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思わぬ遭遇、思わぬ言葉



こ、これまでで一番添削し直した……二十回くらい書き直した……


本当の本当に更新期間ガバガバですいません、楽しんでいただけると嬉しいです。

 




 カチコチと響く時計の音。




 膝枕の続行を申し出てから、体感で十分ほどが経った。


 俺は今だに晴海の膝に体を預け、彼女は頭を撫でてくれる。


 今まで知らなかったその安らぎは、ずっと続いてもいいと思えるほどだが。




(……流石にそろそろ、時間がやばいよな)




 すでに時刻は七時近い。


 電車に乗って帰るこいつのことを考えると、そろそろやめるべきだろう。


 というか、だんだん正気に戻ってきたら甘い匂いに落ち着かなくなってきた。


「なあ」

「んー? なに?」


 思い切って話しかければ、干したての毛布みたいに柔らかい声が返ってきた。


 こちらを眺める優しい表情からは母性すら感じる。


「その。いつまでやるんだ、これ?」

「高峯が満足するまで、かな? それとも他に何かしたいの?」

「いや、そうじゃないけど」

「ならこのままだね」


 いかん。本格的に中断するタイミングを逃してしまう。


 名残惜しさに後ろ髪を引かれながらも、今度こそはと口を開いた。


「はる──!」

「兄貴ー、今日の晩ご飯なんだけどさー」

「みっ!?」

「わわっ」


 まさにその時、狙いすましたように誰かが部屋に入ってきた。




 驚いた拍子にバランスが崩れ、膝から転がり落ちる。


 床に落ちる前に咄嗟に手をついて難を逃れ……リビングに沈黙が広がった。


「えーと……大丈夫?」

「……おう」


 ゆっくりと入り口の方に顔を向ける。


 またしても前触れなく美玲がそこにいた。部屋着に着替えた妹はニヤニヤと俺を見下ろす。


「ごっめーん。もしかしてお邪魔でしたぁ?」

「全然そんなことはないぞぉ……?」


 できうる限りの笑顔で答えた。声が低い? 気のせいだろう。


 晴海の苦笑を視界の端に捉えながらも立ち上がり、一つ咳払いする。


「で、今度は何の用だ」

「あ、そうだった。お母さんたち遅くなるからごはん適当に食べといてだってさ。兄貴なんか作ってよ」

「わかった。晴海の送った後でな」

「りょーかい」


 やや予定と違ったが、これ幸いと晴海に言った。


「そういうことだから、駅まで送っていく」

「だね。残念だけど、今日はお暇しますか」


 テーブルの上を片付けていく彼女を手伝う。




 ついでに自分の道具も纏めていると、不意に肘で腕を突かれた。


「ん?」

「──終わっちゃったね、膝枕。また今度やろっか?」

「っ」


 耳元で囁かれて振り向くと、楽しげに口の端を上げた晴海がウィンクしてきた。

 

 急激に頬が熱くなっていく。


「お。あ……おう」

「ふふっ」


 その熱を誤魔化すように、手元に目線を戻して無心で手を動かした。




 数分もかからず荷物をまとめ終え、忘れ物のチェックをして廊下に出る。


 見送るという美玲を伴い、玄関に行った。


「よっ、と。それじゃあお邪魔しました」

「いえいえ〜。またいらしてくださいね」


 靴を履いた晴海が振り向けば、美玲が緩やかに手を振る。


 それからビシッと俺に人差し指を突きつけた。


「兄貴。しっかり責任持って連れてくように」

「わかってるよ。何でお前が偉そうなんだ」

「ならよし」

「ぷっ。二人って本当に仲良いね」


 胸を張る美玲とそれに呆れていた俺は、そう零した晴海を意外そうに見た。


「そう見えるか? いつもこんな調子だが」

「まあ、仲良くしとけば何かと便利……頼み事聞いてくれますしね」

「おい」

「あははっ。あたし、機会があったら美玲ちゃんともお話ししたいな」

「是非是非! 兄のちょっと恥ずかしい昔話とかお教えしますね」

「え、なにそれ。めっちゃ聞きたい」

「ちょっ。もういいから」


 立ち話を始めてしまいそうな気配を察知し、晴海の手を取る。




 そのまま家から出ようとドアを開けた。


 露わになった外の景色は、家の中からも見えていた通りすっかり暗くなっていて──。


「──え」


 慣れ親しんだ玄関前の光景。


 そこにあった、想像もしていなかったものに声を漏らして立ち止まる。




「聡人くん?」

「──小、百合?」




 そう。




 家の前にいたのは──幼馴染だった。






◆◇◆






 どうして、小百合がここに。


 あまりに予想外の出来事に困惑し、その場に立ち尽くす。




 しかし、驚いているのはあちらも同じようだ。


 家から来たのか、普段着のあいつはインターホンを押そうと手を伸ばしたまま不思議そうに俺を見ている。


「高峯? なんかあったの?」


 直後、ドアの前で立ちふさがった俺の後ろから晴海が顔を出した。


「──っ!」

「っ!?」


 小百合がハッと息を飲む。


 見開かれた目が彼女の姿を捉えて、反射的に振り向くと晴海も顔を強張らせる。


「……晴海さん」

「……宮内、さん」


 互いの存在を確かめるように呼ばれる名前。


 途端に場の空気が急激に張り詰めたことを肌で感じた。


「あっちゃー、最悪。兄貴、あとはよろしくー……」


 晴海のさらに後ろにいた美玲が、そそくさと家の奥に引っ込んでいく。

 



 逃げ足の速いやつめ、と思いながらも前後の様子を交互に見る。


 小百合と晴海は無言で見つめ合っていた。そう言うにはいささか刺々しい雰囲気ではあるが。


「……まさか、ここで会うなんてね」

「だね。あたしもびっくり。宮内さんは、もう(・・)ここには来ないと思ってたから」


 交わされる言葉も、平静なようでどこか冷たいものを孕んでいるように思える。


 あまりにその空気が重くて、口出しできない。


「晴海さんは、積極的なのね」

「高峯の彼女だもん。これくらい普通でしょ」

「確かに。そうなるとこの状況は、私が邪魔者になるのかな」


 一瞬あの物憂げな顔を見せ、小百合は唐突に俺を見る。

 

 突然意識を向けられて驚いている間に足早く目の前までやって来た。


「夜分遅くに突然ごめんなさい。これ、返すね」

「お、おう?」


 突き出された紙袋を受け取ると、晴海を一瞥してから身を翻した。


「それだけだから。二人とも、お休みなさい」

「お、おやすみ?」

「……おやすみ」


 それ以上の言葉を残すこともなく、小百合は迷いのない足取りで行ってしまった。




 ……最後まで呆気にとられたままだった。


「高峯。なに渡されたの?」

「っ。あ、ああ。何だろうな」


 晴海の声で我に返り、袋の中を覗き込む。


 入っていたのは見覚えのある折り畳み傘と、お菓子らしき小包が。


「あっ、昨日の……」

「……ふーん。傘ね」


 そういえば、今日返すって言ってたな。


 察するに学校だと目立つから家まで来てくれて、たまたま遭遇した……ってことか?


「た、タイミングがちょっと悪かったな」

「……かもね」

「晴海? っとと!?」


 振り返ろうとした瞬間、突然腕を引っ張られてつんのめりそうになる。


 家から出てきた晴海に繋いだ手を引かれたのだ。 慌てて足を踏み出して転ぶのを免れる。


「お、おい。いきなり──」

「駅。送ってくれるんでしょ。行こ」

「っ……ああ」


 有無を言わせない口調だった。


 本能的に聞き入れた方が良いと判断し、大人しく隣に行くと手を握る力が弱まる。




 そのまま、一緒に歩き出した。






◆◇◆






「改めて、今日はありがと。明日からもお願いね」

「も、もちろん。俺にできることなら」


 道中、会話する晴海の様子は普通だった。


 一見していつものように明るい様子で……でも、流石にそう思い込めるほど鈍くはない。



 

 傘を返しにきた小百合を見て、どう思ったのだろう。


 少なくとも無関心ってことはない、はずだ。


「それにしても、美玲ちゃん可愛いね」


 本人が突っ込んでこない限りは下手に聞くことができないし、ひとまず会話に応じよう。


「あれでも優等生だし、学校じゃ人気者らしい。うちでは小生意気だけどな」

「そこが可愛くない? 高峯、めっちゃ甘えられてるじゃん」

「あいつが俺に? わがまましか言われてないぞ」


 主にアイス買ってこいとか、一人でやるのめんどくさいから部屋の掃除手伝えとか。


 あれ。むしろ小間使いみたいな扱いじゃね。


「信頼してなきゃ我が儘なんて言えないよ。それに高峯、頼みごとされたら断れないでしょ」

「否定できない……」


 思い返せば、なんだかんだと毎回言うことを聞いてしまう。


 あれがいけないんだろうか?


「そういうところだと思うよ。ちゃんと応えてくれるから頼りたくなるんだよね、高峯は」

「喜んでいいのか微妙なラインだな」

「あたしはいいところだと思うけどね。何気、学校でもそういう扱いだし」

「すっかり先生とかには顔覚えられてる気がするけどな」


 特に小山先生なんかは、あれからもちょくちょく頼み事されて……




「ほんと、誰にでもそうなんだから。──だから、宮内さんにも傘貸したんでしょ」

「っ」




 自然な流れでの一言だった。 


 聞かれないなら、と緩んでいた心の隙間に容赦なく突き刺されて言葉が詰まる。




 そんな俺を責めるように、また手を握る力が強まった。


「や。あれは、その。たまたま玄関で立ち往生してて」

「ふーん。そうなんだ」

「別に変な意図があったわけじゃないんだ。風邪引いたらって思うと、ほっとけなくて」

「まあ、あんたならそうするよね」 


 まずい。確実によく思われてない。


 じんわりと嫌な汗が首筋から背中の方に流れていく。どうにかしなければという感情だけが加算されていく感覚がした。


「気にしなくていいよ。多分、あたしも同じことしたと思うし」

「……本当に、なんの意味もないから」

「わかってるって」


 弱気に重ねる言葉は、きっと届いてない。




 俺もこんなことになるとは思わなかった──なんてのは、それこそ言い訳だ。


 小百合に傘を貸したのは事実だし、此の期に及んで未練があると勘ぐられてもおかしくない。



 

(でも、違うんだ。俺はもう決別しようって、そう決めたんだ)




 小百合の意思を知った。


 ようやく踏ん切りがついて、こいつと一緒に進もうと思ったのに。




 こんなことで晴海に嫌われるのは絶対避けたい。


 何か、何でもいい。


 この気持ちを伝えることができるなら、どんな言葉だって……!


「っ……高峯?」


 一歩先で立ち止まった晴海が、訝しげに振り向く。


 前触れなく立ち止まった俺は、ようやく向けられた視線を真正面から見返した。


「晴海。信じてほしい」

「……何を?」


 分厚い壁を塗り固めたような疑問に、俺は大きく口を開いて。




「──俺は、晴海のことしか見えてないよ」

「………はっ!?」




 冷めていた晴海の顔が、一瞬で真っ赤に染まった。


 ようやく感情の見えたことに此れ幸いと言葉を重ねる。


「まだ付き合って短いし、簡単に信じられないのはわかってる。でも、お前以外の女の子のことは考えてないってことだけはわかってほしい」

「ちょっ、なになになに。いきなりどうしたわけ!?」

「何って、釈明してるんだよ」


 いい一日にするとも言ったのに、こんな形で終わりたくはない。


 ただ、心からの感情を目に乗せて訴える。


「なんなら宣言する。ちゃんと約束を果たせるよう、お前を好きになれるよう頑張るから……」

「待って。分かった、分かったから一旦ストップ!」


 物理的に手で口を塞がれて押し黙った。




 大声を出した晴海は、肩で息をしながら赤い顔で睨んでくる。


「もう、やめて。マジ恥ずかしくて死ぬから」

「……んぐ」


 頷くと、ゆっくり手が外される。


 しばらく警戒した様子だったが、俺が何も言わないのを見てはーっと嘆息した。


「あーもう、顔あっつい。高峯のばか」

「すまん。でも本気だ」

「それはもう分かったって。ほんとばかだよ、ばーか」

「だからごめんって」

「駄目。許してあげなーい………ふふっ」


 あ、笑った。少しだけ嬉しくなる。


「あーあ。なんか色々考えてたのがアホらしくなっちゃった。行こうよ高峯」

「お、おう?」


 なんだか機嫌を良くしてくれた晴海に手を引かれて、また歩きだした。





 さっきまでと比べて、劇的に雰囲気は良くなった。


 そこでふとあることを思い出し、おもむろに尋ねてみる。


「そうだ。中間テストが無事に終わったら、したい事とかないか?」

「したいこと?」

「ほら、モチベーションがあるとやる気が出るって言ってただろ? だからそれを作れないかなと思って」

「あー。覚えてたんだ、それ」

「俺にできる範囲でのことになっちゃうけど。よかったら考えといてくれ」


 ここでなんでも、とか言えたら格好つくのだろうが、生憎そこまで自信がない。


 しかし、さっきのこともあるし出来る限りの要望には答えたいと思う。


「うーん。それってなんでもいいの?」

「あんまり高価なものとかだと、ちょっと時間くださいってなるけど」

「あはは、別にそういうんじゃないって」

 

 早速考える素振りを見せてくれた晴海は、「んー」と悩ましげにした。


 時折、街頭の下に現れる繋がった二人分の影を見ながら答えを待つ。


「そうだ。一つ思いついた」

「おっ、早いな。なんだ?」


 顎に当てられていた人差し指がぴしっと向けられ、晴海は言う。


「テスト終わったら、デートしよ。で、色々心かき乱されたペナルティで高峯が全部プランして」

「また責任重大だな。わかった、探しておくよ」

「お願いね。よっし、テス勉頑張るぞー!」

「ははっ、テンション高いな」


 拳を突き上げるその声音は本当の意味でいつも通りの明るさで、俺も安心して笑えた。




(……もっと知れば、わかるかもしれないよね。高峯のことも、宮内さんのことも)




「それに、今はあたしが隣にいるんだもん」

「ん? 何か言ったか?」

「なんでもなーい。あ、そういえば美玲ちゃんの言ってた話だけどさ」

「その話については黙秘権を行使します」

「えー、それは狡くない?」




 和やかに談笑しながら、夜の道を進んでいった。








あまりに難産で逆にスッキリ。

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