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妹襲来


今回はなんとか少しだけ早く出来上がりました。


楽しんでいただけると嬉しいです。




 試験勉強を始めて、実際に目の当たりにした晴海の実力はそう悪くなかった。




 やや途中で躓くものの、基本的なところはちゃんと抑えていたのだ。


 なので、主に応用の部分を教えていく方針にした。


「ん~? どうやって解くんだろ?」

「そこはこの公式だな。途中で使うんだよ」

「あ、そういうことね。ありがと」


 帰宅してからかれこれ三十分ほど。


 テーブルに教科書やノートを広げ、真面目な雰囲気で取り組んでいる。




 数度目の質問を投げかけてきた晴海は、すぐに問題の解き直しにかかった。


 ノートとにらめっこする姿は真剣そのもので、少しだけ新鮮に思いながら自分も手を動かす。




 教科書の上で踊る単語や人名、年代などを頭に叩き込んでいく。


 歴史は楽だ、暗記さえすれば安定して高得点を狙える。 


「ねえ、高峯」

「ん、どうした?」

 

 しばらくしてまた呼ばれ、隣を見る。


「この最後のとこなんだけど。なんか答えと合わないんだよね」

「これは……こことここの数字、逆になってないか?」

「えっ。うわほんとだ、ごっちゃになってるじゃん」


 なかなか難航しているようだ。一緒にやってよかったかもな。




 ……それにしても。

 

 こうして隣り合って座っていると、身長的に晴海からの目線が自然と上目遣いになる。


 それに毎回ドキドキしている自分がいた。

  

 いかん、集中だ集中。




 適宜晴海にアドバイスをしながら試験対策に励み、時計の針がさらに半周した頃。


 スラスラと頭に入っていた文字が、だんだんとページの上を流れていくようになった。




(……ダメだな、集中力が切れてきた。これ以上やっても身にならないだろうし間を置こう)




 そう思って一旦手を止めると、晴海に気付かれる。


「あれ、休憩する感じ?」

「少しな。お前はどうする?」

「あたしもちょっと休もっかな。もう手首が痛いもん」

「それじゃあ、ここまでにするか」

「さんせーい」


 互いにやめた途端、空気が一気に弛緩した。


 晴海は両手を上に伸ばし、そのままこてんと後ろのソファに倒れこむ。


「んーっ。はぁっ」

「お疲れ様」

「高峯もねー。教えてくれてありがと」

「これくらいおやすい御用だ」


 返事をするために振り向いて、ふと晴海のコップが空になっていることに気がつく。

 

「飲み物、おかわりいるか?」

「お願いできる?」

「もちろん」


 了承をとると、二つのコップを手にキッチンに行った。


 飲み物を注ぎ直し、ついでにあるものを持って戻ると、晴海はソファの感触を堪能している。


「柔っこい…このまま寝ちゃいそう……」

「それだと今日はもう勉強できないな」

「あ、高峯。飲み物ありがとー」

「ついでにこれもよかったら」


 一緒に小皿をテーブルの上に置くと、驚いた顔をされた。


「チョコレートじゃん。いいの?」

「頭を使った後には糖分補給ってな」

「気が利くね。それじゃ、いただきまーす」

 

 一つ指で摘んで頬張ると、小さく喜色の滲む声を漏らす。お気に召したようだ。


 ついでに俺も口に放り込んでおく。うん、甘さが脳に染み渡る。


「あー。もう一週間分勉強した気がする」

「まだ一日目だぞ。でも、この調子なら赤点は回避できそうじゃないか」

「ほんと?」

「ああ」


 人に教えるのなんて初めてだが、思ってたほど苦戦しなかったという印象だ。


 その一番の要因は本人にやる気があったからに他ならない。


「てか、何気に教えるの上手くない? どこで躓くのか全部わかってたじゃん」

「俺も何度もやったところだからな。たまたま教えられたというか」


 苦手な部分を苦手なままにしないよう、しつこく勉強する癖が功を奏してくれた。


 加えて、小百合に教えてもらった時のことを参考に取り入れたのも良かったのだろう。


「なるほどね。丁寧に説明してくれるし、これだったら絶対中学の時とかも頼られたんだろうな〜」

「っ」


 感心が込められた言葉に、手が震えた。




 心を冷やしかけたその感情はとても醜く、我ながら恐ろしい。


 別の方を見ていた晴海の目線が戻ってくるまでの一瞬になんとか抑え込んで、困った笑顔を作るのに成功した。


「ねっ、どう? 当たってた?」

「いや。去年までは自分のことで手一杯で、そんなことできなかった」

「うっそ。じゃあ、ほんとにあたしが最初?」

「そうなるな。出来のいい生徒で助かってる」

「えー? そんなことあるかなー?」


 本心から褒めればえへへ、と嬉しそうにはにかんだ。


 よかった、気づかれてない。


「なら、高峯せんせーに恥をかかせないためにも頑張らなくっちゃ」

「無理しない範囲でな。うし、そろそろやるか」


 晴海のやる気も充電されたようだし、もうひと頑張りしよう。


 


 ──そうしてコップをシャーペンに持ち替えようとした時、ガチャリと背後で音がした。


「ねー兄貴、なんか知らない靴あるんだけど誰の……え?」

「っ!?」


 誰かがリビングに入ってきたのと俺が振り返ったのは、ほぼ同時。


 まさかと思いながら視界に捉えたのは──いつもは気だるげな顔を驚かせている妹の姿だった。


「み、美玲。帰ってきたのか」

「あ、うん。それより……」


 ぽかんとした美玲が、俺の隣に目を向ける。


 そこにいるのは当然ながら晴海だ。


「あっ、もしかして妹さん? へー、中学生なのに大人っぽいね」


 いつも通り人好きのする笑顔を見せる晴海と俺を、美玲は何度も交互に見比べた。




 その仕草に嫌な予感を覚える。


 なんだろう、このままだと厄介なことになりそうな気が……


「聞いてくれ美玲。これはだな──」

「あーっ! 駅前で兄貴と一緒にいたっていうギャルっぽい美人!」


 ……どうやら遅かったみたいだ。


 説明の言葉を甲高い声で吹っ飛ばした美玲は、こちらにやってくると俺を押しのけて晴海の隣に座った。


「ちょ、おい」

「へえ、ふぅん。貴女が」


 せ、狭い。元々二人分くらいのスペースしかないのに、無理やり入ってきたら当たり前だ。


 ていうかこいつ、晴海のことを頭のてっぺんからつま先まで見てやがる。


「うん、確かにすっごい美人。こんな綺麗な人が兄貴の彼女とかウケる」

「おいコラ」

「あはは、驚かせたかな。お邪魔してます」


 わりと失礼なことを言った妹にも晴海は笑顔で対応してくれた。




 へえ、と興味深そうに呟いた美玲は一体何を思ったのだろう。


 次に口を開くときにはニッコリと笑顔を作ったではないか。


「いえいえ、こちらこそいきなり帰ってきちゃって。もしかしてお邪魔でした?」

「全然。えーと、美玲ちゃんで合ってるかな?」

「はい、美玲です。これの妹やってます」


 これ扱いかよ。帰ってくるなり辛辣なやつだ。


「あたし、陽奈っていいます。よろしくね」

「へえ、陽奈さんですか。名前まで可愛い〜」

「ありがと。美玲ちゃんもいい名前だね」

「はい、気に入ってます」


 一通り挨拶を交わし、それから美玲はニヤニヤとこっちに振り返った。


「兄貴〜? 彼女家に連れ込むとかやるじゃん。高校入って早々やってるね」

「変な言い方するな。ていうかいい加減にどけ」

「はいはい」


 美玲がソファに移動したことでようやく狭々しさがなくなる。


 しかし、ひと息つく暇も与えずに次の質問を飛ばしてきた。


「で、何やってたの。いかがわしいこと?」

「しねえよ。テス勉してるだけだ」

「ふぅん。つまんないの」


 こいつ……と睨むも軽やかに目線を外され、次は嬉々として晴海に話しかける。自由奔放かこいつ。


「お二人は付き合ってどれくらいなんですか?」

「半月くらい。色々よくしてもらってるよ、今も勉強教えてもらってるし」

「へー、あの兄貴が。やるじゃん」


 物珍しそうに一瞥してくる。


 俺が小百合に教えられてばっかだったのを知ってるこいつとしては意外なのだろう。


 しかしそこに深く突っ込むことはなく、美玲は晴海に言った。


「ちょっとヘタレな兄ですけど、よかったら一緒にいてやってくださいね」

「散々言ってくれるな、お前」

「ううん。高峯はすごく頼りになるよ」


 この妹マジでどうしてやろうかと思っていたら、晴海はかぶりを振った。


「おお……兄貴、陽奈さんに何やったの」

「よし。今日の晩飯抜きな」

「うわケチ。ドケチ兄貴だ」


 むしろよく我慢してる方だと思うのだが。


 しかしまずいな。こいつが一度居座り始めると、確実に勉強できない状況になる。


「とにかく、話したいならまた今度にしてくれ」

「えー、もうちょっといいじゃん」

「お前のちょっとは30分の間違いだろ」

「本当にちょっと。10分だけだから」

「ええい、諦めの悪いやつだな」


 やっぱりこうなったか。だからこのタイミングでは会わせたくなかったんだけど。


 ゴネる美玲は「だってー」と唇を尖らせた。


「中学の時、〝小百合以外のやつは信じられそうにない〟ってずっと言ってた兄貴が連れてきた人だよ? 気になるじゃん」

「なっ」

「……え」


 こいつ、よりによって晴海の前で余計なことを……!


「い、いいから! 機会があったらまた会わせるから、な?」

「ぶー。仕方がない、ここは聞き分けのある妹として引いてあげますか」


 どこかだ、と思いながらも動く気になってくれたのは幸いだった。


 ようやく諦めた美玲はソファから立ち上がる。


「よいしょっと。じゃあ、またお話ししましょうね」

「またね、美玲ちゃん」

 

 ちゃっかり次の約束をして、ようやくリビングから出ていくのだった。



 つ、疲れた。


 最後まで引っ掻き回すだけ引っ掻き回してくれたな……。


「突然びっくりしただろ。あいつ興味持ったみたいで」

「ううん。元気な妹さんだったね」

「元気すぎるくらいかな、はは……」





 少し、先程までより空気が冷めているような気がした。





 果たしてその原因は、先ほど美玲が口走ったことなのか……あまり考えたくはない。

 

「べ、勉強するか」

「そうだね」


 その座りの悪さが落ち着かず、逃げるようにペンを取るのだった。







読んでいただき、ありがとうございます。

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