ありたい自分
今回は少し長めに。
楽しんでいただけると嬉しいです。
「なあ、お前のこと晴海さんと宮内さんが取り合ってるって噂マジ?」
「……どこから聞いたのか知らんが、事実無根だ」
興味津々な顔で聞いてきた木村に、俺は表情を渋くして答える。
だがそれでは納得いかなかったようで、なおも言い縋ってきた。
「でもよ、体育の時、宮内さんが晴海さんより先にお前のこと連れて行ったじゃん。晴海さんから取り返そうとしてんじゃないかってクラスのやつらは言ってるけど」
「なんでそうなる……違うよ」
「本当かぁ?」
むしろフられた側だっての、と心の中で呟く。
何度目の否定だろうと呆れていた時、晴海がやってくる。
「高峯、帰ろ」
「おお。今行く。じゃあな」
「あっおい、まだ聞きたいことが……」
しつこいクラスメイトに背を向け、教室を出た。
「もう捻挫は大丈夫そう?」
「ああ。すっかり痛みは消えたよ」
廊下を歩き始めて早々に聞かれ、俺は頷く。
体育の時に無茶したおかげでしばらく不自由を強いられたが、もうほぼ治った。
「んふふ、あたしの介抱は効きましたかな?」
「……一部を除いてな」
自分が応援したことで白熱させ、俺に怪我を負わせてしまったと思ったらしく、色々と手助けしてくれた。
主に分厚い教科書を持ってくれたりとか、階段の上り下りを見てくれてたとかだが……
「昼飯の度にあーんは確実にいらなかったろ。おかげで男どもにすげえ睨まれてたぞ」
「あはは、針の筵状態だったね」
「いや割とシャレにならないレベルだったんですが」
せいぜいが湿布を貼る程度だったのに、羞恥と恐怖の板挟みな数日間だった。
「まあ、いいじゃん。おかげでちょっとはあの噂も収まってるしさ」
「……まあな」
さっきの木村のことを思い出し、俺は再び顔を険しくする。
二週間近く経過して、晴海との交際はあまり騒がれなくなった。
しかしそれと入れ替わるように、今度は俺と晴海と小百合の三角関係なんてものが耳に入った。
発端は、体育の時に俺を小百合が晴海と一緒に保健室まで連れて行ってくれたことのようで。
「ヒロはあれで晴海狙いの奴らの牽制になったって言ってたが、それ以上に厄介なもんをまた抱えちまったな……」
「あれから特に接触ないから、あんまり長続きはしなかったよね」
「まあな」
あれ以降、小百合からはなんの接触もない。
正直まともに話せる気はしないので助かってはいる。
「むしろ、俺が知りたいくらいなんだよな。あいつフッた相手に同情とか絶対しないのに」
「……そうだね」
(そのわりには、高峯のこと気にかけてるみたいだけど)
本当に、一度離れてしまうと霞のように掴めない存在だ。
「そういえば晴海。大門先輩から何かあったりとかしたか?」
かなり噂は広まってたので、上の学年にも届いてるんじゃなかろうか?
「ぜーんぜん。そもそも学年違うから、こっちから探さないと滅多に会わないんだよねー」
「そっか」
「まあ忙しい人だし、元々よく告白されてたし? あたしのことなんてもう気にしてないって」
笑顔でいう晴海の声は、いつもより少しだけ固い気がした。
「……その、なんだ。何かあったら相談してくれ。力になるから」
「ふふっ、ありがとね。でも、むしろ今は高峯をどう攻略するかの方が大切かなー」
ぬぐっ、相変わらずからかいの攻撃力が高い。
「あっ。一個思いついた。高峯にしか頼めないこと」
「なんだ?」
「デート。そろそろ二回目しようよ」
「マジか。えっと、どっか探しとく」
「よろ♪」
ひとまず、噂云々は置いておくか。それよりデートスポットの調査のほうが大事だ。
しばらく歩いていると、前方からこっちに向かってくる人がいた。
その人は俺達の姿を見つけた途端、手を上げて近づいてくる。
「おお、いたいた。ちょうど探してたんだ」
「あ、小山先生」
「せんせー、こんにちは」
「なんだ、晴海も一緒か? 珍しい組み合わせだな」
声をかけてきたのは、前に資料を運ぶのを手伝った小山先生だった。
「高峯、この前は助かったよ」
「あ、いえ。先生こそ腰は平気っすか?」
「いやぁ、これがなかなか良くならなくてな。まったく、歳には勝てんよ」
ははは、と温和に笑う先生。なんていうか、のんびりした人だな。
「それで、俺を探してたっていうのは?」
「おお、そうだった。実は資料室の教材を整理しなければならんのだが、急用が入ってしまってな。できればこの前みたいに手伝ってほしいんだ」
「あー……」
「生徒にこんなことを頼むのも気が引けるんだが、なにぶん時間がなくてなぁ」
申し訳なさそうに言う先生に、既視感を感じた俺は苦笑いした。
一回手伝ったことで、頼ってもいい生徒と認識されたらしい。
中学の時も何度か同じことが起こったので、慣れてはいるが…
「晴海、俺は先生の手伝いするから、今日は先に……」
「せんせー、それあたしも手伝っていいですか?」
「おお、晴海。お前もやってくれるか? 助かるよ」
「いいのか?」
「うん。あたし、今日はヒマだし」
付き合ってくれる気でいるらしい晴海は、上目遣いに「どうする?」と言ってくる。
「わかりました。引き受けます」
「本当か。ありがとうな、二人とも」
「いえ、平気っす」
「頑張りまーす」
「じゃあ、整理の手順なんだが……」
先生に言われた手順をスマホのメモに打ち込んで、早速そちらに向かった。
「本当に良かったのか? 俺一人でも大丈夫だけど」
「二人でやったほうが早く終わるっしょ」
「わり、助かるわ」
それから二人で一緒に資料室へ赴く。
先生から預かった鍵で扉を開けると、あの日と全く変わらない光景が俺たちを出迎えた。
「へえ、こんな感じなんだ」
「で、肝心の仕事内容は……色んな先生が使っては戻してぐちゃぐちゃになった資料を、学年とクラス別に直すのか」
「この感じだと、結構ありそうだね。やっぱり二人の方が良かったじゃん?」
「確かにな。じゃ、始めよう」
「りょーかーい」
ゆるく敬礼した晴海と一緒に、作業に取り掛かる。
整理しなきゃいけない棚は資料室の右奥にあり、ぎっしりとファイルが詰まっていた。
「うわー、多いね」
「俺は上の段をやるから、晴海は下の方を頼んでいいか?」
「おっけー」
スクショした指示のメモはトークアプリで共有したため、それぞれファイルの順番を直し始める。
表紙や帯に書かれている数字とアルファベットを頼りに、一つ一つ確かめては差し込む。ひたすらそれの繰り返しだ。
「これってさー、そのうちあたし達の分も加わるのかな?」
「先生の話じゃ、一年ごとに更新されてるらしいぞ。これを頼りに、各学年の授業の進行度とかを調整してるんだってさ」
「そうなんだ。やっぱデータの積み重ね?ってやつなんだね」
その分重要なものなので、中は極力見ないようにと言われた。
覗きたい欲にかられるけど、それで何かの罰則を受けるのは勘弁なので、大人しく作業する。
「でもさ、ちょっと気になったんだけど」
「んー?」
「高峯はさ、宮内さんみたいになりたくて色々頑張ってたじゃん。こういうのもそうなの?」
「ああ。小百合は、困ってる人がいたら真っ先に助けてた。俺もそういう風になりたいって思ってさ」
「へえ、立派じゃん」
「まあ、上手くいかないことも多いけどな。俺はあいつほど器用じゃないから」
ただ、あの時できなかったことをできるようになりたかった。
その一心で色々とやってきて、感謝されることもあれば、バカにされることもあった。
「結局は単なる真似事かもしれないけど。でも、やれるところまではこういう俺でいるよ」
賞賛や肯定が目的な訳ではないが、唯一認めて欲しかった人にはフラれてしまった。
すると、途端に自分の行為が陳腐に思えてしまうのが失恋の弊害か。
「でも、あたしは救われたよ」
「え?」
隣に振り向くと、晴海がこちらを見上げていた。
「あの時、高峯はあたしの手を握ってくれたよね。それって誰にでもできることじゃないって思うし、おかげであたしは今も笑ってられるんだよ」
「……晴海」
「だから、そんな風に言わないでいいんじゃない? 高峯のそういうところ、あたしは結構好きだから」
優しげなその言葉に、俺は少々呆気にとられる。
…そうだ。
あのカラオケの時も、こいつが俺たちの心を、積み重ねてきたものを守ろうと言ってくれたから。
だから俺は、今もこうして──。
「ありがとな、晴海」
「んーん、こちらこそ」
ニカッと笑うその顔に、胸の中でどきりと音がした。
その後、二十分ほど経過してファイルの整理が終わる。
「よし、これで三年生の分は全部並べ直した。そっちは?」
「あたしも終わったよー。あとはこれだけ」
立ち上がった晴海が、手の中の分厚いファイルを見せつける。
表紙には『3-A 一学期』と書かれており、一番上段のが紛れ込んでいたようだ。
「俺がやるよ、貸してくれ」
「だいじょーぶ、届くから」
自信ありげに言って、彼女は最上段へファイルを持つ手を伸ばす。
「ん〜っ……」
「へ、平気か?」
「ん、もう、ちょっと……」
はらはらしながら見守っていると、しなやかな体を伸ばして晴海はファイルとファイルの間に差し込んだ。
その際、第二ボタンまで開けたシャツの胸元が強調されて、思わず目を逸らす。
ファイルは徐々に奥へと押されていき、ついに最後まで収まった。
「よっし、終わ、りっ!?」
「晴海っ!」
安堵したのも束の間、晴海が姿勢を戻し損ねた。
大きく傾いた彼女の体を咄嗟に受け止める。
「あっぶなー。ありがと、高峯」
「いや、これくらいは……」
そこまで言いかけて、かなり顔の距離が近いことに気がついた。
間近に見ると、マジで可愛い。顔のパーツひとつひとつが芸術品みたいだ。
見入っていた時、ふと晴海が肩にある俺の手に触れた。
そのままペタペタと触られ、少しこそばゆくなる。
「は、晴海?」
「この前も思ったけど、高峯の手って大きいよね」
「まあ、男だしな」
「なんかちょっと安心するんだよねー、この大きさ」
「も、もういいだろ」
そのまま触られていると変な気持ちになりそうだったので、ぱっと離れる。
にひひと笑う晴海は余裕そうで、相変わらず敵わない。
「とりあえず、先生に報告しに行こうぜ。職員室にいるって言ってたしさ」
「そうだねー。あっ、早く終わったし、帰りにどっか寄って行こうよ」
「わかった」
そうして、俺達は資料室を後にしたのだった。
読んでいただき、ありがとうございます。
このペースから予定通り進むかな…