ヒカル。奪われる
「ファ…お前…!」
「………黙っててゴメンね。ひー君…」
俺の嫁のクラスは、ハイペリオン【勇者】とステータスに記載してあった。
ハイペリオン? なんだか知らんが強そうだ。
しかもレベルも120とかあるし…え。もしかして俺の嫁の実年齢120歳?
そんな馬鹿げたことよりもだ、1番肝心なのは…!
「「「ゆ、勇者あァぁ~~~~~!?」」」
謁見の間は絶叫に包まれる。
「こ、国王陛下…陛下!陛下っ!? 早くお目覚めに…!」
宰相さんがまるでトドメを刺すくらいの勢いで王様を揺さぶっている。
「先輩!? 先輩の奥さん、勇者ってマジっスか!? すげえ!?」
「…勇者? 勇者ってあの?」
「…ママ、すっごく強いんじゃない? ソラ…」
「……ダディ」
周囲も混乱からか右往左往している。
俺もさっきから思考が追い付かない!
パキィーン!
今度は俺の背中からピンクの光が散った。
案の定、俺の背後にはルフルが片手を持ち上げた状態で固まっている。
「…ふむ。数舜は余でも動きが止められるか…! やはりその方のスキル…厄介だな。無意識でもお構いなしか…しかし、所詮は護身にしか使えぬ。余の脅威とは値せぬな…」
「あんた! またパパを!?」
「…殴る!」
「おい!? お前ら手を出すな! また弾かれて終わりだぞ!」
俺の声が届いたのか、さっきの出来事に軽いトラウマを覚えたのか、ドレミとソラの動きが止まる。
「…ほう? 思ったよりも冷静な男なのだな。弱過ぎる点さえ目をつぶれば、そう悪くはないのかもしれん…オーガの小娘らも控えるが良い。余は場所を譲って欲しくてこの者の肩を叩いただけだ。まあ、能力差で予想外にも攻撃扱いされてしまったようだがな? フフ…さあ、そこをどいてはくれまいか…」
ルフルは俺の胸をそっと手の平で押してどける。
もはや彼女の視線は一点へと注がれている。
「…さて、余は悲しいぞ? か弱い婦女子に向けてそんな怖い顔をしないで欲しいものだな」
「か弱い? 冗談でしょう。…今度ひー君に手を出したら本気でぶっ飛ばすからね…!」
「ハハハ!怖い怖い!…いや愉快だ!…許せ。余に向かってそのような言葉を吐いてくれる者はいないものでな? …しかし、その方にそこまで言わせるこの男…一体何者なのだ?」
チラリとルフルが俺に視線を向ける。
そこにはもはや嘲た表情はなかった。嫉妬すら生温い極寒の視線だった。
「……私の夫よ」
「…夫? よもや夫婦だと言うのか! …嘘を吐いている目でない…まさか本当なのか…!」
その発言に、ファがステータスを公開した時以上の悲鳴が上がる。
ひとつは、俺をまるで変態親父のように見る少数の視線。
何故かエルフ達からその視線を感じるが、お前ら俺の嫁さんだって知ってんだろ!?
もうひとつの多数が黄色い悲鳴。女傭兵達が身をよじらせている。…何故?
「フフフ…ッ! オーガの娘に勇者を伴侶として持つ男か…女神が意図したことであろうが、実に奇譚だな」
「…で? アンタ、さっきから偉そうだけど誰なの?」
「…余としたことが。興奮するあまりに礼を失していたな。改めて名乗ろう!余はルシル・ファーフィールド。…その方と並び立つ者だ…」
そう言って敬礼するように右手を左胸に添える。
…ははっ。嘘だろう?
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名 前 ◆ ルシル・ファーフィールド
クラス ◆ グロウキメラ【魔王】
レベル ◆ 200
ヘルス ◆ 55
フィジカル ◆ 55
エレメント ◆ 55
サイコ ◆ 55
※スキル※ ◆ 【魔眼】【絶氷】【戯れ】【七星】
あなたは、【七星】を失わない限り無限に復活します。
所属:ファーフィールド第三王女・七星騎士団
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本当にラスボスじゃあねえか!
というか魔王って、まんまじゃねーか!?
「…魔王、ね」
「ああ!生まれてこの方…余もここまで気持ちが昂ったことがないぞっ! 生まれながらにレベル100を超え!何をしても皆余にはついてこれぬっ!しかしだ!やっと…やっとだ!諦めかけていたが、女神とやらも余の望みを叶える気になったらしい…」
前のめりになったルフルは目にもとまらぬ速さでファの両手を取った。
「勇者よっ! 余のものとなれ!」
「…えっ」
数舜の沈黙が訪れる。
ええぇ~~~!?
俺の嫁に向かって何言ってやがる!?
「ハハハ…余もまるで恋物語に憧れる童女のようだ! 建国の祖のように魔王と勇者が巡り逢えたとは…! 余と並び立てる者はもはや現れぬだろうと諦め、その慰めに戦場を駆け回ってばかりいたが…ようやく報われる!」
「…………」
まるで別人のような表情を浮かべるルフル。
というかいい加減、俺の嫁から手を離しやがれ!
「おい!あんたさっきから何勝手なことを言ってんだ!?」
「そうだそうだ!流石に王族だからって他人の嫁?さん欲しがるなんてヤバイっスよね!?」
「ママから離れてよ!」
「…マミィ!」
俺達がルフルに詰め寄ろうとしたその瞬間だった。
「……余の、邪魔をすると?」
ルフルの眼が赤く染まる。
極寒の風がその場を吹き渡った。
!? 身体が動かない…!?
こ、氷だ…! いつの間にか氷の膜が俺達全員を覆っているんだ!
ヤバイ! このままじゃあ息が…!?
「やめてっ!」
「…………」
その言葉と共にパリンッ!と体を覆っていた氷が砕ける。
…死ぬかと思ったぜ。
「……器の小さな女と笑ってくれて構わん。返答は…?」
「…………」
ファは何かを考えこんだような表情をした後、ゆっくりと口を開いた。
「…いいわ! …貴方のものになりましょう」
「…そうか!そうかそうかっ!そうであろうとも!ついに我が世の春が来た…!」
「なあっ!?」
「ママ!?」
「…マミィ」
「ええっ!?」
「チョット!アニキ! モスカワ主任の奥さん?オッケーしちゃったけど!? どうなんの!?」
ファ…!? どうして!?
「…ただし、条件がある」
「条件だと? 何でも申すが良い! 余に叶えられるものならなんでもお前に与えようぞ! 何を欲っする? 地位か? 名誉か? 黙っていてもお前は王配となる。直ぐにでも玉座に腰を掛けたいのならば直ちにお前の為の椅子を用意しよう…!」
ルフルがギョロリと王様の居る玉座を睨む。
王様と宰相が一緒になって飛び上がる。
「…そんなものは望まない。私が課す条件は、貴方が転生者を今後害さないこと、自由を保障すること…それだけよ」
「なんだ!そんなことで良いのか? 余はお前以外を歯牙にもかけてはおらぬわ!そうだ。お前が望むなら、その男…それにその娘だというオーガを一生安泰に面倒を余が見てやろうぞ? その程度ならば造作も無い…」
ファは首を横に振る。
「いらないわ。…貴方は私の愛するひとを遠ざけて、飼い殺したいだけでしょう?」
「…フフフ。余としたことが、本当に嫉妬しそうであるわ…」
ルフルは意味ありげな視線を俺に送った後、クルリと外への扉に身体を向けた。
「約束は守ろう。お前の為に…では余の王宮へと参ろうぞ。勇者ファウよ、お前はもう余のものだ。他の誰にも渡さぬ…!」
「ちょっと待って」
ルフルの巨体がピタリと止まる。
「別れの挨拶くらいはさせてくれるでしょう?」
「……余をあまり待たせてくれるなよ?」
ファがへたり込んだ俺のもとに歩み寄る。
その表情は容姿こそ違えど、俺の愛する女の儚げな笑顔だった。
「…ファ。お前どうして、俺達を庇うことなんか無い!ドレミとソラ達と一緒に逃げよう!なあ!?」
俺はファの腕を掴む。
だが、困った表情で顔を振ると優しく腕を離され両手で包まれる。
「ひー君…ゴメンね。結局、貴方まで巻き込んじゃった…黙ってたけど、私…」
「ああ!なんか知らんが女神様がお前は特別だとか言ってたが、そんな事はどうでもいいんだよっ!? お、俺はお前と一緒なら…!」
一筋の涙が零れた。
「違うの、違うのひー君!…私には果たさなきゃあいけない使命みたいなのがあるんだ。…それはもうこないって…元の世界でずっとひー君達家族と一緒に生きれるんだって夢見てたけど…やっぱり駄目みたいだね。でも!もうひー君を巻き込みたくないの。苦しめたくないの!」
「ば、馬鹿野郎!? 何言ってんだ! お前が俺をどう苦しめるっていうんだよ!」
手がそっと離される。
「ゴメン…ゴメンね。ひー君。結局、私のせいで2度もあなたの人生をメチャクチャにしちゃった…」
「ファ? お前…なに言ってんの? 俺はお前がいたからここまで生きてこれ…」
「ひー君。せめてこの世界ではあなたに自由に生きて欲しいの。私のせいで叶えられなかった夢の分も幸せになって欲しい…でも私達は離れても家族だから。それは変わらないよ? …私はずっとひー君を愛してるから…あなたが助けを求めた時は必ず駆けつけるから…だから…」
背を向けて俺から去っていく彼女のその細い腰に俺はしがみつく。
「なんでだよ!? これからもずっと家族で生きて行けばいいじゃあないか! 俺を置いていかないでくれよ! ファぁ!?」
「ママ!」
「………」
「……! …ドレミ、ソラ。パパを頼むね…」
彼女の手によって優しく俺は離される。まるで我が子を諭すように…
その優しさが伝わって、俺は涙が止まらない。
悔しい。
悲しい。
どうして俺は彼女を守ってやれない。
「ファああああああああぁぁぁああぁぁァぁ~~~~~~~~~~~!!!!」
俺が心の底から涙を流しても、もう彼女は振り向かなかった。
ルフルに引き寄せられた彼女が扉の向こうへと消えていく。
俺の泣き叫ぶ声が響く謁見の間に延々と響き続ける。
そして、謁見の間の扉が静かに閉められた。
…こうして、俺の異世界での物語は始まった。
NTR展開なんて考えてもいなかっただろう!?(ゲス顔)
次話より異世界のストーリーが動き出す予定。あくまでW