心の熱
今回は予告通り、晴海さんの視点よりお送りいたします。
楽しんでいただけると嬉しいです。
ホイッスルが鳴って、ボールが投げられる。
ふわりと落ちていく球へ、城島ともう一人が同時にジャンプした。
「よっ、と!」
「くっ!」
ボールを取ったのは、城島。
180センチを超える身長で余裕そうにキャッチすると、着地してドリブルを始める。
ほとんど一緒に降りた相手は、姿勢を低くして注意深く様子を見始めた。
「始まった始まった!」
「頑張ってー!」
女子の誰かが、黄色い声を上げる。
「みんな頑張れー!」
あたしもそれぞれのチームに向けて声援を送った。
「ふっ!」
まず、城島が右側へ動く。
相手が咄嗟にカバーしようと反応して……次の瞬間、手の中からボールだけが左に飛んだ。
「アキ!」
「おう!」
床をバウンドしたボールを、前に出てきた高峯がキャッチする。
フェイントで相手を騙した城島は、そのまま右に向けて走り出した。
合わせて、近づいてきた相手の二人から逃げるように高峯も動く。
前後から囲まれる前に、すごいスピードで迂回して前の一人を抜いてしまった。
「うわ、足はっや」
「いけいけ〜!」
高峯は移動しながら、また見たことのない真剣な横顔でコートの中を見渡した。
そして、ちょうど斜め前でアピールしている城島を見つけると、低い姿勢でパスを出す。
「おっけぃ!」
危なげなくキャッチし、彼がゴールに向かった。
しかし、最後の砦である残りの二人が立ちふさがって妨害する。
「っと……」
「ヘイ、城島!」
「! あいよっ!」
ドリブルしながら迷っていた城島が、二人に付かれて動けない高峯とは反対側にいた太田にパスを回した。
相手チームが三人もそっちに振り向いて、すごい勢いで囲みにかかる。
「太田! こっち回せ!」
「頼む!」
その前に、太田がボールを高く投げた。
一人ガードの外れてた高峯が、その場でジャンプしてボールに手を伸ばす。
ガードしてた男子も飛ぶけど、少しだけ高峯の方が高く、見事にキャッチした。
「やべっ!?」
「しっ!」
着地してすぐに、相手に背を向けてから螺旋を描くようにドリブルで前進する。
完全に邪魔のないポジに移動して、高峯はゴールに向けてシュートした。
放物線を描いて飛んだボールは、吸い込まれるようにゴールに向かっていく。
緩やかに回転しながら落ちていき、するりとネットを通り抜けた。
ビーッ!と響くブザー音。周りから小さく歓声が上がった。
「おお〜! 高っち、ないっしゅ〜!」
「え、いや、普通にすごかったんだけど。高峯めっちゃ動けるじゃん」
「うん。なんか鍛えてるらしいよ」
「へえ」
真里たちと話している間に、城島とハイタッチした高峯は再び自分のポジションに戻っていた。
「高峯マークしろ! 城島に持っていかせんな!」
「了解!」
すぐにボールが相手チームに渡され、先生のホイッスルで試合が再開する。
さっきので目をつけられたみたいで、最初から高峯は狙われ気味だ。
そして今度は、相手のチームが仕掛けた。
ボールを持ってる一人が前に出て、高峯達が動こうとした途端に他の二人が邪魔をする。
「くっ!」
「やっべ!」
しつこく付きまとわれて動けない中、太田がボールを取ろうとした。
「よっ、と」
「あっ」
けど、バスケ部員であるその男子の素早い動きにあっさり抜けられてしまった。
木村と後藤もガードしようとしたけど、その前にシュートが決まってしまう。
二十秒もしないうちに、二度目のブザー音が鳴った。
また歓声が上がり、相手チームの男子はこっちに向けて手を振った。
それからあたしに振り向いて、謎のキメ顔を見せてくる。
愛想笑いでやり過ごせば、その男子は急に機嫌良さげに、今度は高峯に向けて得意げな顔をしていた。
「うわ、対抗心むき出しじゃん」
「モテる女は辛いですな〜」
「ほら、彼氏のこと応援してあげたら?」
「そうだね」
他の子もちらほら応援してるし、いっちょかましてやりますか。
「高峯ー! 頑張れー!」
大きな声でエールを送る。
試合を再開しようとしていた高峯達は、驚いた顔であたしに振り向いた。
直後、相手チームの男子達が一斉に高峯を睨みつける。彼はその視線にビクッとした。
「お前らァ! 絶対勝つぞォ!」
「「「「おぉッ!!」」」」
あ、なんか相手の方のスイッチ押したっぽい。
肝心の高峯は、ニヤニヤしてる城島に何か言われて苦笑いしている。
「こりゃ荒れるね」
「あー、やらかしちゃったかな?」
「いや、むしろこれで高峯もやる気出たんじゃない?」
そして、三度目のホイッスルが鳴る。
◆◇◆
再開された試合は、途端に白熱したものになった。
負けん気を発揮した相手チームの勢いが凄くて、負けじと高峯達も奮闘する。
片方が点を入れたらもう片方も入れての繰り返し。
叫ぶような掛け声と、体操靴が激しく床を擦る音が幾つも重なる。
まさに一進一退。体育の授業のレベルじゃない熱気だった。
「ボール城島に行ったぞ!」
「よいっしょ、っと!」
七分が経過した頃、城島がゴールからかなり遠くでシュートする。
ややゆっくりめにボールは飛んでいき、そのまますっぽりと輪をくぐって、何度目かの黄色い声が上がった。
「しっ、やりいっ!」
「ヒロ、ナイス!」
「アキこそ、ナイスパス!」
笑い合ってる高峯達を讃えるみたいに、甲高いブザーが鳴る。
「城島凄いね。現バス相手にチョーセッセンじゃん」
「経験者は違いますな〜」
「いや、それ言ったら一番ヤバいの高峯でしょ。あいつ食らいつきすぎじゃない?」
「そうだね」
技術と経験があるバスケ部員相手に、身体能力とチームワークでついていってる。
今も息が上がっているけど、まだ余裕がありそうな様子だ。
得点もほとんど高峯か城島が入れたもので、他の子達も凄い凄いって騒いでた。
「にひひ、これは陽奈も惚れ直したんじゃな〜い?」
「あはは、かもね」
下から覗き込んでくる大耶に相槌を打ちながら、ふと考える。
中学の時、空手部のマネージャーやってた友達に頼み込んで、大門先輩の試合を見に行ったことがあった。
その時もこんな感じで、あたしは観客席から先輩を見ていた。
真剣に試合に臨む先輩の姿には、胸がいっぱいになるくらいドキドキして。
今は、ちょっと違う。
甘い疼きのようなものはないけれど、温かな気持ちがじわじわと湧いていた。
(なんだろうな、これ)
初デートで抱き寄せられた時も、美味しそうにお弁当を食べてくれた時も、同じ感じがした。
知らない高峯を見て、新しい一面を見るたびに、その暖かさは少しずつ〝熱〟になっていく。
この熱は、どんな感情から生まれているものなんだろう?
「あれ? あそこにいるの、宮内じゃない?」
「え?」
そんなことを考えていたあたしの思考は、真里の一言で現実に戻された。
真里が見ている方に振り向くと、本当に宮内さんが観戦している女子達の端っこにいた。
彼女が見ているのは……もしかして、高峯?
「なんで……」
わざわざ、と呟きかけた時。
「あっ、危ないっ!」
「え?」
誰かが飛ばした声に前を向く。
すると、バスケットボールが放物線を描きながら真っ直ぐこっちに迫っていた。
「陽奈、ボールっ!」
「やばっ……!」
気が付いた頃には避けられる近さじゃなくて、咄嗟に両手で顔を庇う。
次の瞬間、乾いた音が体育館に木霊した。
でも、いつまで経っても痛みはやってこない。
「……あれ?」
「っぶね……ギリセーフかよ」
すぐ近くから聞こえた声に、ハッと目を開けて顔を振り上げる。
すると、高峯があたしとボールの間に割り込むようにして受け止めてくれていた。
「た、高峯?」
「おお、大丈夫か?」
「う、うん……」
「そか。よかった」
安心したように笑った顔に、ドキッと胸のあたりが跳ねる。
「おーい、平気かー?」
「ああ、今そっち戻る! それじゃあな」
「が、頑張ってね」
「おう」
そうして彼は、ボールを手にコートの中へ戻っていった。
ぼうっとその背中を見つめていると、急に肩を叩かれる。
「ひ〜な〜、なーにラブコメしてんのよ」
「へっ? やっ、べ、別にラブコメってわけじゃ」
「照れるな照れるな。今のはかっこよかったねー」
「ちょっとキュンときたんじゃないの?」
「それは……」
ニヤニヤしながら問いかけてくる三人に、あたしは答えあぐねた。
だって、一瞬ときめたいのは本当だったから。
「ねえ、なんかおかしくない?」
「うん、あれって……」
不意に、ヒソヒソと囁き合う周りの子の声が耳に入る。
どうしたのだろうと確かめれば、みんなコートの方を見て何かを話している。
「なーんか空気おかしくね?」
「何だろうね」
「ちょっと陽奈、あれ……」
大耶に袖を引かれて、コートの様子を伺う。
男子達のゲームは相変わらず白熱している。
その中には当然、高峯もいて……でも、なんだか様子がおかしいことに気がついた。
「若干、片足を庇ってる?」
「もしかしてだけど、痛めたんじゃないの?」
「うそっ」
まさか、さっきあたしを庇ってくれた時に?
よく見るとなるべく片足をつかないようにしてるみたいで、浮き立つような気持ちは消えてハラハラとする。
他のみんなも気づいているようだ。
相手チームの男子達は、明らかに高峯をボールから遠ざけるように動いてる。
彼はそれについていけてなかった。
「あれ休ませなくて平気なん?」
「なんとか動けてるみたいだけど……絶対足首いってるよ、あれ」
「陽奈、止めたほうがいいんじゃない?」
「う、うん」
早く止めなくちゃ。これ以上怪我をしたら大変だ。
試合を見てる先生に向けて声を上げようとした時……ふと、高峯の目線がこちらに流れてきた。
「っ……?」
「陽奈?」
「あ、ううん。なんでもない」
今、あたしのことを見てた……よね?
たった一瞬、視線が交わっただけ。
だから勘違いかもしれないし、気のせいかもしれないけど。
見ててくれ、って言われた気がした。
◆◇◆
「城島を上げさせんな! あと二分粘ればこっちの勝ちだ!」
相手のリーダーの言葉に、得点表を見る。
点差は12対13。高峯達の方が不利だ。
高峯があまり動けない今、城島さえ邪魔してしまえば、あとは時間切れで負けてしまう。
「ちっ、太田! そっちに回すぞ!」
「分かった!」
複数人に囲まれて立ち往生していた城島は、苦し紛れの顔でパスを出す。
マークされてなかった太田が、落ちてきたボールに手を伸ばして──取り損ねた。
「あっ、やべっ!?」
「今だ! 取っちまえ!」
リーダーの指示で、太田の手が弾いたボールに相手のメンバーが動き出し。
「っ!!」
その時だった。
ガードが一人に減らされていた高峯が、ボールに向けて走り出す。
相手は警戒してなかったみたいで、妨害されずにコートを駆け抜け、飛び上がるようにしてキャッチした。
「っと!」
そのまま、ゴールに向けてシュートを繰り出す。
誰もがボールを目で追いかけた。
まるで時間が引き伸ばされたようにゆっくりと、数秒をかけて宙を舞っていき。
「ぐっ!」
そして、高峯が着地に失敗して転んだのと同時にゴールを通り抜けた。
ビー!と、すぐに音が鳴る。
すぐに得点表を確かめると、先生が高峯達の方に2点加えるところだった。
「やった、逆転した!」
思わずそう口走る。
って違う、高峯がまた転んで……!
「「「うぉおおおっ!!」」」
「「きゃー! 高峯くんすごーい!」」
周りからこれまでで最大の歓声が弾けた。
高峯のことを口々に囃し立て、黄色い声を出している。
「おお〜、高峯やるな」
「真面目に高スペックすぎな。あれバスケ部入ってもいけんじゃね?」
「ひ〜な〜、本当にいい男捕まえたじゃーん!」
真里達も凄いって言ってるけど、正直気が気じゃなかった。
「おいアキ、さっきやべえ音してたぞ? 大丈夫なのか?」
「ああ、だいじょ……ぐっ」
立ち上がろうとして、途端に体を支えようとしてた手を床から引く。
手首もやっちゃったみたいだ。そろそろ保健室に連れて行った方がいい。
「あの、せんせ……」
「──先生。聡人くんが重傷なようなので、保健室に連れて行きます」
「……え?」
あたしが言い出すより一瞬早く、そんな言葉が響いた。
驚いて振り向くと、そこには手を挙げた宮内さんが。
「ああ。高峯、これ以上は俺も見過ごせん。保健室に行って診てもらえ」
「うす……」
「ちょいちょい、手ぇ貸すから急に立つなって」
城島に手助けされながら立ち上がる高峯は、自分じゃ歩けないみたいだった。
「こちらの先生には自分で説明しておくので。それより早く、彼を保健室に」
「……まあ、そうだな。宮内なら平気か。俺からも言っておく」
あたしが固まっている間に、先生と話をすませた宮内さんが高峯に近づいた。
「城島君、私に任せて」
「……宮内さん、いいの?」
「ええ、平気よ」
滅多に見ない真剣な顔をした城島と向き合い、彼女は言い切る。
しばらく二人は見つめ合って、やがて城島がへらりと笑った。
「んじゃ、よろしく。気をつけてくれよ」
「勿論」
「小百合……?」
「……安心して、聡人くん。保健室まで付き添うわ」
宮内さんが高峯の手を自分の肩に回して彼を支えながら、体育館の出口に向かって歩き出す。
どうすればいいのかわからずに見つめていると、不意に立ち止まった彼女はあたしを見た。
「あなたは来ないの? 聡人くんの彼女なんでしょ?」
「っ。い、行く!」
まるで挑発するような一言に、咄嗟に言い返して走り寄る。
彼女とは反対側から高峯の体に手を回して支える。
「行きましょう」
「うん」
「あっ、ちょっと陽奈!」
「ごめん真里! せんせーには上手く言っといて!」
友達にあとのことを頼み、そのまま体育館を後にした。
読んでいただき、ありがとうございます。
バスケはにわかもにわかなので、多少の違和感はご容赦を(汗)
次回もお楽しみに。