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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

嫌い、って言ってよ

作者: 荊汀森栖

『君が好きだ。』


「それって、罰ゲームか何か?」

 蔑み嘲る瞳が僕を睥睨する。

 人気のない放課後の昇降口で彼を呼び止めた。

 待ち伏せされるなんて思いもよらなかったのか、彼は初めから疑って掛かって来た。僕はずっと彼を避けていたから、当然の反応だ。

 ゆっくりと此方に向き直り真正面から見据えられ、心臓を素手で鷲掴みされたような痛みを感じる。

 僕は制服のポケットからスマートフォンを取り出し、画面をチラと確認してから彼に翳して見せた。そうしながら、反対の手で人差し指を一本、唇の前に立てる。


(少し、黙っていて?)


 録音状態を示す画面表示を確認し、彼は不快も露わに眉を歪めた。

 僕は内心の動揺をひた隠し画面に指を走らせる。掌の中の端末を操作しながら、間を繋ぐ言葉を舌に乗せた。

「酷いな……。」

 呼び出した画面を再び翳し見せながら言う。


『嫌い、って言ってよ。』


 メモ帳アプリに打ち込んでおいた文章は、短くもそれだけ。

 他には何の説明も弁明もない。

「僕は嘘なんて言っていないし、これは罰ゲームなんかじゃない。……返事を、聞かせてくれる?」

 答えなんて分かっている。ただ、シナリオ通りスムーズに事を運びたいだけだ。

 指摘された通り、これは罰ゲームだった。名ばかりのクラス委員長である僕は、権力も無ければ統率力も持たないただの雑用係でしかなく、巫山戯た奴らに至っては、どうやら愚弄(イジメ)の対象でもあるらしい。

 折しも文化祭の準備にクラスが結束して向かわなければいけない時期に、彼らとは別に統率を乱す存在である『彼』を僕が口説き落として来いと命じられた。クラスの出し物に協力させられないのなら、お前がみんなの前で恥をかけ。そうして俺たちに溜飲を下げさせろ、という突拍子の無さ。幼稚さ。理解不能だ。

 いい加減、唯々諾々と従っていることに利点を見出せなくなっていたが、これは良い機会だと思いもした。

 だから乗ってやった。

 クラスから、僕から距離を置き何事にも非協力的な彼からの最後通牒を受け取る役を、自分のためだけに仰せつかった。

 一言で済む話だ。

 寡黙で無愛想だが女子人気だけは高いイケメンが、小心者の委員長に告白されどんな反応をするのか。質の悪い好奇心を満たし、二人共に笑い者にし見下すためだけの一方的なゲーム。

 彼が『嫌い』だと言えば全てが終わる。

 僕を――


「俺も好きだ。」


 僕は耳を疑い後退る。

 予想もしなかった告白に反射的に逃げ出そうとする僕の肘を、彼が掴んで引き留める。まるで予測していたかのような行動に、頬がカッと熱くなる。

「暴かれたら、そこでゲームセットだろ?」

 戸惑い狼狽える僕の手からスマートフォンを奪い、「くだらない。消すからな。」と言い放つと、勝手に操作し録音を止めてしまう。そして端末を僕のポケットの中に返すと、そのまま手を滑らせ腰を引き寄せた。

「なに、するんだ馬鹿!」

 僕の細やかな抵抗を眼差しひとつで封じ込め、呆れたような溜め息を額に落とす。

「馬鹿はどっちだ。あんな奴等に良いように遊ばれやがって。」

 唇がこめかみを掠め、僕は震える。

「高校では上手くやるって決めただろう? お前も少しは協力してくれよ。」

「お前に、無関心な振りをしてる。」

 声を潜め咎めると、まるで、それで精一杯だとでもいうように彼が不満も露な声を絞り出す。

 同い年の幼馴染みは、甘えるように僕の髪に鼻を埋め「嘘でも『嫌い』だなんて言いたくない」と本音を吐露する。そんな姿が可愛らしくて、僕は苦笑した。

 まさか、恋人に『好き』だと告白させられるとは思っていなかったが、それを知る者がいないのだから仕方がない。僕らは、というより僕は、僕らの関係を隠すことに決めた。小中を通じて、親密な二人を揶揄する声の多さに辟易していたから。高校で仕切り直そうという提案に、僕の恋人は未だに納得してくれていない。

「学校以外では、僕をお前の好きにしていいから。」

 常に言い聞かせている口説き文句を甘く囁き、スルリと身を躱すと、彼は苦虫を噛み潰したような顔をし「性悪。」と呟いた。

「……嫌い?」と訊けば「好きだよ、馬鹿。」と即答される。

 僕は満たされ、微笑し彼と別れると、軽い足取りで教室へと引き返した。

 罰ゲームを看破され、失敗したと彼らに告げるために。


 さぁ。性悪は性悪らしく、ゲームを支配しよう。

初出 2018.05.14 Twitter

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