ヒカル。スキルを授かる
「ちょっと待ってくださいよ!?」
意外にも先に声を上げたのはエルフになった後輩のマックノウチだった。
「俺の妹は最近、彼氏と結婚するかもって言ってたんですよ?…それなのに、なんでアイツまで…!」
鏡の中の女神ミラはやや視線を逸らすと口を開いた。
『マックノウチ・タケシさん。あなたの妹であるシゲルさんは…こんな事を言うのはなんですが、あなた以上に別の世界に逃避したいと思われていたようですよ?』
「え…」
マックノウチは呆然とした表情をして黙ってしまった。
「…確か。お前の妹って大して歳の離れてないあの子だろ?」
「………ええ。同じ会社ですよ? 営業2課で働いてました。でも、アイツ…そんな悩み事とか、一言も…!」
マックノウチは視線を落とし苦い顔をする。
「女神さんよ。俺も言いたいことがあるぜ? なぜだ!? なぜ、俺の家族を巻き込んだんだっ!それも元の世界の神とやらの差し金なのか! …俺の嫁さんは言っちゃあなんだが若いし俺には勿体無いくらいのベッピンだ!…例え俺がいなくなってもよ。いくらでも幸せを掴めるはずだし…娘達には将来があった!? こんな訳のわからん異世界に連れてこられる理由なんて無いはずだ!」
俺は全身を震わせながら怒り、叫んだ。
しかし、女神は俺をまるで哀れんでいるかのような視線を向ける。
『………モスカワ・ヒカルさん。…あなたはただ家族を守りたい。幸せにしてやりたい。人間誰しもが持つ変身願望や解放欲よりもあなたは家族への愛情が強かった。あなたは自分が思っているよりも素晴らしい人間です…それは間違いありません』
「…………」
女神が瞳を閉じた。
『……そして、あなたは誤解をしています。…モスカワ・ヒカルさん。あなたのご家族が今回の転生に巻き込まれたのではありません。………あなたがご家族の転生に巻き込まれたのです…!』
「はぁ? いったい何を言ってるんだよ…!」
『…あなたの奥様である。モスカワ・ファさん。彼女は特別な魂の持ち主なのです。我々の世界の輪廻から弾かれた魂が存在したように。あなた方の世界にも同様に存在するのです…そして、その因果の持ち主である彼女とあなたの間に生まれた娘さんふたりも含まれます。同時に彼女らもまた異世界を望む心を持っていました。…あなたが今回の剪定で選ばれたのは、あなたが此度の転生者全てと何かしらの縁を持つ中心的な人物であったこと。……そして元の世界で愛する者を突然失ったあなたの未来は…これ以上は言えませんが、ご理解して頂けますね?』
「そんな…馬鹿な…!?」
俺は思わず脱力して膝から崩れ落ちてしまう。
「ちょっと先輩!?」
「モスカワさん!しっかりしてください!」
ふたりが咄嗟に俺を支えようとしてくれる。
ははは。俺の嫁さんと娘が特別な魂? 世界から弾かれただあ? ふざけるなよ!?
『……モスカワ・ヒカルさん。結果的に申せば、あなただけが異世界転生を望んではいなかった。その唯一の魂と言えます。…我々、神々の身勝手で運命を弄ばれたような気がするかもしれません。…ですから、コレは私個人からのお詫びの気持ちです。望まぬ異世界で生きねばならないあなたの助けとなれば良いのですが…』
女神ミラは俺に向かって手をかざす。指先から不可思議な光が放たれ、俺の体に吸い込まれていく。
「な、なんだ!? 何が起こったんだ…?」
『私が授けたスキルという能力です。本来は限られた存在しか所持できない稀有な能力ですが…』
「ええ~! 先輩ずっこい!?」
「…お前というヤツは」
俺が光がしみ込んだ胸をさすっているとにわかに体全体が光を帯び始めた。
周囲から驚きの声が上がったが、皆同じような状態だった。
『これからあなた方を神域から地上へと降ろします。傲慢なる神々の所業をどうか恨まないでください。これからあなた方が向かうのはファーフィールドの神殿です。地上では最も力を持つとされる国です…神託によって既にあなた方の存在は周知のもとなっています。今暫くは国の庇護下に置くことを約束させています。どうか安心なさって下さい…』
俺達の身体が光になって徐々に消えていく…!
『神殿に着いたら信徒の者からの話を聞いて下さい。きっと今後のあなた方の為になるはずです。そこでスキルの詳細も望めば教えてくれるでしょう。……ああ、そういえばその神殿は私の夫である慈悲を司る神ゲドが祀られています。…モスカワ・ヒカルさん。あなたは、まだ人間であった頃の彼によく似ています……きっと、あなたの力になってくれるはずですよ? では、皆さん。輪廻は巡ります。いずれまた逢う時まで…どうか幸あらんことを…!』
こうして、俺達は異世界エリクスへと足を踏み入れた…!
実は巻き込まれ系主人公だったヒカル。