表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/11

ヒカル。慈悲の神ゲドと邂逅する


「…  …! …ま! しっかり… …なさい! ヒカ… しっかりなさって下さい! ヒカル様!」


俺は激しく左右から肩を揺さぶられて正気に戻る。

…いや、まだ正気かどうかも怪しい…まるで夢を見ているような浮遊感が体に纏わりついているようだ。


「…止せ。愛する者をあんな形で奪われたのだ…そう簡単には割り切れまいよ…!」

「「…………」」


俺を正面から渋面で伺う男はゲド神殿の神官コネリーだった。

先程まで俺を揺すっていたひとりはその部下の…確かペンだったかな?

俺の顔を見て心配そうにしている。


「異世界から招かれたその日にあんな仕打ちを受けた貴方に我々は掛ける言葉もありません。…ですが立つ力すら失った貴方を神殿まで引きずってまで運んだのは、我らに再度神託が下されたからなのです」


俺が顔を上げると、あの巨大な柱がそこに鎮座していた。



ファウが俺のもとから去った後、俺は情けないが正気を保てなくなったらしい。

まともに周囲の声すら耳に届かないほどだったと後から聞いた。


エルフ…タケシム達は新たな住居へと案内される事になり、最後まで俺を心配してくれたロッテヅカさん…いや、もうそれは過去の名だな。オサムは彼を慕うケンタと共に城外の宿舎へと移された。


大変だったのが俺の娘達だったらしい。壊れた俺の姿を見てかなりのショックを受けたらしい。俺がこの神殿へと連れてこられるまではかなり荒れたそうだ。

なんでもファを連れていった第三王女ルフルの王宮へ突撃しようと試みて、それを死守しようとした城の衛兵や傭兵達を何十人も吹っ飛ばしたらしい… 本当に情けない父親でスマン! …スマンな、ドレミ…ソラ…。


「気を落とすなよ? ホラ、コイツをくれてやる。…人生なんとやら、まあ今後どうするかなんてアンタの自由なんだからな」


俺を迎えに来た神官達以外、誰もいなくなった謁見の間であの黒衣の道化が、そう俺に話しかけてきた。

あのふざけた表情は無く、素の言葉だった。

今迄どこに消えていたんだとかもうそんなツッコむ気力すらなかったが、気づけば道化は姿を消していた。


俺の両手の上には黄金のリュートが置かれていた。


「ヒカル様。傷心のいたりではございましょうが、我らが神。慈悲を司る男神ゲドが、貴方を呼んでいます。さあ、柱の前へ…!」


不思議と俺の体がフラフラと勝手に柱へ吸い寄せられていく。


無意識にリュートを掴んでないない方の右手で柱に触れると、視界が真っ白にフェードアウトしていく。




『…やあ。よく来てくれたね! 君を待っていたよ。異界よりの勇者のその伴侶よ…』


俺がいつの間にか居たのは清潔で真っ白な大きな部屋の中だった。

窓から優しい木漏れ日が入り、爽やかな風が頬を撫でる。とても心地の良い空間。そんな場所だった。


そして、俺の前には安楽椅子のようなものに腰を掛ける線の細い男。花の冠に薄いローブを纏った優し気な青年の姿をしている。


「…此処は? …アンタがその、神様なのか」

『そうだとも。僕が君を此処に呼んだゲドだ。6柱の女神を妻に持ち、男と花と酒、まあ他にもあるけど、慈悲を司るとされる者だよ』


そう言って照れたように微笑む男…慈悲の神ゲドか。

まるでただの人間の男のようだが…?


『ハハハ。そう思ってくれて構わないさ。なんせ元は君と同じヒューマンの男だったんだからね』


げっ。流石は神、とも言うべきか? 考えていることなんてお見通しかよ。


「…そのゲド様が、俺に何のようなんですか?」

『うん。単刀直入に言おう。妻達は怒るだろうが、僕は偉い神様なんてガラじゃあないんでね。 …すまなかった!』


ゲドは俺に向かって深く頭を下げた。


「なっ!?」

『椅子から立って詫びれない事を許してくれ。僕は許しなくこの椅子から立つ事も、この部屋から出る事もできないんでね』


そう言ってゲドは微笑んだ。しかし…


『……ゲド。…何故、下界の者如きに頭を下げている…?』

『…しまったぁ~』


ゲドが顔を覆うと、彼の腰掛ける椅子からどす黒い暗闇が噴き出してこの空間を埋め尽くしてしまった。


「な、何だってんだ!? さっきから…」

『…おい、そこの人間。何者だ?』


暗闇の中央からギョロリと何者かの眼が俺を睨む。

息が止まる。それはルフルのあの魔眼…いや、それ以上だ!?


『怒らないでくれよ…アズ? そうか、もう下界は夕闇の刻になったのか。君は脚が早いからなあ~。 ほら、彼だよ? あの魔王を御する為に召喚された勇者の…』

『…ああ。あの勇者ファウがあれほど無事を懇願していたのは…そうか、この男があの者の…』

「…ファウ?」


暗闇の声の怒気が治まると、一瞬で暗闇が搔き消え、あの真っ白な一室へと戻った。

そこにはゲドを愛おし気に抱き絞める漆黒の女が居た。

その艶を帯びた髪がまるで別の生き物のようにユラユラと蠢いている。


『ヒカル。紹介しよう、僕の妻のひとり。混沌を司る女神アズだよ』

『……アズだ。此度の転生では女の転生者を仕切っていた女神だ』

「は、はあ。どうも…」


そういや、娘達のステータスに闇の女神アズだとか、表記してあったなあ。


『だがな、ゲド? いかにお前が優しいといってもだな、我が夫がそう簡単に頭を下げるな…最も優しい心を持つ我ですら怒りを覚えたのだ。他の奴らであったのなら、その者は無事ではなかったぞ?』

『ゴメンよ? アズ…』


や、優しい…? あれでか?

アズの眼が若干スッと細められる。

しまった! 俺の頭筒抜けなんだったわ。


『フン。やはり男は臆病だな…まあ、そんなところも嫌いではないぞ? 負の感情の中ではそこまで不味くはないからな…』


ど、どうやら許された、っぽいぞ?


『許してくれないか、ヒカル。彼女の属性は闇。あらゆる負の感情を担う女神でもあるからちょっとした悪意にも敏感なんだ。…でもだからこそ、一番慈愛深いってのも嘘じゃあないしね…』

『ゲド…』


ちょっと俺をほったらかしにしてイチャつくのは精神的に辛いんだが…。


『なんだ? 邪魔をする気か。今は我の触れ合う時間だというのに…』

『アズ。悪いが少し時間をくれないかな? 悪いね。ヒカル、君を呼んだのは単に謝罪の為じゃあないんだ。まあ、君が特異点であることは確かだけどね。 …何故、君の妻が勇者なのか、知りたくはないかな?』

「お、俺に教えてくれるのか!」


アズの機嫌が悪くなったので正直怖いが、しかしファのことを知る為なら!


『まず、ヒカル…落ち着いて聞いて欲しいんだが…』


ゲドは語った。


俺の妻である彼女は前の世界の神が創り出した調停者。酷く言えば乱れた世界に梃入れする為の道具として生み出されたとこと。


しかし、何度も繰り返される滅び、失われた世界の歴史…その果てに古い神々は地上を見放した、そして必要とされなくなった彼女もまた無残にも地上へと放り出された。


…彼女は俺と出会った。人間の女として生きようとした。


だが、既に決められていた異世界への転生。そこに道具でしかない彼女の意思など汲まれない。


そして彼女へと与えられた使命を確実とする為に俺が巻き込まれた。という解釈もできる。


『君は…ミラから此度の転生の対象になった魂については?』


ミラっていうと、俺達が最初に会った女神。輝きを司る女神ミラだろう。

確か俺のステータスにさり気なく加護をくれた光の女神だな。

しかも俺のスキルも彼女がくれたものだったな。


『実はね悪しき超越者…この世界の輪廻から弾かれた魂は本来は9つだったんだ。だから君の側にいる…そのシドが不完全な形で巻き込まれたんだよ』


俺がハタと足元を伺うと、そこには尻尾を振る愛犬シドの姿があった。


「おおっ!? シドぉ!お前ぇっそんなとこに!?」


俺がすかさずしがみつこうとするとシドは光の粒になって消えてしまった。


「ああ!?」

『彼の魂は少し特殊でね…顕現できるまで少し時間が掛かるか…まあ、他の方法もあるだろう。彼の存在は消えることはないから安心してね? でだ、本来君達の犠牲と引き換えに解放する魂はもうひとつあったんだが、その魂は僕たちの手から逃れて地上へと降りてしまった…それが』

「まさか、っていうよりもうアイツしかいないと思うけど。あの王女様か?」


ゲドは頷く。


『でも、問題なのは実は彼女よりも他のものなんだ。現在彼女が保有している"七星"という超越兵器なんだ…』

『全く持って鬱陶しい。かつての超越者共の負の遺産よ…!』


七星? あ。そういやあの魔王のスキルに【七星】ってあったよな…!?


『そう。"【七星】を失わない限り無限に復活します。"って記載されてはいなかったかい?』

「あ!そういえば… いやいや、チョット待ってくれ!じゃあ何かアイツは不死身なのか? アレだけ強いのに…」


アズが面倒臭そうに髪を弄る。


『そうだ。"七星"とは我ら女神の力でも破壊できぬ。7つの宝珠だ。…かつて我らと神の座を争った超越者の長が、自身と他の超越者7人の命と引き換えに創り出した、な。…そして生き残った自分の娘、9人目の超越者の魂に全てを託してな』

『その魂の器に選ばれたのが、ルフルということさ。まあ彼女もまた被害者とも言えるかもしれないね? 問題はもうその宝珠、"七星"は数年前に起動してしまったことなんだ。宝珠は人間を核にして起動する。そして、その宝珠は七星騎士団によって全ての星の席が埋まってしまっている。…もはやそれを創り出した者達は異世界へと解き放たれたが、無限に強化されていく彼女らは地上の脅威になることは明らかだよ。まあ、世界そのものを滅ぼそうとするまではわからないけど』

「…ファはそれを、その元凶であるルフルを止める為に…!」


俺の拳がギリッと握りしめられる。

…ファ。お前…ずっとひとりでこんなことを抱えこんでやがったのか。

そりゃあ何の力持たない一般人でしかない俺じゃあなんの役にも立たないだろう。

…でも、でもよぉ!?


『…君はこの新しい世界で自由に生きる権利があるし、彼女もそれを望んだ。けど、君はそれでも彼女を助けたいかい?』

『……ゲド?』


俺がゲドの顔を不思議そうに伺うと、彼は懐からなにか六角形のペンダントのようなものを取り出して俺に見せる。


『君が世界の真実を知り、彼女の正体を知ってなお彼女を庇うというのなら。…君が【勇者】になるしかない! 彼女の現在の姿は歪められた存在なんだ。だから本来、男しかなれない【勇者】の力に引っ張られている…あるいは、君が【勇者】となれば、器は本来の姿を取り戻す』

「なら…ファを女の姿に戻すこともできるのか…?」


俺は恐る恐る手を伸ばし、それを受け取った。


 【勇者の代償】

 神に見定められた者に与えられる聖物。

 これを受け取った者には試練が与えられる。

 試練を果たした者には【勇者】の称号と能力が与えられる。

 ※破壊不能・譲渡不可


『そうだな。与える試練は…本来勇者の条件とされる全6柱の女神からの加護を得る。これが値するだろうね。君が試練を受けるというのなら、先ずは各地にある女神の神殿を訪ねることになるだろう。何年の月日を掛けても構わない。だがあくまでこれは強制ではないし、僕は君にこの世界の救世主になって欲しいわけでも、七星の姫達を倒して欲しいわけでもない。無理だと思ったら途中で止めても構わないよ………そうか。手放す気はもうないようだね?』


俺には無理かもしれない…。

それでも、俺は今よりは前に進めるかもしれない…!

アイツの力になってやりたい!


『…はあ。我が夫ながら、なかなか酷な事をする。よいか? 女神の神殿の所在はおおよそ明らかにはなっている。時間は掛かるだろうが無理ではない。…ああ、言い忘れていたが、我が神殿は闇深きダンジョンの内に存在する。形無き神殿故にどこぞに現れるかは我次第ではあるがな? フフ…』


 そう言ってアズはゲドの頬に擦り寄った。


『君の心が決まったのなら、僕からはもう言うことはないよ。…ただ、困ったことがあればまた此処まで来るといい。僕の妻達も、少しばかり厳しいところもあるかもだけど…きっと君の力になってくれるよ…』

『ではな。人間の男…いや、ヒカルよ』


俺は頷くと、ふたりに向かって頭を下げる。ゲドは優しく微笑んでいた。

次第にまた視界が真っ白にフェードアウトしていった。




「…ヒカル様。ゲド様の慈悲にはお触れできましたかな?」


柱に手をついて目を閉じていた俺に微笑み掛けたのは神官のコネリーだった。


「…ああ! ゲドには感謝しないとな。それと今後やりたい事も決まった…悪いが改めて教えて欲しいことがあるんだが」


俺はいつの間にか握りしめていた六角形のソレを掌の上からジャラリと滑らせた。



 ●〇●〇●



一方、ヒカルが地上へと戻った後のあの白亜の空間にて。


『……ゲド。何故、あの男にあんなものを渡した? 本当に勇者にして超越者共と戦わせる気か?』

『…アズ。君の貴重な時間を削ってしまって悪かったね。なに、僕はそこまでの事なんて考えてはいないさ。…地上の他の男達と同じように哀れに思っただけだよ?』


音もなく身を翻したアズが、ゲドの膝の上に滑り込んでその瞳を覗く。


『哀れ? お前はあの男に慈悲を掛けただとでも? 嘘を吐くな。誠実なお前らしくも無い…狙いはなんだ?』

『アズ、実は君に頼みたいことがるんだよ。君には他の女神に告げて欲しいことがるんだ。勿論、僕からもお願いするけど…特にヘスとビムは揉めそうなんだよねぇ~』


アズはゲドの言葉に唇を歪める。


『フハハ!…あの激情の塊と嫉妬魔ではなあ。 で? お前は我に何を頼むというのだ?』

『………彼が自身の神殿に辿り着いたら、加護を、いや加護以上のものを彼に与えてやって欲しいんだ…!』


アズの顔から表情が消える。


『…我が夫よ。それは本気か? あの炎と水の女神でなくともそれは怒るであろう。夫であるお前以外の人間の男に加護を超える"寵愛"を授けろ、と。寵愛を得た女とて指で数えられるほどもいるかどうかだろう…まあ、我は他の女神と違うがな? なに。我が神殿まで辿り着くほど気骨ある男ならば、いかに我とてやぶさかではないぞ。…フフフッ!』

『……君が一番、不安なんだけどなあ』


アズがゲドの胸にもたれ、黒艶の肢体が彼にツタ植物のように絡んでいく。


『それで? あの者に我ら女神の寵愛を与えてどうする? まさか、ゲドよ。かつてのお前のように新たな神として神域に招くつもりか? …たったひとりの女にあれほど固執する男だ。きっと喜びはしないぞ? …それに我は、夫ならばお前で足りている…』


ゲドは目を細めるアズの頭をそっと撫でる。


『そんなつもりは無いよ。無いけれど…もしこの世界が最悪の方向へと展開しだした時、勇者となった彼女よりも、ヒカル。…彼の存在が必要になる…! まあ、そんな気がするんだよね』


そう微笑むとゲドは抱え切れない彼女をその細腕で抱きしめた…。



なんとまた新作書いてます。いや書きたいです!


なんで影分身の術が使えないんだ俺は!?(絶望)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ