むかしばなし
だから。だから、私は進言したのだ。我が王に、勇者召喚はしてはいけないと。王家に伝わる文献を疎かにしてはいけないと。だが、それも今更のことだ。何もかも、もう遅い。我々は皆、ここで死ぬ。皆殺しにされる。我々だけでなく、関係諸国、周辺の国々も巻き込むことになるだろう。それですめば、それで彼らの怒りが、憎しみが、収まればまだいいほうだ。真っ赤に燃え盛り破壊されつくした愛すべき我が母国を見ながら、私は膝から崩れ落ちた。
むかしむかしあるところに、かわいい双子の女の子がいました。それはそれは可愛らしく双子は村人みんなに愛されていました。ところがある日、双子のお姉ちゃんがとつぜん姿を消してしまいました。村人たちは思いました。神隠しにあったのだと。その村では昔から神隠しがよくおきました。そして、神隠しにあった子供はだれ一人として戻ってきませんでした。村人たちは、あきらめ、帰ってこないことをなげき、悲しみにくれました。ところが、ただ一人、双子のお姉ちゃんをあきらめない子供がいました。そうです、双子の妹ちゃんです。妹ちゃんは、悲しみではなく強いいかりを覚えました。なげくのではなく、深く深くにくみました。妹ちゃんは分かっていたのです。神隠しなどではないと。お姉ちゃんはさらわれたのだと。双子だからでしょうか。妹ちゃんとお姉ちゃんは、時々おたがいのことを夢で見ることがありました。昔のことだったり、これからおこることだったり、今おこっていることだったり、さまざまでしたが、一つ言えることはその夢はただの夢でなく、現実で起こったことや起こることだったのです。お姉ちゃんがさらわれてからは、夢を毎日見るようになりました。幸せな夢だったのなら、妹ちゃんはあきらめて、ただ悲しんだことでしょう。ただなげいたことでしょう。幸せな、幸福な夢だったのならば。お姉ちゃんが神隠しにあってから、妹ちゃんは変わってしまいました。可憐だった姿はみるかげもなくなり、やつれ、目は血走り、身なりはぼろぼろにもかかわらず、一切構わず何かに打ち込むようになりました。村人たちはその姿をみて、さらに胸を痛めていました。妹ちゃんにしてやれることがあるのならば、力になろうと村人みんなで決めていました。そして、その時がきました。お姉ちゃんが神隠しにあってから、ちょうど十年の歳月がたっていました。妹ちゃんは村人たちのもとへ、一人の男を連れてきました。男が腕を一振りすると、十年前に神隠しでいなくなった双子のお姉ちゃんの姿が映し出されました。村人は一瞬のおどろきの後に、すぐその姿から目をそらしました。妹ちゃんは言いました。目をそらさないでと。これが今のお姉ちゃんの姿だと。みんながあきらめたお姉ちゃんの姿だと。みんなが見捨てたお姉ちゃんの姿だと。呪いを言葉を吐き出す、妹ちゃんの瞳は暗い暗い色をして村人たち全員を眺めていました。妹ちゃんは告げました。お姉ちゃんを救い出すための力をかしてほしい。少しでもお姉ちゃんを哀れに思い、お姉ちゃんをあきらめたことを後悔したのならば協力してほしいと。村人たちの答えは十年前から決まっていました。だれ一人として、妹ちゃんの願いを断ることはありませんでした。村人たちは、農具を手にとりました。十年前うばわれた村の子供を取り戻すための立ち上がりました。男が腕をもう一振りすると周りはいっぺんしていました。見慣れた農村の姿はどこにもありません。あるのは堅剛な壁をした大きな建物のみでした。妹ちゃんは男と先頭にたち進みます。妹ちゃんと男が進むと、頑丈そうだった壁は崩れ、道ができました。そのあとに村人たちは続きとうとう、お姉ちゃんのもとへたどり着きました。道中おそいかかってくるケモノもいましたが、村人たちにかかれば、どうということはありませんでした。お姉ちゃんを見つけた妹ちゃんは近くに行こうとしてなぜか足を止めました。村人たちはふしぎに思いましたが、お姉ちゃんを助けることが一番だと思い、ボロボロにされた彼女を一足先に村へ連れ帰りました。妹ちゃんはまだやることがあると男と二人だけで、残りました。以後、妹ちゃんの姿をみたものは誰もいませんでした。村人たちは何も知りませんでした。愚かなことに何も知りませんでした。彼らがすべてを知ったのは、妹ちゃんが消えて皮肉にも十年後でした。お姉ちゃんが神隠しから救出された歳月と同じ月日が経ってからのことでした。妹ちゃんはなぜ姿を消したのか、妹ちゃんが連れてきた男は誰だったのか。十年前にお姉ちゃんから生まれた双子の男の子は、口をそろえて答えました。身代わり。他の国の同じケダモノ。
神隠しの村は双子の女の子がいた時代から、だいぶ時が過ぎ去りました。時代がうつろい、忘れ去られたもの、新たに誕生したもの、様々なものが歳月とともに変化してきました。しかし、どれだけ歳月が過ぎ去ろうとも忘れてはいけないもの。忘れられないもの。深く深く刻まれたモノは変わりません。我々、勇者救出部隊はここから始まりました。今回、オリエンテーションで紹介した絵本は、脚色ではなく実話に基づいて作られたものだと伝えられています。実際にあったことだと、現代の私たちでは断言できませんが、同じ時代の文献にはその絵本が本物だと基づけるような内容が多く記載されています。新入隊員の諸君、心して聞きなさい。我々は、異世界人に情けをかけない。どんなに、冷酷だと、人でなしだと罵られようとも、我々の規律はかわらない。異世界人への道徳観は捨てなさい。規律を変えることができないくらい、踏みつけられ、手折られてきた過去が我々の存在を作り出しました。己の手が血に濡れることを厭う者はすぐに除隊なさい。除隊しても、誰も君を責めることはないと私が保証しましょう。ただこれは覚えていきなさい。誰かが戦わなければ我々は、大事な人を失い二度と手にすることはないでしょう。その教訓を伝えるために、例年、新入隊員諸君には絵本の読み聞かせをおこなっています。本日の訓練は終了です。各々、よく考えて明日を迎えなさい。以上。
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