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犬闘機  作者: みっぱ
01_犬闘機
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03_起動

 一ヶ月後。

 犬闘機バトルトーナメント『メタルバウト』の予選会が国を代表する興行施設、大闘技場で開かれていた。


 ここ、人間の国『イベルタリア王国』は大きく三つの区画に分けられる。

 ひとつは城。王城であり国の中心に位置する。

 そして貴族街が城の周りを囲んでいる。人類が生き延びるために不可欠な犬闘機の生産は貴族街で行われているため、貴族街に他種族が足を踏み入れることは許されない。

 貴族街の外縁には防衛戦を想定した城壁が建てられており、その外周に平民街が広がっている。

 平民街も壁に囲まれているが、こちらは戦闘ではなく単にモンスターの侵入を防ぐためだけのものだ。

 人類最大の興行である『メタルバウト』の会場、大闘技場もこの平民街にあり、貴族街と違い様々な種族が観戦や貿易に訪れて賑わっている。


「起動確認! よし! お前が十人目の戦士だ!!」


 予選の内容は単純。犬闘機を起動できれば合格だ。

 千人は集まったであろう予選会と言う名の起動試験を難なく突破し、決勝トーナメントに駒を進めるゴロー。


「お疲れ、ゴロー」


「おう! 何か安心したぜ。そうだよな、やっぱこれ動かすのムズいよな」


 ゴローはエントリーが遅かったため既に九割がたの参加者が試験を終えていた。にも拘らずまだ十人しか合格できておらず、その中に残れていることはゴローの自信になった。

 犬闘機は魔力を送り続けることで操縦者と機体を繋ぎ、機体の隅々に行き渡った魔力が拡張された神経となり操縦者は感覚的に機体を動かすことができる。

 しかし機体に張り巡らせている魔力は主動力も兼ねており、それが約五メートルにもなる巨体を動かすほどともなれば相応の魔力量が必要になる。そのため多量の魔力を持つ種族にしか犬闘機を操縦することはできない。

 それは、裏を返せば一部の例外を除き人類専用の兵器ということに他ならない。


「まぁ、イベルタリアに来た記念に犬闘機の操縦席に乗ってみたいっていう他種族の参加者が多いのもあるけど、そもそも平民街には起動のコツを教えられる人が少ないからね」


 貴族街で製造された犬闘機は、そのまま王国軍に配備される。

 王国軍は犬闘機の製造拠点である貴族街をモンスターや他種族から守るために貴族街外壁に戦力を集中配置しており、基本的に平民街の住人や他国からの来訪者が犬闘機に触れる機会は無い。

 一応人間であれば購入することも可能なのだが、とても現実的ではない値段ゆえに平民街に起動のコツやノウハウを知っている者は殆どいないのだ。

 だが年に一度の一大興行である『メタルバウト』では王国軍から払い下げられた旧世代機が決勝トーナメント進出者全員に一機ずつ貸与され、優勝すれば共にトーナメントを勝ち抜いたその機体がその場で優勝者のものとなる。

 これは平民街の住人が犬闘機を手に入れる唯一と言っても過言ではないチャンスであり、まさにそれがゴロー達の目標だった。


「お? まだ六枠も空いてんのかよ。しゃーねぇな。喜べお前ら、三人とも参加できるぞ! 行ってこい!!」


 会場を後にしようとしていたゴローは急な大声に振り返る。

 そこには街中であるにも拘らずレザーアーマーを着込んだ一団がいた。声の主は一団の先頭に立つ大柄な壮年男性で、彼の一声で集団から三人が抜け出るところだった。


「どうしたの?」


「いや、ちゃんと犬闘機に乗るための養成所みたいなのもあるんだな、って」


「あはは、うん、確かにそう見えるかも」


「違うのか?」


「あの人たちは自警団。王国軍は貴族街の警備までしかしないからね。平民街で何かあった時に対応する組織をあの人が作ったの。団長!」


 エシュカの声に反応したのは先程三人を送り出した大柄の男だった。


「おう、お嬢じゃねーか! 今年の新人も頼むぜ!」


 団長と呼ばれた男は人込みからエシュカを見つけると片手を挙げながら近付いてきた。


「ゴメンね団長。今年はこいつが取る予定なんだ」


 エシュカに背を押され、団長の前に進み出るゴロー。


「どうも、ゴローです。ちょいと入り用なんで、優勝は貰います。ヨロシク」


「ほう、随分太々しい野郎だ。活きの良いのを見つけて来たな。俺はヘンドリック。自警団の団長をやっている。宜しくな」


 ヘンドリックは口元に笑みを浮かべながら名乗ると、ゴローに右手を差し出す。

 躊躇なく応じるゴロー。するとヘンドリックの目と手に力がこもる。


「で? お前さんお嬢の何なんだ?」


「さぁな。奴隷にでも見えるかい?」


 不敵に笑いながらゴローも負けじと握り返す。


「ちょっと待ってよ団長! そんなんじゃないって!」


 その異様な雰囲気に危険なものを感じ取ってか、エシュカが慌てて割って入った。


「こいつはあたしにでっかい借りがあるの。だからあたしのために働いてもらうってワケ」


「なんだ、じゃあ言う通り奴隷に見えるな!」


 ゴローの煽りが自身を正確に言い表していたことの間抜けさに、ヘンドリックの口元だけに浮いていた笑みが顔全体に広がった。


「エシュカてめ! そんな簡単に人の弱み喋んじゃねぇ!」


「それが嫌ならその誰彼構わず噛み付きに行くのやめなさいよ!」


「先にかかって来たのはこのおっさんだ! クソ! いい加減放せ!」


 既にゴローの手から力は抜けているのに握られたままのヘンドリックの手を振り払う。


「はっはっは! 分かった分かった! まぁお嬢ももういい頃だろ! じゃ、明日の決勝はウチの連中共々よろしくな!」


 二人をからかうだけからかって、ヘンドリックは自警団の団員たちの下へ帰って行った。

 その背を睨み、二人は決意を新たにする。


「ゴロー」


「ああ、絶対勝つ」




 翌日。

 同じく大闘技場で『メタルバウト』決勝トーナメントが始まった。

 用意されていた予選の通過枠は十六。しかし発表されたトーナメント表には十四の名前しか載っていなかった。


「今年も埋まらなかったのね」


「自警団の奴らが誰か分かるか?」


「名前は分からないけど、自警団が犬闘機での戦闘訓練を行ってるのは大会運営も知ってるから、シードの二枠はまず間違いないでしょうね」


「ちっ、そういうコネもアリかよ」


「ゴロー、ちょっと乗ってみて」


「ん? 何すんだ? 調整や改造は禁止なんだろ?」


「そ。でも修理は禁止されてない。払い下げの中古品だもの、過去にはまともに動かなくてその場で棄権なんてこともあったんだから」


 エシュカはスカーフのように首に巻いていた赤いバンダナで自身のウェーブがかった金髪をまとめると、同じく首から下げていたゴーグルをバンダナの上に持ってくる。ここ一か月見てきたエシュカの仕事モードだ。


「だから団長に頼まれて、毎年自警団の新人にはあたしがサポートに付いてたの。この街で一番この子たちに詳しいあたしがね。でも今年は違う」


「なるほど。ま、そういうコネもアリだよなぁ」


 ゴローは機体の頭部後方にあるハッチを開け中に入ると、シートに身体を納める。

 セーフティバーを下ろすと、連動して背もたれの両脇のパーツが肘の高さで前方に倒れる。その先端には操縦桿が取り付けられていた。

 操縦桿と銘打ってはいるが、驚くほどシンプルな見た目のそれを握りこむ。


 犬闘機は搭乗者の魔力で動力も命令信号も賄っている。

 つまり犬闘機の操縦桿に求められるのは、搭乗者の魔力をできる限り高純度高効率高速度で機体に伝えることだけなのである。

 犬闘機の起動には機体全身に張り巡らされた魔力伝達回路に余すことなく魔力を通さねばならないのだが、魔力量の多さだけでなく、自身が犬闘機と繋がった上で全身にくまなく魔力を流すイメージをしっかり持てないと上手くいかないため、人間だとておいそれと起動できるものではない。

 そのため毎年決勝トーナメントは定員割れになるのだった。

 

 そしてこの一か月間、ゴローはエシュカに教わりながら起動プロセスの反復練習に集中し、素早くとはいかないが起動に失敗することはない程度にまで習熟した。

 目を瞑り、頭の中で犬闘機の外観を構築する。

 手から操縦桿へ、操縦桿からシートへ、シートから中枢回路へ、中枢から末端の魔力伝達回路へ、魔力の波紋が広がっていくイメージを固める。

 操縦桿を握る手に魔力を集中したら回路の抵抗で止まらぬよう機体全身に向け、一気に放つ!


「犬闘機――起動!!」

挿絵(By みてみん)

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