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譲れない理由


崩れたストーリー構成をどう直したものかと一ヶ月以上スランプに陥りましたが、何十回もやりなおし、組み直して、どうにか納得できるものができました。





 付き合って改めて思うが、晴海の人気は凄い。


 気がつけばいつも人に囲まれていると言っても過言ではないほどだ。


「ねえねえ、昨日のドラマ観た?」

「お、観た観た。あれでしょ、ボーイズグループのやつ。主役の女優可愛いくていいよな」

「は? それ言うならセンターの子が超イケメンでしょ」


 教室がひと時の喧騒に包まれる、授業の合間の休み時間。


 各々が自由に過ごす中、今日も彼女はクラスメイト達の中心にいる。


「あたし的には主役の人推しかな。一生懸命な感じが見てて応援したくなるっていうか」

「陽奈はそっちかー」


 談笑を交わす姿は和気藹々としていて、間違いなく教室内の明るい雰囲気に一役買っていた。




 俺もその輪の中に──ではなく、近くの席でノートとにらめっこしている。


 前の授業が苦手教科で引っかかった部分を復習しているのだ。覚えているうちにやらないとついていけないことが、我ながら情けない。


「ちょっと気になるんだけどさ。晴海は芸能人っていうか、俳優ならどういうのがタイプなわけ? やっぱ爽やか系とか?」


 そんなタイミングを見計らったように、ある男子が質問するのが聞こえる。


「んー。自分の目標のために一生懸命努力してる人、かな」

「何だよそれ、曖昧だな。ほら、もっと見た目とかさー」

「内面から出るものってあるからね。それで言うなら、あたしのタイプは……熱血系、かな?」

「ふーん。確かに高峯も色々やってるよな。今もなんか勉強してるし」


 一瞬、こちらに目線が向けられたのを感じる。


 伴う言葉には嘲笑じみた色があり、少なからず敵意を含んでいた。




(まあ、全員が納得してるわけないよな)

 



 騒がれなくなっても、密かに晴海を狙ってた連中がみんな諦めたわけではない。


 けど、ああいうのは正直慣れっこで。特に反応せず黙々とシャーペンを紙に走らせる。


「うん、そうだよ。一生懸命頑張るところ、本当に格好良いと思ってる」


 次に聞こえたその言葉には、手が止まった。





 思わず顔を上げると、表情を引きつらせた男子に晴海が真剣な目を向けている。


「そ、そっか。わり、変なこと聞いたわ」

「別にいいって。ただの雑談でしょ?」

「あ、ああ」

「なーにお惚気攻撃してくれてるんだよ、こいつめっ」

「うわ〜、大耶が襲ってきた〜」


 ……なるほど。晴海も迎撃するのはお手の物らしい。それに一瞬凍った空気の後処理も上手い。


 一人で納得していると、目の前に誰かがやってきたので顔を向ける。

 

「ようアキ。赤い顔でぼうっとして、風邪でも引いたか?」

「うわっ、びっくりした。突然なんだよ」


 いきなりやってきたヒロは、なぜか楽しそうな目を向けてくるではいか。


「珍しく勉強の手が止まってたからな。どうかしたのかと心配してるだけだ」

「そのニヤケ面で説得力あると思ってんのか、お前」

「さてな」


 これ見よがしに晴海の方をチラ見しやがって。




 半目で睨むとヒロは一つ前の席に腰掛ける。居座るのを察し、復習は諦めてペンを置いた。


「流石のお前も、不意打ちには弱いみたいだな?」

「……お前も聞いてたのか」

「もってことは、やっぱお前も気にしてたわけだ。まっ、あの様子じゃ嫌でも耳に入るよな」


 カマをかけられたことに顔が渋くなるが、その通りだから言い返せねえ。

 

「しっかし、大したもんだ。もうクラス内でグループも完成してるこの時期に、あれだけ周りに人が集まるってのは。人徳ってやつかね」

「晴海は気さくで人当たりがいいし、好かれるのも自然なことだろ」

「何より可愛いしな。あと、今のちょっと彼氏っぽかったぞ」

「へいへい、そりゃどうも」


 実際、晴海には人を惹きつける魅力があると思う。




 一緒にいると、なんだか暖かい気持ちになるというか。


 気がつけばこちらも笑顔にされていることも多くて、その明るさは時に眩しく感じるほどだ。


「さっきの様子だと、良くも悪くもって感じみたいだけどな。まっ、ちゃんと自衛する力もあるっぽいから一応安心か」

「慣れてるらしいぞ、ああいうのは」

「ほーん。確かに、昨日今日始まったことじゃないだろうしなぁ」


 感心した眼差しで晴海を一瞥したヒロは、それから別の方向を見る。


「あっちは逆に、孤高の花って雰囲気だ」

「あっちって……」


 視線の先を追いかけ、その終着点に小百合がいて口を噤む。


 黙々と勉強するその姿はまさに泰然自若。


 周囲の喧騒から切り離され、まるであいつだけが別の世界にいるかのよう。


「晴海が万人を惹きつける向日葵なら、宮内さんは何者も寄せ付けない高嶺の百合の花、なんてな」

「……さあな」


 乾いた言葉を呟き、また目を逸らす。


 俺がそんな反応をするのさえ予期していたように、やつは笑みを浮かべた。


「それにしても、晴海もよくやってるよ」

「どういう意味だ?」

「いつも誰かしらに囲まれて、疲れないもんかと思っちまって。さっきみたいなことも少なくないだろうに、大したもんだ」


 いかにも本心からという口ぶりで言うヒロに、俺はまた晴海を見る。


 


 翳りのない笑顔で人の中心にいるその姿は、一見して疲れなど感じさせない。


 それこそ、かつて人間関係が拗れたことでひどく傷ついたとは思えないほどに。


「彼氏としてはそのあたり、どう思う?」

「……どうだろうな」


 人といるのが好きな自分を、やめたくない。彼女はそう言っていた。


 けれど、ずっと人の輪の中にいることに全く疲れはしないのか……そう聞かれると、俺も少し気になった。




 些細な疑問を押し流すように、学校での時間は忙しなく過ぎていく。


 そうして気がつけば、もう昼休みに突入した。


「高峯、お昼食べに行こ」

「わかった。今日は天気もいいし、中庭でいいか?」

「おっけー」


 晴海に誘われて席を立ったところで、ちょうどヒロがやってきた。


「アキー、一緒に飯……っと。今日は晴海とか」

「ああ。悪いな」

「気にすんなって。出来立てカップルの時間を邪魔するほど野暮じゃねえよ」

「ありがとねー城島」

「なんのなんの」


 男子グループの方へ行くヒロを見送り、俺達は教室を出た。


「購買に寄っていいか? 今日は弁当なくてさ」

「ふっふっふ。これなーんだ?」


 晴海が腰の後ろに回していた手を見せてくる。


 ピンク色の包みの他にもう一つ、見覚えのある大きな包みを持っているではないか。


「それ、もしかして俺のか?」

「当ったりー。前に高峯、水曜日はいつも購買のパンって話してたことあるじゃん? だからまた作ってこようかなーって」

「マジか。嬉しいよ、ありがとう」

「お礼は食べた後にとっといて♪」


 前に食べた時に晴海の料理スキルの高さは知っているので、楽しみだ。




 教室と同じかそれ以上に騒がしい廊下を端まで移動し、連絡路から外へ出る。


 定番スポットである中庭には多くの生徒がおり、俺達は陽の当たるベンチに腰掛けた。


「はい、どーぞ」

「サンキュー。費用はどれくらいだった?」

 

 弁当を受け取りながら聞くと、晴海はかぶりを横にふる。


「別に気にしないでいいよ。いつも妹と自分の分やるのとそんなに変わらないし」

「いや、そういうわけにもいかないだろ。自分の分は払う」

「んー。じゃあ、今度デートの時になんか一つ奢って。それでチャラにしよ?」

「いいのか、そんなんで?」

「ふふん、いいのです」


 口調こそ冗談じみているが、引く気はなさそうだ。


 分かったと頷いて、早速もらった弁当を風呂敷から出すと蓋を開けた。


「おっ、ミートボールか。今回のもすごく美味そうだな」

「ぜひごしょーみください、なんてね」

「いただきます」


 手を合わせ、箸で一つミートボールをつまむ。


 一口サイズのそれを頬張り、咀嚼して……口元が綻んだ。


「うん、美味い。流石の腕前だ」

「ちょっと味付け濃いめにしといたんだけど、大丈夫だった?」

「ああ。むしろこれくらいが丁度いいよ」


 ぎゅっと中に閉じ込められた肉汁とケチャップの風味が見事にマッチして、白米を食べる手が止まらない。


 そんな俺の様子に得心がいったようで、晴海は満足げに笑い自分の弁当を開けていた。


「んっ、ほんとにいい感じ。我ながら大成功だね」

「俺はお前の彼氏で幸せ者だな。でも、かなり朝が早いんじゃないか?」




 これでも女子の準備の大変さには理解があるつもりだ。


 まして晴海ほど華やかなら相応の時間がかかるはずで、そこに弁当を作る時間も加味すればさぞ早起きだろう。


「慣れてるからね。言ったじゃん、いつもやってるって」

「その感じだともう長いのか」

「二年くらいかなー。高峯の努力と同じだよ。ずっと続けてれば、それが当たり前になってくの」


 なるほどと納得すると、晴海はこちらに笑いかけてくる。


「それに、相手が美味しそうに食べてくれるならそれだけで十分作った甲斐があるから」

「……晴海は色々と凄いな」


 その言葉に彼女はきょとんとした。


「突然どうしたの。色々って、あたし他に何かしたっけ?」

「あっ、いや。今のはなんていうか……」


 しまった。さっきヒロとあんなことを話していたせいか、つい口を衝いて出てしまった。


 不思議そうな目を向けてくる晴海に、しくじったなぁと苦笑しながらも答える。


「こう、具体的に言いづらいんだけどさ。晴海のいつも笑顔でいるところ、凄いなって思ってたんだ」

「え? 別に普通じゃない? 特に褒められるような事じゃないよ?」


 なおも首をかしげるばかりの彼女へ、少々声を潜めて言葉を続ける。


「でも前に、人付き合いで傷ついたことがあるって話してたろ? 少なからず気苦労もあるだろうに、尊敬するよ」


 カラオケで聞いた、晴海の過去の一端。


 あれが本当ならば、晴海は人との関わりを全て捨てたいとすら一度は思った。


 それなのにああしていられるのは、並大抵の事じゃないはずだ。


「あっ。も、勿論、晴海が嫌な思いをしてるって決めつけたいわけじゃないんだ。ほら、前にどうして俺が人助けとかするのか聞いてくれたことがあっただろ? あれと同じっていうか……」

「あはは。そんなテンパらなくても分かってるって」


 弁当に目線を落とし、考えるそぶりを見せた彼女は少ししてから口を開く。


「確かに、高峯の言う通りいいことばかりじゃないよ。男の子にちょっとしつこいなって思うこともあるし、嫌だなっていう言葉をかけられることだってある」

 

 普段は聞かない静かな口調から、本心を吐露してくれていることを察した。


「どんなに笑い方が、距離の測り方が上手くなっても、このモヤモヤは無くならない。そういうものなんだよね、多分」

「……だったら、どうして?」


 思わずそう尋ねてしまった。


 一人では耐えきれないほどの悪意を受け、尚も他人と接し続けるのはとても難しい。




 俺なら二度とそんな思いをしないよう、原因を遠ざけてしまう……というより、そうしてきた(・・・・・・)からわからなくて──




「それが、あたしがあたしであるって事だから」




 ──だからこそ、淀みのない瞳で答えたことに驚かされた。


「どんな人にもさ、譲れない何かがあると思うんだ。趣味だったり生き方だったり、これこそが自分!ってものが、絶対に一つは持ってるはず。高峯もそうだったでしょ?」

「あ……ああ」

「あたしにとっては、これがそうなんだ」


 呆けた俺の前で、晴海は目を閉じて自分の胸に手を置く。


 そこにある何かを確かめるようにして、彼女は言うのだ。


「たとえ辛いことや嫌なことがあっても、誰かといるのが楽しくて、人との繋がりが好きでいたい。そういう自分を諦めたくない……これは前にちょっと話したよね」

「……そうだったな」


 カラオケでのことを思い出して頷けば、晴海はうっすらと微笑んでから凜とした表情になる。


「あの時諦めなかったから、前に進めた。痛みに負けて目を逸らしても何も解決しないって知ることができたんだ。だから貫くよ、こういうあたしを」

「──っ!」


 まっすぐに虚空を……いや、どこかずっと先を見るようなその眼差し。




 それが俺の目を、心を引きつけて離さない。

 

 俺は、晴海のこういうところが一番──。


「……ん?」


 一番、なんだ? 何か今、自分の中で大きなものが動いたような……


 首を傾げたとの時、突然晴海がこちらを見て含みのある表情になる。


「それにし、て、も〜。普段からってことは、高峯はいつもあたしのことを見てるのかな〜?」

「んなっ…! そ、それは……!」

「図星の顔だ。そっかそっか〜、ちゃーんとあたしに興味持ってくれてるのか〜」


 ぐっ、実際チラチラ見てるから反論できねえ……!


「あ、当たり前だろ。そりゃお前のことが好きだってまだ断言はできないけど、それでも一番近くにいる相手なんだぞ」


 頬が熱くなるのを誤魔化すように、俺は咄嗟にそう言い放った。


 ニヤニヤしていた晴海が一瞬固まり、それから頬を赤くする。


「そ、そっかそっか。うん、それは彼女冥利に尽きるな〜。あ、あはは……」

「お、おう」


 ……なんだこれ。この、なんとも言えない雰囲気。




 妙に気恥ずかしくて目を合わせられず、互いに黙り込む。


 沈黙を許さないように、しばらく中庭にいる他の生徒の話し声や足音だけが響いて……


「あーもうっ!高峯が急に変なこと言うから変な反応しちゃったじゃん!」

「んなっ、晴海が揶揄ってくるからだろ!」

「いいからほら、お弁当黙って食べるっ!」

「ぬぅ……」


 怒涛の勢いに圧され、俺は弁当に再び手をつけ始めた。


 まだほんのりと赤い顔でいる晴海が、ちょっと可愛いく感じた。

 




 ……でも、そっか。


 痛みに負けて目を逸らしても、何も解決しない、か。

 



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