辺境田舎貴族の少女になった私は未だに隣国の陛下に溺愛されています
二月に投稿した「辺境の田舎貴族の幼女な私が何故か隣国の陛下に求婚されました(https://ncode.syosetu.com/n5949hl/)」の続編になります。
短編設定の為、この作品のみでも話は楽しめるようには書いているつもりなので、もしよければ新規の方はこちらを読んでから前作を読んでいただければと思います。
前作よりちょっとだけ恋愛度を上げて皆様にお届けします!
物心ついた時から病弱で、まともに外も歩けず、十六年という短い年月を病院で過ごして一生を終えた。
それが、前世の私だ。
死んだと思ったら、すぐさま転生した。しかも前世の記憶を残したまま。そーんなややこしいことしてくれたおかげで、かなりびっくりした。痛過ぎてむしろ殺してくれって思って本当に死ねたと思ったのにまさかの生まれた!! だよ? 本当もう驚き過ぎてすぐさま死ぬかと思ったわ。
転生先はなんと、異世界だった。異世界って本当に存在するのね、びっくりー。まあ、でも普通の人間に転生しただけだし、前世は身動きも取れないただの子供だったから知識チートなんてものはないし、特別な能力もない。でも、そんなのどうだっていい。だって、まともに動く健康な体があるんだから!
というわけで、辺境の地ではあるけど、貴族の子供として生まれ変わった私は田舎という利点を最大限に活かしてお転婆娘として育ちました。
◇ … ◆ … ◇
そして、今日。十歳になった私は初めて王城に呼ばれてやってきた。この日のために新しく作ったドレスを着て、家族揃って登城して来ました!
「はわー」
「ルーシュ、口が開いてるぞ」
「はは、本当だ。ルーシュは本当にバカで可愛いなぁ」
兄二人に笑われて思わず口を閉じる。いけないいけない。今まで甘やかされたせいで緩みきってた。にしても、今日も元気に家族は私にゆるゆるだな。
私の家は父様、母様、そして兄様二人と私の五人家族。辺境伯の父様は、領主としての顔はとても厳格で近寄りがたい存在だが、その反動なのか家族として接する時はとても愛情深く優しい。というかベタ甘だ。
母様は美人で優しく、そしてなんかおっとりとした天然さん。父様の少し行き過ぎた愛もあらあらまあまあと鈴のような綺麗な声を漏らしては受け流す強者。
一番上のリカルド兄様はしっかり者で、おっとりした母様や家族に対して少し愛が暴走気味な父様の手綱をしっかりと握ってくれる頼れる長男。
二番目のルーク兄様は次男って感じの自由人。剣の腕は強いし、勉強もできるハイスペックな能力の持ち主なのに、見てるだけではそれを感じない。眠そうな顔が常で、面白おかしいことが大好き。その面白おかしいこと筆頭が私の観察っていう失礼さも備えている。
そして末っ子長女の私は、まさかの転生者。って言っても誰にも教えてないけどね。
見目だけで言うなら父様のちょっと厳つい顔を除けば全員とてもいいし、辺境という田舎暮らしではあるけど、辺境伯は侯爵と同格な地位。繋がりを持ちたい貴族は多数あり、兄様達への縁談はそれなりに相次いでやってくるらしい。それでも、高物件の兄様達の隣は未だ空白だ。
リカルド兄様は十五、ルーク兄様は十三とそろそろ本格的に相手を決めなきゃならない。ということで、今回のこのパーティーはかなり重要になってる。
というのもだ、今日のお呼ばれは、第一王女ならびに第二王子の婚約者選びというのが、目当てだそう。それに加えて普段関われない貴族で社交をさせようという企みの元、家族ぐるみで参加を促された。
とは言っても、私の家族はある諸事情により、王家との婚姻は望んでいない。けれど、家族で参加を促されているため、婚約者が既にいる者や、事情によって王家との婚姻は望めない者、そして王子王女の婚約者に相応しい者が入り混じっている。なんてややこしい。
その状態では間違って王女王子が選んではいけない相手を指名する可能性がある。という問題が予想され、結果、お見合い場と社交場で会場が区分けされていた。
そんなことするなら社交の場にしなきゃいいじゃんと呆れたのは言うまでもない。ちなみに家族全員同じ顔をしていた。とは言っても、お見合い場に行くのは基本的た子供のみ。大人達には社交させようと思ったんだろう。社交させるなら他の人も呼んだ方がいいのでは? となってのこの状態なのではと思う。
というわけで、私の家族は全員お見合い場ではない区画に参加している。ちなみにこちらには既に婚約者がいる第一王子が王家の代表として顔を出してくれるらしい。面倒なことしてごめんよって親の尻拭いさせられる王子かわいそ。
そんな事情があって、私は社交デビューにも関わらず気楽に参加している。だって、交流を持とうとしても、私と同じ年齢の子はほとんどこちらにはいない。この年齢で婚約者が決まってる人の方が少ないので仕方ない。
兄様達は王家と婚約できないだけなので、この場を利用していいお相手がいないか自分で見てこいと父様に指令を出されていたから御令嬢達のお相手をしている。すっごい大変そう。いや、ルーク兄様はすっごい眠そう。ルーク兄様のお相手、こんなまともなパーティーの場にいるのかな? せめて庭に出た方がよくない? なんて、失礼にも考えてぼんやりとケーキを食べる。
あ、このフルーツタルト美味しい。ベリーの酸味がちょうどいい。今の時期はベリーだっけ? お土産にしようかな。
なんて、すっかり油断していたのがいけなかったのかもしれない。もぐもぐと絶え間なく口を動かしてただただ大人達の寒々しいやりとりをぼんやり眺めていただけなのに、何故か私は面倒ごとに巻き込まれる羽目になった。
「お前、なんでこんな所にいるんだ? 子供はあっちに集合だって知らないのか?」
いきなり現れて自己紹介もなく偉そうな言葉を放ったのは私と同年代くらいの男の子だ。金髪碧眼というまさにザ、外人な容姿をした彼は見目だけでいえば子供なのに天使のように美形と言えるだろう。将来有望なのは確かではあるが、それは外見だけの評価で、中身は知らん。
とりあえず、初対面なのにまるで友人のような気やすさは流石にこの年代でも私の中ではマイナスポイントだ。
「そうか、迷子になったんだな? オレが連れてってやるよ」
「違う。私はこっちで合ってるの」
相手の地位の高さは知らないけど、相手にマネーがないのなら私もマナーを無視していいだろう。多分やってもこの相手は理解してくれなそうだし。
ついぶっきら棒に反論すれば、男の子はキョトンとした顔を浮かべて一度私を見つめたけど、すぐにまたにこりと笑った。
「なに言ってんだよ。オレたちみたいな子供はあっちに集合だって!」
いや、じゃあなんであんたはここにいるの?
流石にこれは口にできなかったが、人の話を聞かない彼に不愉快になって顔をしかめた。
「あはは! ぶっさいく!」
やば、ルーク兄様が喜ぶような変顔しちゃった。しかし本当この子失礼だな。更に眉間にシワが寄りそうになっていれば、唐突に腕を掴まれる。
「ほら、連れてってやるから。こっちこっち」
「ちょ! いたい! はなして!」
「城が広くて迷うのはわかるけどまわりに大人も多いんだからちゃんと聞いてみろよな!」
だー! なんなのこの子! 人の話聞きなさい!!
子供なのに私よりも強い力で引っ張られて思わず叫ぶ。それなのに、笑いながら会話を続ける男の子の声で私の声が消されて、少し離れた所にいる兄様達には届かなかったようだ。
あー、誰か、誰か気づいてー!
私の心の叫びは、あくまでも、心の中でしか響かなかった。
結局お見合い会場の入り口まで引っ張られてしまった私は、どうしようかなと思考を巡らせる。この際会場内に入るところ見せて隙を狙って戻るしかないかな。なんて、甘いことを考えたけど、男の子が会場に入った途端、中がざわついた。
「殿下! 今までどこにいらっしゃったんですか!」
「はは! 本当にお前はどん臭いなー! お前がモタモタしている間にオレは隣の会場まで行って帰ってきたんだ!」
会場に入った瞬間、二十歳くらいの騎士が一人駆けつけてきて、慌てて問い詰めてきた。その姿を愉快そうに見る男の子に私は愕然とする。
いやね、金髪碧眼だからもしやとは思ったけど、流石に王子本人が隣の会場まで来るとは思わないから必死に否定してたのに。
本人だよ!!!
頭抱えたくなる気持ちをどうにか抑えて、私はどう切り抜けるべきか考える。そろそろ手を離して欲しい。
「そうだ、父上はいるか?」
「いますよ! いるから焦ってたんじゃないですか! またかって俺が呆れられたんですからね!」
「悪い悪い」
そう言って騎士の人が指す方に男の子は歩き出す。何故か私の手を引いたまま。
「え、ちょ、はなして!」
「ちょうどいいから父上に挨拶をしよう」
「いえ、いりません!」
だってお見合い相手じゃないし!
私が陛下と顔を合わせる理由は今回ないはずだ。お見合い相手でも今回は人数も多い上に社交界デビューの子がほとんどだからということもあり、陛下への挨拶は強要されていないはず。挨拶は家族揃ってきちんとしたパーティーでいいという話だ。
それなのにどうして私は強制的に挨拶させられそうになっているのか。
「父上!」
「クリス! お前、またダリウスを困らせて。今日くらい大人しくできないのか!」
陛下のもっともな言葉にも王子は笑って謝るだけ。少し悪戯が過ぎるだけで、この王子が悪い子ではないのはわかる。だからこそ、私も無理に逃げるなんてことができなくて困るんだけど。
もうここまできたら陛下の前で逃げるなんてことはできない。この際きちんと自己紹介すれば、陛下なら私がここにいるのは場違いだと気づいてくれるだろう。
「そうだ父上、オレ相手を見つけました!」
「何?」
んんー? このタイミングで何を言い出すかなこの王子は。
「この子、オレはこの子がいいです」
はぁぁああああ???
だから! なんで!! そうなるの!!!
思い切り頭を抱えたくなる。できないからすんごいストレス溜まる。自由にできる家に帰りたい!!
未だに腕を掴まれたままの私に陛下は視線を移す。怪訝な、とは言わないけど探るような視線に私は覚悟を決めて佇まいを直した。
「そなたは?」
「あ、はい。ユーフェリア辺境伯家が娘、ルルアンシュと申します」
「辺境伯の娘か、まあ、身分としては悪くないな」
ちょちょちょーーーっと! 家名を名乗ればまずいってわかってくれると思ったから挨拶したのに! 何身分だけ見て納得してんの!
流石にちょっと危機感を覚えて、私はすぐにまた口を開いた。
「おそれながら申し上げます。もともと私はこちらではなく、もう一つの会場にてパーティーを楽しんでおりました」
だから、王子とは婚約できませんよ?
「迷子になってたんだろ? オレが来てよかったな! こうしてオレが見つけたのも運命だと思うんだ」
だーー!! 黙れ小僧! お前に私は救えない!!
ハッ、いけない。あまりにも不敬なこと考えてると表情も変わりそう。
「いえ、そうではなく」
「おとうさまぁぁぁあ!!」
迷子ではないと主張しようとした私の言葉を今度は甲高い声に遮られる。あーーーもう、今度は何!?
咄嗟に振り返れば、私の視線の先には見るからに豪華な衣装とアクセサリーで身飾った私より少しだけ年上の女の子がこちらに向かって小走りに近づいて来る。その手には今の私のように別の人の手を握りしめていて。
そして、それは、私の兄、リカルド兄様だった。
待って。まさかとは思うけど、え、違うよね? 嫌な予感を覚えながらただただ二人を凝視していれば、リカルド兄様も私のことに気づいた。うわ、すごい真っ青になってる! 人の顔色ってこんなに変わるんだぁ、びっくりぃ。
「エリザ、そんなに大声を出すんじゃない。はしたない。それに、お前もこの会場を出て一体どこに――」
「お父さま! わたくし、運命の殿方にお会いしましたの! この体格、この顔、そして困ってるわたくしを労ってくれたその性格、まさに理想の殿方ですわ! ということで、わたくしのお相手はこの方です!!」
あーーー! やっぱりー!
何、なになに?! 何が起きてるの? 何でわざわざ別会場で楽しんでいた私達が、こっちに引っ張り出されてるの?! 本当理解できない!!
姉弟だわ! まさにこれは血だわ! ってことは、陛下の適当な性格が立派に引き継がれてるのでは?! なんて、不敬罪とも言える思考に陥っている間に王女は陛下に更に近づいてリカルド兄様を突き出していた。
「お前達は、揃いに揃って……何故素直にこの会場内で見つけようとしないのか」
「そんなのどうだっていいでしょう! わたくしたちの伴侶選びですもの!」
「そうです、父上! むしろ今日、二人とも相手を見つけたことを喜んでください!」
「そうですわ!」
キャンキャン好き勝手言う二人に私はどうしていいかわからなくて視線を彷徨わせる。すると、私以上に困った顔をしたリカルド兄様と目が合った。静かに足を進めて近くに寄れば、小声で話しかけられた。
「どうしてルーシュがここに?」
「私も同じように連れてこられたの。兄様は?」
「僕は廊下で転んで泣きそうになってたから手を差し伸べただけなんだけど」
おそらくトイレにでも出たところに遭遇したんだろう。何ともタイミング悪い。思わず顔を見合わせて二人で溜め息をついてしまった。
「して、そちらは?」
「――っ! 失礼しました。ユーフェリア辺境伯が長子、リカルドと申します」
「ふむ、またユーフェリアか。流石に同じ家から婚約者を選定するわけにはいかないな」
いやいやいや、同じ家とかその前に! まずユーフェリア家は対象外だということに気づいてほしい。思わずげんなりとした顔をすれば、リカルド兄様はある程度事情を察したようだ。苦い顔をして視線を彷徨わせる。
「へ、陛下、発言をお許しいただけますか?」
少し躊躇いつつ口を開いたリカルド兄様に陛下は視線を向けて頷いた。
「よい。申してみよ」
「で、では。妹含め、大変名誉なことではありますが、我が家は次男のルークと共に全員もう一つの会場にて此度のパーティーを楽しんでおりました。ですので、大変申し上げにくいのですが、私も妹のルルアンシュも殿下方には釣り合いの取れない立場であることを、ご理解いただければと思います」
さ、流石リカルド兄様!! こちらが伝えたいことを全部言ってくれた! 流石長男、流石次期辺境伯!! かっこいー!
キラキラした目でリカルド兄様を見つめれば、その視線に気づいた兄様が少しだけ頬を染める。長男として真面目でしっかりとした頼りがいのある兄様だけど、意外にも照れ屋で可愛いんだよね。
だからリカルド兄様は大好きだ。
「なんでダメなんだよ! 身分だってつりあうって父上言ってたじゃないか!」
「そーよ! たとえクリスがダメでもわたくしとリカルドさまだったらいいでしょう?!」
「姉上! なに勝手にそっちだけ決めようとしてるんだよ!」
「あら、わたくしは姉よ! まずは年上のわたくしから決めるのが筋でしょう?!」
うわー、まさかの言い合いに私もリカルド兄様も唖然だよ。嘘でしょ、どうして会場分けてあるのかこの人達知らないの? そんなわけないよね? 当事者だよ?
それにずっと思ってたけどまるでこの場で決めてしまうようなこの感じ、すんごくやめてほしい。もしここで下手に陛下に好印象の返事をされたら、もうそれほとんど強制になるし、事情があって成立しなかったらまるでこっちが断ったみたいな流れになるじゃん。
そんなの他人の目に触れる場所でするもんなの?
「待て待て、お前達は人の話も聞かずに進めるんじゃない!」
「オレはこの子じゃないと嫌です!」
「わたくしだってこの方でないと認めませんわ!」
品性のカケラもない言い合いに次第にムカムカしてきた。そもそも自分達の意見だけ叫んで、私達の言葉を何一つ聞こうとしないのはなんなの? 婚約者ってなんだと思ってるんだろう。
子供相手だから冷静に、って思うけど、転生したとしても私だってこの世界でずっと子供扱いされてきた。前世だって成人する前に死んだから、それほどの精神的成長は自分で感じてない。
だから、せめて他の子供より冷静にいようって、感情的にならないようにしようって、そんなことを思って日々を過ごしているわけだけど。
でも、もう、限界かも。
「る、ルーシュ、落ち着いて?」
「でも、こちらが言わないとおそらく気づいてくれません。陛下だって名前を聞いただけじゃわかってくれませんでした」
「そうだね、それは僕も誤算だよ」
目が据わってるのかもしれない。リカルド兄様が少し顔色を悪くして私にクギを刺してきたけど、このままここにいるだけで状況が悪化しそうだ。
もう覚悟を決めてちゃんと口にしよう。そう思った瞬間だった。
「あのー、すみません陛下。ちょっといいですか?」
間の抜けた声が近くから聞こえて全員視線を向けた。そこにはいつの間にいたのか、ルーク兄様がヘラヘラした笑みを浮かべて立っていた。
「何だ、お前は」
「あー、ユーフェリア辺境伯が次男、ルークと言います。それでですね、とっても大事なお話がありまして」
「今度は次男か。何だ、早く言え」
「勝手に兄と妹を婚約者にーって言ってくれてるのはとてもありがた迷惑なんですけど、陛下は別会場にいた人すら、結局婚約させようと無理を通すつもりなんですか?」
に、に、にいさまーーーーー!!!
あまりの衝撃に周囲は凍りつく。いや、言ってほしいことをズバリと言ってくれたことには感謝したいけど、でもでも言い方ってもんがあるって!! いくら子供だからって許容してもらえるかわからないほど失礼な物言いだ。特にありがた迷惑なところ。もっともすぎて頷いてしまいそうになった、けどマズイって!
「き、きさま! 何て口の聞き方だ!」
「あー、すみません。田舎者なので、かしこまった言い方とか知らないんですよ。大目に見てください。それで、どうなんですか? 親も抜きにして、別会場にいた子供を無理やり連れてきて、勝手に婚約候補として話をするのが、王家のやり方なんですか? もしそうなら、招待状の言葉を信じて参加してきたオレたち貴族に対して不誠実になりませんか?」
ヘラヘラしながらも紡ぐ言葉は大分辛辣だ。でも確かにそうだ。私達は別の会場にいたところを引っ張り出されてここにいる。家族全員でいたから、ここには父様も母様もいないし、まだ成人前の私達がどれほど言ってもまともに聞いてもくれない。
もし、この状況でそのまま後程婚約者として指名するからな、なんて陛下に言われてしまえば、もうそれは公然による強制だ。かなり横暴とも言える。
私達は選ばれては困るから別会場にいたのに、それを無視されることになるし、ここに集まって婚約者という栄誉をもらおうとしている人達も無下にされてスッキリしないだろう。
どちらの立場にいても、王家による横暴と取れる。貴族側は黙っていられないだろう。陛下はようやくそのことに気付いたのかハッとして周囲に視線を巡らせていた。他の婚約者候補となりうる子の親は、不敬にならない程度に表情を取り繕いながらこちらを様子見していた。その視線には隠しきれない疑念の色が浮かんでいる。
「……っ、いやそうだな。子供達の勢いに飲まれていた。もちろん、この場で誰かを指名するつもりはない。しかし、こうして自ら望む相手を連れてきたのだ。できれば君達が隣の会場にいた理由を聞かせてもらえぬか?」
なんと、ルーク兄様のお陰で正気を取り戻した陛下は子供である私達と会話する気をどうにか持ってくれたようだ。脇で未だにギャーギャー騒いでいる王子王女は無視をして、真っ直ぐ私達を見つめて問いかけてきた。
こんなチャンスはない。ようやくまともな話ができると胸を撫で下ろしながら一歩前に出た。
「陛下、我がユーフェリア辺境伯が王家との縁を望まない理由は、私の婚約にあります」
「お主の? いや、待て、お主はまだ幼いようだが?」
「はい。私は六歳の時より婚約しております。もちろん、陛下のお許しをいただいた上での婚約です」
「私が、許可を……? ユーフェリアの、いや、待て。もしや、お主の婚約者とは」
思い出したのだろうか。次第に顔色を悪くしていく陛下に周囲は怪訝な表情を浮かべる。これできっと私達はこの場から解放されるはず。どうにか後戻りできないほどの大事にならずに済んだかと安堵の息を吐き出したその時だった。
「そんなのオレがみとめない! そんな婚約よりオレとの婚約の方がいいに決まってる! 父上、今すぐこの子の婚約をはきして、オレとの婚約をむすびましょう!」
ありえない発言を王子がした。
横暴だ。いや、もうこの際この横暴さは幼さ故の過ち、と思って水に流すのは簡単だ。せっかく自分の婚約者を見つけたと思ったのに、自分との婚約を喜ぶところか嫌がって、しかも婚約者がいると言われたら小さなプライドはズタズタだろう。今まで王子として生きてきたのだから尚のこと。
だけど、相手が悪い。そしてタイミングも悪い! 極め付けは言葉も悪い!!
(まあ、でもここにあの人はいないからギリギリセーフのはず)
子供だからこそ許されるなら、この場での発言もどうにか誤魔化せる。そう思ったその瞬間だった。
「誰と誰の婚約を破棄する、と?」
聞き慣れた声に息が止まった。いやいやいや、何で? 何でここにいるの?! 家に置いてきたよね?!
ざあーっと顔の血の気が引いていく感覚を感じながら振り返れば、家で見たままの格好の彼がそこにいた。艶やかな黒髪に少し厳つい、けれども整った顔立ちの男は見た目は二十代半ば程度の年齢に見える。この国の陛下と比べればまだ若い部類だろう。実際、年齢は陛下より少し年下だったように思う。けれども、今年で三十路になる立派な大人だ。
「な、なぜ?!」
「何だお前! 部外者が口をはさむな!」
王子ー! 黙れー!! 誰かこの王子押さえておいてよ!
私はありったけの力を込めて周囲の騎士に視線を投げた。しかし、やはり子供のせいか誰も気づいてくれない。か、悲しい。あっちだったらちゃんと気づいてくれるのに。これが権力の差。
「ローカランドの王よ、そいつはお前の子供か?」
「ひっ! も、申し訳ありません、竜王よ。立場を理解できていないのです!」
「まあ、私への口の聞き方は大目に見よう。しかし、その前の発言については見過ごせないな」
絶対零度とも言える冷ややかな視線を私と変わらない年齢の王子に容赦なく投げる。その鋭さに気付いたのだろう。怖いもの知らずだったはずの王子は悲鳴も上げることなくビクリと体を固くした。
まあ、怖がるのも無理はない。だって彼は普通の人間ではないのだ。竜の力が宿り、ヒトの数倍もの力を持つ竜人族。しかも、その中で一番強いとされている竜人国の王、クロヴィス陛下なのだから。
「ローカランドの王、先程何故、と言ったな? 何故、私がここにいるのかと。そんなの、アンシュと共に王都へ来ていたからに決まっているだろう。そもそも、私はアンシュがこのパーティーに参加すること自体反対していたのだ。婚約者がいるアンシュが、わざわざこんなパーティーに参加する理由はないだろうと」
彼はゆっくりと長い足を動かしてこちらに近づいてくる。けれど、その冷たい視線は未だに幼い王子に投げたままで、近付けば近付くほどピリピリとした威圧も増して息苦しい。彼が誰なのかわからない周囲の人達も陛下の異様な反応で只者ではないことは気づいているのだろう。息を飲んで成り行きを見守っている。
「だが、一家で参加が強制だと言われた上に、会場は別だから心配するようなことはないとアンシュ自身が言うから仕方なく辺境伯の別邸で大人しく待っていたのだ。それなのに、どうしてこんなことになっているのか、こちらこそ聞いてもいいだろうか?」
最後の言葉は王子から陛下に視線を向けて放っていた。四年一緒に過ごしてきたけど、こんなに彼が怒っているところを見るのは初めてかもしれない。口煩い側近に苛立つところとかはあるけど、結構彼は穏やかな性格をしている。だから、非常識なセリフとはいえ、子供の言葉にここまで怒るとは思ってなかった。
「貴方の怒りは尤もだ。こういう間違いが起きぬよう、会場を別にしていたはずだった」
「では、どうしてこのようなことになる?」
「……当人に、その自覚を持たせることができなかったこちらの落ち度だ」
唸るように返された言葉に彼は深く息をついた。私の隣で足を止めて、未だに冷ややかな視線を陛下に送っている。項垂れる陛下と冷たい視線を送る彼。明らかにその図は叱られている王だ。何ともシュールな図だなぁとぼんやりと成り行きを眺めていた。
が、ここでまた騒ぎ出す存在が現れる。
「ねえ! クリスがダメってだけでしょ! なら、わたくしはリカルド様でもいいんですよね?!」
ずっと存在を無視されていたのが癇に障ったのか、キャンキャンと甲高い声を張り上げた王女に周囲は顔面蒼白になる。子供だけは何が起きているのかわからないと言う顔でつまらなそうな顔をしているのがまたシュールだ。
どうやら王家の子供は未だに状況を理解していないらしい。王女の言葉に大人しくしていた王子がギッと睨みつけていた。やっぱりこの二人、どうして彼が怒っているのか理解しきれていないようだ。叫んだ王女を彼は一瞥しただけでまた陛下に視線を戻した。
「……我々竜人はそなた達ほど身分がどうのとか、家格がどうとか面倒なしがらみを設けることはあまりしない。だから、婚約者もいないアンシュの兄が王家と婚約しようと、他の者と婚約しようと別に私はどうとも思わぬ。けれど、そういうことも考えねばならぬがそなた達ヒト族というものだろう?」
「そ、それは……」
「では、問おう。ここにいるアンシュと竜王である私が婚約を結んでいる。余程のことが無い限り、この婚約が反故にされることはない。その前提がある状態で、他二人の兄が王家と婚姻することはこの国では好ましいのだろうか?」
彼が問いかけているのに、陛下は何も答えない。ただ冷や汗のようなものが滲んでいて、視線を彷徨わせていた。
私的には別に好きになった人と恋愛して結婚するべきだと思うけど、貴族である以上それは許されない。普通に暮らす平民がいて、その平民の生活を支える貴族が存在する。頂点に王を置いているこの制度で、身分は重要だ。王太子でなくとも王子王女の結婚相手は貴族の中でも上位の地位となる伯爵位以上の子息が原則になる。しかし、上位貴族ならどこでもいいわけでもない。
ここら辺はややこしいから私もあまりよくわからないんだけど、まあ貴族内のパワーバランス的問題だ。私の家はもう隣国の陛下と婚約している。そこにもし自国の王族との婚約が重なってしまった場合、辺境伯位に変わりはなくとも、政治的発言力が上がってしまうのだ。隣国の、しかも竜人国との繋がりがある家というだけで気を遣われてしまう立場なのに、自国の王族とも関わりがあるとなれば、下手をすれば公爵位並の扱いを受けることになってしまう。
だから、私の婚約が成立した時点で、ユーフェリア辺境伯一家は別会場行き決定だったのだ。
「……いや、辺境伯の判断は正しい。ユーフェリアの子供は全員もう一つの会場で最後まで楽しむべきだった」
「お父さま!」
「クリス、エリザ、お前達はちゃんと相手の言葉を聞いてからここに連れてきたのか?」
陛下の言葉に王子も王女も反射的に聞いたと口にするけど、まったく聞いてないからね。陛下が私達の方に視線を向けてきたから正直に答えていいんだろうと思って、私は首を横に振った。リカルド兄様は少し迷う素振りを見せて肩を竦めるに止める。
それを見て陛下は深い息をついて眉間を押さえた。頭痛でもしているのかもしれない。しかし、子供達の行動は問題ではあるけど、そのことにここまでしないと気付かない陛下も同罪だと私は思うので同情はしない。
「お前達が選ぶほど確かに二人は素晴らしい相手だが、元より候補者ではないのだ。諦めなさい」
「何で! この子とオレは同じくらいじゃないか! こんなおっさんと結婚するより、オレを選んだ方がいいに決まってるじゃないか! 君だって、ロリコンと一緒になんかなりたくないだろ!」
ああああああああああああーーーーー。
ようやく、ようやくこの場から解放されそうな空気になったのに、最後の最後でなんてことだ! しかも、それ、一番言っちゃいけないヤツ!
泣き出したい気持ちになりつつも隣に立つ彼をチラリと見やる。するとさっきまで動じることなく相手を睨みつけてたのに、今は不安そうに私を見つめていた。えー、嘘、こんな子供の言葉に不安になっちゃうの。年の差とか普段全然気にしてないじゃん。どうして今更気にしてるの?
「アンシュは、やはり年上は嫌か?」
「それ、今更じゃない? 年の差なんてこれからずっと埋まんないよ?」
「そうだが……私は気にしないが、人は年齢というものに敏感なのだろう? 竜人族は寿命がヒト族よりも長い。だからこそ、番を見つければ年齢など関係なく一緒になる。しかし、ヒト族は寿命が短い分、年齢も含めた細かい条件を見て相手を選ぶと学んだ。だから、アンシュは今まで私をそういう目で見てこなかったのではないか、と」
私と婚約して四年。あまりこの国の人達のことを知らなかった彼は、彼なりに私のことを理解しようと勉強していたことは知っている。だけど、そんな風に思っていたなんて、知らなかった。さっきの言葉なんかまた冷たい目で一蹴して無視して帰ると思ったのに。そんな風に不安になってしまうなんて予想外だ。
怒らせないようにしないと、なんて思っていた私は猛烈に反省する。彼が暴走するのを見張る前に、私がやらないといけないことがあった。未だ不安そうに私を見つめる彼に、私は両手を広げる。最近はあまり強請らなくなった抱っこだ。
「クロ様」
甘えるように呼びかければ、反射で彼は私を持ち上げる。隣国の王で、しかも強さを誇る竜人だ。そんな人相手の腕の中に素直に飛び込んだ私を、周囲は信じられないという顔を向けていた。それが新鮮で、面白くて、心地いい。
「クロ様、私が今まで同い年の子と一緒にいたいなんて我がまま言ったことある?」
「……ない」
「クロ様との約束やぶったことは?」
「ない」
そこまで言っても未だに不安そうな金色の瞳に、しょうがないなぁと微笑んだ。私より年上なのに、妙に子供っぽい反応が可愛いだなんて、彼に思っているのはきっと私だけだ。
最初は番だからと求婚されて執着されることに納得がいかなかった。私は六歳の幼女だったし、クロ様に何かしてあげたわけでもないのだ。それなのに溺愛される理由はない。だから、少しでも距離を取りたくて、それでも愛されることが嫌なわけじゃないから突っぱねることもできなくて、曖昧な態度をずっと取り続けてきた。
それなのに、クロ様はいつだって私には甘くて、こうして愛してくれる。ただ一方的に愛を向けるのではなく、私がどう思っているのか、どう感じているのかも考えてくれるようになった。本来、竜人というのは他人の……特に別種族の人間の機微に鈍い種族らしいのに。
「それでも、今までは近くにいなかったからじゃないのか?」
「でも、今日はいっぱい会ったよ」
正確には顔を見ても話しはしてないけど。まあ、それは敢えて言わずにおく。
「だから、その」
「私が王子様を好きになるかもって?」
「……」
口ごもる彼があまりにも子供っぽくて笑ってしまう。こんな話、ここではしない方がいいんだろう。だけど、私の話も聞かずに引っ張ってきた王子にはお灸を据えないといけないだろうし、丁度いい。だから、遠慮なんてしない。そもそも私はまだ子供なのだし。
「私ね、ちゃんと私の話を聞いてくれるクロ様が好き。甘やかしてくれるけど、私のこと考えて注意もしてくれるでしょ? 危ないことは危ないって教えてくれるし、いいことをしたら褒めてくれる。それに、嫌なことがあったらちゃんと理由を聞いて、どういうことが嫌なのかきちんと理解してくれるでしょ? 竜人とは違う私達のこと、ちゃんと理解しようとしてくれるクロ様が婚約者で、よかったなってずっと思ってる。国のこともちゃんと考えているし、忙しくても私との時間を取ろうとしてくれるし、そんな頑張り屋のクロ様が、一番好きだよ」
少し厳つくて怖い雰囲気もあるけど、整った顔立ちをしているクロ様。私とは二十も年が離れてるし、年齢についても、見た目についても、釣り合いが取れなくて引け目を感じたことも実はある。
だけど、そんなのどうでもいいって思うくらい、クロ様はいつだって私だけが好きって態度を示してくれた。竜人国ではそれが普通なのだと教えてくれた。だから、変な風に気負う必要はないから、ちゃんとクロ様自身を見て、気持ちを育てればいいんだって。
「本当に?」
「うん! だから、もう帰ろう? 私、もうここに用はないもん」
無邪気に笑って答えれば、言葉なくショックを受ける王子が視界に入った。だけど別にどうでもいい。散々私の言葉を聞かずに勝手に私の気持ちを決めつけた相手を配慮する必要なんてない。そして、それを諫められなかった陛下だって王子より幼い私を咎めることはできないはず。この事態をどう収拾つけるかなんて私は知らないし。
「そうだな、ローカランドの王よ、失礼する」
「あ、いや、しかし、ま……!」
「陛下、後の話は私としましょうか、ねえ?」
クロ様が踵を返せばその先にいたのは私の父様だった。隣にはルーク兄様がいるからわざわざ呼んできてくれたのだろう。すごいな、今日大活躍してる!
リカルド兄様も安堵したように表情を和らげたので、もう安心だろう。クロ様は私と婚約してるって以外は完全に部外者でもあるし、十歳の私がこれ以上この話の場にいても口を挟める立場でもないはずなので、結局はいらない存在だ。だから、父様達に手を振ってクロ様二人で城を後にした。
◇ … ◆ … ◇
「美味しい? クロ様」
「ああ、美味しい」
別邸に先に帰ってきた私とクロ様は、城でもらってきた手土産のフルーツケーキを並んで口にしていた。私はもう食べたからいいよって言っても、いつもやっていることだからとクロ様は私にまでケーキを差し出してくる。それを躊躇いもなく口にする私も大概だが、もう四年もこの行為を繰り返しているのだ。羞恥などない。すごいよね、マジでない。
「竜人国は作物はゆたかだし、きっと調理の仕方をもう少し工夫すれば同じくらい美味しい何かができると思うの!」
「竜人族は細かいことは気にしないからな。調理も大雑把で、ある程度美味しければいいと拘りが少ないのだ。まさかヒトが作るものがこれほどに美味しいとは、私も驚きだった」
「細かいことは気にしないけど、一度興味を持つとこだわりもすごいよね。だから、美味しいものがあるんだってわかってくれたら一緒に作ってくれるかなって思ってみんなにお土産持って行って正解だったなー! 次は何を用意しようか?」
「それならアンシュが大好きなグラタンはどうだ? 加工食材に関してはこちらの国の方が豊富だろう。辺境伯と相談すれば輸入できるだろうし」
食べ物の話をしながらお茶を楽しむ。ちなみにクロ様はソファーに座っていて、私はその膝の上にいる。もうこのスタイルが標準になっていて、私の家族も驚きはしない。
でも、今回王城に呼ばれてこの別邸に来ていたから、ここの使用人は私とクロ様のこの姿に毎回驚いた顔で通り過ぎていく。その様子はやっぱり面白くて笑ってしまう。羞恥はもちろんない。羞恥心など既に死んでいる。
「アンシュは出会った時から聡い子だったが、この四年で更に優秀な子供になったな」
チュッと、音を立ててこめかみをキスされる。そのまま頬や項にキスをされて、くすぐったさに声を上げて笑ってしまう。大人と子供がじゃれているようにしか見えないが、クロ様は本気のアレだ。だから、冷静になってしまうと大分危険な図なのだが、これももういつものことなので別に気にしない。
それに、クロ様はこんなにキスをしてきても、唇だけは取っておいてくれるのだ。そういうところは真摯で、だからこそ嫌いになれないし、むしろ優しいなって胸が熱くなる。
「そういえばクロ様はどうして城に来たの? パーティー終わって帰ってくるまでここで待ってるって約束したのに」
「…………」
「クロ様?」
ふと、疑問に思っていたことを口にすれば、サッと彼は視線を逸らした。その反応は悪いことを見つかった子供と何ら変わりない。やっぱり約束を破って連れ戻しに来ただけなのだろうか。ジト目で責めるように見つめれば、クロ様はのろのろと視線を戻した。
「アンシュが、不安になっているような感じがしたから」
「私が? え、そんなことわかるの?」
「番とはそういうものだ。番パワーという」
いや、それは絶対嘘でしょ! そんな話聞いたこともない! てか、そのネーミング適当過ぎだし!
いろいろ突っ込みたい気持ちはあるけど、クロ様が私のことを心配してくれたのは確かだし、結果的に助かったのだから、今回は大目に見よう。
「クロ様、来てくれてありがとう」
「いや……アンシュを守れてよかった」
ギュッと抱き締めてくるのは誰よりも強くて、権力もある大人で。そんな相手が、私の愛を欲しているただ一人の男、というのがまだ少し信じられない。
だけど、別に彼の愛を疑っているわけじゃない。この四年間、絶えず私に愛を囁いて、私以上に子供のように構ってほしいと強請る。子供の戯言のような提案も真剣に聞いて、国の為になるのなら受け入れてくれる。
ちゃんと私を子供ではなく、一人の人間として……ルルアンシュとして見てくれる一人の男性だ。だから、多分、私はクロヴィス様が好きだと思う。恋なんてしたことがないし、はっきりとは言えないけれど。でも、王子様相手には感じなかったドキドキが、クロ様相手だとずっとしている。
格好いいし、可愛い。自分のことで必死になって、愛を請う彼に愛しさが込み上げてくる。
「クロ様」
だから、甘い声で名前を呼んでみる。顔を上げた彼の頬に自分の手を添えれば、自然と顔を近付けてくれた。無意識なのだろう。だからこそ、クロ様が私を愛してくれているのだと実感できる。心を、私に預けてくれているのだと。
彼の純粋なその愛に少しでも応えるために、私はそっと顔を寄せた。彼が唯一守ってくれている唇へのキスを、私の愛を込めて贈る。
「大好きだよ、クロ様」
触れるだけの幼稚なキスだけど、それはまあ十歳だから許してほしい。その代わり、自分ができるありったけの笑顔で囁けば、クロ様は唸るようにして身をソファーに沈める。顔を片手で隠してしまったけど、覗く耳は赤く染まっていて、私の言葉はきちんと伝わったみたいだ。
「照れてるクロ様かわいい」
「勘弁してくれないか、アンシュ」
「もう一回する?」
調子に乗って問いかければ、手から目だけを覗かせて私を見つめてきた。その黄金の瞳が僅かに熱を帯びていて、ゾクリと悪寒のようなものを感じ取る。
「私は大歓迎だが、歯止めが効かなくなる。それでも?」
「…………へ?」
「アンシュはまだわかっていないようだな、番相手に、基本理性はもたない」
あ、これヤバいやつ。
血の気が引く感覚を覚えながら私は身を引こうとする。けれども、まあ案の定背中までがっちりクロ様の腕で捕らわれている私は逃げられるはずもなく。
数え切れないほどの濃厚な口付けに小さな体はすぐさま降参を告げたのは、言うまでもない。
思ったよりすっきりした終わり方になりましたが、両想いになった二人をかけて満足です。
もし需要があるならもう少しだけ大きくなった二人の話とかもいつか書ければと思います。