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初訪問は勉強会

またかなり空いてしまいました。申し訳ありません。


楽しんでいただけると嬉しいです。







 翌日の放課後。




 俺は晴海を連れ、自宅へと向かっていた。


「……」

「……」


 互いに何を話すこともなく、黙々と足を進めている。


 間には拳二つ分くらいの距離が開いていて、それが端的に今の心境を表しているようだ。


「あ、次の横断歩道を渡ったら左だ」

「わかった」


 時折交わす言葉といえば、そんな短いもの。


 


 朝からこんな調子が続きっぱなしだ。

 

 意識しすぎというのは分かっているのだが、いかんせん小百合以外の女子を家に招いた経験がない。


 おかげでヒロには随分笑われた。奴は許さん。


 おまけに、俺だけじゃなく晴海の方も慣れていなさそうというのがさらに緊張を助長して──


「「っ!」」


 無意識に向けた目線が、バチッと重なる。


 一日中、まともに見られなかった晴海の顔が途端に赤く染まっていく。


 それにあてられて自分の頬も熱くなっていくのを感じ、どちらからともなく目を逸らした。


「そ、そういえば! 今日は何をやるんだ?」

「えっ、す、数学……とか?」

「数学か。そういや苦手なんだっけ?」

「そ、そうそう! だから先にやっとこー、みたいな!」

「なるほど。いいと思うぞ、うん!」


 何もかもが調子外れなやり取り。




 そんなものが続くわけもなく、後悔だけが残る沈黙が生まれる。


 俺達をあざ笑うかのように、すぐ近くを軽快なベルを鳴らして自転車が通り過ぎた。


「………すまん。なんつーか、すまん」

「……あたしもごめん」


 いたたまれなくなった結果、自然と謝りあっていた。


 もう一度顔を見合わせると、苦笑する。


「その、実は家に人を連れてきたことがほとんどなくて。どんな顔すればいいのかわかんなかった」

「へ? そうなの? てっきり城島とか呼んでると思ってた」

「あいつはまだ来たことない。高校からの知り合いだと正真正銘、晴海が初めてだ」

「そう、だったんだ」


 思い切って打ち明けたが、意外そうな反応だ。


「悪かったな。お前はこういう経験あるか分からないけど、俺のせいで変に気をまわしてたら……」

「……何言ってんの」


 むっとした顔でこちらに一歩分近づき、二の腕を軽くつねられる。


「あたしだって、初めてなんですけど。男の子の家に行くのなんて」

「っ。ま、マジで?」

「大マジ。だからあんたとおんなじくらい緊張してると思う」


 驚いた。あれだけ交友関係の広い晴海が経験ないなんて。


 いや、こいつの身持ちの固さや一途さを思えば当たり前か。

 

「なら、いい記憶になるよう精一杯もてなし、ます」

「……ん」


 小さくうなずいた晴海が二の腕から袖につまむ場所を変え、そのまま俺達は歩くのを再開した。




 それから約十分ほど、ようやく我が家の前に到着する。


「ここだ」

「へえ、なんか落ち着いた感じのお家だね」

「両親の趣味らしい」


 ポケットから鍵を取り出しつつ玄関の前に行き、解錠してドアを開ける。


「どうぞ」

「お邪魔しまーす」

 

 いつもに比べて少し控えめに、晴海が我が家に足を踏み入れた。




 電気の消えた廊下は薄暗く、人の気配を感じさせない。


 両親は仕事だし、美玲もまだ帰ってきていないみたいだ。


「あ、そこにあるスリッパ使っていいぞ」

「はいはーい」


 靴を脱ぐ晴海を尻目にドアを閉め……どっと疲れが押し寄せた。




 な、なんとか第一段階はクリアした。


 ここからが本番。リビングで一緒に勉強して、夕方になったら駅まで送る予定だ。




 よし、いけるぞ俺。


「晴海、リビングはそこの──」

「ねえ、高峯の部屋ってどこに──」 


 声をかけたのは、同時。


 互いに振り向いた俺達はきょとんとし、相手の言葉を理解するのに一瞬の時を要した。


「あー。リビングね、うん。そっちのドアだっけ?」

「お、おう」


 先に動き出したのはあっちだった。


 いまだに理解できてない俺を置いてけぼりに、やや足早にリビングの扉に向かう。



(〜っ! なにやってんのあたし! あいつの部屋でやるって早とちりして! あーもう、ばかっ!)




 ……今、俺の部屋の場所を聞いてた?


 いや、聞き間違いかな。まだテンパってるようだ。





 そう判断して後を追うと、晴海はリビングに入ったところで興味深げに室内を眺めている。


「何か面白いもんでもあったか?」

「いつも高峯がここでご飯食べたり、テレビ見てたりするんだなーって」

「まあ、そうだけど」


 改めて言われると、自分が普段生活してる場所を見られるのはちょっとむず痒いな。


「とりあえず、適当なところに座っててくれ。飲み物持ってくる」

「わかった」


 キッチンに向かい、冷蔵庫を開けてあらかじめ昨日買っておいたものを確かめる。


「晴海はなにがいい? 甘いものとか炭酸とか、いろいろあるけど」

「炭酸でおねがーい」

「あいよ」


 二人分の飲み物を用意してリビングへと戻れば、晴海はソファに座っていた。


 そちらに行くとソファの前に設置された低めのテーブルにグラスを置く。


「はい」

「ありがとね」


 自分の分を片手に、ひとり分の距離を開けて隣に腰を下ろす。


 それから冷たい飲み物を口に流し込むと、カラカラだった喉が潤っていった。


「ふぅ……」

「はぁ……あ」


 重なる声に、思わず晴海と苦笑する。


「かぶった、な」

「ね。かぶった」


 なんだか今日はやたらとタイミングが合う。


 でも、おかげで少しだけ緊張がほぐれたような気がした。


「えっと、どうだ?」

「どうって?」

「初めての男子の家のご感想……みたいな?」

「ぷっ、そんなこと普通聞く?」

「ま、まだ結構テンパってて」

 

 話を振ってみたものの、初手で失敗したかもしれない。


 しかし晴海は怒ることなく考えるそぶりをした。


「思ったより普通、かな。今まで未知の世界みたいなイメージだったけど」

「未知の世界て。そこまでか?」

「高峯がもしあたしの家来るってなったら、同じ感じにならない?」

「それは……なるな」

「でしょ?」


 一体どんな空間なのか想像もつかない。なんとなくカラフルな感じはするけども。


「だからちょっと安心した。あー、高峯の家だなーって」

「それならまあ、良かった」

「ほんとさー。真里達にバレちゃって。めっちゃからかってくんの。そのせいで余計に身構えちゃった」

「俺も根掘り葉掘り聞かれたよ。あの野次馬どもめ」

「ただでさえこっちはいろいろ考えちゃうのにね」


 まるで楽しいオモチャを見つけたかのごときリアクションだった。むしろそっちの方に精神力を削ったかもしれない。




(誰もいない家に二人きりだから変な気を起こされたり……とか言うから、変なこと口走っちゃったし……)




「……あたしがムッツリみたいじゃん」

「ん? なにか言ったか?」

「な、なんでもない! それより勉強、始めようよ」

「わかった。最初は数学でいいんだっけ?」

「うん。わかんないところ教えてくれる?」

「もちろん。そういう約束だしな」

 

 


 早速、俺達は勉強道具を取り出しはじめた。

 





読んでいただき、ありがとうございます。

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