても姿は見当たらない。俺の方が先に着いたらしい。
少し戻って、改札を出てすぐのクラゲが展示された水槽近くに立って待つことにした。
さて。いよいよ3回目のデートだ。
しかもプランはこっち持ち。
責任重大だが、初めて遠出でのデートのためかむしろ気分は高揚している。
(ちゃんとプランは立ててきたし、準備は万全。今日こそはいいところを見せたい)
そんなことを自然と考えてしまう程度には気合が入っている。
テスト前に勉強会をしたときも、結局は晴海に甘えるような状況になってしまった。
なので男らしいところ……というと俗物的だが、リードできるよう頑張ろう。
「……まあ、うまくいくかわかんないけど」
小百合のことを異性として意識し始めた頃、似たようなことをしたらノーリアクションで心が折れかけた。
期待と不安を同時に抱えながらも待つことしばらく、十分ほどして新しい電車が入ってくる。
バラバラと人が出てきて改札に向かい、その中に見覚えのある姿を見つけた。
「晴海!」
改札を通り抜けたタイミングで呼びかけると、パッと顔を上げた彼女は視線を彷徨わせる。
やがて俺を見つけ、やや小走りに近づいてきた。
「おはよー高峯。待った?」
「いや、全然。それより混んでなかったか?」
「やー、ね。ヤバかった。日曜、めっちゃ人移動してた」
「観光地だしな。お疲れ様」
挨拶を交わしながら晴海の格好を見る。
本日のコーディネートは涼やかなものだった。
白のオープンショルダーにタイトなデニム。島を歩くことを考慮したのかスニーカーを履いている。
頭には靴と同じ白いロゴ入りのキャップを被っており、またいつもと違う活発さを醸し出している。
「ん? この格好が気になる系?」
「ああ。すごく似合ってると思う」
「でしょ? あたし今日、一日かけて楽しむつもりで来たかんね」
服装まで気合バッチリということか。
加えてニッと白い歯を見せるその表情は、「楽しませてくれるんでしょ?」と言ってるようだ。
「なら、そのやる気に応えられるよう頑張るよ」
「おっ、自信ありげじゃん。期待しちゃうからね?」
「任せてくれ」
そうして、江ノ島デートが始まった。
「それで、今日はどこ行くの?」
横断歩道の信号待ちをしている間、晴海がそう聞いてくる。
「最初は〝えのすい〟に行くっていうのは、事前にラインで話してたよね?」
「ああ。イルカショーが見たいんだったよな?」
「そうそう。動画見たらめっちゃ可愛くてさ」
基本的に俺が一任しているが、新江ノ島水族館だけは晴海から強い希望が出たのだ。
なので今日は、えのすいを起点に予定を立てている。
「ゆっくり見て回っても、今からだったらちょうど一周すると昼過ぎだから。そのタイミングで島の方に行って観光しようと思う」
「いいね。恋結びの神社とかも行きたいな」
「勿論だ」
話しているうちに信号が青に変わり、道の反対側に渡る。
そうして駅からすぐの場所に立つ新江ノ島水族館に到着すると、ものすごく混雑していた。
俺たちと同じカップルや家族連れが長い列をなし、チケット受付まで続いている。
「結構待ちそうだね、これ」
「大丈夫」
「え?」
おもむろにスマホをポケットから取り出し、その存在を主張する。
「こうなることを見越して、前売りの電子チケットを買っといた」
「めっちゃ用意いいじゃん」
「並ばないようにと思って一応用意したんだが、よかったか?」
念の為聞くと「んー」と何かを考えた晴海がニヤッとした。
「そうだなー。並びながらお喋りする時間がなくなったのはちょっと残念かも」
「えっ」
「あはは。冗談だよ冗談」
「な、なんだ。冗談か」
一瞬、余計な気遣いだったかと不安になった。まったく心臓に悪いリアクションだ。
「チケット、あたしの分あとで払うから」
「別にいいのに」
「だーめ。そこは常識的に考えてフェアっしょ」
それしてチケットを一枚晴海のスマホに送り、入り口前に並んでいる列へと直行。
順調に進んで特に問題なく入ることができ、ついでにパンフレットを係員さんにもらった。
「ヤバい。このイルカの写真マジ激かわなんですけど」
「俺のはカワウソだった」
「そっちもいいな〜」
「なら、写真撮ったらどうだ?」
「高峯、ナイスアイデア」
すぐさまスマホを構える晴海。
俺は撮りやすいようパンフレットを差し出す。
「む。違うでしょ」
「え、何がだ?」
「だーかーら」
突然ぐっと俺の手を掴むと、なぜか胸元に持ってこさせた。
そうすると自分自身が俺の隣に来る……というか、頬が触れそうなくらいくっついてきた。
「どうせ撮るならこうっしょ」
「お、おい、晴海?」
「ほら、カメラの方見て」
駄目だ、もう自分のパンフレットまで構えている。やめられそうにない。
周囲からの好奇の目線にグッと恥ずかしさを抑え込み、晴海のスマホを見る。
次の瞬間、海色のネイルが目立つ親指がシャッターボタンを押した。
軽快な音と共に、ぎこちない表情の俺と、向日葵のような笑顔の晴海が収められる。
「よし。満足」
「……お前な」
「顔真っ赤じゃん? いいじゃん、せっかくだから記録残しとこうよ」
まだ若干ドキドキしている俺へ愉快げに目線を流し、晴海は言う。
「待ち時間を楽しめなかった分ってことで。ね?」
「……はいはい」
相変わらずしてやられるというか、心の準備をしようにもさせてくれない子だな。
入ってすぐの階段を登った先の建物は、一面ガラス張りのテラスとなっていた。
窓の向こうには相模湾が広がっていて、その雄大な光景に思わず声が漏れる。
「これは綺麗だな」
「ほんと、凄いね。てか、あそこに見えるのってシーキャンドルじゃない?」
「おっ、本当だ」
島内の象徴とも言える白い塔は、遠目からでもよく目立っていた。
「今日はあそこにも行ってみよう」
「わかってるじゃーん」
十分に景色を堪能してから本館に進み、相模湾の展示ゾーンに入る。
足を踏み入れた瞬間、テラスから一望した海へ入り込んでいくかのような感覚に陥った。
「へえ。こんなに沢山いるんだ」
そしてすぐ目の前には、悠々自適に泳ぎ回る色とりどりの魚達が。
ガラスに張り付いている小さな子達の後ろまで行くと、感心したように晴海が声を弾ませる。
「なんていうか、命の宝庫って感じ」
「あそこにこの魚達が住んでると思うと感動だよな。これでもまだ水槽の一部みたいだけど」
「奥に行ったら全体を見られるんだっけ?」
「なかなかに圧巻らしいぞ」
ガラスの周りに設置された魚の写真と名前を眺めつつ、少し奥に行くと撮影スポットがあった。
口を開きかけた時、袖を引かれる。
「ねね、高峯」
「わかってる。あそこで撮ろうか」
係員の人に話しかけ、幸いあまり並んでいなかったのですぐ順番が回ってきた。
魚群や岩などを模したオブジェが置かれているスペースの中心に二人で立つ。
「それではお二人とも、好きなポーズをとってくださいねー」
「はーい」
入り口の時と同じようにポーズを取る晴海。
スマホの小さな画角と違ってカメラなためか、先ほどよりは少し距離が遠い。
(……そうだ)
ふと頭の片隅にわいた、小さな悪戯心。
それに従って、俺は彼女の肩に手を回すと自分から体を密着させた。
「っ」
「いいですねー! それじゃあ行きますよー。3、2、1。はい、チーズ!」
カシャッ、という撮影音が数度。
たった一瞬なのに何秒にも感じた時間が過ぎていき、係員さんがカメラから顔を離した。
「はい、ありがとうございます。そちらのコーナーでフォトカードをお作りしていますので、ぜひ見ていったくださいね」
「ありがとうございます」
無言でいる晴海の手を引いて、言われた通りにすぐ側のコーナーで写真を確認する。
「おっ。さっきよりはマシな表情だ」
「……だね」
画像の中には、先ほどとはやや反対の表情をした俺達の姿がある。
「こちら、プリントいたしますか?」
「どうする?」
「もらいます」
そうしてお金を払い、写真を印刷してもらった。
無事に受け取るとそのまま奥に進んでいく。
「……ねえ」
「ん? どうした?」
呼ばれて振り向く。
晴海はやや躊躇いがちの様子で、しかし引っ込めることをしたくなかったのか口を開いた。
「なんか、今日は積極的じゃない?」
「まあ、ちょっとだけな。嫌ならもうやらないけど」
「ん……」
はいともいいえとも、彼女は言わない。
代わりにと言うように、写真を撮ってから離れていた距離が一歩こっちに寄せられた。
「まあ、いいんじゃない」
いつもの強気はどこへやら、少しだけ小さな声。
俺はついつい笑ってしまう。
「晴海って、自分が攻められると弱いところあるよな」
「むー。高峯なのに生意気だ」
「はは、なんだそれ」
普段はあまり見せないその表情も、少しだけいいと思った。
読んでいただき、ありがとうございます。




