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隠し事


楽しんでいただけると嬉しいです。

 



「えーと。あ、みっけ」


 昼休み。


 誰もいない教室の机を探って、その中からスマホを取り出す。


 やっぱりここにあった。授業の前に入れといてそのままにしちゃったんだよね。


「見つかってよかった、っと」


 傷がないか確認すると、手の動きを感じ取ってスマホが起動する。

 

 映し出されたホーム画面。設定されているのは、初デートの時に撮ったプリクラだ。


 それを見て笑みがこぼれる。


「ふふっ。あの時はびっくりしてたなぁ」


 我ながらかなり大胆なことをしたと思う。


 結果的に今まで見たことのない顔を見られて、頼り甲斐がある普段の姿との差にキュンとした。


「あ、これがギャップ萌えってやつか。新発見じゃん」


 この前のデートの時も、似たようなリアクションだったっけ。


 高峯ってわりと予想外のことに弱いみたい。無防備な反応が可愛いんだよね。


「……誰かに何かをできる人間、か」


 ふと、あの時の話を思い出す。 




 高峯が少しだけ明かしてくれた悩み。


 全部は話してくれなかったけど、なんとなく彼の生き方みたいなものが断片的に感じられた。



 

 ずっと憧れた人に相応しくなりたくて……でも叶わなかったことへの後悔と、失望。

 

 今の高峯が色々とできるのは、その中で積み重ねてきたもののおかげなんだろう。




 でも同時に、それが彼を苦しめてもいたんだと思う。

 

 理想と現実の差。いくら追いかけても追いつけないことにどれほど苦しみ、心を擦り減らしたんだろう。


 並大抵の悩み方じゃ、あんな顔は……自分に落胆したような目はしないはず。 


「ん……」


 そこまで考えて、引っかかるものを覚える。


 〝かけがえのない人〟……保健室の前で聞いた時、宮内さんはそう言った。


 あたしだったら、少なくとも何とも思ってないような相手をそんなふうに言ったりしない。




 むしろあの子にしては、珍しく熱の入った感じだったと思う。


 なのに高峯は自分が特別に思われているなんて全く思ってなかったみたいだし……認識が矛盾してるんだ。


「なんか、すれ違ってる感パなくない?」


 どうにも矛盾したこの事実の原因は、なんだろう?




 たとえば、宮内さんがすごい口下手で、本心を表に出せなくて。そのせいで高峯も勘違いしてたとか?


 いやいや、そんな漫画みたいなのないっしょ。ほんとだったら不器用すぎじゃん。


「まっ、不器用ってのはあたしが言えたことじゃないけど……ってやばっ。早く戻らないとお弁当食べれなくなるしっ」


 慌ててスマホをカーディガンのポケットにしまって、空き教室を後にした。


 廊下に出るとひんやりとした冷たい空気が体を包む。


「う〜っ、さぶっ。これ絶対雨降るじゃん」


 窓の外に見える空はどんより気味。一応カーデ持ってきてなかったらマジ死んでた。

 

 急ぎ足で階段のほうに向かう。


 


(ていうか、高峯の悩みってあたしにとっても言えることだよね)




 高峯はこの短い間に、いろんなものをくれた。


 彼の温かさを受け取るたびに、心の中で何かが育って……じゃあ、自分はどう? 




 あたし、ちゃんとあいつの彼女やれてるのかな。


 や、お弁当とかは時々作ってるけど。もっと本質的に?っていうか。


 ほとんど無理矢理恋人になったようなもんだし、そこはちゃんとしたい。


 でも、だったら何をすれば──。


「……あー。こういうことか」


 理解して苦笑いする。


 そっか。高峯は何年もこれと向き合ってきたんだ。


 初めてと言えるほどに強い感情。誰かに何かをしてあげたいとこれほど思ったことはあるだろうか。


「ていうか、幼馴染くらい近かったらもっと辛いんじゃ──」

「──わかりました。では、今日の夜は我が家で一緒にということで」




 廊下の端にある階段に差し掛かった時、聞き覚えのある声がして足を止める。




 歩みを遅く、足音を立てないよう物陰に隠れて、そこからこっそりと踊り場を見下ろした。


「ああ。すまないな、あいにく携帯の充電が切れてしまってて」

「いえ。むしろ、わざわざ口頭で知らせてくれてありがとうございます」

「構わない。元は俺のせいだし」

「あれって……」


 そこにいたのは、宮内さんと……大門先輩だった。




 久しぶりに先輩を見た瞬間、反射的に胸が高鳴る。


 2年以上も心を惹かれた、凛々しい表情や堂々とした姿につい見とれて。


 ……でも。




(同じくらい、ズキズキする。胸が、すごく苦しい)




 

 正体のわからない痛みに苛まれて、胸に手を置く。


 一緒にいる二人を見るほどさあっと血の気が引いて、視界がぐにゃりと歪むような錯覚を覚えた。




 もう、諦められたと思ってたのに。進もうって決めたのに……やっぱ全然克服できてないや。


 それなのに目をそらすこともできないあたしは、本当にばかだ。


「学校生活の方はどうだ? 何か、困ってることはないか?」

「大丈夫です。先輩にご心配をかけるようなことはありません」


 何かしらの会話を終えた二人は雑談してるみたい。


 てか、宮内さんちょっと冷たくない? 恋人と一緒にいるのに、教室にいる時とおんなじ鉄面皮なんですけど。


「……そっか。何かあったら相談してくれよ」

「はい、機会があれば是非」


 でも先輩は満更でもなさそう。


 不思議だな。太陽みたいな大門先輩と、月のような宮内さん。正反対なのに、すごくお似合いに見える。


「……そういえば一緒にいるのを見たの、あのとき以来かも」


 そういう噂も聞かないし、やっぱり学校じゃ隠してるんだと確信した。


 でも時々ふらっと教室からいなくなるし、もしかしてそういう時に先輩と合ってるのかな。


「……もういこ」


 これ以上盗み見してるのは気分が良くない。


 何より、もう胸の痛みを我慢できそうになかった。




「ああ、そうだ。例の幼馴染の男子とはどうなったんだ?」




 耐えられなくなる前に離れようとして、また足を止める。


 聞き逃せない話題が飛び出してきて、思わずそのまま耳をすませた。


「……彼のことは、もう心配いりません。ちゃんと話し合って距離を置きました」


 しばらくして、やや重々しく宮内さんが答える。


「そっか。大丈夫なのか?」

「誠実な人ですから。わかってくれたと思います」

「ならいいんだが……その、平気か?」


 先輩が、やや気遣わしげな様子で宮内さんに聞く。




 どうしても後ろ髪を引かれ、もう一度踊り場を伺う。


 そうして確かめたあの子の表情は、なぜかさっきよりもずっと冷たく思えた。




(今のって、高峯のことだよね。話し合ったってどういうこと……?)




 今更フったことの報告……とは考えられない。いくらなんでも遅すぎる。


 あたしの知らないうちに、高峯と宮内さんの間になんかしらやりとりがあったってことなの?


 それに、平気って何? 宮内さんは高峯をフッた側じゃ……。


「──っ」


 気になってあの子を見る。


 そして、ひどく何かに追い詰められたような表情に息が詰まった。


「……何、あの顔」


 無意識に呟いてしまう。


「……平気です。それにこれ以上、彼の存在に甘えてはいられない」


 次にあの子が返した言葉に、また驚かされた。


 今、甘えるって言った? 宮内さんが高峯に?


「……君がそう言うなら、今は俺からは何も言わないよ」

「そうしてくれると助かります……ええ、そうよ。もう私には、これくらいしかしてあげられないんだから」


 まるで、たくさんの言いたいことを無理やり詰め込んだような一言だった。


 同時にそれは、自分に言い聞かせるようにも聞こえて。


 今にも指先で手の皮が切れそうなくらい握られているその手に、いつの間にか苦しい気持ちも忘れ、唖然とした。




 やがて、深くため息を吐いたあの子は表情を元に戻す。


「……すみません。少し感情的になりました」

「そんなことないさ。辛かったらいつでも力になるから、いざという時は話してくれると嬉しい」

「重ね重ねありがとうございます……では、そろそろ」

「ああ。俺も戻らなくちゃな」

「っ、やばっ」


 階段を昇ってくる先輩に、慌てて物陰の奥に引っ込む。

 

 

 

 じっと身を潜めていると、先輩の足音がすぐ横を通り過ぎていった。


 完全に気配が遠ざかるまで待ってから、ようやく息を吐き出す。


「ぷはっ。あ、危なかったぁ」


 何とか気付かれずにやり過ごせた。


 ほっと腰が抜けそうになって……すぐに今見たものを思い出し、思いとどまった。


「……一体、どういうこと?」 

 

 さっきのはどう見ても普通じゃなかった。

 

 聞いた通りに受け取るなら、宮内さんの高峯に対する認識はただの幼馴染どころじゃない。




 もっと強く、心の支えにさえなっていたような口ぶりだった。




 でも、まるでそれが悪いことで、だから無理やり遠ざけたようにも……。


「もし、そうだとしたら……」




 宮内さんは、単純にあいつをフっただけじゃなかった?




 一つの仮説を導き出し……その瞬間、モヤモヤが胸いっぱいに広がった。


 なんだろう、この気持ち。


 納得してるけど、本当はしたくなくて、まるで認めたくないような。





 感じたことのない感覚に戸惑い、さらに考えようとした時──見計らったみたいに昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。


 軽快な音を鳴らすスピーカーを恨めしく睨み、そっとため息をつく。


「……教室に戻らなくちゃ」




 

 一旦思考を切り上げて、あたしはその場から離れた。









読んでいただき、ありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 話し合って?これはコンビニでの会話のことなのかな? [一言] 彼氏がいるから他の有象無象とは距離を置くのは、交際相手に対して誠実なことだと思います。 聡人君も今までみたいに彼女に絡め…
[良い点] 宮内にふられた理由気になる・・・! 修正前といろいろかわってきてますが、新たな裏側みれてよかった!今後の展開が楽しみです!
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