小学生「あそこにひとがしんでるの!」
ある夏の暑い日、学校から帰宅中の僕に、小学校低学年くらいの二人組の女の子はこう言った。
「あの、あそこにひとがしんでて……」
「ふーん、そうなんだぁ」
……。
…………。
……はぇ?
理解するのに時間がかかった。いや、ごめん、やっぱり意味が分からない。
「あの、おにいさん?」
「……あ、ごめんね。よく聞こえなっかったから、もう一度教えてくれない?」
その時の僕は、まだイヤフォンを取っている最中だった。だからきっと聞き間違いだろう。……そうであってくれ。
「あそこにひとがしんでるの!」
ですよね~。そうだと思ってましたよ……。
女の子は指を差すと、震える声で、あれ! と言った。
嫌だな~、見たくないな~、音楽聞きたいなあ……。でも見逃すのはなあ……。
僕はおそるおそる顔を上げて、ビクビクと目を細めながら女の子の指の先を見た。
そこには血が飛び散り、虚ろな目をした無残な死体が転がっていて……。
「ごむ、てぶくろ……」
女の子の指先に見えたのは、薄だいだい色のゴム手袋だった。
……。
………。
…………はぇ?
理解するのに時間がかかった。いや、ごめん、やっぱりわからない。
道の端に置かれていたのは、食器洗いの時によく使う(そしていつか臭くなる)ゴム手袋だ。
それが、この女の子たちには死体に見えたということなのか……?
「今の小学生って想像力豊かだなあ……」
「ねえ、おにいさん。だいじょうぶなんだよね?」
「あ、うん。えと、あれ、ただのゴム手袋だよ……」
「よかったー、いきてたんだねー」
どういうことだよ。
「ねー!」
共感できるのかよ!
「あーうん、もうなんでもいいよ」
なんだろう、今日一日で一番疲れた気がする。
なんならシャトルランの方が幾分かマシな気さえする。
僕はなぜか異様に乾いた喉をお茶で潤して、
「それじゃあね。気を付けて帰るんだよ」
と軽く手を振って早々に立ち去ろうとする。
すると、一人の女の子が、「とーせんぼ!」と言って僕の前に止まった。
僕が首を傾げていると、女の子はにかっとお日様のように笑う。
「おにいさん、おしえてくれてありがとう!」
「……」
そう女の子にお礼を言われ、僕のさっきまでの疲れが一気に吹き飛んだ。
ゴム手袋を死体と間違えたからなんだというのだ。小学生らしくてかわいいじゃないか。
僕は「いいよ別に」と言って、女の子の横を通って行った。
……その日の夜、僕は血だらけのゴム手袋に追いかけられるという、なんともかわいくない夢を見ることになるのだった。
だいぶ脚色してますが七割くらいはノンフィクションです……。