06_乱入者
鋼鉄の舞台では激しい打撃戦が繰り広げられている。
センスはゴローに分があったが、打ち合いが続いたことで互いに相手の癖を掴み始めていた。
「やり難くなってきたな……ん?」
その時、入退場用のゲートから、トカゲ男の軍団が雪崩れ込んできた。
「どっちが『レイダー』か分かんねーけど、かかれーっ!」
「どっちかは『レイダー』なんだ! とりあえずどっちもやっちまえ!」
地下闘技場のオーナーと同じ種族であろう軍団に、ゴローは察した。
「マジかよあいつら!? まだ終わってねーだろうが!!」
イベルタリア王国最大の興行であるメタルバウトという表舞台に顔を出す以上、地下闘技場の追っ手に見付かるのは予想できていたが、試合中に襲われるとは思っていなかった。
対戦相手から通信が入る。
「こいつらは君の客か?」
(『君』だぁ? 野郎、最初のはやっぱ挑発か)
相手の講釈の意図を確信するが、それ以上の感情は今は置いておく。
まずは現状を打開するため、ゴローは通信機のスイッチを入れた。
「さあな。だが今日この時間に来客の予定はない。お前もそうだろ?」
「……ふっ、違いない!」
「ノーアポじゃあ追い返されても文句言えねぇよなぁ!!」
向かい合っていた二機がそれぞれ背を向け合い、群がる地下闘技場の刺客を蹴散らし始めた。
予想外の乱戦に客席が沸く中、外へと駆け出る男が一人。
自警団団長、ヘンドリック・ラスティーヤだ。
ヘンドリックは駐機スペースに停めてあった犬闘機に乗り込むと流れるように起動させる。
「緊急事態だ。全自警団員は大闘技場に急行。犬闘機隊は戦闘準備。歩兵は観客の避難誘導だ。急げよ!」
手短に通信を行うとヘンドリックは機体を搬入口へと走らせる。
「さて、ウチの新人に手ぇ上げたんだ。覚悟してもらおうか!」
いくら犬闘機とは言え多勢に無勢かと思われたが、意外にも二人は善戦していた。
武器を持たない犬闘機では対処しきれなかっただろう。
だが最早試合のルールなど関係ない。
ゴローはリングに使われている鉄板を引き剝がし、振り回していた。
鉄板をヘラのように使い、リングからトカゲ男たちをまとめて押して落とす。
「間違いない、あの妙な戦い方をする方が『レイダー』だ! 奴に『あれ』をぶつけろ!!」
前線に出てきたオーナーはゴローの乗機を見極めると、新たな指示を飛ばす。
程なくして少しずつ、地響きに、振動に気付いた者達が道を開ける。
外の音が軽減され、肌で振動を感じられない犬闘機の中にいるゴローがその存在に気付いた時には、『それ』は入場口を飛び出していた。
犬闘機と同等の大きさを持つ体躯だが、その外観は筋肉としか言いようがない。生身の生物だ。
それどころか大きく、肌が赤く、頭部に角を生やしている以外は人間と変わらないように見える。
「こいつ――は」
ゴローの頭に、転移してすぐ対峙した巨人の姿がフラッシュバックする。
完全に無防備な姿を晒したゴローの犬闘機を、『それ』は着地する勢いのまま殴り飛ばした。
「ぐあっ!!」
持っていた鉄板ごと大きく吹き飛ぶゴローの犬闘機。
その時、ゴローの背後の入場口から新たな影が躍り出た。
犬闘機の主脚装甲の裏(人間で言うふくらはぎの部分)と副脚には走行装置が内蔵されている。
主脚を機体前方に伸ばし、副脚で背を支えるような『走行形態』を取ることができ、極端な悪路でなければ『歩行形態』を遥かに凌駕する速度を得られるのだ。
高速で現れた走行形態の犬闘機は、歩行形態に変形しながら跳躍すると、飛ばされているゴローの犬闘機を空中で受け止め着地する。
「ゴロー、無事か?」
「あんた、自警団団長の! ……団長!」
「ヘンドリックだ。しかしまさか『赤鬼』とは、スクランブルかけて正解だったな」
そう言っている間に再び赤鬼が飛び掛かってくる。
しかし今回は助走が無かったためか先程より遅い。
ゴローとヘンドリックはそれぞれ赤鬼の左右に分かれて避けた。
「バッドオーガって種族なのか、あいつ」
「種族? 寝ぼけてんじゃねぇ。あれはただのモンスターだ」
「お? おう、なるほど……」
とりあえず納得したが、ゴローには区別がついていなかった。
(喋れるとか喋れないとか、そんな感じか? ってことは、『あいつ』は喋ってたから……)
「行ったぞ、ゴロー!!」
足を止めたゴローにヘンドリックが注意を促す。
だが今度はゴローも見えていた。
真向から赤鬼の拳を受け止める。
「うおっ! なんだこのパワー!? 止まんねぇ!!」
想像以上の膂力に意表を突かれたゴローは、止めるのを早々に諦めて受け流した。
「その無茶は誉められないが、迎え撃ったのは正解だ!」
バランスを崩した赤鬼に背後から迫ったヘンドリック機の右腕装甲から刃が飛び出す。
握りが無いパタのようなその刀剣で赤鬼の脇腹を切り裂いた。
しかしその傷は決して深くは無い。
「モンスターは見境ないからな。スリークも聞こえてるな!?」
「はい、団長!」
ヘンドリックの呼びかけに応えた声は、決勝戦の対戦相手だった。
「もうすぐ他の団員が到着する。だがそれまでの間、観客を守れるのは俺達だけだ。しっかり引き付けろ!」
「了解!」
「あいよ」
幸いトカゲ男の軍団は巻き添えを恐れてか全員撤退している。
赤鬼だけに集中できる状況だが、その力は犬闘機三体がかりでも容易に抑え込めるものではないだろう。
脇腹から血を流した赤鬼は、その傷を意にも介さず襲ってくる。
これを三人とも避けるが、ゴローは即座に側面から赤鬼の首めがけてフライングラリアットを仕掛ける。
相手が倒れないことを確認するや、首を軸に慣性で背後を回ると、赤鬼と同じ方向を向いたところで首に回していた腕で後頭部を掴み、フェイスクラッシャーに移行した。
顔面から鉄板に叩きつけられた赤鬼は、刺さった角が抜けずにもがく。
「スリーク! これを使え!」
ゴローの攻撃の隙に、ヘンドリックはコックピットブロックの両脇に搭載された二本の直剣の片方をスリークに手渡す。
直剣は刃渡り二メートル程で、犬闘機なら片手で扱えるほど小振りだ。
「ゴロー! お前もだ!」
「いいのか!? 一度使ってみたかったんだよ、こういうの!」
ヘンドリックが差し出したもう片方の直剣を、ゴローは嬉々として受け取る。
「何ぃ!? お前これだけ闘えるのに剣習ってないのか!?」
「ちょいと事情があってな」
刃渡り二メートルは、人間サイズの縮尺に直しても完全に銃刀法違反だ。
「ま、使われてるのはよく見るし、なんとかなんだろ!」
「……お前のセンスを信じるよ」
「団長! 来ます!!」
スリークの喚起で赤鬼に目を向けると、角が抜けないままの鉄板ごと引き剥がして立ち上がるところだった。
赤鬼は二、三頭を振ると、上から鉄板を掴み、角を起点にちぎってみせた。
「へっ、効いちゃいねぇってか!」
ちぎった鉄板を振りかぶって突っ込んでくる赤鬼を、三機が迎え撃つ。
直剣による攻撃は、硬い外皮に少しずつ傷をつける。
打撃より分かり易く、視覚的にダメージが見て取れるのだが、それ故に全く動きが衰えない赤鬼のタフさが、三人を精神的に追い込んでいった。
そしてついに、甲高い音を響かせ、直剣が鉄板を滑る。
スリーク機が赤鬼の一撃をまともに受け、観客席まで吹っ飛ばされたのだ。
「スリーク! しっかりしろ!!」
ヘンドリックは檄を飛ばしながら、ルーキーに赤鬼の相手はまだ早いことも理解していた。
この日まで自警団で犬闘機による戦闘訓練も行ってきたが、モンスターとの実戦はこれが初めてな上に、今日はここまで決勝を含めて三連戦している。
最早体力、気力、魔力、そして機体の全てが限界で、動けるはずがないのだ。
案の定、スリークからの返事は無い。
(なのに、シードのスリークより一戦多かったこいつは何故まだ動ける?)
確かにヘンドリックがカバーに入ったのはゴローの方が多かった。そのためゴローは継戦能力を温存できているのだろうが、限度がある。
「おいおっさん! さっさとそいつを運び出せ!」
ゴローが通信でヘンドリックに呼びかけるが、その声からは明らかな疲れが読み取れる。
今ヘンドリックが戦線を離れたら、ゴローはどれだけ持つだろうか。
「馬鹿言え! お前に赤鬼は重過ぎる!」
言っている間に放たれた赤鬼の前蹴りが、ゴローとヘンドリックを隔てる。
またもゴローを狙う赤鬼は、スリークとヘンドリックに背を向ける形になった。
「奴さんは俺と踊りてぇとよ!!」
事実、赤鬼の攻撃対象には偏りがある。
ヘンドリックがゴローのカバーに入った回数が多いのは、ゴローが狙われる回数が多かったことに他ならない。
「……仕方ない。頼む!」
ヘンドリックは機体をスリーク機に隣接させ、スリークを自機のコックピットブロックに移す。
「任せとけ。いい予行練習だ!」
どちらにせよ、ゴローがこれだけ吠えられている今が最後のチャンスだろう。
『予行練習』の意図するところはヘンドリックには分からなかったが、考えている暇はない。
「すぐ戻る!」
「ゆっくりでいいぜ」
走行形態に変形したヘンドリック機は土煙を上げながら大闘技場を後にした。
残されたのは、鋼鉄の舞台で相対する二体。
「さぁ、タイマンだ。かかって来いや! デカブツの代わり!!」