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あなたは生きてて楽しいですか
何で勉強なんてしないといけないのか。
学生時代の内に誰でも一度は考えたことであろう。
しかし、この考えの解にたどり着いた学生はほとんどいないのではないだろうか。
このような子供の時に分からなかった答えは大抵大人になったら分かるものだ。
いやというほど後悔して、過去の自分に憤慨して、自分と過去を振り返り戦うことで大人になってゆく。
大人になれば成ほど人として成長する。
だが、自分としては成長できていないことに気づけない。
そして何も分からなくなった時、極論に辿り着くのだ。
「俺って何のために生きてるの?」
「 誰もいない原っぱに寝っ転がりたい」と、思い始めたのは何年前からであろうか。
人っ子一人いない原っぱは、寝っ転がってもチクチクとした不快感を与えず子気味よく切りそろえられている。そして空は決して快晴とは言えない天気だが、吹く風は鼻の頂点をくすぐるぐらいがいい。
そう妄想を膨らませててはいるものの、そんな場所ある訳ないし、もしあったとしても行くのは少し面倒だ。
人間はなぜ楽しみな予定を立てている時は痛快無比のような感じなのに、予定が近づくにつれて面倒になってくるのだろうか...まぁこれは俺だけかも知れないが。
こんなどうでもいいことを考えながら毎日登高、もといサボりに出掛けているのだ。
俺は高校が嫌いだ。
あそこにいると自分が自分で無くなってしまいそうで怖い。
誰にでも愛想笑いをし、友達という名の他人に話を合わせる。
それの何が面白い?という疑問が脳を蝕んでいく。
ただ怖いという感情だけで学校をサボってもいいのだろうか、という疑問は「どうせみんな死ぬ」という極論で片付けて放置している。
だから、というには説明が足りないような気がするのだが、だから高校にはあまり行かずサボることが多い。
親はというと、父親は単身赴任で北海道。母親は会社員なので家を出る時間が被るので、俺は家を出る時だけ制服を着て、最寄駅のトイレでバックに入れていた私服に着替える。
こんな感じで母親を騙しつつサボりに出掛けているという訳だ...まぁ、多分バレてるだろうが。
今日はどこに行こうか、スマホの画面と葛藤していると。
『大崎六幡宮』なんとなく目に付いた。
ここなら割と近いし1時間もあれば着くだろう。
バスの時間まで約30分か、時刻表を一瞥し、ベンチに座る。
俺はバスを待っている時間が好きだ。ぼーっとしていてもいいし、小説を読んだっていい。人間に平等に与えられたこの1日という時間の中で、1番と言ったら過言かもしれないが、2番目位には好きだ。
今日は何をしようか。
「ぐうあーーー」
こんな奇怪な声を上げながら身体を伸ばしている人間がいたら間違いなく変な目で見られるだろうが、今この場には人はいない。
流石に1時間近くバスに乗っていると背中や臀部が痛い。
痛みをほぐそうと身体を伸ばすとバキバキ、ギシギシと壊れかけのロボットの如き音が聞こえてくる。
身体をほぐして終わったので早速目の前にある鳥居をくぐる。
バスの中からでも見えていたのだが、かなり大きな鳥居であった。
参道を歩いていると正面に見えてきたのは階段であった。
「うわぁ」
思わず声が漏れてしまう程果てしなく長い階段だ。
これを登るのか。
ここまで来て帰るのも惜しい気がするので仕方なく登ることにした。
ああもう、何で神社の階段はこんなに登り辛いのか。
何段登った頃だろうか、足が猛烈に痛くなってきた所であったので150段辺りだろうか、それを見たのは。
なんとそこで俺が見たのは一人の少女であった。
ただの少女であったら特段驚かなかったであろうが、この少女はどんな神経をしているのだ、と疑いたくなる。
この少女は寝ていた。とても器用に寝ていた。奥行30㎝位の階段で寝ていた。
起こすべきだろうか?
そこで少し思案する、 今日の夕方のニュースに『少女が階段から転がり落ち死亡。一体何が!?』という報道がされるのは何だか居心地というか、もどかしい不快感に襲われそうなので起こすことにした。
まず肩を揺すってみる。起きない。
弱めにパンチをしてみる。起きない。
ほっぺをつねってみる。起きない。
うーむ、困った。このまま起きないとこの少女の貞操が俺によって奪われかねない。
仕方ない、上まで運ぶか。
見た感じだと登り切るまで80段といったところか。
踏ん張れ俺の身体、明日はいいことなくても死ぬまでにはいいことあるさ。
「はぁぁぁぁぁーーーーー」
疲れた、途轍もなく疲れた。
今までの人生の中で1番と言ったら過言かもしれないが、3番目位には疲れた。
何で疲れてるんだ?そもそもなんで疲れるということが起きる?なんで?なんで?
おっと、悪い癖だ。何でも考え込んでしまうのは。
しかしこの少女どうしたものか、放置していたら俺ではない誰かがこの少女の貞操を奪ってしまうかもしれない...まぁ、どうでもいいのだが、誰かにこの少女の貞操を奪われるくらいなら俺がやっても...。
なんてな、俺にそんな度胸も無ければ体力もない。
「なんだ、何もしないのね。」
喋った、というより起きてたのかよ。
「起きてたのか?」
「ええ、途中からね。安心したわ。あなたが一人で私の貞操がどうとか話してる時は恐怖で目を開けられ無かったから。」
声に出てた!?
「まぁ、でも上まで運んでくれたしお礼に胸くらいなら触らせてあげたのに。何もしないのね。」
そこで気づいた。俺は面と向かってこの少女を見れていなかった時には気づけなかったこと。
この少女はかなり美人だ。
髪は肩口より少し長いくらい。顔は整っていて、パッチリとした双眸に長い睫毛。身長は決して高いとは言えないものの、女子にしてはかなり高い。そして極めつけは、豊満な胸。これでどれだけの男を魅了してきたのだと疑いたくなる。
「あーあ残念、どーてい君はせっかくのチャンスを無駄にしちゃった訳だ。」
「童貞で悪かったな、じゃ俺行くから。」
この女、俺がせっかく運んでやったのに...せっかく運んでやった?俺が勝手に運んできただけじゃないか。俺は何をしてたんだ、全く。
「待ちなさい。」
「なんだよ、俺は忙しいんだ。」
「忙しい訳ないじゃない。今はまだ10時よ?こんな時間に参拝?随分いい職業に就いているのね童貞は。それとも、あなたは社会不適合者のレッテルを貼られたニートなのかしら?童貞。」
「たしかに社会不適合者予備軍ではあるが俺はまだ高校生だ。それと童貞って二回も言うな!これじゃまるで俺が童貞みたいじゃないか!」
童貞だった。童貞どころか生まれてこの方、彼女もできたこともなかった。悔しい。童貞じゃないとしか反論できない自分が憎い。
「あら、それは失礼なことを言ってしまったわね。人を見かけで判断するのは悪いことよね。」
「いや、いいんだ。それよりなんで引き留めたんだ?」
これ以上の童貞詮索を避けさせるために話題を変えよう。
「私とお話ししていかない?」
「なんで、というかお前どう見ても俺と同い年位だよな?何でここにいるんだ?」
「お前、と言われるのは無性に腹が立つのね。私は日花楠見。あなたは?」
「俺は、橘希美...」
「ぷはっっっ」
こいつ、笑いやがった。
その時見たこの少女、日花楠見の顔はずっとわすれないであろう。こんないい笑顔見たことない。
「ごめんなさい。あなたの名前が可愛らし過ぎたので...ふふっ。ごめんなさい。」
「いいよ、慣れてる。」
いつものことだ、そう言うと彼女は一瞬悲しそうな顔をしてもう一度「ごめんなさい」と頭を下げた。
彼女も悪い奴じゃないみたいだ。
「それで、先程の質問の答えなのだけど」
「端的に言えばあなたと同じだと思うわ。」
正直に言えば気づいていた。最初に日花楠見に出会った時から。彼女は俺と同じ気がしていたのだ。
「そうか。」
俺は心地よかった。同士が見つかった喜びよりも、この日花楠見という奇妙で可愛い少女に出会えた。それが何より嬉しかった。
「私もあなたの答えを聞いてないわよ、橘希美。」
「私とお話しをしていかない?」
答えなんて聞かれた時から決まってる。
「ああ、いいぜ。何時間、何日とでもお前...じゃなくて日花となら話せそうだ。」
「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃないの。」
「今夜は寝かさないわ、橘君。」
「今10時なんだろ?無理だろそんなの」
不思議だ、この少女には話を合わせなくてもいい。愛想笑いなんてしなくていい。俺は人生で初めて本物の友達ができそうな予感がしてきた。
「いいぜ、とことん付き合ってやる。」
それから色んな事を話した。
なんでサボるようになったのか。親にはどう話しているのか。高校はどこなのか。
「へぇー、一つ星高校の生徒がサボりとな。」
一つ星高校。それは県内屈指の進学校グループ『スタースクール』の一つで、計5校あるスタースクールの中で一番の進学校である。
何でも、その高校に進んだ生徒の8割は誰もが聞いたことのあるような大学に進むのだとか。
「じゃぁ、尚更なんでサボってるの?」
これは純粋な興味だ。
一つ星高校の生徒がサボる理由。ただ単純にその話題への興味。
「橘君。高校という場所はなにも勉強だけじゃないのよ。あなたなら分かるはずよね?」
「私はね、学校というか、この世界が嫌いなの。」
「ああ、なんだ。日花は俺と一緒なのか。」
他人が嫌いで、気を使うことが嫌いで、嫌いが重なって行くと次は不安に変わる。
不安は自分の心を、身体を蝕み、やがてすべてがイヤになる。
「本当はこんなんじゃ無かった筈なのよ。でもいつだったかしら、学校に行くのが怖くなった頃。私は何の為に生まれてきたの?って思った。勉強していい大学に行って、いい会社について、いい給料をもらって、これの何が楽しいの?なんで他の人はこんなにも辛い事を頑張れるの?私は全てを疑った。」
日花楠見という少女は苦しんでいた。
俺の何倍も。
「こんな世界滅びてしまえばいい。」
この少女は滅びを求めた。
そんな願いなんて叶わないと知っていても願わずにはいられなかったのだろう。
「でもさ、生きている限り何かにはならなくちゃいけないんだよ。必ず。」
「生きてる限り、ね。」
「ねぇ橘君。あなた私と死んでみない?」
「え?」
その言葉を聞いた途端、寒気が止まらなかった。
死んでみない?という言葉。これに含まれた彼女の思い。
いや、想いが俺の身体、内臓を撫でまわしたように感じた。
「実は今日ここに来たのは自殺祈願のためだったのよ。『無事に私が自殺できますように』ってね。」
「じゃぁ、階段で寝てたのはまさか...」
「あなたみたいな優しい心中相手を探すため。」
なんて奴だ。『生きている意味が分からないから一旦死んでみます。』なんて、どう考えても頭がおかしいとしか言いようが無いじゃないか。
「お願い橘君。私と死んで。」
そう言った瞬間、彼女の唇が僕の唇に重なった。
状況がわからない。なんでこいつは...
考えさせない。とでも言うように彼女の舌が僕の口内に侵入してくる。
口内の隅々まで舐めまわされ、犯された。
「ひゃひおしゅうふゅ」
うまく話せない。
どうやったらこいつを止めらる?
僕は男で、こいつは女。なのになんで逆らえない?
次は手だ。彼女の手が僕の体を触り始めた。
彼女の手は遊び場を探すように僕の身体をぐちゃぐちゃにした。
彼女の手が男性器に触れそうになった瞬間。
俺は彼女の舌を噛んで、唇を離し、手を押さえつけた。
「な、何の真似だ!いきなり!」
まだ日花の味が残ったままだ。
朝食に甘いものでも食べたのだろうか、俺の口は甘い香りに包まれていた。
「一度死ぬ前に橘君の童貞を奪ってしまおうかと...ごめんなさい。嫌だったわよね。」
「嫌じゃなかったけどさ、こういうことは..あの..初対面の人とやるのはよくないかも...」
「そんなことより、私と一緒に死ねる?」
こいつ、俺の童貞奪おうとしやがった挙句、俺のファーストキス奪ったことがそんなことで済まされるのか?
「あー無理無理。まだ死ねない。」
「どうして?あなたすることなんてないわよね?」
「することなくても死ねないの。親に迷惑かけるし。」
「ふーん。まだ、ね。」
とんでもない疫病だ。こんな女関わるんじゃなかったぜ。
「あなた、スマホ持っているわよね。」
「ああ、持ってるけど、何?」
「ん」
彼女が無言で差し出してきたのは文字が書かれたメモ帳であった。
「連絡先か?これ」
「登録して」
「えー」
正直もう関わりたくない。
「今すぐ」
彼女がズイと顔を近づけてきた。
近い近い近い。寄るな!
俺の目に入ったものは彼女の唇だった。
ダメだ。さっきのことを思い出してしまう。
「早く」
「はいはい。分かりました。」
「ふふ、これで逃がさないわよ。一生ね。」
この心中女との関係はまだまだ続きそうだ。
私は楽しくない